第141話 ヤマルのソロプレイ2


 タングルホーン。

 魔物としては割とメジャーな部類に入る鹿の魔物である。

 百五十センチほどの体躯をしており魔物としては中型の部類。だがこの魔物の特徴は何と言っても角だろう。

 通常の鹿と異なり絡み合うように伸びた角から繰り出される突進は重量もあって直撃すれば大怪我は免れない相手だ。

 主に森に生息し、縄張りに入った人間や動物を狩る習性を持つ。その為森から少し出た平原にも出てくる事も少なくない。

 街道でタングルホーンを見かけることがあるのはその習性のせいである。


 討伐における冒険者の適正ランクはD。

 ちなみに討伐経験はコロナ達と一緒なら何回も経験済みである。

 むしろコロナとポチだけの時も戦った。

 『倒し方はね、こうやって突進時には視線下がるから上に跳んで首を狙うといいよ』と言うのはコロナの弁。

 だが角込みで二メートル程ある相手を正面から飛び越えろとか中々無茶を言ってくれると思ったものだ。

 

 尚攻撃方法が突進や踏みつけなど近接攻撃しかない点、そして毛皮がそこまで硬くなく攻撃が通りやすい点がDランクに分類されている所以だ。


 そんなタングルホーンを討伐する為に街の正門へとやってきた。

 相変わらずここは人が多い。

 朝である今の時間帯は外に向かって出ていく馬車や人が良く目立つ。

 自分の様に仕事へ向かう冒険者、隣町まで行くであろう乗り合い馬車、他にも商隊など色々だ。

 忙しそうにする門番に頭を下げいざ外へ。

 門を出てすぐさま真っ直ぐ延びる街道から早速横に避ける。人の往来の邪魔にならない場所へ移動するその理由はただ一つ。


「ポチ、よろしくね」

「わん!」


 頭の上からポチを地面に下ろし少しだけ離れると、こちらのお願いに呼応しその体が大きくなる。

 戦狼状態になったポチが伏せるのを見計らってその背へと跨った。


「よっし、行こっか」

「わふ!」


 ポチが立ち上がると視線はいつもより高い位置に。

 周りの人が突然現れた戦狼に驚くも、王都の人は慣れたものでこちらに手を振る人までいた。

 中には半分パニックになってた人もいたけど、近くの人に説明を受け落ち着きを取り戻していたりもする。

 お手数おかけします、とそちらの方に頭を下げ、とりあえずポチを目的地に向けて走らせる。

 まだ街道に馬車や人が多いため最初は街道を少し外れた場所を道沿いにポチを並走させ、少なくなったのを見計らい走りやすい主要路へ。

 いくつもの馬車や冒険者を追い越し、ポチはぐんぐんと速度を上げ目的地へと駆けて行った。



 ◇


「良い天気だねー」

「わふ!」


 街道をひた走るポチに揺られること四十分ぐらいだろうか。

 進行速度から察するに目的地はそろそろの筈なので鞄から地図を取り出しポチを走らせながら広げてみる。


(しっかしほんと便利だなぁ、銃剣)


 この銃剣は使用者を風から守る《風守かざもり》の加護を持っている。

 お陰でポチが全力で走っても風圧も感じないし、現状の速度で地図を開いても吹き飛ばされる事もない。

 精霊樹の様な軽い材質で作られ比較的大きい武器であるこの銃剣は、今のように高速移動時に展開したときに風圧や空気抵抗が大きくかかる。

 しかし武器に付与されている《風守》のおかげでどれだけ振り回しても平地と同じ様に動けていた。

 ポチに乗った状態での騎乗戦を考えるなら非常にありがたい能力だ。


「そろそろかな。ポチ、進路を斜め左へ」

「わん!」


 街道から外れ一路目的地の方へ。

 そのまま走らせること約十分、視界の先に依頼書の指定区域である森が見えてきた。

 職員の話では片道二時間ぐらいの話だったが一時間足らずで到着してしまった。ポチのお陰か最近はあまり小型の魔物は寄って来なくなったのも理由の一つだろう。


「さてと……」


 森と言えば以前『風の爪』と一緒に行った山を思い出す。

 今回は山ではなく平地だが、森の中は自分にとっては人外魔境だろう。

 地図を仕舞い代わりに銃剣を展開。いつでも戦闘に入れるようにまずは準備だ。

 手馴れた動作で展開も済めば準備OK。まずはこの森の中からタングルホーンを探すことから始めなければならない。

 それとも外周から回った方がいいだろうか。森に住む魔物ではあるが平野に出てくることもある。

 木々が生い茂る中で戦うよりは外でやった方が何かと有利——


「わふ」

「ん?」


 ポチが小さく鳴き顔を上げると視線の先には魔物が一匹。

 丁度森の中からタングルホーンがゆっくりと出てきたところだった。


(運が巡ってきてるかな……)


 だがあちらもこっちの存在に気付いたようだ。

 動きを止めた後はじっとこちらを見つめ、まるで出方を窺ってるような雰囲気さえある。


(この距離ならいけるか……?)


 目測だが百五十メートルぐらい離れているだろうか。

 ただタングルホーンはそれなりに体が大きい魔物のため当てやすい部類ではある。

 溜め撃ちならばこの銃剣なら着弾までは殆ど時間は無い。しっかり狙えればいけるかもしれ——


「あ」


 もたもたしている間にタングルホーンは森の中へと戻っていった。


「わふ……」

「うぅん、チャンスはモノにするべきだったか……」


 少し慎重になりすぎたかもしれない。

 そもそもポチの足がありこの銃剣が使える時点で突進か踏み付けしかないタングルホーンは脅威になりえない。

 次見かけたら率先して攻撃を仕掛けるべきだろう。


「でもいきなり見つけるってことは少し数が多いのかな」

「わふ?」

「あぁ、ギルドの人が昨日も別の人に同じ依頼出してるのよ。二日連続で出すってことは数が増えてるのかなって思って」

「わん!」

「あぁ、ポチもそう思う? まぁとりあえず一匹倒せば良いから数が多いのは……まぁ世間的には良くないだろうけど俺らには良いよね。何せ基本単独行動の魔物だし」


 たまにつがいがいるらしいがタングルホーンは自由気ままに一匹でいることが多い。

 その分狩られる事も多々あるが鹿型の魔物だけあり繁殖力は高いそうだ。

 こうして自分にも依頼のお鉢が回ってきたのもそれが原因……ん?


「あれ?」


 先ほどいなくなったタングルホーンが再び森から出てきた。

 珍しいなと思うがこれはチャンス。ここで仕留めれば早々に依頼が達成……んん?


「え、え……?」


 銃剣を構えようとした矢先、森から二匹目のタングルホーンが姿を現す。

 珍しい番のパターンでも引いてしまったかと思うのも束の間。

 その後の三匹目、四匹目と次々に出てくるタングルホーン。

 そしてあれよあれよと言う間に七匹集まり、最後と言わんばかりに一回り大きな体躯の色違いの個体が出てきた。

 他のタングルホーンは焦げ茶色の体毛なのに、あのタングルホーンだけ山吹色の鮮やかな色合いをしている。

 だが好意的に見れるのはそこまで。

 と言うか角がヤバい。遠目でも分かるぐらい他の個体よりも太く、そして鋭い。あんなので突かれたら間違いなく体に穴が開いてしまう。

 正直ホーンラビットが十匹同時に襲ってこられる方がマシと思えるほどだった。


「ポチ」

「わふ」

「嫌な予感するの気のせいかな?」

「わふ……」


 ポチも何となくこれからの事が予想出来ているのだろう。

 そそくさと身体を反転させ、相手に背中を見せる。


「----ッッ!!」


 だがあちらもこちらの意図が分かったらしい。

 あの大きい個体——何か群れの長っぽいのでボスタングルと仮称——が一鳴きすると一斉にタングルホーンらがこちらに向けて駆け出した。


「ポチ!」

「わん!!」


 こちらも即座に疾走。一瞬振り落とされそうになるも首輪をしっかり掴み落ちることを拒否。

 まるで大地を揺るがすかのような音が後方から聞こえ、否が応でもこちらを逃がすつもりは無いと言う遺志を感じる。


「ってかあれ何だよ……!」


 愚痴りながら後方を見るといつの間にか陣形が変わっていた。

 そう、陣形である。統率者がいるせいか、七匹のタングルホーンはボスタングルを取り囲むように一丸となってこちらに向かって走っている。


「運が良いと思ってたら厄日だったとは……ツイてないなぁ」

「わふ、わん!」

「あー、ほんとどうしようね」


 速度としては同じかこちらがやや早いぐらい。逃げようと思えばポチの足なら多分逃げ切れるだろう。

 ただ今逃げ出したらあの集団がどこまで追ってくるか分からない。

 下手に街道まで誘導したらそれこそ死人がでるだろう。

 純粋に数は脅威である。Dランク冒険者で倒せる適性値の魔物でもあんな集団に襲われては一たまりも無い。


(数を減らせば去ってくれるかな……)


 二匹……いや、せめて三匹ぐらいで撤退してくれれば良いけど、逆上して襲ってきたら全部相手にすることになる。

 ボス含め八匹。

 矢は予備弾装含め四十本。正確にはカバンの中にもう一つあるが帰り道考えると全部使うことは出来ない。

 一匹に付き最大五本。……少ないなぁ、そもそもこんな多数相手想定してなかったし。


(当たるか……?)


 後ろを見ると固まって動いている意外はタングルホーンの動きだ。

 右に左にステップを刻むように走るその姿は自分が今まで目にした個体と変わることは無い。

 的が大きいから当たりやすそうな気はするが、正面を向いているタングルホーンの幅は言うほど広いわけでは無いのだ。

 横から撃てれば表面積が広がる分当てやすくなりそうだが、ソロではそれもままならない。

 ポチと二手に、なんて問題外だ。自分の方に来られただけで蹂躙される未来しか見えない。

 つまるところ倒すのであればこのまま距離を取りながら近づかれること無く一方的に倒すのがベストである。

 弾数制限さえ無ければ、だけど。


「……慣れてきた、ってことかな」

「わう?」

「なんでもないよ。とりあえずやるだけやろっか」

「わん!!」


 ここに来たばかりの自分なら間違いなく怖くて逃げてただろう。

 正直今でも怖い。だが耐えられない怖さでは無くなっていた。

 獣亜連合国あちらに居た時のイワンとの訓練のお陰だろう。正直あの人の圧と殺気に比べれば全然大丈夫な部類だ。

 恐怖を乗り越えたとか打ち勝ったなんてかっこいいものじゃないのは分かってる。

 これはあれだ、耐性が出来たんだろう。恐怖に立ち向かう勇気なんて自分には無いし。


「ポチ、適当な場所で横に曲がって。真後ろじゃ攻撃出来ないから」

「わふ!!」


 こちらの言葉に従うようポチが曲がり、左手側にタングルホーンの群れが視界に入る。


「まずは数を減らすところからかな」


 誰に言うでもなく一人そう呟きながら銃剣のコッキングレバーを手前に引いた。



 ◇



「こんにちわー」

「ん、ヤマルんとこの犬の嬢ちゃんか。どうしたそんな格好で」


 もうすぐ昼時になろうかと言う時間にやってきたメイド風の服を着た犬獣人の少女。

 この子は冒険者ギルドうちではなく傭兵ギルドに所属している子だが、ヤマルに雇われいつも行動を共にして……あれ。


「あいつまだ出発してなかったのか?」

「あいつってヤマルのことですか? 朝出て戻ってきてないのでお仕事中では?」


 ……なんだろう、話が噛み合わない。

 そして物凄く嫌な予感がする。


「いや、嬢ちゃんいるってことはヤマルもいるんだろ?」

「いえ、今日はいませんよ。色々あって一人で依頼受けるって話でしたし。それで近くまで来たのでヤマルがちゃんと依頼受けれたかなって思ったんですが、何か知ってますか?」


 …………やべぇ、久方振りにやっちまった気がする。

 アイツに斡旋したタングルホーン討伐は確かにDランク相当の依頼だ。だが正しく言うならDランクのパーティーでの依頼である。

 仲間が増えてから単独依頼なんて見てなかったし、まさか一人で行くとは思っていなかった。


「あいつならタングルホーンの討伐依頼受けていったが……そうか、一人だったか……」

「タングルホーンですか。ならポチちゃんもいるし大丈夫かな? ありがとうございましたー」

「え、おい!」


 呼び止める間もなくギルドから出て行く少女。あの様子では心配のしの字すら無さそうだ。

 でもヤマルが単独で倒せるのだろうか。確かに戦狼のペットがいるから負ける確率は少ないかもしれないが……。


(でもあいつホーンラビットにすら逃げてたって話だしなぁ……)


 いっその事同じ様に逃げ帰ってくれよ、と心の中で祈りつつ、仕事を再開することにした。

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