第138話 事後説明と相談


 宴会の翌朝、少し遅い時間にポチを連れて宿を出る。

 今朝はのんびりと朝食を取ったものの、一緒にいたのはコロナとポチだけ。ドルンとエルフィリアは昨日のお酒が残ってるのかまだ寝ているようだった。

 とりあえず昨日の話した通りにコロナに二人を任せ、自分はラムダンの家へと向かうことにする。


「おはようございます、ヤマルですー。ラムダンさん、いますかー?」


 ラムダンの家に着きドアをノックすると中で誰かがこちらに来る音がした。

 少し待っていると玄関のドアが開かれ、そこからエプロン姿のイーチェが姿を表す。


「おはよ、ヤマル君。今日はどうしたの? 何か忘れ物?」

「あー、その。約束はしてないんですがラムダンさんに相談したい事がありまして……」

「そうなの? あの人はいるから上がって良いわよ」


 お邪魔します、と言いイーチェに招かれ家の中へと入る。

 リビングに行くと丁度ラムダンが朝食を取っているところだった。朝と言うには遅い時間なだけに、ラムダンがこんなにのんびりしているのは少々意外だ。


「ヤマルか、どうした。何か忘れ物か?」

「夫婦そろって同じ事言ってますね……。あ、えーと、お時間ありましたら相談をと思いまして……」

「この前言ってたやつだな。今日は空いてるから構わないさ。俺も話したいことあったからな」


 まぁ座れ、とラムダンに言われ彼の対面へと腰掛ける。

 本来は『風の爪』全員で食事を取るためか大きなテーブル。だが今は自分とラムダンだけなのでかなり広く感じた。


「はい、ヤマル君お茶どうぞ。ポチちゃんは少しぬるめので良いかしら?」

「あ、ありがとうございます」

「わん!」


 カップを受け取りお茶を一口飲むとなんだかほっとする。

 宿暮らしが長いせいかこういう家庭の味と言うものに飢えているのかもしれない。コロナの実家のときもそんな感じだったし。


「あれ、そう言えば他の四人いませんね。まだ寝てるとか?」

「いや、部屋に閉じこもって作戦会議だそうだ」

「この人、レーヌちゃん……もう女王様の方がいいかしら。あの子の事を今朝皆に言ってね」

「俺は昨日一人で抱えてたからな。まぁ少しぐらい良いだろ?」

「あまり苛めないでくださいねー」


 つまり昨日早々にリタイアしたから今日その仕返しをしているわけか。……大人気無いなぁ。

 いや、でもギルドとかでしか姿を見てないし、普段の彼はこんな感じでフランクなのかもしれない。


「まぁあいつらは昨日女王様に色々やってたからな」

「本人は全然気にしてませんでしたけどね」

「だとしてもやっぱり俺らからすれば雲の上の人間だ。知らなかったとは言え粗相があったらやっぱり気にするもんだろう?」


 まぁダン達の行動を気にした結果彼は昨日は部屋に早々に戻ったもんなぁ。

 そして当人らは頭撫でたり抱きしめたりと色々やっていた。あの場では一個人としてだからまだ良かったものの、普通の場ならどんなことになるか想像すらつかない。


「と言うかそもそもお前は女王様とどんな関係なんだ? 実は王族とか貴族とかか?」

「どんなと言えばまぁ昨日見ての通り……ってラムダンさんはいませんでしたね」

「すごく仲良かったわねー。女王様が自分からヤマル君のお膝の上座るのなんて見てて可愛かったわよ」

「まぁそんな間柄です」

「すまん、さっぱり分からん」


 まぁここまで関わらせた以上黙っておくつもりはないので大人しく話しておくことにする。


「レーヌと最初に会ったのは実は戴冠前なんですよ。彼女が王都に来てすぐだったかな? なのでそのときは女王様ではなかったので知らなかったんですが……まぁ女王様になってても自分では気付けなかったでしょうね」


 その後レーヌが逃げ出したとかその辺のことは言葉を濁し事実をぼかしつつ掻い摘んで話す。

 とりあえず重要なのは普通の女の子だと思ってたら実は女王様(予定)でしたって部分だ。少なくとも自分は知り合おうとして知り合ったわけではない。


「で、その時の縁でたまーに話したりぐらいですか。向こうも忙しい子ですし……あぁ、ちゃんと国としてはその辺は知ってますし監視下なので疚しい事は何もないですよ」

「あー、だから『おにいちゃん』だったのね。近所のお兄ちゃん的な」

「まぁ兄妹で通すには似ても似つきませんからね。髪の色とかむしろ共通点探す方が難しいでしょうし」


 ともあれあくまで仲良くしているのはレーヌ自身が個人として動ける範囲での場でだ。

 公的な場所は元より、一般的なところではちゃんと女王様として接するようにはしている。


「あの子も昨日は楽しんでましたし特にこちらに何かすることはないと思いますよ。むしろ昨日色々置いていってもらったのでは?」

「あ、分かる? そうなの、レディーヤさんが余ったのは置いていくので使ってくださいって高いお肉や調味料とか結構くれたのよ。迷惑料かしらね?」

「それもあるでしょうけど単純にお礼も含まれてるかと。流石に個人的な付き合いで国家予算からお金をポンと出す訳にはいかないでしょうし」


 もちろんレーヌの為の遊行費などは予算としてあるだろうから全く公費ではないとは言えないだろうけど。

 でも流石に金一封を置いていけないだろうから現物で渡したんだろう。調味料とかをあげる辺り、レディーヤさんも何が喜ばれるか良く分かっているチョイスだと思う。


「自分から話せそうなことは大体この辺——ん?」


 ドタドタと、リビングに通じる廊下の方から複数名の足音がする。

 三人が顔を向けると同時、部屋で作戦会議をしていたダンやスーリ達がリビングへとやってきた。


義兄貴アニキ、やっぱ城に行って頭下げに……」

「あ、おはよ」


 よ、と軽く手を上げリビングに今入ってきた面々に挨拶をする。

 だが次の瞬間自分が見たものは土下座だった。

 それもただの土下座ではない。流れるような滑らかさをもった至高の土下座だった。

 意味が分からない。


「え、何?」


 ちなみに土下座スタイルをしているのはダンとスーリであり、その後ろではフーレとユミネが自分達もするべきかみたいな困惑顔をしている。

 と言うかこの世界でも謝罪は土下座なのか。そう言えば頭を下げる所作も日本と一緒だったのを思い出す。


「この度は女王陛下の兄上とは知らず数々のご無礼を」

「ご無礼を」


 ……あぁ、そう言うことか。

 知らない人から見たら仲睦まじい兄妹に見えなくも無い。実際獣亜連合国に出立する時に同じ馬車に乗った他の乗客には勘違いされていたし。


「俺レーヌの兄でもなければ王族でもないよ」


 とりあえずいつまでもこの格好させておくわけには行かないので事実はちゃんと伝えておく。

 するとそれを聞いた二人はゆっくりと立ち上がるとおもむろにこちらの肩と胸倉を掴んできた。


「何よ土下座損、略して土下損じゃない! 紛らわしいことしないでよね!!」

「俺なんか首跳ねられるの覚悟してたんだぞ!!」

「清々しいぐらいの掌返しだなおい」


 ガックンガックン体を揺さぶられながらジト目で二人を見るも、これが王族と一般人との態度の差かと思う。

 確かに皆からこんな扱いを受けたら軽口言い合える仲がどれほど素晴らしいか分かる。

 レーヌも元は貴族ではあるが大きくない家柄だし、仲の良い使用人もいたと聞いている。

 こういった関係を知っているならば普通に接してくれる人を欲するのも無理はないかもしれない。


「ったく、緊張して損したわ。姉貴ー、俺らも朝飯ー」

「はいはい。でもヤマル君は女王様ととぉっても仲が良いみたいよ?」

「マジすんませんでした」


 扱い手馴れてるなぁ、流石長女。

 とりあえず全員が同じテーブルに着きイーチェが全員分の朝食の支度を始めた。

 もちろん自分の分もどうかと聞かれたが食べてきたのでそこは丁重に断りを入れる。


「話が大分ずれたが相談事だったか。皆が居ないほうがいいなら表で聞くが」

「あー、そこまで秘密な話ではないですよ。とは言え『風の軌跡うち』としては割と大事な話ですが」

「おー、言ってみ。折角こんだけ面子が揃ってんだからよ」

「なんであんたが言うのよ……。でも人数多ければ何か良い案もあるかもしれないしね」


 フーレの言葉に頷きとりあえず最初の相談事を話し始める。


「パーティーメンバーが増えたので支出が増えたんですよ。で、自分のランクだと正直収入と支出が合わないんですよね」

「まぁ今まではコロナちゃんとポチちゃんだけだったもんね」

「それがドルンさんとエルフィリアちゃんが加わったから実質倍ね。確かにDランク依頼じゃ赤字街道まっしぐらね」

「あの、ヤマルさん以外には冒険者ギルド所属の方はいらっしゃらないんですか?」

「冒険者ギルドは俺だけだなぁ。一応皆他のギルドには所属しているけど……」


 金策ともなるとコロナのBランク傭兵の仕事の手伝いとかだろうか。

 でもあのギルドはばりばりの武闘派ギルドだし、戦闘前提の依頼は正直辛い。

 それもBランク依頼ともなればかなりの危険が付き纏うのは予想出来る。


「ならドルンさんに何かしてもらうのはどうだ? ドワーフだし鍛冶の心得とかはあるんじゃないか?」

「うーん、確かにドルンは腕の良い鍛冶師だけど……頼んで良いのかなぁ。一緒に来てくれてる上に金策とかおんぶに抱っこになりそうで控えた方がいい気がするんだけど」

「そこは要相談じゃないかしらね。まぁヤマルなら人の事を勝手に決めることはあまり無いでしょうけど」

「後はヤマルがランク上げて報酬が良い依頼受けるようにするしかねーんじゃねーかな。五人パーティーなら俺らと一緒だし、大体Cランク依頼でトントンぐらいだろ?」

「やっぱランク上げかぁ」


 魔物討伐依頼はあまりしたくは無いがそうも言っていられない。

 資金面が危なくなる前に何とかしないと王都から動けなくなってしまう。


「とりあえずはランク上げとドルン作の武具を売る、ってところか。あー、これならポーションも卸せるようにしとけば良かったかなぁ」

「あぁ、確か雨の日限定だったか。まぁそこは諦めろ」


 後は以前みたく遺跡探索とか……いや、ありか?

 古代の施設が遺跡なら、メムが昔の施設の場所を知ってるのなら教えてもらえる可能性もある。

 後はすでに発見されているか、もしくは人が行ける場所にあるかにも寄るけど手段の一つに加えてもいいかもしれない。


「それで今日は冒険者としての金策の相談だったか?」

「それもですがまだ何個か……」

「まぁついでだしな。聞こう」

「ありがとうございます。全部お金関係にはなるんですけど、パーティーの移動手段について意見もらえたらなぁ、と」


 前回の旅で台座部分は手に入れたがまだ召喚石のパーツは揃っていない。

 今後も旅をするのは確定だがそれについての足が今まで通り徒歩や乗合馬車、もしくは護衛で良いか。

 他に何か良い手があれば教えて欲しいと思ったのだ。

 とりあえず召喚石部分は欲しい物と中身をぼかしつつまた遠出の予定があるとだけははっきりと伝えておく。


「移動なぁ。正直それって前回の時には思わなかったのか?」

「前の時は出るときは自分とコロとポチでしたし、まさか二人も増えて帰って来るなんて思わなかったんですよ。旅費でやっぱりかかるのは移動費です。稼ぎながら移動出来れば一番ですが出来れば安定した足が欲しいんですよね」

「まぁ普通ならやっぱ馬車だよな。俺らも大人数だから遠出んときは使ってるし」

「でも国外までの遠出ならいっその事馬車を買うとか?」

「その場合馬を走らせたりお世話したことある人が欲しいけど……。ヤマル君のパーティーに経験者っているの?」

「……多分いなさそうですね」


 自分は言わずもがな。

 コロナは幼少期から傭兵訓練を父親とやっていたし、エルフィリアは森の中の村暮らしだからそもそも馬と触れ合う機会すらない。

 可能性があるのはドルンだが鍛冶一筋っぽいあの人が馬の世話とかするイメージが無いし……。


「そうなると御者さんも必要になってきますね……」

「馬車買うんじゃなくて借りるのはどうかしら? 商業ギルドに運送部門あったでしょ?」

「馬車と御者を丸ごと借りるやつか。だが人数的に割ったらやはり乗り合いの方が安くないか?」

「とゆーかヤマルは前の時はどんな感じだったの?」

「帰りはほぼ乗り合い、依頼がかち合えば護衛とかとだったけど、行きはそれに加えてポチ使ったりもしたよ。元々俺とコロナだけだと荷物少ないし、ポチ使うと馬車の三倍ぐらいの速度で走れるし」

「三倍……」

「ならそのままこいつ使え……れねぇか。人数増えたもんなぁ」

「そゆこと」


 いくらポチが大きいとは言え四人も背に乗せての長距離移動は無理だ。

 特にドルンが重過ぎる。本人の体重もだが基本金属武具だから更に重量が跳ね上がっている。


「すまんがさっき言った案ぐらいしかないな」

「そうですか……。まぁ無いものは仕方ないですし、こっちでもう少し考えてみますね」


 しかしどうしたものか。

 実はこの際拠点の話もしたいと思っていた。女将さんの宿はリーズナブルだが流石に現状の稼ぎで四人は少し辛い。

 もちろん先の金策で稼げるようになればこのままが良いんだけど……。

 拠点、と言うか家。ラムダンらでいえばまさにここ。

 ただ仮に手に入れたとしても維持費もかかるしそもそも遠出前提で動いてる自分達には不要なものかもしれない。

 今は対処療法ではあるが無難に金策するのが近道か、と結論付けし金回りに関してはまた宿に戻ってから皆に相談することにしよう。


「相談はまだあるんだったか?」

「あ、はい。次で最後なんですけど……彼女をちょっとお借りしたいんですが」


 そう言って向ける視線の先には『風の爪』で一番大人しいユミネ。

 いきなり自分が指名されるとは思ってなかったのか『え、え、私?』と軽く混乱する彼女に、はっきりと頷きを返したのだった。

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