第123話 決戦当日・言刃の鍔迫り合い3
「では次は自分が奴隷商なんて根も葉もないこと言ってくれた件についてです」
一番訂正したい、と言うか今回自分をブチ切れさせた一言。
しかし実際のところ一番訂正し辛い箇所でもある。何せ奴隷商でないと言う証拠など用意出来ない。
なので自分は奴隷商ではない、と言う証拠ではなく、奴隷商はこんなことはしないと言う部分で攻めていこうと考えている。
「とは言え残念ながら明確に『奴隷商ではない』と証明出来る手立てはありません。まぁそれは自分のみならずこの場にいる全員がそうでしょうが」
「だがお前は俺らとは違いその線が濃い。両隣の子、何より魔物を従えるなんて真っ黒もいいところじゃねぇか」
「お、良いこと言ってくれましたね。つまりこの二人とポチに対して後ろめたいことが無ければ良いんですよね?」
ナイスフォローと心の中で笑みを漏らしつつ、カバンからまた別の紙を取り出す。
「では真っ当な手段でこの子達は自分に付いて来てくれている。それを以って犯罪者ではないと言うことを証明しましょう。まずはこちらをどうぞ」
出したのはコロナと自分の契約時の取り決めが書かれている契約書だ。
人王国の傭兵ギルドだがしっかりと印が押されており、これが正式な書類だということは誰の目にも明らかである。
もちろん契約内容に関してもなんら問題はないだろう。
それを議長に渡すと彼は中身を確認し、そのままディエル達の方に回していく。
「続いてはこちらを……コロ、お願い」
「うん」
コロナに別の紙を持たせると彼女は自分と相手の間の中央のスペースへと歩いていく。
そして懐から何かを取り出すと議長やマッド達に見えるように紙と一緒にそれらを提示した。
「
「ううん、違います。これは私のギルドカードと診断書です」
「……え、嘘。あなた……」
ようやく事態が飲み込めたのだろう。ディエルが口を押さえてその診断書を食い入るように見つめている。
そこに書かれている内容に関して理解していくと共に彼らは今日一番の驚きの顔を見せた。
「Bランクに戻ってる……? それも怪我は特に無し、だと……嘘だ、そんな……!」
「マッドさん、試していただいても良いですよ。久しぶりに打ち合って見ますか?」
あの時のように、と一歩コロナが踏み出すも、マッドは全力で首を横に振りそれを拒否。
昔何かトラウマになるようなことでもあったのか、と思ったらそれなら惚れることはないから現状では勝てないと判断してのことだろう。
「ねぇ、本当に治ったの? もう普通に戦えるの?」
「はい、その節はご迷惑おかけしましたがもう大丈夫ですよ。今はあの人と一緒に色々な所を回ってます」
ディエルに笑顔でコロナがそう答えると、ちらりとこちらに少しだけ顔を向けた。
いつもの彼女の笑顔ではあるが、あの顔なら知ってる人からすれば何も疚しい事など起こってないと分かってもらえるだろう。
「彼女は見ての通り怪我も治り実力も元に戻ってます。この年齢でそのランクなら別に自分じゃなくても引く手数多でしょう。そもそも俺が違法の奴隷商ならコロの実力をもってすれば衛兵に突き出すぐらい造作もないですしね」
「それに私は自分の意思で一緒にいます。ヤマルの事を知りもしない人が勝手なこと言わないで下さい」
真っ直ぐな目できっぱりと宣言するように告げるコロナ。
その声色には強要されたような感じなど微塵も無い。
「コロ、ありがとう。もう戻って良いよ」
「うん」
「さて、では次にポチの方を。こっちは簡単ですね、ここの魔術師ギルドで発行して貰いました」
コロナと入れ替わるように今度は自分が再びあちらに歩み寄る。
カバンから取り出したのはなんてことは無い、獣魔師の許可証だ。それを魔術師ギルドのギルドカードと共に彼らに見せる。
一応この国にも魔術師ギルドは規模は小さいもののちゃんとある。とは言え種族的に人間のように魔道具を作ったり魔法を開発出来ないので殆どが輸入品の販売だ。
そんなこじんまりとした魔術師ギルドだがギルドはギルドである。そちらに足を運びこの証明書を作成して貰った。
そして予想通り獣魔師の事を知らないこの場の人にその事を教える。人王国でも数は少ないが一応自分以外にもいるらしいと言う事もちゃんと添えてだ。
「さて最後にエルフィですが……」
エルフィリアが奴隷云々の話で一番扱いに困る。
エルフ自体は森の中に数はいるから絶滅危惧種と言うわけではない。だが表に出てくるエルフは本当に少ないのだ。
見ることすら稀なエルフを自分が連れている理由を証明しなくてはいけないが、彼女はどこのギルドにも所属していないため仲間になった接点が希薄すぎる。
「コロやポチみたいな明確な証明書は残念ながらありません。エルフの人らに頼まれた、と言ってもそれだけでは証拠としては乏しいですね。ですので間接的ではありますがこちらの資料をご用意しました」
一体どんだけ入ってるんだ、と皆が目で言ってくる中、更にカバンから一枚の紙を取り出す。
「ただ……これは出来ればあまり人目に付けたくありません。なので議長、ディエルさん、デプトさんのみでお願いしたいです」
「おい、何で俺らはダメなんだよ?」
「敵同士で信用出来ないからでしょうが。法螺吹きまくってる人間にこの内容は危険すぎるの」
睨むマッドを睨み返し、名前を告げた三人をこちらまで呼び寄せる。
彼らに紙を渡し見てもらってる間もマッドは終始内容が気になるのかそわそわしっぱなしだった。
「ふむ、なるほど……」
「リーダー、なんだよそれ。何が書いてるんだよ?」
「あ、ディエルさん。自分が説明しますからいいですよ。簡単に言えばこれには俺らの装備の価値が書いてあるの。例えば俺のこの短剣はいくら、とかね」
流石に詳細な金額は言えないものの概要についてのみ彼らに説明をする。
今言ったようにこの紙には『風の軌跡』のメンバーの装備の価値が記されている。この街の武具屋で価格鑑定してもらったものだ。
ちなみにこの中で一番高価な装備に身を包んでるのがエルフィリアである。
彼女が持つ精霊樹の杖を筆頭に、エルフの森で生産される希少な素材から作られた布等で構成されているためだ。
尚それらはすべて一点物である。と言うか杖と装飾品以外は彼女の自作だ。
これはエルフィリアの体型が他のエルフと違うから自作せざるを得なかったからだが、流石にそこは彼女の名誉の為伏せておく。
そして二番目に高価な装備をしているのがコロナだ。
服や防具に関しては相応程度ではあるものの目立った金額のものは無い。有り体に言えば量産品である。
しかしこの前買い換えたドルン手製のダマスカスソードとセレブリアから買い取った魔道装具のリボン。
この二点が特に高価な品だったためエルフィリアには及ばないもののかなりの物に身を包んでいるという結果となった。
なお単品の価格で比べるとコロナのリボンがこのパーティーで一番高い装備品となっている。
そして二人から大きく離れて最下位が自分とポチである。
ポチの装備はマギアでの仕事の報酬で貰った消費魔力軽減用の魔石のアクセのみ。
そして自分の装備は王都で買った物を未だに使用している。
その為金額も駆け出し相応の装備一式ぐらいの値段となってしまっていた。
スリングショットは価格は書いてあるものの、こちらは素材費ぐらいしか出ていない。
なお自分がメインで使っている武装の銃剣に関してはこの街の店ではよく分からなさ過ぎて値段が付けられなかったらしく無料扱いとなっている。
デザインや性能も奇抜すぎた結果だから仕方ないといえば仕方ないがちょっと悲しい。
なお見る人から見れば精霊樹と精霊石の素材を使ったドワーフとエルフの合作と言うだけで別な意味で値段が付けられない一品なのだが、知らない人からすれば中身スッカスカの金属で作られたハリボテにしか見えないので妥当な判断であった。
まぁドルンがそう仕向けるように見た目に工作した成果がちゃんと出ているので、その点は安心している。
「まぁ見て貰った通り二人の身につけてるのは自分よりずっと高い物です。しかも物騒な物もあります。普段からそんなの着せてたら逃げられたり寝首かかれてもおかしくは無いですよね?」
「まぁ……そうだな」
「間接的な形にはなりますが、これを以って彼女達について不当な扱いで連れ回していない証明にしたいと思います。さて、最後に当時の状況についての反証ですが、ポイントで見ていくと数が多すぎるのでまずは自分の当時の状況をお話します。彼の話と違うでしょうがまずは聞いてください」
「まだあんのかよ……」
「むしろここからが本番ですよ?」
そろそろげんなりしてるマッドだが手を緩めるつもりは更々無い。
自分がやったことの落とし前はキッチリ付けてもらうつもりだ。
ディエル達から装備の資料は返してもらい、自分の席に戻るとあの時のことを思い出す。
……うん、やっぱムカムカしてきたぞ。
「そうですね、あの日は自分とエルフィ、ポチと一緒にお店に行ったんですが……」
とりあえず湧き上がる感情を抑えながら当時のことを事細かに告げていく。
あの時マッドが酔っていた事から始まりいきなり殴られ暴行を受けた事。
自分が攻撃されたのに呼応してポチが戦狼状態になってしまった事。
そして最後はあちらも剣を振るい、身の危険を感じて魔法で応戦した事。
結果最初に見せた診断書のように全身に様々な傷を負い、重症と呼ばれるぐらいには痛めつけられた事。
本気で殺されると思いこちらとしては仕方ない状況だったのを臨場感交えに彼らに訴えた。
ちなみに顔はともかくあちらの腕の怪我に関しては知らないとはっきりと告げる。
「そして怪我をした自分は病院へと向かいました。自分の話したことについてはこちらを……どうぞ!」
カバンから今までのように紙……ではなく紙の束を両手で取り出す。
そこそこ厚みのある紙束をテーブルに置くと、ドシンと重量感のある音が部屋に響き渡った。
「数が多いですがあの場にいた人らに可能な限り聞いて回ってきました。衛兵さんらに協力して同席して頂き、ありのままのことを証言してもらっています。もちろん自分が魔法使ったことも含めてちゃんと書かれてますから中立性は保たれてるかと」
精査したければどうぞ、と言うものの誰も手に取ろうとしない。
これ用意するのにそこそこお金かけてるんだから少しぐらい見てもらわないと悲しいんだけど……。
まぁ彼らの反応から察するに自分の言っていることが本当のことであると信じてもらえてるんだろう。
「……どうやって衛兵を動かした?」
「そっちのせいで半ば犯罪者扱いだったからね。ここ数日どこに行くにしても衛兵か正規兵の人が一緒だったから連れて歩くには事欠かなかったさ」
まぁ殆どレオ達か彼らのツテの人だったのではあるが。
そうでもしないとここの人は動いてくれないし、自分で調べても中立性のある第三者がいなくては今回自分が出した証拠は殆ど効力を失ってしまう。
その為にも衛兵や正規兵の存在は絶対に必要だった。
ともあれお店の店長さんやウェイトレスさんを筆頭に、彼らから聞いたあの時居た常連の客、顔が分かってる人などの下へ足を運び一人一人に迷惑をかけたと頭を下げた。
その際に迷惑料として幾ばくかの金銭を渡し、代わりにあの時あったことを正確に書いてもらった。
衛兵の前と言うことで受け取りを拒否する人はいたものの、これは賄賂ではなくあくまで個人として迷惑を掛けたお詫びであり、書いてもらう内容も自分に有利なことではなくあの時見た事をそのまま書いてくれれば良いと念押しをした。
最終的には衛兵が頷き認めたことで多くの人からの当時の状況の証文を貰う事が出来た。
「さて、以上で自分の反証は終わりになりますが……こちらが嘘ついてると言うのであれば、もちろんそっちも証拠を以って返してくださいね?」
最終勧告とばかりにそう言い放つも、内心ではこれで終わったと思っている。
この話し合いで全てが終わるのだから今更こちらに反証しようとしてもあちらには証拠がない。そもそも用意出来る時間は無いのだ。
自分みたいに前以って色々用意していれば良いのだが、あいつはその時間をこちらへの不都合な噂を流したり自分の腕を傷つけたりと小細工をする時間に当てた。
自分みたいな場末の冒険者など木っ端を散らすぐらい簡単だと思われてたんだろう。
「……マッド、何か反証はあるか? 無ければ負けてしまうが」
「ぐ、だが……」
「あるなら早く出せ。今出さねば終わってしまうぞ」
だが何も出ない。
何か喋ろうとするマッドの方に向けテーブルの上に置いたカバンを軽く叩く。
当方に迎撃の準備有り。まだまだ準備はしているぞ、いくらでも喋れと言わんばかりにだ。
「……」
「ならば仕方無いな。ではヤマル君、君の要求を全て飲もう……と言いたい所ではあるんだがな」
「この期に及んで何か問題でも?」
ディエルが何、と肩を竦めるとさも済まなそうに爆弾を落とした。
「すでにマッドはトライデントと傭兵ギルドを解雇(クビ)になってるんだ。だから私らに請求するのはお門違いなんだよ」
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