第134話 お忍び女王様
玄関先までレーヌを迎えに行くとそこには四つの人影があった。
一番小さな人影はもちろんレーヌ。今日は獣亜連合国に出発する時に見た冒険者風の服装に銀髪をポニーテール風にまとめていた。
しないと信じてはいたものの流石にドレスで来られたらどうしようと思ってただけに彼女の服装を見て内心胸を撫で下ろす。
そんな彼女はこちらを見つけると、まるで咲いた向日葵の様な笑顔で自分の方へ駆け寄ってきた。
「ヤマルおにいちゃん、お帰りなさい!」
「ん、ただいま。元気そうで良かったよ」
勢いそのままにこちらのお腹に抱きつくレーヌ。
通話で話したりはしてたけど実際彼女の姿を見るまでは心配はしていた。
フォローしてくれる大人はたくさんいるが彼女はまだ十歳の女の子だ。こうして元気な姿を見ることが出来て一安心である。
「ヤマル様、お久しぶりです」
「お久しぶりですね。レディーヤさんもお元気そうで良かったです」
続いて現れたのはレーヌの専属メイドのレディーヤだった。
ただし今日は流石にメイド服は着ていない。ごくごく普通の市井の人のような地味な服装だった。
いや、違う。良く良く見れば上着もズボンも上物のような気がする。
スカートではなく動きやすそうな長ズボンなのは万一の時を考えてのことだろう。
レーヌと同じポニーテールの髪型なので見る人が見れば姉妹に見えるかもしれない。
「今日は無理言ってしまいすいません」
「いえ、レーヌも忙しい子ですし流石に数ヶ月振りですからね。それにお礼はラムダンさんへお願いします。自分の知り合いってだけで快く迎えてくれたわけですし」
「おにいちゃん、ラムダンさんってここの人だよね?」
「うん、ここの家主さんで俺の冒険者としての師匠みたいな人かな。あの人居なかったら死んでた可能性も十分にあるからね」
冒険者のイロハをしっかりと叩き込んでくれて以降も色々と面倒を見てくれたこの世界の恩人。
最初は仕事からの付き合いではあったものの、ラムダンさんと彼を引き合わせてくれた職員の人には感謝しても仕切れない。
「ラムダンは確かチカクノ遺跡で一緒だった冒険者チームのリーダーだったか」
「サイファスさん! それに……セーヴァも?」
「こんばんわ。今日は護衛として来ましたよ」
レディーヤの後ろから現れた救世主二人。それも戦闘力に特化しているであろうツートップだ。
過剰な気がしないでもないがレーヌがここにいるのであればやりすぎぐらいで丁度良いぐらいかもしれない。
とは言え流石に宴会の場であることは分かっているらしく二人とも軽装であった。
セーヴァは剣は携えているもののサイファスは武具は一切無し。代わりにレーヌが用意すると言っていた食材の袋を持っていた。
「とりあえず中に入ろっか。ご飯食べながらゆっくり話せば良いしね。……セーヴァ達も少しは食べてってね?」
「ですが護衛のお仕事が……」
「もちろん仕事ほっぽり出すのはダメだけど、宴席で飲まず食わずは皆気にすると思うよ。それに……多分護衛って二人だけじゃないんだよね?」
「あぁ、一応周囲に兵に巡回してもらっている」
近衛兵かと思ったがどうやら違うらしく、今周囲を見回っているのはサイファスが鍛えてる部隊らしい。
それはつまりチカクノ遺跡で一緒に探索したあの人達の事である。
近衛兵は強いのだが貴族出身者が多いためこの様な市井の場では浮いてしまう。なのでセーヴァとサイファスが彼らの代わりに出ることを条件に普通の兵士らに任せる事が出来たんだそうだ。
「レーヌ、後で周りの部隊の人らに何か特別手当出してあげなよ?」
「お仕事だからいいって聞いてるけど……」
「まぁそうなんだけど本来は別の部隊がやるところをこの時間まで肩代わりしてくれてるわけだしさ。ほんのちょっとでも何かあれば喜んでくれると思うよ」
だがこの件についてはレーヌの一存ではなんともならないらしいので一旦保留。
後で摂政に相談するということでその件の話は終わりにして、一旦レーヌを剥がし庭の方へ向かうことにした。
庭では相変わらず皆が思い思いに楽しそうにしており、それを見たレーヌが目を輝かせてこちらの腕を引っ張っている。
とりあえずまずはラムダンの元へ。家主である彼にまず挨拶を済ませなければならない。
「お待たせしました。えっと、この子が今日呼んだ子です。他の人も全員知り合いではありますが……」
「はじめまして。ヤマルおに……こほん、ヤマルさんからお話は伺っています。私の名前はレーヌ、よろしくお願いしますね」
レーヌが一歩前に出て堂々とした態度でラムダンへと挨拶をする。
その姿たるやここ数ヶ月しっかりと女王として色々頑張ったであろう努力の成果が見て取れた。優雅な佇まいだが一切不自然さが存在しない。
「あぁ、いらっしゃい。ここの家主のラムダンだ。今日は騒がしいと思うが楽しんで行くと良い」
「はい、ありがとうございます! レディーヤ、お手伝いしてあげて」
「分かりました。それではすみませんがお二方にはしばらくの間レーヌ様をお願いします」
レーヌに指示を出されレディーヤはイーチェらの方へと歩いていく。
そこでラムダンが後ろにいた二人に気づいたようだ。
「貴方はたしか……」
「チカクノ遺跡以来だな。今日は客ではあるが同時に護衛でもある。すまないがよろしく頼む」
「了解した。だが折角だから少しぐらいは食べていかれるのだろう?」
「あぁ、仕事に差し支えない程度に馳走になろう」
そして初顔合わせのセーヴァとも挨拶を交わすと皆の方へ案内する。
ただ自分に手を引かれるレーヌに対しラムダンは何度かチラチラと視線を送っていた。
彼にしては非常に珍しい光景だ。
普段の彼ならば、もっとばれぬように上手くやる。だが自分にでも看過されるぐらいなのだからよっぽどのことだ。
「あの、何か?」
「いや、どこかでお会いしたことがあったかなと」
「どうでしょうね。私は初めてと思いますが」
……半分気付いてるかもしれない。
何かラムダンの言葉遣いが中途半端に丁寧になっている。ただまだ確信が持ててないのか、はたまたお忍びと空気を読んでいるのか判断に迷っているのだろうか。
一応レーヌから今回は一個人としての参加とは聞いているものの、女王であることを皆に話すかどうかはその時次第ということになっていた。
個人的には女王であると分かると皆がよそよそしくなりそうなのでこのままいって欲しい所だが、ラムダンにだけは話しておいた方が良いかもしれない。
まぁとりあえずネタバラシは後回しだ。今は皆への挨拶回りが先だろう。
すでに手伝いに参加していたレディーヤが皆に前以て話してくれていたお陰もあり、レーヌらの紹介は特に問題なく終わった。
……終わった、と言いたかった。
いや、挨拶そのものは特に問題なかった。
だが彼らの反応は横から見ていても分かるぐらいに実に様々な反応であった。
まずサイファスは大柄であると同時に顔見知りでもあるため『風の爪』の面々は久方振りの再開に喜んでいるようだった。
会った事がない三人——イーチェ、ドルン、エルフィリアの反応は三者三様だ。
イーチェはチカクノ遺跡での一件を話には聞いていただけに驚き自体はしていなかったものの、やはり昔はラムダンと組んでただけあり現役の頃に手合わせしたかったと漏らしていた。
『フォーカラー』のアーレもだが、冒険者なのに武闘派な人材が妙に多い気がする。
ドルンは彼の強さを見抜いたのか酔っ払いの目から一転し鍛冶師の目で彼の肉体を観察していた。
きっと頭の中では彼が使えそうな武具や自分ならどの様な武器を打つか考えてそうである。
そしてエルフィリアに至ってはその圧倒的存在感から一緒に話してたフーレの後ろに隠れてしまっていた。
まるでスマホのバイブ機能が如く物凄い速度で小刻みに震えている。あの様子なら速度向上魔法をかければ残像が出来そうな勢いだった。
続いてレーヌの反応は皆多様だったが概ね好評だ。
特に女性陣の反応が良く、スーリを筆頭に『まるでお人形さんみたい』『こんな妹が欲しい』など様々な声が上がる。
エルフィリアもスーリ達と一緒に迎え入れてくれている。どうやら彼女は子どもなら大丈夫なようだ。
昨日も冒険者ギルドに行く道すがらで子どもらの応対は出来ていたことを思い出す。
対する男性陣だがドルンは彼女に対してはあまり関心が無いのか無難に自己紹介をし、ダンはレーヌが子どもだからかこちらも普通に気の良い兄ちゃんのような振る舞いをしていた。
そして最後にセーヴァ。彼が出てきたときが色々やばかった。
やはりイケメン勇者は女性陣にはストライクだったらしい。レーヌに構っていたフーレとスーリが可愛い女の子とカッコイイ青年の間でどちらに行くべきか揺れ動いているのが目に見えて分かった。
ただイーチェとユミネはちゃんと特定の相手がいる為スーリ達ほど分かりやすい反応は無し。
それでもセーヴァが良い男なのは間違い無い為、まるでアイドルを見るかのような視線を送っていた。
そんなアイドルに送る視線と似たような熱い視線を送っているのがドルンである。彼はサイファスを見たときと同じような目でセーヴァと彼の持っている剣を見ていた。
あの剣は確か彼が異世界から持ってきた剣のはず。もしあれが聖剣だったらドルンはきっと狂喜乱舞したんだろうなぁとその様子が容易に想像に出来た。
ダンはセーヴァに対しては何か観察するようにじっと見つめていた。何でだろうと思い後で聞いたのだがどうもあのスラっとした高身長が羨ましいんだそうだ。
その件に関しては自分も同意を示すと有無を言わさず熱い握手を交わされた。身長にコンプレックスでもあるのか、同志が出来たような喜びようであった。
さて、そんな中で一番異彩を放っているのがエルフィリアだ。
いや、異彩と言うより他人が見てもとても分かりやすい反応を示している。
何せ彼女はセーヴァを見るなり頬を染めぼーっとしたように体の動きが鈍くなっていた。
(あー……)
そんな彼女の様子に一発でハート射止められたかと理解した。一目惚れってやつだろう。
その証拠にセーヴァがエルフィリアに自己紹介をする際、恐怖ではない別の感情が渦まいているせいか物凄く緊張した面持ちになっていた。
まぁセーヴァは自分の人生において一番の優良物件と思えるほどには良い男である。
男の自分ですらそう思えるぐらいなんだから、異性からしたらその破壊力は凄まじいことになっているんだろう。
そんなこんなで傍から見ている分には色々とあった自己紹介も終わり宴会も再開。
流石にレーヌの護衛と言うことでセーヴァとサイファスは酒は貰わなかったものの、交互に食事を取り楽しんでいるようだった。
相変わらずレーヌの周りには皆が集まりあれこれと世話を焼いているし、ドルンはイーチェと一緒に飲み比べをはじめている。
そんな楽しい光景を少し離れたところに座りのんびりと眺めていると、ラムダンがお酒片手にこちらへとやってきた。
「楽しんでいるか?」
「えぇ、とっても。誘ってくれてありがとうございます」
皆でわいわいするのも好きだが、個人的にはこうして少し離れた場所から楽しい空気を感じているのも好きである。
傍目から見れば楽しめてないように見えるかもしれないがそうではないとラムダンに説明すると、そんな楽しみ方もあるんだなと何やら感心されてしまった。
「なぁ、あのレーヌって子なんだが……もしかしてあのレーヌ様か?」
「どのレーヌ様か分かりませんけどまぁお気づきの通りこの国のトップのレーヌ様ですね。よく分かりましたね?」
あの子が女王に戴冠したのは市民の誰もが知っていることだが実はその姿はあまり知られていない。
外に出ることが殆ど無いのが主な理由だが、出たら出たで彼女を一目見ようと人々が殺到し中々顔が見れない為だ。
日本ならテレビやネット等で顔が出回るが、この世界ではそもそも写真が無い為中々彼女の顔は市民レベルまで広がる事がなかった。
「……たまにお前の横の繋がりがよく分からなくなる時があるぞ」
「自分もその辺は同意しますけどね。今集まってる人は全員自分の知り合いですけど、きっかけは本当にたまたまでしたし」
むしろこの中で狙って知り合った人はいない。
自発的に動いた結果知り合えた人ならそれこそラムダンとコロナぐらいだろう。
「しかし女王様ねぇ。変な事して俺らの首が物理的に飛ばなきゃきゃいいが」
「今日は一個人としての参加ですから大丈夫ですよ。それにまぁ……多分もう手遅れかと」
視線をレーヌへと向けると現在彼女はテンションの上がった『風の爪』の面々にもみくちゃにされているところだった。
スーリがレーヌを抱き寄せ、身動き取れない彼女の頭をダンがわしゃわしゃと雑に撫でている。
これが普通の市民の子ならあれも仲睦まじい様子として映るのだが、相手が女王と知っているラムダンの心情はいかようなものか窺い知ることは出来ない。
その様子にラムダンは真顔で深いため息を漏らすと疲れた声で話しかけてきた。
「ヤマル」
「なんです?」
「俺ももう飲んでもいいよな?」
「まぁ飲まなきゃやってられませんよね」
言うと同時にラムダンは手に持った酒をぐいっと一気に煽るように飲み干した。
こりゃとても相談事言える状態じゃないな、と色々話したかった事はまた日を改める事に決め、しばらくは彼と差し向かいで飲むことにしたのだった。
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