第119話 決戦前日・魔法の種明かし
「これは……」
店に飛び込んできたのは紛れも無くコロナだった。
いつものロングスカートや防具を身に纏った格好ではなく、彼女の普段着なのかハーフパンツにややだぼったいシャツとかなりボーイッシュでラフな格好である。
彼女が何故ここに来たかと言うと、店を教えたから自分達が来ると考えお昼だけでも一緒に食べようと突発的に思ってのことだったそうだ。
実際は自分達が早めの昼食を取ったためタイミング悪くこのような登場になってしまったが。
そして目の前の惨状を見ては驚愕と困惑の表情を浮べた。
「ヤマル、どうしたの……?」
「いやまぁ……ちょっとそいつに絡まれて」
そいつ、と視線の先には自分とコロナの中間地点で倒れている獣寄り犬型獣人のマッド。
仰向けに倒れてるそいつの顔も自分に負けじと中々悲惨な状態である。
相当ショックだったのだろう。
ややふらふらとした足取りでコロナがこちらへと近づいてくるが、マッドの隣を通り過ぎたところで足が止まる。
「コロ、ナ……お前、無事……」
「ねぇ、何してるの?」
息も絶え絶えと言ったマッドの言葉を底冷えするような声でコロナが遮る。
丁度マッドの方に顔を向けてるためこちらから彼女の表情は窺い知れないが、何やら『ひっ……』と息を呑む声がこちらまで聞こえた。
「聞こえなかったの? ねぇ……ヤマルに何したの?」
「違っ、俺は……お前を助けようと……」
「マッドさん。私ね、今はヤマルの護衛してるの。今日は彼の好意でお休み貰えてたんだけど……一緒にいれば良かったと思ってるよ」
淡々と言葉を紡ぐコロナからは圧力なんて生易しいぐらいの怒気を放っていた。
彼女が普段怒る時は大体尻尾が逆立っているのだがそれが全く無い。その事実が逆に一層のすごみを与えている。
と言うか誰も名乗ってないのにマッドの名前をコロナは言った。あの二人知り合いだったのか。
ただまぁ……あの様子ではあまり仲は良くなかったのかもしれない。
「あの人を守るのが私の役目。だから……貴方をこの場で排除しても問題ないよね?」
「コロ、ストップ」
流石に本当にやりかねない様子だったので待ったをかける。
現状あいつを傷つけたのも傷つけられたのも自分だけ。今ならまだ二人だけの問題で治めることが出来る。
「ともかくまず病院……いや、警察? あぁでもここ衛兵とかだっけか……」
「ちょ、そんな怪我で動いちゃダメ! エルさんポーション!」
「はっ、はい!」
慌ててこちらに寄り体を支えるようにコロナが腰に手を回す。
血とか色々服につくからダメだと言うも、そんなこと言ってると強制的に寝かせると凄まれては何も言えなくなってしまった。
そして自分のカバンからポーションを引っ張り出してきたエルフィリアがそれの蓋を開けようとするも、一旦怪我の治療は待ってもらうことにする。
「ポーションはちょっと待って……」
「え?」
「怪我は治すけど今はまだダメ。それより通報とかそっちを……」
お願い、と言おうとしたところで再びドアが勢いよく開けられる。
中に入って来たのは鎧を身に纏った兵士と思しき獣人と亜人が数名。
そして……。
「さぁ、白昼堂々大暴れしてるおバカさんは誰だー!」
スパーンとドアを勢いよく開けて最後に入ってきたのは、見覚えのある豹の獣人のパルだった。
◇
粉塵爆発と言うものがある。
その筋の知識を齧ったりアニメや小説などを見たことある人間なら知っている現象だろう。
一定の空間に可燃性の塵芥などが混ざり合った状態で着火すると爆発する、ある種お馴染みの現象だ。
自分も例に漏れず粉塵爆発のこと自体は知っていた。
ただ粉塵と空気の比率云々など細かい部分は知らなかった。漠然とそう言ったものがあるのを知ってた程度だ。
実は以前、まだこの国に来る前に出来ないものかと試した事がある。
何とかして自分だけで攻撃方法を増やしたり強くしたり出来ないかと思ってのことだった。
結果は成功だけど失敗だった。
実際粉塵爆発そのものは成功した。しかし使い所が悲惨なぐらい無かった。
やり方としてはざっくりと言ってしまえば《
その中に小麦粉と空気をちゃんと爆発する割合で流し込む。これの比率を探すのに数日は要した。
その結果予想以下の威力と共にとりあえずは成功は見せたのだが……。
正直、ここまで手間隙かけて出来たこれをどこで使えというのかと言う当たり前の疑問にぶちあたることになる。
実際待機状態ではまるで白い
これを使おうとするとこんな怪しい物体を敵に近づけなければならなくなる。
しかも小麦粉を包んでるのは自分の《生活魔法》。腕を振るわれるだけでも、強い風が吹くだけでも消し飛ぶ代物だ。
そんな繊細なものを移動する敵に気づかれず、威力的にもほぼ零距離まで近づけなければならない。
よって粉塵爆発に関しては完全に封印することにした。
小麦粉勿体ないし……。
そんな実験のことなど忘れた別のある日。
王都付近のいつもの薬草採りの最中、こちらに近づくホーンラビットを《
ようやく安定して薬草採れるようになったなぁ、と感慨深く思ってると、ふと手には先ほど使わずじまいだった氷が一つ。
このまま捨てても溶けるか野良スライムが食うか、と思ったものの、なんとなしにその辺へ投げては《
本当に特に理由は無かった。強いて言えば物を一瞬で消すかっこいい魔法の使い方をやってみたい、と思っていたからかもしれない。
だがそんな緩んだ気持ちを吹き飛ばすかの様に魔法を使った瞬間、氷が爆音と共に衝撃波を撒き散らす。
いきなりのことで心臓が止まるかと思うぐらい驚き、何で爆発何あれとパニックになりながら思考を巡らせようとした。だが爆音のせいで魔物を集める羽目になり結局その日は全力で街へ逃げ帰ることになった。
翌日。
流石に街中で爆発が起きては色々とまずいと思い、外の平原に出て実験することにした。
昨日のことを思い出しまずは氷を生成。
そしてそれを地面に置くと魔法の射程ギリギリまで離れおっかなびっくり状態でゆっくりと《生活の火》を使い氷を気化させる。
しかし昨日のように爆発することも無く、魔法を受けた氷はゆっくりと消えていくだけだった。
手順がまずかったのか。それとも大きさとか、投げる手順を踏まないと駄目だったのだろうか。
悩んだ末あれこれ試行錯誤し、そして更に数日を要してようやく結論が出た。
「これ水蒸気爆発じゃんか……」
変わらぬ結論に大きく肩を落としため息を漏らす。
《生活魔法》の特徴に、同じ《生活魔法》なら互いに高い親和性を持つ性質がある。
このため《
《
今回起こったことは《生活の氷》で作った氷を《生活の火》で一度に気化した結果だろう。
本来このようなことは絶対ありえない。
何せ氷の"全て"が一度に同じタイミングで気化したからだ。
結果一瞬で気化したことによる膨張と解放。
それが《生活魔法》を使ったことによる爆発の正体だ。
ちなみに氷の大きさにも寄るが、基本衝撃波による打撃系列が主となる。
その威力は実際食らいたくないのであくまで予想程度だが、ハンマーで殴られたぐらいと予想していた。
◇
「まぁそういったわけでお手軽の割には色々危ないから今まで使って無かったのよ」
病院のベッドの上で上半身だけ起こしてここに集まった人に説明する。
今この部屋に集まっているのは『風の軌跡』のメンバーとレオとパルだ。
あの事件から二日が経った。
怪我自体はポーションなどでほぼ治ったものの、念のため安静にするように言われたためデミマールの病院の一室で寝泊りさせてもらっている。
ドワーフが建てたと言うこの病院は大きさや造りだけなら日本にあってもなんら遜色なさそうな三階建ての大型建造物だった。
流石に鉄筋コンクリートなどは使ってはいないものの、木造で出来たとは思えぬほどの立派な造り。
こんな病院があるのは意外と思っていたが、傭兵業が多いここでは割と生傷が絶えない人が多い為自然とこうなったそうだ。
さて、そんな病院の一室でどうしてこんな話になったかと言えば、マッドを吹き飛ばした方法についてエルフィリアが疑問を投げてきたからだ。
特に隠し立てすることもなく……と言うか恐らく自分以外は再現不可能と思われるため包み隠さず全てを話した。
だが化学にあまり造詣の無いメンバーに取っては何を言っているのか分からなかったらしい。
皆難しい顔をしながらどう反応して良いかと困り顔だった。
「えーとね、コロやエルフィは料理するから分かると思うけど、水を入れたお鍋に蓋をして火にかけたらどうなると思う?」
「んー、お湯が沸くよね?」
「うん。じゃぁそのまま様子を見続けてたら?」
「お鍋の蓋がコトコト動きますね」
うん、やっぱ普段から料理やってる子だと理解が早くて助かる。
「細かい説明省くけど、水が温められて水蒸気……えーと、湯気になると体積が増えるのよ。で、お鍋の中の許容量オーバーすると湯気が中から蓋を押して外に逃げるってわけ」
「うーん、でもそのお話とヤマルさんの魔法はあまり関係無いような……」
「そうでもないよ。今ので水が湯気になると体積が増えるっての分かってくれたと思うし。まぁ要するに氷を一度に気化させたから増えた体積が一気に外に広がった。その衝撃波であいつが吹っ飛んだ……で合ってると思う」
一介の化学者が居れば違うとツッコミが入りそうな気はするが、多分理屈は合ってる……はずだ。
……今度メムに詳しく聞くかなぁ。でもあいつ介護ロボだからなぁ、オーバーテクノロジーの塊だけど本人がその手の知識持ってるか分からないからなぁ。
「ま、まぁとにかくヤマルもすごい魔法使えたんだね?! もっと早く出してくれても良かったんじゃないの?」
あ、考えるの止めたなこのワン
「さっきも言ったでしょ、危ないから使って無かったって」
「危ないって……例えば?」
「射程」
最大射程はスリングショットが飛ぶ程度。
あんな小爆発が起こる物を投擲レベルの範囲でそうそう投げたくは無い。いや、今回投げちゃったけど。
素人に弾数無制限の小型手榴弾持たせてる様なものだ。暴発したら間違いなく自分が真っ先に痛い目を見る。
「あ、ならポチちゃんに協力してもらって足使ったり魔法強化したりとか」
「もっとダメ」
ポチと協力すれば礫どころか氷塊が作れる。それで同じ事やったらどうなるかなんて考えただけでも恐ろしい。
と言うわけで基本これは使わず封印推奨だ。
もちろん今回みたいに逃げられないような敵に当たることもあるから備えるに越したことは無いけど。
「しっかしそんな魔法あるならあの時トレント相手に使っても良かったんじゃないか?」
「あの時に使いどころ無かったですからそこは仕方ないかと」
レオの言葉に首を横に振って当時は使える環境じゃなかったと否定する。
そもそもまともに使うならレオ達同様前線に出なければならなかったし、よしんば使えてもあの魔法の威力ではトレントにまともにダメージは入らなかっただろう。
「あ、レオさん。それで頼んでたのって……」
「あぁ、問題ない。俺の知り合いに当たってもらってるから明日の朝には渡せると思う」
「色々すみません」
「君にはヤヤトー遺跡での借りがあるからな。気にするな」
「それと予想通り明日開くんだって。あっちの準備が整ったとか何とかで。……大丈夫?」
「まぁ何とかするしかないですからね。打てる手は全部打ちましたから」
そう、明日だ。
自分は再びあの獣人と相対することになる。
「ヤマル……」
「そんな顔しなくていいよ。コロは何にも悪くないんだからさ」
一連の事件のあらましはこの場にいる全員が聞いていた。
中身を何も知らない他人が聞けばそんなことで、と言いそうな内容だったが本人的には大真面目だったのだろう。
その中でコロナが大きく関わっていたのだから、とても申し訳無さそうに肩を落としている。
もちろん彼女自身が直接関わったわけでは無いので責任を問うのは酷と言うもんだろう。
「コロとしてはいいの? 一応知らない間柄じゃないんでしょ?」
「うん、その辺は全然。むしろ今でも一発殴っておけば良かったとすら思ってるぐらいだし」
「あー、まぁそこは抑えてね? 大丈夫、自分も今回は許すつもりなんて更々無いから」
理由は聞いた。同情はするし一定の理解もしよう。
だがあんな殺されかけたんじゃどれだけ大義名分があろうとも許すつもりは微塵も無い。
あの時は物理的に止めたし黙らせた。しかしそれだけじゃ腹の虫が収まらない。
何よりこのままではあいつが今後どのような行動に出るか分かったもんじゃない。
だから明日、自分はあいつの『牙』を徹底的にへし折ることに決めたのだった。
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