第117話 お食事会


「ここがコロの家かぁ」

「私の家と言うか実家だけど……」


 デミマールの中心街から離れた住宅街の一角にコロナの実家はあった。

 庭付き一戸建てといかにも普通の家庭と言った感じ。だが帰るべき家と言うのはこのようにリラックス出来そうなのが個人的には望ましいと思う。


「さ、入って入って。ただいまー、皆連れてきたよー」


 もう少し家に入るための心構えの時間が欲しかったが、こちらの心中などどこ吹く風と言った具合にコロナが中へと入っていく。

 彼女に続きポチやエルフィリアと一緒に玄関をくぐると、奥の方から二人の獣人が姿を現した。

 どちらもコロナによく似た顔立ち。

 身長の高い方がコロナの母親だろう。長い髪を後ろで結わえ柔和な笑みを浮べたいかにも優しそうな人だ。

 そして母親の陰に隠れるようにこちらを窺っているのが妹さんだろう。

 こちらは完全にコロナをダウンサイズしたような感じだ。何年か前のコロナ、と言われたら信じてしまうかもしれない。

 

「いらっしゃい、母親のミヨです。あなたがヤマルさんね? うちの娘がお世話になってます」

「はじめまして、古門野丸です。コロナさんにはこちらこそいつも助けてもらってまして……あ、これよろしければどうぞ」


 ぺこりと頭を下げ丁寧に挨拶を交わす。この辺はあっちでの社会人経験が生きている形だろう。

 そしてお土産を差し出すと妹さんの尻尾がピンと上を向いたのが分かった。どうやら興味津々のようである。


「ご丁寧にありがとうございますね。冒険者の方と伺ってましたけどとても真面目そうな方で安心しました」

「いえいえ、自分なんてまだまだですよ」

「ふふ。あ、こちらが下の娘のハクです。ほら、ご挨拶なさい」


 ミヨが後ろに隠れたハクを前の方に出すも、やはり知らない人の前のためかこちらを見上げる表情もどこか不安げだ。


「ハクです」


 それだけ言うとミヨの後ろに隠れてしまうハク。

 歳は見た感じ八歳ぐらいだがこれぐらいの歳の子は人見知りするぐらいだったか?

 たまたまこの子がそうなのかもしれないけど。


「すいません、普段はこうではないんですけど……」

「いえ、知らない人が来たんですから仕方ないですよ」


 まぁ子どものことだから気にするようなことではない。

 その後エルフィリアとポチをコロナが紹介し、全員で家の中へ招かれる運びとなった。

 お邪魔しますと断わりをいれ案内された部屋に行くと、そこには茶色い髪をオールバックにした獣人の男性がいた。

 目つきはやや鋭く、なにやら値踏みされてるような視線を感じる。


「いらっしゃい。私が父親のレイニーだ。この度は娘が世話になった」

「いえ、こちらこそはじめまして。古門野丸です。こちらこそお嬢さんにはお世話になりっぱなしでいつも助かってます」


 差し出された手を取り握手を交わす。

 人寄りの獣人のため握った手は同じようなものだったが、だがその質が自分と明らかに違う。

 職業柄だろう。確かこの人はコロナの話では衛兵の仕事をしていたはず。

 そのため彼の手の平は自分に比べずっと硬かった。恐らく長年武器を握り続けてきたためだろう。


「そちらのお嬢さんが一緒に旅してるエルフィリアさんで」

「はっ、はひ!」

「その子がポチくんだったな」

「わふ!」


 おぉ、ちゃんと全員、それもポチの名前までちゃんと知ってるなんて。

 あれだ、ものすごい上司にしたい感じの人だ。

 少し怖い印象のある顔も上に立つ人として見るなら頼もしく思える。

 しかも衛兵、現場の叩き上げ。そう言う人は自他共に厳しいからきっと周囲の信頼も厚いだろう。

 ……でも自分がこの人の部下になったら何か三日で放り出されそうな気がする。


「どうかしたか?」

「あ、いえ。なんでもありません」

「そうか。まぁ立ち話もなんだ、座りなさい」


 レイニーに促され全員がテーブル備え付けの椅子に腰かける。

 ポチは流石にテーブルの上に乗せるわけにはいかないので自分の膝の上……と思ったが、ハクが物凄く興味を示していたので彼女に任せることにした。

 ポチを預けるととても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。その顔は本当にコロナとそっくりで、姉妹なんだなぁと否が応でも実感する。


「まずは親として娘の怪我を治してくれたことに感謝を。本当にありがとう」

「いえいえそんな! 頭をあげてください!」


 深々と頭を下げるレイニーに慌てて止めに入る。

 そもそもコロナの怪我を治したのは自分ではない。

 確かにきっかけや繋がりは自分からだから無関係ではないものの、こんなに感謝されると人の手柄を取ったようで落ち着かないのだ。


「いや、あの怪我はこの国では治せなかったものだ。私も方々手は尽くしたつもりだったが……良ければ治療方法を教えては貰えないだろうか?」

「お父さん?!」

「コロ、お前の怪我を治せるほどの方法があれば今なお怪我に苦しんでる他の人だって救えるはずだ。……どうだろうか?」


 多分彼は利権とかその辺関係なしに聞いているのは分かる。

 衛兵と言う職業柄、怪我で泣いた人はごまんと見てきたはずだ。

 今も知り合いに苦しんでいる人もいるのだろう。

 ……だけど。


「……すいません、それは自分の口からは」

「……そうか。いや、すまなかったな。今のは忘れてくれると助かる」

「いえ、こちらこそお力になれずすみません」

「君が気に病むことではないさ。こうして娘を治してくれただけでも感謝しているのだから。さ、湿っぽくなってしまったな。飯にするとしよう」

「はいはい、ちょっと待ってて下さいね。コロ、ハク、手伝ってちょうだい」

「はーい」「うん」


 パタパタと慣れたようにエルフィリアを除く女性陣が台所の方へ姿を消す。

 彼女も手伝おうと申し出しようとしたものの、お客様と言うことで断られてしまった。

 そんな所在無さげなエルフィリアを見てかレイニーが彼女に話しかける。


「そう言えばエルフィリアさん。この家ではそのフード外しても構わないぞ」

「え、あの、これは……」

「エルフ族なのは聞いている。確かに珍しいが娘の仲間を色眼鏡で見はしないさ」


 コロナのお父さんまじ男前。

 臆面も無くそんなことさらっと言えて、しかも似合うなんてズルい。こんなの男でも惚れそうになる。

 ……ってことはつまり。


「あ、は、はい……」


 ちらりと横を見ると湯気が出そうなぐらいエルフィリアが赤くなっていた。

 頬もそうだがフードを外したことで出てきた長い耳が真っ赤に染まっている。前髪で目元は見えていないのだが、これでは誰の目にも赤くなってるのは明らかだろう。

 ……お願いだから不倫はやめてね。同じパーティーメンバーでギスギスどころか家庭崩壊はシャレにならないから。


「だがエルフが森を出るのは珍しいな。なぜ娘と同じパーティーに?」

「あの、えと、それは……」

「あー、それはですね……」


 湯だった顔とあまり聞かれたくないだろう出立理由に半分パニックになりかけるエルフィリア。

 その様子を見かねてはすぐに助け船を出し、彼女の代わりに無難な回答を述べていく。

 流石に引きこもってたのを追い出されたとか誰にも聞かせたくないだろう。自分だったら穴を掘って潜りたくなる。

 とりあえずまだ短い間ではあるものの自分のパーティーの魔法使い枠として色々重宝しているとエルフィリアのことはしっかりとプッシュしておいた。

 例え自分がショボいのバレても、彼女が有能なら安心してくれるかもしれないし。


 そしてしばらく三人で話し込んでいると、台所からマードッグ家の女性陣が料理を持って戻ってきた。


「お待たせ、出来たよー」

「お、来たか。では続きは食事しながらにでもしよう」


 和気藹々とした団欒の中、ちょっと奮発してくれたであろう料理の数々が用意されていく。

 コロナの両親に薦められるがまま食べる料理は本当に美味しかった。

 こちらに来て早数ヶ月、日本でも一人暮らしで実家には年数回しか帰っていない。

 そのため『家庭の味』を食べたのは本当に久しぶりだった。一年以上ぶりだったかもしれない。


 久しぶりの感覚に心が温かくなるのを感じながら楽しい時間は過ぎていった。



 ◇



 そして少し時間が経ち、食事も終わってちょっとしてからのこと。


「あら、仲良くなったわね」

「ほんと……どうやったの?」

「んー……餌付け、かな」


 現在自分の膝の上には妹のハクが座っている。

 彼女の尻尾の揺れ具合から多分これは上機嫌なんだろう。コロナも尻尾がこのように動くときは大体機嫌が良いし。


「美味しい」

「ん、気に入ってくれて良かったよ」


 ハクの手には現在小さなお椀と木のスプーン。

 そのお椀の中にあるのは先ほど作った自家製氷菓もどきのアイスだ。いや、シャーベットに近いかもしれない。

 お土産にと用意したちょっと質の良い果実水を使い、ミヨに手伝ってもらって《生活魔法》で作った一品である。

 以前マギアで似たようなものを作ったので今回その時の経験を応用することにした。

 ちなみにハクが途中から興味深そうに台所を覗いていたのでお手伝いと言う名目で味見をお願いしたのだ。

 結果最初に挨拶したときとは打って変わって完全に懐かれた。

 さすが甘味パワー。女の子の心を掴む最終兵器リーサルウェポンである。


「マギアで氷菓作ってたのヤマルだったんだね……」

「うん、あれのお陰で今回は楽出来たかな」


 何せあの時はずっと作りっぱなしだったのだ。

 お陰で《生活魔法》を使った製造方法もレシピを書けるほど慣れてしまった。

 混ぜる水の分量、凍らせるタイミングや強さ等々もはや目を瞑っても……は流石に言いすぎではあるが、少なくともある程度は感覚で出来るようになっている。


「でも氷菓作れるなんてヤマルさんはすごいわね」

「本当の氷菓とはちょっと違いますけどね。でも手軽に作れる利点はありますよ」


 ともあれハクを筆頭に評判は上々。女性陣は氷菓もどきに舌鼓を打っている。

 そしてレイニーさんの方を見ると、丁度持ってきたお酒を開けようとしているところだった。

 彼の目の前にはちゃんと食べ終わった氷菓もどきの後があった。しっかり食べてくれたようで正直ほっとしている。


「レイニーさん、注ぎますよ」

「お、そうか。すまないな」

「いえいえ」


 対面にいるレイニーのグラスに持ってきたお酒を注いでいく。

 この辺も日本での飲み会で強制的に会得することになった技術と経験である。普段飲まない人間なのでこっちの技術ばかり培われてしまった。

 トクトクと程よいところでレイニーのグラスにお酒を注ぎ終えると、彼は今度は自分の番とばかりに酒瓶を手に取った。


「君はお酒はいけるクチか?」

「実はそこまでは……。でも一杯はご相伴に預かりますね」


 そう言うとレイニーは苦笑しつつもこちらのグラスにお酒を注いでくれた。

 そのまま二人でカチンとグラスを合わせると一口お酒に口をつける。


「ほぉ、結構上物だな。しかも俺の好みだ」

「あ、お口にあったようで良かったです」


 お店の人に写真を驚かれながらも見繕ってもらった甲斐があった。

 値段はまぁ、レイニーが言うようにそこそこ上物を用意させてもらった。こういうのはケチらず使った方が良いのは経験で知っているからだ。


「うちの家族は誰も飲めないからな。こうして家で酒を酌み交わせる相手がいるのは新鮮だな」

「ミヨさんも飲めないんですか?」

「あぁ、うちのやつは滅法弱くてな。飲ませたら、まぁ、色々大変なんだ」


 あぁ、コロナもお酒物凄い弱かったし母親の方の遺伝なんだろう。

 あんなほんわかお母さんがどんな具合になるのは興味はあるが触らぬ神はなんとやら。

 多分酔ったらとんでもないことになりそうなのでこの好奇心は封印しておくことにする。

 そしてチビチビとお酒を飲み彼と歓談することしばし。

 レイニーがほぼ一人で酒瓶を半分ほど空けたところでふぅ、と一息ついてはグラスをテーブルに置く。


「いかんな、少しペースが速かったか……。少し夜風に当たってくる、君もどうだ?」

「え、自分は……あ、お供します」


 断わろうかと思ったがレイニーの目が何か話があると言ってたので一緒に付いて行くことにする。

 流石に自分でも分かるような所作だった。

 コロナやミヨも何となく気づいてそうだったが、二人とも空気を呼んでか特に何も言わず見なかったフリをしている。


「ハクちゃん、ちょっと行ってくるからごめんね?」

「ん」


 後ろからハクを抱きあげ立ち上がるとそのまま彼女だけ椅子へ戻す。

 そしてレイニーの後を追い二人して玄関から外へと出た。

 日が落ちたデミマールは少しだけ肌寒いものの、火照った体には心地よく感じる。


「すまないな」

「いえ、大丈夫ですよ。それで何かお話なんですよね?」


 しかし……うぅん、お父さんと二人きりでの話とか緊張するな。

 こういうのはいつかコロナを娶る人の役目だろうに。


「いや、何。先ほど礼は述べたが改めて言いたくてね」

「いえいえ、先ほどので十分ですよ」


 こんな男前親父さんに何度も礼を言われたら逆に申し訳なくなってしまう。


「……家の中から騒がしい声が聞こえるだろう?」

「え?」


 ふいに、レイニーがそうポツリと言葉を漏らす。

 二人きりの緊張からかそこまで気は回らなかったが、確かに家の中からは女性陣の賑やかな声が聞こえていた。


「コロが怪我をした後は本当に灯が消えたようでね。元々明るい子だったがよっぽどショックだったのだろう、全く笑わなくなってしまったんだ」


 当時を思い出してか、少し夜空を見上げどこか遠い目をするレイニー。

 今のコロナからは全く想像出来ないが、実際そうだったと言うのが彼の様子から良く分かる。


「そんなある日の朝だ。書き置きを残して出て行ってしまってね。行方を追おうにも手がかりも無く最悪のことすら考えたこともあった。……しかし昨日、無事に帰ってきてくれた。それも怪我も治ってだ」


 そう言うとレイニーはこちらに向き直った。物凄く真剣なまなざしを向ける。


「この家に無事に帰してくれたこと、本当に感謝する。これからも娘が迷惑かけるかもしれないがどうかよろしく頼む」

「分かりました。時期はちょっといつ、と明言出来ないんですが必ずこの家にお返しします」


 この調子だと召喚石を手に入れるまだ時間は掛かりそうだが、レイニーの真剣な眼差しを見て必ずこの家に帰してあげようと心に決める。

 どちらにせよ危ない橋は渡るつもりはあまりない。コロナに何かあるとその影響をダイレクトに受けるのが自分だからだ。

 彼女にどうにか出来なかった問題を自分がどうにか出来るはずもないし。


「それを聞けて良かったよ。……付き合わせて悪かったね、皆のところに戻りなさい」

「レイニーさんは?」

「もう少し夜風に当たることにするよ」


 分かりました、とだけ短く返し、玄関をのドアを開け家の中に入る。

 ドアを閉じた後で外か何か声が聞こえたような気がしたが、気づかぬフリをして皆がいる居間へと戻ることにしたのだった。

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