第139話 教えて、ユミネ先生!


「ここが練習場?」

「はい。と言いましても私の練習に使ってる場所、が正しいと思いますけど」


 ユミネに連れられてやってきたのは街の外。

 外と言っても近くの門から表に出て、街を囲う壁沿いに少し歩いた場所である。


「ここなら魔物もそう出てきませんし、何かあってもすぐに門に走れますから」


 若干困ったような照れたような顔をするユミネ。

 多分勝手に使っているって部分を気にしているんだろうけど、一応街の外なんだからそこまで気にするほどのことでもない気はする。


「でもヤマルさんも弓矢を使うようになったんですね」

「元々こっちは使ってたけどやっぱり射程の問題あったからね。コロも近接系だし」


 これ、と腰に挿してあるスリングショットを取り出しユミネへと見せる。

 やはりメインの武器としては心許ないものの、意外に使用出来る場所は多いので未だに重宝している。


「と言うかユミネに習いたい為に武具着けてたんだな。物々しいとは思ってたが」

「一度取りに戻るのも時間かかっちゃいますからね。無理なら無理でそのまま帰ればいいだけでしたし」


 ラムダンが自分の後ろから練習用の的と思しき物を担いで持ってくる。

 この二人にお願いしたのは遠距離攻撃のコツを教えてもらいたいと言うことだった。

 弓矢の扱いではなく遠距離での命中率、特に動く相手に対しては現在銃剣を以ってしてもあまり良くない。

 なので弓矢を使い『風の爪』のサポートをするユミネにその辺りのコツを教えてもらおうと考えた。


「ユミネー、ここでいいか?」

「あ、ダン君ありがとう。うん、ばっちりだよ」


 街の壁の程近くに的を設置しラムダンとダンがこちらへとやってくる。

 持って来たユミネの練習用の的は四角い台座の中央から大体二メートルぐらいの支柱が上に伸び、その柱に三つほど丸い板が取り付けてある。

 感じ的には縦式の信号機のような形だ。


「なるほど、外れても壁が矢を受け止めると」

「そうですね。遠くまで取りに行くのも時間掛かりますし……」

「街中では弓矢用の練習場って無いの?」

「冒険者ギルドの広場は弓を使うには少し手狭で……街中でやろうにも危ないし取り締まりされる可能性ありますから」


 魔術師ギルドの魔法試射用のような部屋でもあれば良いのにな、と思うが、やっぱり王都ではそんなに広々とした施設は作れないんだろう。

 その為割を食っているのがユミネらの様に弓を使う人ららしい。

 そのためこのように壁の外周沿いで練習する弓使いは珍しくは無いそうだ。


「でも弓ならそれこそヤマルのとこにエキスパートいるじゃない」

「エルフィ? あー、あの子は諸々の理由で弓より魔法の方が得意なのよ。……てかなんで皆もここに?」

「まぁ面白そうだったから?」


 何故か『風の爪』の面々がこの場に勢揃いしていた。

 ユミネは自分が呼んだしラムダンも意見聞きたかったからいるのは当然。彼女の相方のダンも一緒にいるのは普通だろう。

 でもフーレとスーリは直接的にはあまり関われないし好きにしても良かったんだが……。

 いや、好きにしてるからここにいるのか。


「でもエルフの弓術なら知識としては参考になるんじゃないの?」

「自分もそれ無いかと思ってエルフィに聞いたらあるにはあったんだけど……」

「けど?」


 エルフの弓術、その知識を教えてもらった自分に対し珍しくユミネが喰い気味に話に耳を傾けている。

 だが残念なことに彼女が欲しがりそうな知識は無い。


「『いいかエルフィリア。弓を射る時は森の魔素マナと相手の魔素、そして風の動きを感じるんだ。そうすれば我々が射る先に獲物が勝手に入ってくる』と……」

「それは、また……」


 感覚的過ぎて残念ながら付いていけなかった。

 要するに先読みの知識なんだろうが、どのようにして射ればいいのかすら無い。

 一応その事を聞くと大体のエルフは他の人の見たら撃てる様になるからなのだそうだが、残念なことにそんなことが出来るのは普通のエルフだけ。

 結局のところ彼ら専用の弓術ありきでの命中率であった為、人間では使い物にならなさそうだったのだ。


「と言うわけでユミネちゃんに教えてもらえないかなぁと」

「なるほど、分かりました。人に教えたことはありませんが私でよろしければ力になります」

「ん、お願いします」


 先生に礼を述べるように、ユミネに向かい深々と頭を下げた。



 ◇



 コツも含め弓の基礎段階から順々に見せて貰うことになった。


「とりあえず弓使いの難度としては大体四段階に分けられますね。実演するので見ていてくださいね」


 そう言うとユミネは持って来た自分の弓矢えものを手に取り、的から約三十メートルほど離れた正面の位置に立つ。


「まず基本中の基本。『足を止めた状態で止まった的に当てる』です」


 弓を引き絞り矢を番えると手馴れた動作でそれを放つ。

 やや緩やかな曲線を描いた矢は三つある的の内一番上の的のど真ん中に見事に突き刺さった。


「最初は当てるだけで十分ですね。慣れてくるとどの様にして当てるかとかどの場所を狙い撃つか出来るようになってきます」


 更にそう言うと彼女は第二射、第三射を続けて放つ。

 二射目は大きな山なりの弧を描きながらも真ん中の的の中心に斜め上から刺さるように命中し、三射目は真ん中の的のかなり右端に当たった。

 多分外れたではなくあえて端を狙ったと言うのが素人目でも良く分かる。

 好きな位置へ異なるルートで飛ばせるのは弓の強みだと思う。

 真っ直ぐしか飛ばせないこちらは射線上に障害物があるだけで防がれてしまうからだ。


「これが出来るようになったら次の段階です。『足を止めた状態で動いてる的に当てる』。固定砲台と揶揄されることもありますが、むしろ固定砲台にならない限り冒険者の弓使いとしては実戦は難しいかと。ダン君、いつものいい?」

「はいよ」


 待ってましたと言わんばかりにダンが的から少し離れた場所へと移動する。

 そして彼は拳大ぐらいの石をその手に持っていた。

 それをゆっくり投げると石は山なりの軌道を描きユミネの前方へ。そこへすかさず彼女が矢を番え射るとカンと軽い音が鳴り見事それを撃ち落した。


「コツはやはり的の動きの予測と、自分の撃つ矢がどれだけ自分のイメージ通りに動いてくれるかですね。先の『足を止めた状態で止まった的に当てる』も自分の攻撃をしっかりと自分の頭に教え込む側面もありますので」

「なるほど……」


 すごいためになる。物凄い勉強をしてる感じがあって良い。

 エルフの様な感性に訴えるものではなく、段階的に理詰めで教えてくれるのが自分に合っているのかもしれない。


「では三段階目。『動いている状態で止まった的に当てる』です」


 見ててくださいね、と更に離れたところまでユミネが歩いていく。

 そして彼女は矢を番えるとそのまま走り出し最初の地点に到達。そのまま足を止めることなく矢を射ると一番下の的に命中した。


「ここから難易度がぐっと上がりますね。今回は走りながらでしたけど、基本動くということは他の筋肉を使うことにもなりますしその為体幹がしっかりしてないと射ることすらままなりません」

「まぁ流石にあそこまで走りながらは滅多にないけどな。陣形が崩れると困るし」

「実際には敵の攻撃を避けたりしながらでも反撃できるようにするって意味合いが強いですね。もちろん走りながら撃てれば相手にとっては脅威ですから出来るに越したことはありませんけど」


 走りながら撃つ。

 実際には自分だと動きながらでは銃身がぶれてしまいそうだ。少しの角度でもずれると遠距離攻撃は明後日の方向に飛んで行ってしまう。


「最後は予想ついてるかも知れませんが『動いている状態で動いている的に当てる』です。こちらの実演は……石じゃあまり手本になりそうにないので省きますね。実際のところはお互い動いているから難易度は更に跳ね上がります。これが出来るようになったら弓使いとしては一人前と見て良いかもですね」


 とは言えその先が無いかと言われるとそうでもない。

 細かい技術や読み合いにパーティー戦でのテクニック。

 あえて当てないことで敵を牽制する等やれることは幅広い。


「まずは止まった状態で動いてる的に当てることを目標にすると良いですね。もし当てづらくても止まった的に当てる事が出来る状態なら、前衛に足を止めてもらうのもありですし」

「私の魔法で止めるのもあるけどね。まぁそこは実戦の状況次第かな?」

「『風の軌跡うち』だと足止めは充実してる方だし、まずはしっかり当てること目指すのが良さそうだね。その後段階踏む形でかな?」

「それが良いと思いますよ。ではまずヤマルさんの現状を見たいのですが……弓はどちらに? 短弓がカバンに入っているとかです?」


 あぁ、やっぱり弓には見えないよねぇ、銃剣コレ

 まぁどっちにしてもこの武器を冒険者目線でどうなのか教えてもらいたかったのでここで紹介する予定ではあった。

 右肩に背負ってた折りたたまれた状態の銃剣を胸の前まで持ってきて『風の爪』の面々に見せる。


「弓……ではないですけど、今自分が使ってる武器はこれですね」

「……コレは何だ?」


 まぁそう言う反応になるのは分かっていた。

 現状の見た目は四角い金属の塊にしか見えない。

 武器っぽい部分である刃の部分も折りたたまれた状態では内側を向いている為、どう頑張っても武器としての役割を果たそうとしていない様に見える。


「これはですねー……ドルンと仲間の職人さんが作ってくれた特別な武器です。ある意味人間とドワーフ、そしてエルフの合作ですね」


 数少ない自分が自慢出来る物。

 ちょっとだけ得意気に、でもここだけの話ですよと小さく告げる。

 でもそんな異なる種族の合作、それも犬猿の中のドワーフとエルフが入ってる時点で信じて貰えるだろうか。

 まぁ信じて貰えなくても仕方ないかと頭を切り替え説明の続きに入る。


「え、え……?」

「まぁこのままでは使えませんね。今は持ち運び用にしてますし。実際使う時は……」


 と、いつも使う様に中折れ状態を解除。砲身部分を起こし、しっかりと固定すると銃剣らしい姿へと変わる。

 そして腰から下げているマガジンを一つ取り出し側面部に差し込めば、反対側からコッキングレバーが現れた。


「こんな感じにしてからですよ」


 石突部分の持ち手を掴み剣を扱うように軽く二度三度ブンブンと振り回す。

 いつものことだがやっぱり軽い。マガジン部分のところだけが重いがそこはドルンがしっかり設計しているせいか重心だけはかなり安定している。


『………』

「あ、びっくりしました? 俺も最初コレ見た時はびっくりしたの——」

「「カッコいいぃぃ!!」」


 全員がポカンとした表情をし、自分も最初見たときあんな顔してたかなぁと思ったらダンとスーリに物凄い速さで詰め寄られた。

 彼らはまるで子どものように『何これ何これ?!』と銃剣を見て目を輝かせている。


「え、これ剣……じゃねぇよな?! でも形状はそれっぽいけど……」

「それより今のカシャンて何カシャンって! 変形する武器とか初めて見たんだけど!」

「いやでもこれ使うってことはこいつが弓矢か?! 形状似ても似つかねぇじゃねーか!」


 まさに大興奮の様子の二人。

 次は何を見せてくれるんだと物凄く期待に満ちた眼差しを向けてくる。

 何と言うかその姿に物凄く圧倒される。と同時に何かこう……物凄い優越感があった。

 自分よりも上の冒険者が物凄く羨んでくるこの光景。

 もちろん自分専用とは言え自分だけが使えるわけでは無いのだが、すごいの持ってるんだぞーとか子どもが友達に自慢するようなアレだ。

 

「とりあえず実演……の前に、ポチ!」

「わん!!」


 ポチを呼び戦狼へとなってもらう。

 そのままポチの《魔法増幅ブーステッドマジック》と《生活の氷ライフアイス》で一辺が三十センチ、高さ百五十センチ程の氷柱を生成。

 ユミネの練習用の的から少し離れた場所に出した氷柱は重さそのままに地面に突き刺さる。もちろん刺す前に《生活の土ライフアース》で地面を柔らかくすることも忘れない。


「自分はこっちで。あの的じゃ間違いなく砕けるので」

「砕けるってマジか?」

「うん、マジ。とりあえずやるから見ててね」


 ユミネ同様氷柱の的から三十メートルほど離れ銃剣を構える。

 右脇で柄を挟み左手でぶれないようしっかりと固定。狙いを定め引き金を引くと銃口から総鉄製の矢が相変わらずの速度で放たれ、氷の的に半分ほど埋まる形で突き刺さる。


「まだまだ行きますよー!」


 続いてコッキングレバーを引き魔力を充填。カシャンと音が鳴ると同時に精霊石に魔力が集まる。

 そして呼応するように光り始め数秒でそれが安定したのを見て引き金を引きっぱなしにした。

 出てくる効果はフルオート射撃。間髪行かず——と言うほどではないものの弓使いからしたらその連射力は目を見張るものだろう。

 マガジンに残った残りの矢は九本。それら全てが三秒の間に放たれ、内六本が氷柱に命中する。

 三本は同じ場所を狙うと矢同士が干渉すると思いずらした結果外れてしまった。一本は地面に、残り二本は後ろの街の壁に突き刺さる。


「ラスト!!」


 コロナがいれば調子に乗ってるなぁと諭したかもしれないぐらい割とノリノリだった。

 矢が無くなったマガジンを外し腰の予備弾装と手早く交換。

 再びコッキングレバーを引き再度魔力の充填を開始。溜まるまでにしっかりと的に狙いを定め……撃つ。

 今度は単発、だけど最大火力の溜め撃ちチャージショット

 先の十本分で氷柱にダメージがあったのだろう。矢が突き刺さると同時、横に亀裂が入ったかと思えば氷柱は勢いに負けそのまま真っ二つに砕け散る。

 幸いにも撃った矢は威力が殺されたようで先の二本同様に外壁へと突き刺さって止まった。

 ……もし威力が殺しきれてなかったら突き抜けてたかトレントみたいに砕けてたかもしれない。

 流石に調子に乗りすぎたと反省をする。


「えー……コホン。とりあえずこんな風に最初の『足を止めた状態で止まった的に当てる』はそこそこ出来てると思うんですが……」


 『どうですか?』と問いかけるも全員ポカンとした表情でこちらを見て固まっていた。

 やっぱり調子に乗りすぎたか、と反省するも束の間の事。

 固まっていた全員が復帰すると同時に『そうじゃないだろ!!』と総つっこみを食らう羽目になったのだった。


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