第120話 閑話・決戦前夜 元トライデントの女


「そう言えばコロナちゃんて昔トライデントに居たのね。道理で強いはずよねぇ」


 先の話で少し雰囲気が暗くなったからか、場の空気を切り替えるようにパルがコロナへ話題を振る。

 彼女が昔トライデントに所属してたのはここ二日間であれこれやってる間に知ることになった。


「そう言えば俺とポチとエルフィはトライデントのこと殆ど知らないね」

「あの人のせいで色々最悪ですけどね……」


 まぁ有名な一団の最初の一人があれでは良い印象はあまり持てない。

 だがそうじゃない事は自分も知っている。少なくとも

 いや、比較対象がマッドだったから良く見えてしまっただけかもしれない。トップとしては至って普通だったと思う。


「折角だし色々教えてもらっても良い?」

「良いけど私が知ってるのは一年前までのだよ。あと内部の込み入ったお話はちょっと……」

「あぁ、流石にそこまでは聞かないよ。教えても大丈夫な範囲で話してくれれば良いから」


 とりあえずコロナには自分達が知ってることはウェイトレスに教えてもらった触り程度のことと、後はマッドのことを含めた数名についてだけだ。

 その為コロナは改めて最初から話してくれることになった。


「トライデントは元獣亜連合国Sランク傭兵のイワン=スピアー様が引退を機に作った集まりでね。確か発足は十年ぐらい前だったかな? 私は当時のことは覚えてないけど、結構大騒ぎだったみたいだよ」


 コロナが聞いた話だと、当時イワンの脱退とクランの設立から傭兵ギルドの対抗馬を作ったなんて言われたこともあったそうだ。

 実際はイワンが現役時代から常々思っていたことを形にしたかっただけらしい。

 彼の呼びかけによって傭兵のみならず色んな人材がイワンの下に集った。

 ただスタンスとしてはギルドの対抗馬ではなく、あくまでギルドの枠を超えた一集団なのだそうだ。

 そのためトライデント所属のメンバーは傭兵ギルドを筆頭に大体の人が何かしらのギルドに所属している。


「傭兵だけを集めたわけじゃないんだ?」

「うん。その辺は三つ又槍トライデントの名前の由来にもなっててね。このクランは三つの力を束ねることでより強い力を生み出せるようにって事でその名前になったの。三つの力って言うのはクラン内部の分類って言えば良いのかな?」


 その三つの分類は次の通りになる。

 まず最初にイワンを筆頭とした傭兵集団を主軸とする《実働部隊》。トライデントで一番目立つ場所であり同時に一番危険な部隊でもある。コロナが昔所属していたのはここだ。

 そして次に鍛冶・武具のメンテナンス、道具の補充など実働部隊を十二分にサポートする《後方部隊》。ドワーフ等の職人や商人などは主にここの所属になる。中にはトライデントと直接契約をした他国の商人もいるらしい。

 最後に依頼斡旋、報酬仕分け、各種手続きの代理など細々した仕事ながらクラン運営を一手に担う《運営部隊》。事務作業が多く中々目立たないものの、ここが機能不全を起こすとトライデントが瓦解するとさえ言われている部隊だ。

 この異なる三つの特性を一つに束ねた集団がトライデントである。


 最初は稼ぎ頭の実働部隊が他の部隊の分まで稼ぎを奪われたことに文句を言うこともあった。

 だが後方部隊がクラン内の人間に限り武具の売買やメンテナンス、道具を他の店で買うより安くしたり優先的にやってくれること。

 また運営部隊が彼らの代わりに効率良く依頼を受け人数を振り分けること。他にも大雑把な性格が多い実働部隊の面々がめんどくさがる各種手続きをやってくれることでクランがまるで一つの生き物のようにスムーズに動き始めたことでその不満は解消されることになった。


 そしてクラン運営が軌道に乗り安定したことでイワンは代表者としての立場を降りることになったのが今から二年前のこと。

 代わりに二代目として代表者になったのが彼の孫娘でありAランク傭兵のディエル=スピアーである。


「イワン様は傭兵としてはもはや生きた伝説と言われるほどの人なんだけど、現役時代は戦い以外が苦手で苦労してたみたい。後方や運営を三本柱に加えたのもその辺が理由なのかも」

「なるほどねぇ。華やかな陰に隠れがちな裏方の大切さを知ってるからこそのトライデントなわけか」

「裏方って言うけど実際傭兵以外でも加わりたい人は多いよ。職人さんなんか自分の武具の宣伝になったりするから特に多いかも」


 武具職人や商人は大口顧客と自商品の宣伝をしてもらえ、傭兵は戦うことに集中でき、事務も食いっぱぐれることもない。

 何かあっちの会社のような仕組みだなぁと思う。

 こっちでは商店はあるも会社のようなものは見た事がない。まぁ良し悪しではなくまだ世界の仕組みに合わないだけなんだろう。

 実際その仕組みを必要としたからこそ、その初代のイワンによってこうしてトライデントは設立されたわけだし。


「それでコロもそれに惹かれて加わったような感じ?」

「私はスカウトだったかな。お父さんと庭で打ち合ってるの見たイワン様に声を掛けられたの。確か十三のときだったと思うけど」

「また随分と若い……いや、それでも二年前か。でもなんでまたそのイワンさんがコロんとこに来たんだろうね?」

「その時はもうディエルさんに代表の座を譲ってたからね。イワン様は後進の育成の為にまずはこの街の若手スカウトしてたみたい」


 若手と言うには少々若すぎる気もするけど……。

 ともあれコロナはイワンのスカウトによってトライデント所属となった。当初はあのレイニーと結構揉めたらしい。

 元々レイニーはコロナを衛兵にするつもりだったらしいのでその反応は当然だろう。

 ただ衛兵になるには残念なことに当時のコロナでは年齢制限に引っかかってしまったのだ。

 そこでその年齢になるまでの間コロナはトライデントの世話になることになった。

 実際のところは実戦経験を積みたいというコロナの思惑とイワンの後進育成の対象としては丁度良かったと言う利害が一致したからである。

 レイニーとしても衛兵になれる年齢になったら一度進退を決めさせるという約束をイワンと交わしたことで断腸の思いで許可を出した。


「あー、そう言えばあったな。トライデントの後進育成部隊にえらいちびっ子が入ったって話」

「レオさんの言うその子は多分私かな。まぁ誘われたその育成部隊は私含めて数名いたの。自分で言うのもあれだけどその中で一番頭角を現したのが私だったんだよ」


 結果実戦のじの字も知らないコロナは僅か一年でBランクまで昇格するほどの成長を見せた。

 本人の努力や才、レイニーによる幼少時からの特訓の成果ももちろんあったんだろうが、イワンの育成手腕が良かったと言うのが周囲の反応だった。

 イワンとしては致死率が高いのは若手と言うことを知っており、その理由が単純に戦い方を知らないからだと言う結論に達している。

 事実傭兵や冒険者で死亡率が高いのは低ランクの面々だ。これは育成機関が無いのと、同業者がそのままライバルである事が起因している。

 自分の食い扶持が減らされかねないのに他人を気遣えるような人は稀であり、才ある若者が使い潰されているのをイワンは何人も見てきたとコロナは直接聞いたそうだ。


「だが確か去年ぐらいにクランも脱退したとか聞いたが……」

「うん、怪我でちょっと居づらくなっちゃって……。人王国まで行ってたんだけど、そこでヤマルに拾ってもらったの」

「そんな捨て犬みたいに言わなくても……」


 実際間違ってはいないんだけどもっと言い方ってもんが……。


「まぁそこから先は基本一緒だったからそっちはいいか。それでマッドとはトライデント時代に?」

「正確には育成時代かな。私の教育係みたいなのがあの人だったの。結局一気に追い越しちゃったんだけど……」

「コロナちゃんも罪な子ねぇ。男としてはやっぱりプライド傷つくわよねぇ?」

「そこで何故俺を見る?」

「べっつにぃ~」


 意味深な視線を送るパルとじと目でそれを返すレオ。

 ……物凄い気になる。気になるが……今はぐっと堪えよう。

 パルなら普通に喋ってくれそうだけどその後のレオが怖い気がする。


「でもそのマッドって子、なんでまたヤマル君に突っかかったの?」

「あ~……それは、その……」

「良いよ、話しても」

「あ、はい」


 喋りづらそうな話題なだけにどうしようかとコロナの方を見るも、意外にも彼女はあっさりと許可を出す。

 こりゃ残念なことに望みは無いな。自業自得ではあるため同情の余地は無いが。


「端的に言えばあいつがコロナに横恋慕してたんですよ」

「あら!」


 うわぉ、ものすごく良い顔してますねパルさん。

 でもそのめっちゃにやけた顔をコロナに向けるのは程々にして欲しい。当人あまり良く思ってないみたいだし。

 ちなみにこの話は割と有名らしく、トライデント周りの人にマッドはよく愚痴を漏らしていたらしい。

 本人居ないこと良いことにある事ない事言ってたみたいだが。


「簡単に言うと何かのきっかけで惚れたらしいんですけど、どうもコロが自分より強い人が理想みたいなこと言ったらしくて……」

「私そんな事言った覚えなかったんだけど……。でもよくよく思い返したらお父さんに殺されないために最低でも自分以上は強さ欲しいみたいなこと言ったかも……」

「まぁそれ曲解して弱い自分がコロの隣にいるのは、怪我して弱ってるときに自分が迫ったからだ。だから卑怯者とかそんな流れだったらしいですね。後どうも自分がコロの家行ったの見てたようで……エルフィとかも一緒だったんですけどね」


 しかし思えば思うほどいい迷惑である。むしろはた迷惑にも程がある。

 勝手に犯罪者扱いされた挙句殺されかけたんだからたまったものではない。


「つまり、弱っちぃヤマルくんがコロナちゃんはべらせてるのは怪我してるときに迫ったからだ。なら俺が助けなきゃダメだろう! ……ってこと?」

「まぁ大体そんな感じで合ってるかと」

「何それカッコ悪いわねぇ。しかもそれでヤマル君に負けたんでしょ?」


 身も蓋もないが本当にその通りなんだから修正のしようがない。

 一応あっちBランク傭兵らしいから普通にやれば一方的に勝てただろうに……。弱いと言って舐めすぎた結果手痛いしっぺ返しを食らったわけである。

 ……アレと明日会うとか気が滅入るが、これも今後の進退に大きく関わるわけだから仕方ない。


「しかし大丈夫なのか? 聞いてる限りでは今回の件が終わった後でもまた何かしてきそうな感じだが」

「そうですね……まぁそうならないためにこっちも色々動きましたし。それにレオさん達にも協力してもらいました。何とかならなかったら……まぁ後はその時その時でどうにかするしかないですね」

「協力と言ってもどちらかと言えば普通に仕事しただけなんだがな。まぁ伝手は当たったが」

「何の伝手も無い自分からしたら本当に助かりましたよ。これで明日戦えます」


 今回の件ではレオやパルはもとより、今居ないコフとフインにも色々助けてもらった。

 むしろ動いたのはどちらかと言えば彼らの方だろう。

 自分が望んだ物と彼らの仕事が単に一致したと言う理由もあるが、今も彼らは今回の件について処理に追われている。


「まぁ終わったら皆でどこか飲み食いしに行きましょう。折角だからどこかお勧めのお店、教えてくださいね」


 奢り?!と即座に問い返すパルの頭にレオの拳骨が落ちる。

 そのやり取りに一同笑いを浮べながら、どこのお店に行くか皆で意見を出し合っていくのだった。

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