第122話 決戦当日・言刃の鍔迫り合い2


 自分が要求したのは次の通りである。


 まずはお金。いわゆる慰謝料と言う奴だ。

 内訳も事細かに分け金額もしっかりと記載しておいた。

 先の暴行による治療費、入院による費用、今日を含む数日間仕事が出来なかった補填。

 あの店及びあの場にいた人達に対して迷惑料の立替分。

 マッドが流布した謂れ無き噂による精神的苦痛、社会的立場低下による生活への支障。

 他にも色々、思いつく限り全てを書き連ねた。

 金額に関しては実際に発生し払った分に関してはそのままに記載し、精神的苦痛や仕事の補填など値段があやふやな部分はそこそこ盛らせて貰った。


 次に噂に対する是正。

 あの時店内でマッドが奴隷商と叫んだこと、その後もここ数日でその手の噂を流したことで、彼の周りのトライデントのメンバーを中心に自分がコロナやエルフィリアを買ったと言う様な噂が立つようになってしまっていた。

 人伝ひとづてにそれは徐々に広まりつつあり、このままでは街どころか国外まで飛び火しかねない。

 何せこのデミマールはこの国で一番人が多く集まり、出て行く街である。

 なのでその是正を行う旨を書いた。

 そのために掛かる費用はもちろん要求額へ加算するとの一文を添えることも忘れない。


 そして最後にマッドへの処置。

 彼の行った行動によって殺されそうになったとしっかりと強調しつつ、その罪を償い裁きを受けるようにと記載した。

 これにはこちらが行ったことに対して正当性を訴える目的もある。


 そしてこれらをマッドではなくクラン・トライデントと傭兵ギルドに対して要求した。


「それが何か問題でも?」


 何を言ってんの?とさも気づかないフリをする。

 まぁ多分言いたいことは想像がつく。

 もちろんこうなるとは思ってたし分かってたからこそのこの対応だ。


「なっ……!? 俺と! お前の! 問題だろうが!」

「そうですね。だから上の人に下の者がやった責任を取ってもらおうと思ったんですが」


 極めて冷静に、そしてきっぱりと理由を告げる。

 ここで上に対して請求するのはもちろん理由あってのこと。

 もしこの要求を突っぱねるようであれば、この組織は下の者が何かやったら切り捨てると対外的に喧伝してしまうことになるからだ。

 しかし受けたら受けたでそんな人材が所属してるという重荷を背負うことになる。

 もちろんあっちにとって一番良いのはマッドの言ってる事が真実であり自分に勝つことだが……まぁ無理だろう。

 あいつが万が一にも勝てないよう十重二十重とえはたえにこれでもかってぐらい準備したし。


「それで代表として、お二人はどうですか?」

「そうだな。まぁ君の請求全てが正しいものであれば私としてはその要求を飲むのもやぶさかではない」

「こちらもだ」

「ちょっ?!」


 こちらの要求に対し条件付きで飲むことを二人が承諾する。

 そのことにマッドは驚くも流石に上の人間には逆らえないのか何か言いたげな顔をしたまま渋々下がる。


「お前が言ってる事が事実なら何も問題ないだろ?」

「……まぁな」


 自分からどんどん退路断ってるなぁこいつ。

 しかしそろそろ色々とおかしい事に気づかないのだろうか。気づいてももう始まっている以上手遅れではあるんだけど……。


「では互いに要求が出たところで話を進めましょう。フルカドさんの提案通り、まずマッドさんに今回のことを語っていただきます」

「分かった。俺はあの時のことは今でも忘れない」


 そうして語られるマッドが言うあの時にあったのが次の通りだ。

 あの日、マッド達は仲間と一緒に事件のあった店で昼食を取っていた。その日は休みであり昼間からお店に居たのもその為だと言う。

 そして何と無しに店内を見ると、そこには先日コロナを連れ回していた男がいたのだ。

 何故昔の仲間でありそれもまともに戦えない彼女を自分が連れまわしてるのか。それを問い詰めようとした矢先、疚しい事でもあったのか店から逃げ出そうとした。

 そこを止めに入ったところあろうことかその犬が魔物へと変化し店内は大パニックに陥る。

 慌てふためく客を仲間が逃がす間、自身はあいつを逃がさぬよう足止めに徹した。

 しかし一緒に連れていたエルフを人質に取られたことで状況が一変。

 身動きが取れなくなったところに魔法を撃ち込まれ、奮闘空しく自分は倒れてしまった。

 しかし時間稼ぎだけは成功したため、その後街の衛兵や正規兵がやってきたことで騒ぎは何とか収まったのだった。


「これが事の顛末だ。何だったらそん時一緒にいた後ろの奴らに話を聞いても良いぞ」

「なるほど、そんな事があったのですか……大変でしたね。ではフルカドさん、これに対して何か異議があれば……どうかされましたか?」

「いえ、ちょっと……」


 流石に右手で額を押さえるように頭を抱えてしまう。

 どうしよう、ツッコミどころが多すぎてどこから手を付けて良いのか分からない。

 と言うかこんな嘘八百を並べたところで調べれば違うと言うのはすぐ分かるだろうに。何でこんなことを言うのだろうか。

 いくら直情的で考え無しに行動しそうなマッドとは言え明らかにおかしい。


(そもそもここまで強気に出れる理由はなんだろう?)


 先も考えたがこんな嘘を並べたところでどうすると言うのだろうか。

 確かに現状あちらにまともな勝ち目は無い。あの時あったことは全てマッドに対してマイナスでしかない。

 良くて自分が反撃した部分が少しだけ相殺される程度だろう。それも出来るか怪しいところではあるが。

 だから嘘を並べて勝ちを取りに来る、と言う部分はまだ納得が出来る。

 問題はその手法がいくらなんでもおざなりすぎだ。

 ここでついた嘘は確かにこの場で証明することは不可能に近い。だがそんなの終わった後で衛兵らがちょっと事情聴取でもすればすぐにボロが……。


(……あぁ、そう言うことか)


 ふと、相手の考えに気づく。日本の法律との乖離のせいか見落としていたあることに。

 今日この場で決まることはこの事件の全てだ。勝つか負けるかの二つに一つ。

 例えばマッドの要求が全て認められた場合どうなるかと言えば、衛兵らがこの件に関して調べることはもう無いだろう。

 何故なら決着がつくという事は、言い方を変えれば双方で和解が成立したようなものだ。

 事件そのものが当事者らの間と取り決めで幕を降ろしているのに、すでに終わった事件に対して衛兵らが動くはずが無い。

 だから後のことは考えない。この場はごり押しでも何でも良いから押し通そうとする。

 そしてそのためにあいつが使ってるのがクランの組織力なんだろう。

 トライデントはこの街でも影響力が高い集団だ。そのメンバーに喧嘩を売ると言うことはトライデントに目を付けられる可能性が漏れなくついてくる。

 勝って相手からお金を取りこの場が終わっても、後日なんらかの手段や圧力が来る可能性だってあるのだ。

 特にこの街の住人ならばそれは絶対避けたいところなのは目に見えている。


「フルカドさん?」

「あ、すいません。どこからツッコんでいいものかと……。とりあえず反証の前に彼が言ったことに対してこちらも認める点がありますのでまずはそちらから……何?」


 とりあえず数少ない事実を先に述べようとすると、何故か向かいのマッドが怪訝そうな視線を向けてきていた。


「なんでもねぇよ」

「……そう。ではまずこちらが認めるのは三点。一つ、現場のお店の場所。二つ、ポチが魔物だと言う事。三つ、そいつの顔の怪我は自分がやったこと。以上です」


 マッドの視線を一瞬だけ気に止めつつも話を続ける。

 指を一本ずつ立て三本目の説明が終わったところで議長が不思議そうなものを見るかのような顔をしていた。


「中立の立場の私が言うのもなんですが良いんですか? 殆どがフルカドさんに取ってマイナスな要素ですが」

「問題ありませんよ。事実は事実ですし、それ以上に疚しい事など何もありませんから」

「こちらからも一つ良いだろうか?」


 その時、今まで自分から話すことの無かったディエルが右手を上げた。

 何か今の会話で変なところでもあっただろうかと思いつつ、彼女にどうぞと会話を続けるよう促す。


「マッドが言い君が認めたということはその子は魔物なんだろう。だが一つ腑に落ちない事がある。私の目には子犬にしか見えないその子が出たところで、例え魔物だと看破されても店内がパニックになるとは思えないのだ。彼は変化したと言っていたが本当なのか?」

「あぁ、それは……まぁ見せた方が早いですね。絶対攻撃しないで下さいね」


 ポチ、と名を呼ぶと何をやれば良いのか分かっているらしく、床に降り広めの所まで歩くと戦狼バトルウルフへと変身を遂げる。

 議長らが唖然としディエルとデプトも本物を間近で見ては少しだけ驚いたような表情を取る。

 流石にマッドと後ろの面々は一度見てるため驚きはしないものの、どこか苦々しげだ。

 まぁ現状ポチが彼らの方にだけ敵意もって睨んでいるのだから仕方ないといえば仕方ないが。


「戦狼か? 少し細部が違う気もするが……すごいな」

「自分が指示出さない限り基本はあの子犬状態でいつも過ごしてますね。それこそ、です」


 さもあの時よっぽどの事が起こったんだぞ、と言わんばかりにやや誇張気味に解説する。

 マッドをチラ見すると相変わらずの表情だったが、その隣のディエルがポチの方をずっと見ていた。

 やっぱ傭兵からしたら戦狼の存在は気にかかるものだろう。特に彼女のような高ランクの傭兵だと何度も戦ってると思うし。


「ところでヤマル君、その子を触らせて貰う事は可能か?」

「構いませんけど……傷つけたら怒りますからね?」

「あぁ、そんなことはしないさ」


 頷くと自ら言ったことを証明するかのように手持ちの槍を後ろのメンバーの一人に渡す。

 それのみならず身につけていたナイフ等の刃物類も全て取り外した。

 そして立ち上がりポチの前までと歩み寄る。今のポチはお座りモードだが、それでもディエルより高くそして大きい。


「普段は武器を交える相手だが……ほう、こんな毛並みなのか」


 ぽふぽふと梳くようにポチの体毛を撫で、そのままポチの首に手を回すとまるで抱きしめるように顔を埋めるディエル。

 しばらくその様子を黙ってみていたが、なにやらすーはーすーはーと言う呼吸音が聞こえてきた。


「……ディエルさん?」

「……リーダー?」


 双方から声を掛けられるとはっとしたかのように呼吸音が止む。

 そして名残惜しそうにポチから手を離すとコホンと咳払いを一つしてディエルは何事も無かったかのように席に戻った。


「中断させてすまなかったな。さ、続けてくれ」

「……まぁいいですけど。えーと……あぁ、そうそう。これでポチが魔物って事は分かっていただけたかと」


 何の話してたか少し飛んでしまったものの、思い出しては元の位置に戻るよう軌道修正。

 ポチも普段の姿に戻し話の続きを再開する。


「では続いてあちらの証言に対する修正に入りますか。と言ってもどこから手をつけて良いか悩みますが……」

「おぉ、早くやれよ。いいか? お前がやるのは証言じゃない、証明だ。それはお前が言ったことだからな」


 そう、確かに俺はこいつの嘘に対して証明することで正当性を主張するといった。

 いくらこちらがこいつの証言に対して違うと言ってもそれは証明にならない。

 対するあちらは嘘だろうが何だろうが言い放題だ。他ならぬ自分があいつの嘘を看過すると言ったのだからこればかりは仕方がない。


「はぁ……ではまず当時の状況の前にあちらがこちらに要求を突きつけたときの言葉覚えていますか? あっちは怪我しててこっちは無傷だから被害者は自分だ、とか言ってましたが」

「えぇ、確かにそう伺いましたな」

「ではこちらをどうぞ」


 カバンから先ほどとは違う紙を取り出すとそれを議長に渡した。

 彼は紙面に書かれてる内容に目を落とすとそれを熟読し始める。


「おい、何だその紙は?」

「さぁ、なんだと思う? まぁ議長さんが読み終わったらそっちにも回してもらうから大人しくしておきなよ」


 とは言えあの紙面の内容なんて普通なら大したことなど何一つ書かれていない。

 ただしこの世界に置いては割と珍しいものだ。自分も用意してもらったときにそれを知った。


「デプトさん、こちらを皆様で」

「あぁ」


 議長が手を伸ばしデプトがその巨大な手で紙面を摘む。

 それを隣のディエルに渡すと彼らは先ほどのようにその紙面を覗き込む。

 中身の内容を理解したのか、マッドが本日何度目かの睨み顔をこちらに向けてきた。


「何か言われる前に言っておきますが事件当日、衛兵らが来た後に病院で治療を受けました。その時に書いてもらった診断書です」


 この世界において診断書の発行は無いらしい。

 流石にカルテはあり、どのような診断を受けどの様に治療を受けたか記入はするものの、その内容を紙面に書き起こしてもらう患者はいないんだそうだ。


「ちなみに治療日時、医師のサインもつけてもらいました。自分の逃亡防止用ではありましたが衛兵が二名ほど一緒でしたのでその方に聞けば裏は取れるかと」


 これによりあちらが言っていた自分が一方的な被害者だと言う事が嘘になる。

 これだけでは『誰から』その傷を受けたかは証明しきれていないものの、その診断書に書かれた怪我を自分は負っていた証拠としては十分だ。

 これを貰う為にあの時エルフィリアからポーションを貰うのを固辞した。

 もちろん今回のような場があることは知らなかったので、単に難癖付けられたときの為に持っておきたかっただけである。

 だが結果この様な場で証拠として生きてくるんだから、あの時の病院へ行こうと思いついた自分を褒めてあげたかった。


「だがこの怪我を俺が負わせたって証拠はどこにも……!」

「まぁじゃ無理でしょうね。あくまで自分が怪我してたって証拠ですし」

「そうだ! なら……」


 だが続く言葉がマッドから発せられる言葉は無い。

 彼もこちらの言葉に気づいたのだろう。それだけ、と言うことは他にもあるぞと言っているようなものだ。


「まぁ慌てないで下さい。何せそちらの為に方々手を尽くして色々準備したんですから」


 そして床に置いていたカバンを持ち上げテーブルの上に置く。

 ズシン、と明らかに重量物が入っている音がテーブルから発せられ、このカバンの中身が何なのか見当がついたのだろう。マッドの顔色が徐々に悪くなっていく。


「さて、では引き続き嘘を暴くとしましょうか」

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