第116話 祭壇の間


「おはよー! ……って、二人とも大丈夫?」


 翌朝。

 朝一ではないにしろそこそこ早い時間にコロナが部屋まで迎えに来た。

 ノックされたドアの音で目が覚め起床し、のそのそと彼女を出迎えたところ先程の言葉を浴びたのである。


「……ちょっと寝不足で」

「もぅ少しだけ……寝たいです……」


 未だベッドの布団の中から出ないエルフィリアがそれだけ言うと再び大人しくなる。

 ちなみにポチだけはすでに起床。二人を尻目に元気一杯にコロナを出迎えていた。


「ヤマル、まさかエルさんに変なこと……」

「してないしてない……。もししてたらエルフィの反応もっと変わるでしょ」


 疑いの目を向けられたためとりあえず昨夜の事について彼女に説明をする。

 ほぼ何時も通りの時間に就寝し、疲れもあってか自分はすぐ寝てしまった。

 しかし夜中、ごそごそと物音がしたためふと目が覚める。

 泥棒か、と思い《生活の電ライフボルト》で室内を見ても特に不審人物はおらず、代わりに隣で寝てるはずのエルフィリアが何度も寝返りをうってる音だと分かった。

 寝苦しいのかなと最初は思ったもののどうやら寝付けなかったらしく、こちらから声を掛けると申し訳なさそうな声が返ってきた。

 そこでチカクノ遺跡のときのコロナとのやり取りを思いだし、眠くなるまで少しだけお話しようか、と申し出たのだ。

 結果は見ての通り。あの時と違い話が弾んだ結果二人揃って寝不足に陥ったわけである。


「というわけでもー少しだけ寝たいかも……」

「……もぅ、しょうがないなぁ。少しだけだよ?」

「ありがと……」


 やや呆れ気味のコロナに礼を言いそのままベッドへ直行。

 倒れ込むように布団にダイブすると、まどろむ意識の中で二度寝のため再び意識を手放していった。



 ◇



 本当に少しだけ寝た後コロナに起こされ、せっつかれるように出かける準備をしたのが少し前。

 今自分達はデミマールの大通りを歩き街の中心部を目指している。


「ふぁ……そいえばコロは実家の方大丈夫だったの?」


 あくびをかみ締めつつ昨日から気になってたことをコロナに尋ねる。

 こっちに来なかったので多分大丈夫だったとは思うものの、やっぱり無事に帰れたかはずっと気になっていた。


「うん。ちょっと一悶着あったけどなんとか大丈夫だったよ」

「そっか」


 ちゃんと迎え入れてもらえたのなら一安心だ。

 こういう仕事をしている以上いつ親と会えなくなるか分からないし会えるうちにわだかまりは解消するべきだろう。

 こういう仕事しないけど会えなくなった自分が言うのもあれではあるが。


「あ、それでね。両親がヤマルにお礼言いたいから良かったら今夜一緒にご飯どうかだって。もちろんポチちゃんとエルさんもね」

「え、コロナの家に?」

「わ、私もですか?」

「うん。今の仲間も私紹介したいし。駄目かな?」


 うーん、断わる理由は無いか。

 でもエルフィリアはどうだろう。少し人見知りのきらいあるし、いくらコロナの家族とはいえ大丈夫かな。


「コロナさんの家……。は、初めて他の人の家に遊びに……」

(……大丈夫そうだね、うん)


 両頬に手を当てしまりのない顔をするエルフィリアは見なかったことにしておく。多分言ったら穴掘って隠れてしまいそうだし。


「じゃぁお言葉に甘えてお邪魔しようかな」

「うん、皆喜んでくれると思うよ」


 ここに来てから元気なかったコロナだったが、今日見せてくれる笑顔からはもう心配事が無くなったのが良く分かる。

 少しお節介が過ぎたかもしれないけどやっぱり一度帰らせて良かった。


「それで俺達って今どこ向かってるの?」

「えっとね。案内したいところは色々あるんだけど、この街に来たらまずはここかなーってとこ」

「そんなところあるんですね。観光名所か何かですか?」

「うん、"祭壇の間"って言うところでね。今はしてないけどお祭りのときにそこで神事したりするの。ずっと昔からあるものみたいだし、遺跡っぽいからヤマルが何か気づくかもって思って」

「そうそう気づくようなもの無いと思うけど……まぁ一度見てみないと分かんないか」


 ここでも何か新しい発見したらチカクノ遺跡みたいに金一封でも貰えるのだろうか。

 でもコロナは期待してくれてるようだが発見自体は難しそうだなぁと思う。

 今までの遺跡と違って大都市でしかも神事に使うほど長年からある代物。

 そんな人目にずっとついてきたものなら発見されそうなものはとっくに出尽くしてるだろうし。


「期待してて良い?」

「過度な期待はしない方向で……」


 期待に満ちた顔に若干の心苦しさを感じつつ、のんびりした足取りで祭壇の間を目指していった。



 ◇



 街の中心部を通り抜け、少し奥の方へ歩いたところに祭壇の間は存在していた。

 いや、正確には祭壇の間の入り口が正しいか。

 この辺りは中心部からやや外れていることと、国とこの街の行政機関の建物が集まっているためか割と静かである。

 ちなみにコロナの父親はこの辺で仕事をしているそうだ。

 ここからではその姿は窺えないものの、もしかしたらどこかからこっちを見ているのかもしれない。

 さて、件の入り口はと言うと神事で使う神聖な場所と言うこともあり、周囲を白い柵で覆われたその中には下り階段がポツンと存在するだけ。

 どうやら祭壇の間自体は地下にあるようだ。


「見学の方はこちらの諸注意を読んで同意された方のみお入りください」


 入場料は特に無く、入り口には衛兵と思しき獣人の兵士が二人。

 そのうちの一人が降りようとしている見学者らにしきりにそう説明をしていた。

 そしてその隣には柵に立てかけられた看板にここでの諸注意が記載されている。

 それを要約すればどこにである普通の注意事項だった。

 中では走らない、飲食はしない、祭壇に近づかない、登らない等々。

 また何かあった際は厳しい罰金が言い渡されるらしい。

 とは言え普通に見て回る分にはなんら問題ないので大丈夫だよ、とコロナは言ってくれた。彼女は何度かここに訪れているらしい。


 そして衛兵の横を通りゆっくりと階段を下りていくと今度は結構広さのある地下の一室が姿を現す。

 あまり火を使いたくないのか祭壇周りの明かりはまばらで、昼間だというのに地下はかなり薄暗い。

 階段の隙間から太陽の光が降り注いではいるものの、残念なことにそれを加えても全体がはっきり見えるほどではなかった。


「結構広いね」


 部屋は大体日本の体育館と同じぐらいの広さであり、その中心部にはまるでステージのように祭壇が少し高い位置にあった。

 一番下まで降りきり近くでその祭壇を見る。

 地下の一室の中心部にある祭壇はパッと見ではなんてことはない普通の昔のものと言う印象だけである。

 コロナが先程から期待した目でこちらを見ているが、残念なことに気づけるような箇所は何もなかった。

 もしかしたら何か仕掛けがあるのかもしれないが、近づくことは禁止されているためそのようはことは出来ない。

 実際この一室、重要施設だけあり何人かの衛兵が見回りを行っている。

 しかし……。


(う~ん……?)


 なんだろう、この感じ。

 祭壇がどこかおかしいと言うような感じではない。

 しかし目の前の物を見てるとなんか物凄くもやっとする。こう、喉に小さい魚の骨が引っ掛かったような……。


「ヤマル、何かあった?」

「いや、なんだろ……。ここ来るの初めてなのにどこかで見たような……」


 既視感だろうか。

 それとも夢か何かでたまたま見た光景とかかもしれない。

 しかしその割には妙に引っ掛かりが強い。

 今まででもこういうことあったのは一度や二度ではないが、いつもはそんなものと思いすぐ忘れてしまうのに。

 何故か今回に限っては気になって仕方がなかった。


「実は以前こちらに来られてたとか?」

「ヤマルはずっと王都に居たはずだから無いと思うけど……。向こうの風景に似ているのがあったり?」

「うぅん、日本の……? でもこんなの無かったはず……あ」


 日本での記憶を掘り起こすべくこちらに来る前までの事を思い出そうとしてようやく気付く。

 ここではないがこの祭壇と似たような物をこの目で確かに見ていた。それも遠い記憶ではない。

 でもなんで同じ物がこの場所に……?


「もしかして思い出したの?」

「うん。これ王城の地下にあったのとそっくりだよ」

「王城って人王国のお城のことですよね? そちらにも同じ物があるなんて偶然なんでしょうか」

「うーん、ずっと昔からあるみたいだし何か意味あるかもね」


 流石に何なのかまでは全然分からないけど、でも同じ物がここにあるのはきっと何か理由があるんだろう。

 何せこの世界に呼ばれたときに出た場所が王都の祭壇だった。

 ここでも神事をやっている以上何か力が集めやすい場所なのかもしれない。


「とりあえず少し資料用に撮っておこうかな」


 撮影禁止は流石にこの世界には無いだろうが、でも何かの拍子に咎められることも考えられる。

 正直に係りの人に話しても良いけど信じてもらえ無かったりダメと言われる可能性もあったので、《生活の音ライフサウンド》でシャッター音を消し普段とは逆にエルフィリアの陰に隠れてこっそり撮影を敢行する。

 その横でコロナが何で自分じゃないのか、と言いたげな視線を送ってきていたが気づかない振りをしてこれをスルー。

 だってコロナ、体小さいからこういうの不向きだし……。


 とりあえず何枚か撮り終えたので見回りの人に何か言われる前にそそくさと祭壇の間を後にすることにした。



 ◇



 祭壇の間については気にはなるものの細かく調べるわけにもいかず、とりあえず頭の片隅に留めて置く事にする。

 そしてその後は至って平和な時間だ。コロナに案内されデミマールの街をゆっくりと回っていく。

 普段は仕事とかあるので街を見ることはあってもゆっくりと回ることは無い。だが今回の目的はコロナの帰省なので時間はたっぷりある。

 ただ流石に首都だけあり一日で回りきれる大きさではないため、今日は祭壇の間に近いところを中心に案内された。

 そして……。


「ただいま、行ってきたよー!」

「あ、おかえり。どうだった?」

「うん、バッチリ! でも本当にいいの? 気を使わなくてもいいんだけど……」

「うん。むしろ手ぶらの方がこっちが恐縮しちゃうし」


 苦笑しつつコロナに預けていたスマホを返してもらう。

 お昼を皆で済ませた後、自分達が夜コロナの家に行くことを教えるため彼女だけ一度実家に戻ることになった。

 その際何か手土産を持っていこうか考えたものの好みの品が思い浮かばなかったため、コロナにちょっとしたことを頼んだのだ。

 とりあえずコロナのお父さんにお酒でも持っていこうと決める。一応以前からお酒自体は飲んでたと言う話を聞いていたためだ。

 そこで家に帰るコロナにスマホを預け、お父さんが飲んでいた酒瓶をこっそり撮ってもらって来た。

 結果は上々。

 丁度昨日コロナが久方ぶりに家に戻ったことで晩酌をしたって話を先ほどしていたので、まだ家に瓶は残ってるだろうと思ってのことだ。

 お酒のことは自分もコロナも知らないが、この写真を元に店員さんに聞けば好みのものを教えてもらえるだろう。


「ヤマル、何か持っていくのってあっちの風習?」

「そうだね。お邪魔しに行くわけだから、その為のって感じかな」

「そうなんですか。ヤマルさんのお国って律儀な風習なんですね」


 まぁ調和と規律、もてなしの心とか色々あるからだろう。

 自分が十全にそれを持っているかは疑問だが、少なくともちょっとぐらいはあると思う。


「とりあえずコロのお父さんはお酒でいいとして……お母さんと妹さんには何がいいかなぁ」

「お母さん達にも? 何か悪いような……」

「コロには普段からお世話になってるからね。たまには良いカッコさせてくれるとこっちとしても嬉しいかな?」


 何せ普段からカッコイイことを何一つしていない。

 せめて親御さんの前ではしっかり対応して、一緒にいても大丈夫だぐらいまでには見せなくてはならないだろう。

 流石に変なところを見せて両親が反対でもしようものなら、コロナも今後付いてくるのにも抵抗出来ちゃうかもしれないし。


「ちなみにヤマルさんの国では主にどんなものを持っていくんですか?」

「そうだね、コロが一人っ子なら大人向けの一品とかそっちにするんだけど……。妹さんいるし無難なのならお菓子の詰め合わせとかケーキ辺りかなぁ」

「お菓子?!」

「ケーキ?!」


 あ、やっぱり驚くよね。

 何せこの世界では甘味は結構な高級品。庶民が食べる甘いものと言えば専ら果物系になる。

 仮に無理をして買っていったとしても、そんな高価な物を贈られてはむしろ相手も困ってしまうだろう。

 ちょっと遊びに来た人が高級和牛なんか持ってきたら重すぎると思われるようなもんだ。


「いいなぁ、お菓子とか普通に買えるんだ」

「ケーキ……あの噂の甘くてふわふわしてるやつですよね。いいなぁ……」


 女子二人が物凄く恨めしそうな顔をしているが、だからといってどうにもならないのでそこは諦めて欲しい。

 食べ物の恨みはなんとやら、ではないものの刺す様な視線から目を背け手土産をどうするべきか考える。

 とりあえず日本では定番の甘味はNG。先の通り高くてあまり手が出ないし高級すぎるものを貰ってもかえって迷惑だろう。

 おかずになるような食べ物系も駄目。

 今夜コロナの母親が自分達のために色々作ってくれてるのは想像に難くない。そんな中に一品増やすようなことは出来る限り避けたい。

 しかしどうしたものか。

 出来れば皆で食べれるようなものが望ましいが、食事に影響しないものとなるとやっぱり甘味ぐらいしか……。


(……あ、そういえば)


 ふと、ちょっと前の事を思い出す。

 あれならば評判良かったし皆で分け合えるタイプだからいけるかもしれない。値段としても多分そこまでするものではないはずだ。

 正直現状それ以外良いものが思いつかないので即座にそれを採用する。


「よし、決めた。コロ、とりあえず連れてって欲しいお店決まったから案内お願い出来る?」

「え、うん。良いけど何か思いついたの?」


 まぁね、とコロナに笑顔を返し、とりあえず欲しい物が売ってるであろうお店へと皆で向かうことにした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る