第121話 決戦当日・言刃の鍔迫り合い1
デミマール行政区にある駐屯所とも言える建物。
ここはレオ達や正規兵やレイニーら衛兵の本部でもある。本部と言っても駐屯地ではないので衛兵がひしめき合ってるわけでもない。
主に衛兵をまとめる場所、と言った方が適切だろうか。
そんな建物の中の一室の前に自分たちはやってきた。
そしてこのドアの向こうが本日の決戦の場でもある。
「さって、行きますか」
「……ヤマル、何か落ち着いてるね」
「まぁ殴り合いじゃない分だけまだ気は楽だからね」
こないだはよく分からんままボコられたし、今日はこっちが一方的にボコってやろうと意気込んでみせる。
何せ勝手な想像で人を犯罪者扱いしたのだ。この恨み、今こそ晴らしてくれよう。
心の中でマッドを好き放題殴り倒す妄想をしつつ、普段から持ち歩いてるカバンをポンポンと二度ほど叩く。
「まぁ今日は武器たっくさん用意したからねぇ……」
「ねぇ、何か悪い顔してない?」
「ヤマルさん、そんな顔出来たんですね。普段怒ったりしないので心配でしたが、ちょっとだけ安心しました……」
「いや、別に俺聖人君子でもなんでもないし。怒る時は怒るしやられたらやり返したいとか普通に思うよ?」
と言うかあれだけやられて『勘違いならしょうがないですよね、あはは』なんて言える奴は普通いない。
それこそ聖人君子ぐらい……いや、そこで怒らないのは聖人じゃなくて逆にやばいだろう。
「とりあえず開けるよ」
いつまでも部屋の前にいるわけにもいかないため、ドアノブに手を掛け中に入る。
本日の決戦の場は至って簡素な部屋だった。
室内にはコの字型に長方形の机が三つ並べられており、机の外側の位置に椅子が三つずつ置いてある。
「おや、早いね」
「あ、おはようございます」
中には羊系人型の獣人の初老の男性がいた。
白髪に羊の巻き角がいかにも羊って感じがする。
「君がフルカドくんかね?」
「えぇ、そうです」
「じゃぁ君達の席はあっちだ。時間はまだだから座って待っていなさい」
分かりました、と頷くと指定された席に腰掛ける。
席に座ると対面と左側に同じ机。多分正面にあいつらが座り、左側の机はあの羊の人が座るんだろう。
「うぅ、ここに来ること無いと思ってたのに……」
「今からここでこれからの事が決まるんですよね……」
そう、もうすぐこの場で当事者が集まり先日のことについて色々決める。
獣亜連合国ももちろん法律と言うものは存在するし、当たり前の話だが何かすれば捕まったりもする。
ただしその辺はやはり異世界と言った所。この世界のこの地方に最適化された専用の法律だ。
今回みたいに何か問題があった場合、日本では即捕まるがここではそうではない。
流石に街から出してはもらえないものの、よっぽど即捕まる様なことではない限り割と自由に動けたりする。
そして今回のようにこの建物の一室に集められ今後の事が決められるのだ。
決め方は単純、双方が主張しそれが通ればそうなる。
例えば街中でケンカした場合、両者が応じれば場所を移してケンカを続行し勝った方の言うことを聞く、なんてこともざららしい。
このためお金で解決しようとすることもあれば、無条件降伏するようなこともある。
どのような形であれお互いがそれに合意すればその時点で終了なのだ。
そして互いの主張が食い違ったとき、最後に第三者がどっちの言い分が良いのか決めるのだ。
多分今回はこの第三者……この羊の人と後二名来るはずだからその人らが決めることになる。
どう考えてもあいつがまともにこちらの要求を飲むとは思えないし、あっちの要求をこちらが飲むこともないだろう。
なのでしっかりと準備はした。出来る範囲で持てる力を使いやるべきことは全部やったと思う。
その成果が今このカバンの中にばっちりと入っていた。
(しっかしこの国司法制度大丈夫なのかなぁ)
流石に殺人とか明らかな凶悪なものは取り締まるらしいが細かい部分は大雑把過ぎやしないだろうか。
殆どこの話し合い……日本なら多分民事裁判にあたるんだろうけど、それで解決しちゃうみたいだし。
「あ……」
左隣に座っているエルフィリアの声で視線を上げると、入り口から残りのメンバーが入ってきた。
まず最初に入ってきた猫……ではなくライオンの人系獣人の女性。
クラン・トライデントの現代表者であるディエル=スピアーだ。
その後ろには入り口を狭そうに潜った大きな体の男。
巨人はその名の通り体が大きい。個体差もあるが大体三メートル前後ぐらいだろう。
人間だと高身長だと細長くなるようなイメージがあるが、彼らは標準的な体型をそのまま大きくしたような感じであった。
巨人を初めて見たのはこの街に来てからの事だが、コロナが一緒にいなかったら普通にびっくりしていたと思う。
そしてその後ろからは今日のもう一人の主役であるマッド。
口の根元部分を包帯でぐるぐるに巻いており痛々しく見えるが、それ以上に気になるのが何故か右手に巻かれた包帯。
その手は首にかけられた別の包帯で支えられており、言うなれば骨折した後の処置である。
口部分は確かに自分がやったが、他の怪我は知らない。少なくともあんな骨折するような怪我はさせてなかったはずだ。
そしてマッドの後ろにはトライデントの腕章をつけた獣人と亜人が数名。
確か……あぁ、あの時酒場にいたメンバーだ。マッドの証人に来たのだろうか。
彼らは向かって真ん中にディエル、左の席に副ギルドマスター、右の席にマッドが座り、その後ろに立つ形で残りのメンバーが並んでいる。
「さて、後は……来ましたね。では始めましょうか」
最後にまとめ役の残り二人が集まったことで全員が揃った。
進行役としてはあの羊の人がやるんだろう。彼が一番真ん中に座ってるし。
そう言えばマッドは何故真ん中じゃないのだろう。単に自分より偉い人二人に遠慮しただけかもしれないが……。
「ではお集まりの皆様、おはようございます。今回の議長は私が行いますのでよろしくお願いします」
やはりあの羊の獣人が議長だったようだ。
彼は丁度真ん中の席に立ち、こちらとあちらを見ては首を一つ縦に振る。
「初対面の人もいるでしょう。まず互いに名乗って頂きますね。ではそちらからお願いします」
そちら、とマッド達の方に議長が視線を向けると、まずは真ん中に座っているディエルが頷きこちらを真っ直ぐ見据える。
「クラン・トライデント現代表のディエル=スピアーだ。よろしく」
「傭兵ギルドの副マスター、デプトだ」
ディエルに続き隣の傭兵ギルドの副マスターであるデプトが短く挨拶をする。
しかしデプト、普通の椅子とテーブルなのに種族特性からかすごく小さく見える。
なんというか子どものママゴトに巻き込まれた親父さんみたいなサイズ比率だった。
その後はマッドが横柄な挨拶をし、後ろにいたクランの面々がそれぞれ名前を告げる。
あちらが挨拶している間マッドがしきりにニヤニヤした顔でこちらを見ていた。
あれは多分『こっちにはお偉方含めこんなにいるのにお前いないの?』みたいな優越感に浸ってる顔だろう。
犬顔でも何となくそう言う風に見える辺りよっぽど感情が前面に出ているのかもしれない。
「ではそちらもお願いします」
「はい。人王国から来ました古門野丸です。そして両隣にいるのが」
「傭兵ギルド所属のコロナ=マードッグです」
「エルフィリア=アールヴです」
最後にポチを紹介するとマッドから失笑が漏れる。
人数でいえば実に三倍近い差だから気も大きくなっているんだろうが、それに反してどんどん小物になってる気がする。
……普通にやってれば俺なんか目じゃないぐらい強いのになぁ。何してんだか。
「さて、慣例に従い今回は双方に被害があったと言う事でまずはお互いに要求を言ってもらいます。その後……」
「ちょっと待った」
早速議長の進行を遮ったのはマッドだった。
一応今日は先日のような部分は鳴りを潜めているようで、言葉は荒いもののちゃんと挙手をしている。
「互いに被害、と言ってるがどこが互いだ? よく見てみろ」
片や口や腕に包帯を巻いている獣人。
片や見た目は完全に完治している人間。ちなみにポーションやらなんやらで傷自体はほぼ塞がったし跡も残らなかった。
なるほど、確かに現在の見た目ではあちらのみ被害があるようにしか見えない。
実際は殴られた腹の中がまだ完治していない。妙な方向に捻ると痛みがまだ走る。
「つまり今回は互いが被害者じゃなく俺が被害者だ。慣例だとこの場合被害者側の要求を加害者側とどこまで擦り合わせるかだったと思うが」
「ふむ……。フルカドさん、あちらはあぁ言っていますが?」
「あぁ、場を和ませるための彼なりのジョークでしょう。気持ちはありがたいですが今は真面目な場ですので嘘は止めて欲しいところですね」
こちらの言葉にこれ以上ないぐらい分かりやすくマッドが睨みつけてくるがそ知らぬ顔でこれをスルー。
普段なら怖いからと目を背けるんだろうが、もはや内に沸く感情がその恐怖をどこかに追いやっている。
「議長、国外から来た人間の自分は残念ながらここの慣例をよく知りません。そこで従来とは異なるでしょうが一つ提案があります。もちろんあちらが受けてくれるのであれば、ですが」
「ふむ、なんですかな?」
「正直あちらの言うことは嘘ですがそれを認めることはないでしょう。同様にこちらの言うこともあちらは嘘だと切って捨てると思われます」
「当然だ」
予想通りだったのかマッドがさも当たり前のように同意を示す。
「なのでこのままでは話が平行線になるのは目に見えています。そこでまず互いに用意した相手への請求を言い、その後あちらに今回のことを語ってもらいます。彼の言い分に対しこちらが嘘と証明することで自分の正当性を主張していきたいと思います」
「なるほど。そちらはどうですか? 異論があるようでしたら申し出て下さい」
議長の言葉にあちらの当事者であるマッドに注目が注がれる。
少し悩んでいるようだった。多分頭の中ではこちらの意図と勝算の算段を考えているのだろう。
ちらり、とこちらの様子を窺って来たのでこれ見よがしに軽く鼻で笑ってみせる。
お前逃げるのか?と言わんばかりに侮蔑めいた笑みを添えるようにだ。
「良いだろう、その鼻っ面へし折ってやる」
案の定あっさり乗ってきた。
チョロいなぁ……と思う反面あの自信はどこから出てくるのだろう。
まぁこちらとしては楽出来る土俵に上がってくれたので嬉しい限りだが。
「では双方の合意が取れましたので異例ではありますがフルカドさん提案の方法でいきます。ではまずはマッドさん。あちらに対する請求をお願いします」
頷き待ってましたとばかりに口角を上げるマッド。
だがそれも少しの間だけだった。
何事も無かったかのように振舞いながら彼はこちらに対する請求を述べ始める。
「俺はあいつに対し要求するのはまずは金だ。今回の件で見ての通りあいつに腕を折られ下顎に後遺症を残すほどの傷を折った。怪我の治療費に加えこれでは傭兵業を行えるかも怪しい。よって一生養う金を要求する」
嘘八百並べるとは思ってたが清々しい程に業突く張りだと思う。
しかも途中までまだ話の流れ自体はまともな展開だったのに、最後の要求値が生涯養えとか子どもかこいつは。
「次にそいつの両隣にいる二人の解放だ」
「解放ですか? 一緒のパーティーを組んでいると事前調書にはありましたが、彼らの解散要求のことですか?」
「いや、そいつは無理矢理その二人を連れまわしている。そっちのコロナって子は怪我してまともに戦えないはずだ」
その言葉にピクリとコロナの肩が震える。
不快感を露にマッドを睨むも、こちらの表情がさぞ気分良かったのかしたり顔だ。
「一年ほど前のことだ。その子は元々俺らトライデントにいた。傭兵を続けれないほどの怪我をして脱退したのはクランの大多数が知る事実だ。そんな子を連れて回る理由なんて碌なもんじゃないだろう?」
「ふむ」
「そしてもう一人はエルフだ。見ることすらほぼ無い種族を連れてる理由なんざ奴隷商か、そうでなくてもまともな理由じゃない」
「ほう、エルフ?」
興味深そうにエルフィリアを見る議長に軽くため息を吐くと隣の彼女にフードを取るよう指示を促す。
彼女がフードを取るとエルフだと知らなかった議長達から物珍しそうな物を見る声が漏れた。
「片方だけならたまたまで片付けれるかもしれないが二人もいるのはどう考えてもおかしい。これがその二人を解放しろと言う理由だ。何せ片方は元とは言え仲間だったからな」
「なるほど」
本当に良くもまぁここまで自分の妄言をさもその通りと言わんばかりに述べれるもんだ。
このふてぶてしさと神経の図太さだけは見習った方が良いかも知れない。
他はとてもじゃないが見習えない。どう考えても完全に反面教師である。
「そしてこんなのを野放しにしておくことなんて出来ない。こいつに対する要求ではないが、これが終わり次第即刻衛兵に引き渡すべきだ」
最後にびしっとこちらに指を突き付けるマッドを見てはもはや頭が痛くなってくるのも仕方ないことなのかもしれない。
どうしよう。こいつの牙へし折るつもりでここに来たけどこんなのと『話し合い』するのか。
会話成立するかな。相手を下に見るとかじゃなくてこちらの話をちゃんと受け付けてくれるか不安しかない。
以前のボールスの時も大概だったが、あの人はまだ自分が使える力や取れる手段を十二分に分かっていた。
その上でその力を振るった結果、こちらに対し横暴の限りを尽くすような形になっていた。
しかしこいつは『話し合い』の場でもあの時みたいに上から押さえつける様な形で押し通そうである。
言い方を悪く言えば力押しだ。そしてこの場での力の源は恐らく人数差や立場のある人間がいることだろう。
「……あ、えー、はい。ではフルカドさんも要求をお願いいたします」
「はい……」
マッドの行動に若干呆気に取られてた議長が気を取り直しこちらへ要求するように告げる。
戦いは今からなのになんでこんな疲れてるのだろう。
小さくため息を溢しこちらも気持ちを切り替えては、カバンの中から二枚の紙を取り出す。
「自分の要求ですがこちらにまとめました。どちらも同じ事が書かれてますので確認お願いします」
立ち上がりまずは議長に一枚、そして対面にいるディエルに一枚を渡す。
全員がその紙を覗き込むように読み目を通す。すると議長ら三人は少し驚いた表情をするが、マッドの反応は全く違った。
「おい、これどういうことだ!!」
ダン!とマッドがテーブルを強く叩くが何が?と言わんばかりに首を傾げる仕草を見せこれをスルー。
そんなマッドとは違いディエルとデプトは紙面を見ても落ち着いた様子だ。後ろの残りのメンバーは議長らと同様の表情をしている。
「こちらの要求ですが何か問題でも? 叶うかどうかはさておき何を書いても問題ないはずですよね」
「だからってなぁ……なんで要求先が
ディエルが持ってた紙面を奪いこちらに突きつけるように内容を見せる。
そこには自分からの要求が事細かに書かれていたが、その最後の一文に次のような記載があった。
『——なお上記要求先はマッドが所属しているクラン・トライデントと傭兵ギルドとする。』
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