第135話 小さな戦い
「すいません、ラムダンさんをお願いしますね」
「いいのよ、ヤマル君も付き合ってくれてありがとね。でも珍しいわ、この人がこんなに飲むなんて」
楽しかったのかしらね、と嬉しそうにイーチェが微笑むが実は半分自棄酒に近いとは言いづらい。
曖昧な笑顔で誤魔化し、少々酒が入りすぎたラムダンを彼女に預け二人は家の方へ向かっていった。
(うぅん、やっぱり前以て言っておいた方が良かったのかなぁ)
でもそうすると絶対楽しくなくなる。
下手したらレーヌに対し普通に接するのが自分とコロナとポチだけになってしまう。
視線の先には相変わらずフーレやスーリに可愛がられてるレーヌの姿。ラムダンに挨拶したときのような上品な仕草は成りを潜め、代わりに本来のレーヌの素が出ているのが見て分かる。
そう言えばイーチェはドルンと飲んでたはずだが今見た限りでは酔った素振りなど微塵も無かった。
あの若奥様の肝臓はドワーフ並なのかもしれない。
あれ、でも以前のラッシュボアの打ち上げの時は真っ先に酔ってたような……。もしかしてその時は酔った振りだったり?
う~ん、謎だ。
「ヤマルー!」
「わん!!」
そんなことを考えて適当な椅子に腰掛けているとポチとコロナがこちらへと歩いてきていた。
「お肉持ってきたよ、一緒に食べよ!」
「お、ありがとうね」
お肉の良い匂いを漂わせたお皿をコロナが差し出してくる。
それを受け取ると彼女は自分の隣の椅子に座り、ポチは相変わらず足元に伏せてはこちらを見上げるような格好をしていた。
「コロもイーチェさんの手伝いありがとね」
「ううん、この人数はやっぱり一人じゃ大変だし。それにレディーヤさんが来てからは色々してくれたからすごく助かったよ。流石本職だよね」
そう言ってコロナの視線の先では相変わらず一人働き続けるレディーヤの姿。
彼女はまるで自分の実家であるかのように次々に料理を作り淀みなく皆の対応をしている。
「さ、お肉冷めないうちに食べちゃお」
「そうだね。では、いただきます」
すでに食べやすいよう一口サイズに切り分けられた肉をフォークで刺すとその部分から肉汁が溢れる。
そのまま口に放り込むと一口噛む度に肉の旨み、それを引き出すように絶妙な配分の塩を初めとした各種調味料が……。
「あれ、この味って……」
「美味しいよねー。レーヌさんが持ってきた食材、半分は調味料だったの。私達じゃこんなに贅沢に使えないもんね」
塩はともかく日本ほど多様な調味料が手軽で売られてはいない。
肉料理も街では塩が基本。お店によっては各自で準備したタレやソースはあるものの一般家庭ではそうそう出回らない。
コロナが持ってきてくれたお肉はレディーヤが色々と味付けをしたものだった。
今食べてるのはあっさりとした塩味。その隣にはソースがかかった肉など色々持ってきてくれたようだ。
「んー、美味し!」
コロナも肉を食べては一目で幸せが溢れているような笑顔を浮べる。
そんな彼女を見てこちらも釣られるように笑みがこぼれた。
「わふ!」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと待ってね」
流石に熱々の肉を手に乗せれないのでポチ用の皿に肉をいくつか取り分け目の前に置く。
待て、を言う間もなく置かれた瞬間からポチは肉へと飛びついた。
欠食児童さながらのがっつきっぷりだが、ポチの口にもこのお肉は満足の行く出来だったのが良く分かる。
「レーヌは他に何持って来てたの?」
「確かお肉にお野菜、後は白パンとかかな。量は多くないけどその分質の良いもの用意してきたってレディーヤさんが言ってたよ」
「へぇ、後でそっちも貰おうかな。お城の食材なら野菜とかも新鮮だろうし」
「そう言うと思って持ってきたよ!」
「おわっ!?」
真後ろから元気な声を掛けられ思わず手に持った皿を取り落とす——寸前でコロナが何とか支えてくれた。
危うく熱々の肉をポチの上にぶちまけるところだったのでほっと胸を撫で下ろす。
「セーフ……」
「びっくりしたぁ……。レーヌ、いつの間に後ろに……」
振り返ると危うく大惨事になりかけたこちらの様子に驚き、そして即座に申し訳無さそうにしょげてしまった。
「ちょっと驚かそうと思ったら、その……」
「あぁ、別に怒ってるわけじゃないよ。おいで」
なるべく優しく声を掛けるとレーヌは安堵の表情を浮かべコロナと反対側の椅子に座る。
図らずとも左右にレーヌとコロナに挟まれる形となったが、左右から妙な圧を感じるのは気のせいと思いたい。
「それでレーヌは何持ってきてくれたの?」
「えっと、パンとサラダとか。レディーヤがお肉だけじゃダメですよ、だって」
「何でこっち見ながら言うのかな……」
ぷぅ、とコロナが頬を膨らまし抗議するも残念ながらそんな可愛い抗議では効果は全く無さそうだ。
恨めしそうにレーヌに視線を送るコロナを余所に、彼女は持って来たパンをこちらに差し出す。
「はい、おにいちゃん。このパンも美味しいよ」
「あ、うん。ありがと」
「ヤマル、速く食べないとお肉冷めちゃうよ?」
「ちょ、ちょっと待って……」
右手にお肉、左手にパン。
正直どっち食べてもいいんだけど彼女らの目がこう訴えている。
どっちから食べるの、と。
どっちでもいいじゃん、と言いたくなるのをぐっと堪える。多分これは言った瞬間ダブルで手痛い目に合うパターンだ。
ちなみに傍から見たら可愛い女の子に取り合いされているように見えるんだろうが決してそんなことではない。
この子らはどちらかと言えば自分をダシにして張り合ってるだけだ。……多分。
そしてこの状況を打破するために折衷案を模索し、思いついたその案を即座に実行に移す。
「……コロ、今ナイフ持ってる? それでこのパンを半分に切ってほしいんだけど」
「ナイフは確かあっちにあったはず。持ってくるけど半分こで誤魔化すとかは無しだよ」
「分かってるって……」
そう言うとコロナは立ち上がり素早く調理台にあったナイフを持ってきた。
戻って来たコロナにレーヌからのパンを渡し、代わりに彼女が持ってたお肉の皿を受け取る。
そして持って来た調理用のナイフを器用に使い丸い白パンを上下に分割するように両断した。
「これでどうするの?」
「もちろんちょっと一工夫。そのパン両方とも貸して」
再びコロナとパンとお肉の皿を交換すると、今度はレーヌが持ってたサラダに手を伸ばす。
その中から葉野菜を少し貰っては切ってもらったパンに乗せ、更にその上にお肉を乗せては残ったパンで挟み込んだ。
こうすればハンバーガーもどきの完成である。
「折角良いパンとお肉、それに野菜あるんだからね。普段出来ないもの食べさせてもらうよ」
そう言って両手でしっかりとパンを掴み一口被りつく。
溢れた肉汁をパンが吸ってくれ口一杯に旨味が広がった。
まぁ実際のところハンバーグは使ってないし日本の物とは全然違うのだが、もう何ヶ月も口にしてないと代用品だとしても作れたのはすごく嬉しい。
それにこれ、向こうのジャンクフードに比べれば良い素材使ってる分普通に美味いし。
「ほら、これなら肉も野菜もパンも一緒に……どしたの?」
「あ、ううん。そう言う料理あるんだなぁ、って思って……」
「あれ、サンドイッチとかこの世界あるよね?」
確かエルフの村に居たときはエルフィリアが野菜のサンドイッチを作ってくれていた。
あの村以外では確かに見かけたことはないが、少なくともサンドイッチの存在そのものはあるはずだが……。
「おにいちゃん、それあまり一般的じゃないと思うよ」
「そうなの?」
「うん、私が見たのは前の領地に居る頃だったよ。屋敷の料理長が賄いで使用人に出してるの見たの」
「少なくとも地元のデミマールじゃ一般的じゃないかなぁ。王都でも……うん、見たこと無いかも」
その後二人に少し話を聞き出てきた推論。
恐らくフワフワの柔らかいパンが必要であり、一般家庭ではそれが出回らないからだろう。
だから俺も殆ど見た事がないしコロナも知らない。
代わりにパンが用意出来る環境であれば普通に知っているようだ。
貴族時代のレーヌは見たことはあるし、白パンが常食のエルフらでは当たり前の料理になっている。
ちなみにレーヌはこちらに来てからは見ていないらしい。少なくとも王族としてはこの様な手に持って齧り付くタイプの料理は出してもらえないそうだ。
「と言うわけでおにいちゃん、一口頂戴?」
「別に一口じゃなくても切って挟むだけだからもう一個作ってあげるって。大体これ俺の食べかけだし……」
「はむっ!」
こちらが難色を示していると制止する間も無くレーヌがハンバーガーもどきに齧り付く。
あ、と気付いた頃にはときにすでに遅し。
女王として以前に女の子としてはどうなんだと言わんばかりにそのまま二口三口。気付けばリスの様に頬袋に一杯詰め込んだ状態のレーヌが出来上がっていた。
「
「何言ってるか分からんからまず口の中の物を食ってあ痛ったぁ!?」
右手に何やら鋭い痛みが走り思わず叫び声をあげてしまう。
何事かと慌てて見ると手に持っていたハンバーガーもどきの残りが無くなり、代わりにコロナがレーヌ同様にもごもごと口いっぱいに何かを食べていた。
どうやら彼女に手ごとハンバーガーもどきを食われたようだ。右手に見事な歯型がくっきりと残っている。
「んく。コロナさん、流石にそれははしたないのでは?」
「んぐもぐ……ん。最初にやった人に言われたくあーりーまーせーんー。それに女王様がそんな食べ方でいいんですか?」
「今は私はただの女の子ですから。でも大人のコロナさんが私の真似するとか流石にそれはちょっと……」
「あら、子どもって自分で認めちゃいますか」
「それはまぁ事実ですし? それに子どもは子どもでしか出来ないことはありますからね。例えば……」
丁寧な口調に鋭い刃物が混じってるような言葉の応酬。そんな目の前の光景に辟易し心を無にするよう努めていると、レーヌがこちらにジェスチャーを送ってきた。
彼女の意図する事が何となく分かったので指示されるまま両手を上げると、隣の椅子から自分の膝の上に座りなおしてくる。
……やっぱ軽いなぁ、この子。まぁこれぐらいの歳の子なら普通なんだろうけど。
「こーんな事とか。コロナさんには出来ないですよね?」
「うぐ……でも、それだってもう数年もすれば出来なく……」
「えぇ。なのでそれまでの間たっぷり甘えさせてもらおうかなーと」
ねー?とこちらを見上げるレーヌだが、そんな返答に困る質問されても曖昧な笑みしか浮べれない。
隣のコロナは張り合いたいのだろうが、残念なことにそこはレーヌが言うように大人と子どもの差。仮に彼女が乗ってこようとしたら多分自分はダメと言うだろう。
本能と理性、追加で羞恥心が鬩ぎ合ってるような表情をするも結局どうすることも出来なかったためか、彼女はその発散出来ない気持ちを目の前のお肉へとぶつける方向にシフトしていた。
お皿の上のお肉が見る見るうちに減っていき、その様子を見てはレーヌがフフンと勝ち誇ったような笑みを浮べている。
だがそれも束の間。
悔しそうにふてているコロナが自分に言い聞かせるようにとんでもない事を口にした。
「いいもん、私ヤマルと一緒に寝たことあるもん」
ビシリ、と体が固まったような効果音が聞こえた気がしたのはレーヌの動きが止まったからだろう。
彼女のフォローではないが言い方に語弊がありそうなので即座に修正を敢行する。
「コロ。一緒の部屋で、でしょ」
大体今の言い方では完全に同衾したかの様に聞こえてしまうではないか。
自分はそんなことしないし出来ない。
仮にコロナが布団に潜り込んで来たら逃げる自信すらあるほどだ。
「ま、まぁおにいちゃんとコロナさんは同じパーティーだし? そういうこともあるよね、うん」
「レーヌ、声が上ずってるよ。何思ってるか知らないけど別に変な事はしてないからね?」
おませさんと思うべきか、それとも貴族の風習か何かでそう言うことを覚えさせられていると思うべきか。
判断に迷うところではあるが、とりあえずは何もしてないと言うことだけはしっかりと告げる。
だがコロナの追撃はまだ終わらない。
「それにヤマルに下着買ってもらったこともあるもん」
「おにいちゃん?!」
先ほどは耐えれたレーヌの精神障壁も今の一言でぶち抜かれてしまったらしい。
今まで見たことの無いような非難の目でこちらを睨みつけてくる。
……あんまり迫力無いけど。むしろ膨れっ面のレーヌは普通に可愛いからあまり効果は無さそうだ。
そんなレーヌの様子に今度はふてていたコロナの目に再び光が灯り始める。
彼女に見えないよう口端を上げると、今度はコロナが得意気な表情を浮べる番だった。
「見る? ヤマルが買ってくれた下着。今つけてるんだけど」
「……良いですよ。見せてもらおうじゃないですか」
そう言ってコロナがスカートの裾をつまみ始めたので慌てて顔を背ける。
反対にじっと覗き込むようにその様子を見ていたレーヌだったが、恐らくアレを見たのだろう。
膝上で抱いているため彼女が息を呑むのがはっきりと分かった。
「は、破廉恥なデザインですね……」
「違うよー、これはお・と・なの嗜み。見えないところに気を使うのも大人の女性に必要なの」
「これが大人……!」
物凄く衝撃を受けたように身を震わせるレーヌだが本当にこれどうしよう。
大体コロナはあの時は魂すり減らしたかの様に憔悴しきってた状態で購入してたではないか。その事は一緒にいた自分が誰よりも知っている。
これでもかと言うぐらいドヤ顔して勝ち誇った笑みを見せていても、その事を知っている以上大人と言うのはちょっと無理があるような……。
(まぁここは黙るが吉)
とは言えそれに突っ込んでも誰も得しないので大人しくしておく。
むしろこの場は空気に徹するべきだ。無用な被弾は極力避け平和的にこの場を乗り切ろうと心に誓う。
「だからレーヌさんが大人になる数年間ヤマルにそうするなら、私はその間大人として……そう、『大人として』ヤマルと接するからね」
「うぐ……うぅ……!」
大人の部分をこれでもかと協調するコロナだが、傍から見たら見た目も相成って子どものやり取りにしか見えない。
どうしたものかと思ってその様子を眺めていたその時、レーヌの感情が限界を突破した。
「もうなんですか! コロナさんは私に何か恨みでもあるんですか!」
「レーヌさんだって私に突っかかりすぎだと思うけど!」
「おっと!」
隣のコロナに掴みかかるレーヌとそれに対し応戦するコロナ。
そして彼女たちが持っていたお皿を寸でのところで両手に回収すると、自分の目の前で小さな争いが開始される。
「コロナさんだって私とそこまで歳違わないでしょう?!」
「それでも大人と子どもの境目を分けてるのは事実でしょ!」
でもまぁ自分は知っている。
こうやって張り合ったりしてはいるものの、基本的に彼女達は仲が良い。むしろお互いを好いているぐらいだ。
「大体なんですかこの耳や尻尾は! ものすごくモフモフじゃないですか! こんな可愛いものつけてるとかズルくないですか!?」
「そっちだってこのもちもちほっぺは何!? 大体高貴な人って何で可愛い人多いの! そっちこそズルい!」
むにむにと目の前でレーヌの頬がコロナの手によって変幻自在と言わんばかりに形を変え、レーヌの手はコロナの耳と尻尾をこれでもかと言うぐらい撫でまくる。
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立て半分取っ組み合いに見えたためかセーヴァやサイファスがこちらを止めに入ろうとする。
だがその様子を見ては二人とも色々と察したようで特に何も言うことなく見守る体勢に入っていた。
レディーヤに至ってはまるで妹を見る姉のような、まるで微笑ましいものを見る表情をしている。
ただやるなら出来れば他の場所でやって欲しいとは思う。
両手が塞がってるこの状態ではレーヌを支えることも出来ない。正直何かの拍子で膝から落ちそうで怖い。
どうやって止めようか、と思っていたらいつの間にか目の前に見知った人物が立っていた。
「あれ、エルフィ?」
見上げる視線の先には相変わらず頬が赤いエルフィリア。
ただ先ほどのようにボーっとしたような感じは無い。一応意識はこちらに戻ってきたようだ。
「あの、ヤマルさん。少しお話が……」
「え、うん。……あ、二人とも、ちょっと一旦止めてくれるかな」
彼女の様子から多分他の人にはあまり聞かれたくない話なんだろう。
とりあえずこの場を脱するべくコロナとレーヌに声を掛けると、彼女らは突然の来訪者の顔に鋭い視線を向け——その視線が徐々に下へと落ちていく。
そしてある一点で両者の視線が止まると、どちらからともなく掴み合っていた手が自然と離れた。
同時に先ほどまで存分に発していた女の子特有の圧も一気に萎んでいく。
「……コロナさん。一緒に頑張りましょう」
「……うん、二人で真の大人の女性目指そ」
まるでエルフィリアの胸に話しかけるようにそう言い熱い握手を交わすと、二人は肩を並べ別の場所へと歩いていった。
図らずしもこの場で一番大人な肉体を持つエルフィリアが来た事で現実を目の当たりにしてしまったらしい。
何の事か分からず半分困惑しているエルフィリアだったが、こちらとしては彼女に謝辞を送りたいぐらいの気持ちだった。
「それで話って?」
「えっと、その……ちょっと、別の場所でも良いでしょうか?」
了解、と言うと立ち上がり両手に持った皿を適当なテーブルの上に置く。
そして彼女を伴い話を聞くべく、皆から少し離れた場所へと移動することにした。
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