第113話 ヤヤトー遺跡9


「当たった! 当たりました!!」

「よし、良くやったぞ!」


 後ろでぴょんぴょんと飛び跳ねながら嬉しそうな声をあげるエルフィリア。

 前方にいるドルンも顔だけこちらを向けてとても良い笑顔を向けてくる。

 二人の様子を見てようやく終わったんだな、と実感が湧いてきた。


「良かった……」


 安堵感からか力が抜けそのまま床にペタリと座り込んでしまう。

 台座に乗せてた銃剣も自分に引っ張られるように下がり、穂先がコツンと音を立てながら床に当たった。

 そして自分を落ち着かせるよう大きく息を吸ってはゆっくりと吐いていく。


「ヤマルさん、やりましたよ!」

「おわっ!?」


 心を落ち着かせようとしていると不意に後ろから何か柔らかいものが飛来。

 危うく目の前の氷の台に頭ぶつけそうになったところをぎりぎり耐え、視線を後ろに向けるとそこにはエルフィリアが抱き着いてきていた。

 感極まっているからなんだろうけど正直自分にその物理的距離感は色々キツい。特に彼女はスタイルが良いからどうしても。


「エルフィ、ちょ……」

「わふぅっ!!」

「え?」


 聞きなれた鳴き声。目線を上げるとそこには見慣れたポチのお腹。

 待った、と言う間もなくエルフィリアの背にポチが圧し掛かり、一人+一匹の重みに耐え切れず体がべしゃりと床へ押しつぶされる。

 ギリギリのところで足を伸ばし腰を守った自分の判断を褒めてやりたい。


「む~~~!!」

「ポチ、潰れる! エルフィ潰れちゃう!!」


 自分の背とポチのお腹に挟まれじたばたともがくエルフィリア。

 慌てて声をかけるとポチは慌てて起き上がり、更にエルフィリアの首もとの服を咥えては彼女を自分から引き剥がす。

 背にかかる重みが無くなった事でようやく床から解放された。

 ゆっくりと立ち上がり軽く肩をまわすと、目の前には宙ぶらりん状態のエルフィリア。


「ヤマルさぁん……」

「ポチ、降ろしてさしあげなさい」


 今にも泣き出しそうなエルフィリアをとりあえず解放させ、改めてポチの首元に抱きついてはぽふりぽふりと背をなでる。


「ポチもご苦労様。色々無理させちゃったもんね」

「わふ」


 目を細めこちらに頬ずりするポチも相変わらず良い子である。そしてモフい。

 小さいサイズでもっと撫でてあげたいところだが、残念ながらまだ明かりが必要のためもうしばらくはこのままだ。


「んでエルフィリアよ。あっちから合図はあったのか?」

「え、あ……あ、あります! フインさんがこっちに手を振ってます」


 視線を中央に向けても相変わらず良く見えない。

 エルフィリアの目は本当に良く見えるなと感心してしまう。


「ってことは完全に終わったって事だね」


 石が砕けてもトレントが停止しない可能性を考慮し、自分達が部屋に近づくのは合図があってからと厳命されていた。

 その合図があった今もはや邪魔するものは誰もいないだろう。他の魔物も多分逃げただろうし。


「んじゃコロを迎えに行こっか」


 ずっと前線で頑張ってくれた彼女を労いに一同は中央部屋へと向かうことにした。



 ◇



「うわぁ……」

「こりゃまた派手にやったもんだなぁ」


 部屋に入ると目の前の光景に驚きの声しか出ない。

 コロナ達と入ったときは中央にトレントがいる以外は——いや、それも大概なのだが、少なくともその部分以外はまぁ今日見てきた遺跡と大差は無かった。

 それがこの数分でどうしたことか。

 中央にいるもはや動かなくなったトレントそのままに、そこからまるでウニやイガグリの様に枝や根が部屋の全方位に伸びている。

 そのうちの一本がドルンが止めたものだろう。実際通路の三分の一はその根でふさがってた。

 そのせいで床はトレントの根が、部屋の隅々まで枝が延びており正直言って邪魔でしかない。まるでジャングルジムやアスレチックを髣髴とさせるほどだ。

 ちなみに前回のレオ達との戦闘で一回、そして今回の自分達との戦闘で一回放ったためか部屋の壁はボコボコである。中には剥がれ落ちているものすらあった。

 ……どうするんだ、これ。


「あ、ヤマルくん達! こっちこっち!!」


 呼ばれた先はトレントの幹の部分。そこでパルが自分達に位置を知らせるように大きく手を振っていた。

 近くではコロナが幹に背を預けながら座っておりレオからポーションを受け取っている。


「コロナさん、怪我したのでしょうか……」

「パッと見は大丈夫そうだけど……とにかく話聞きに行こう」


 別れてからどうなったかは全く知らないが、この部屋の様子から激戦であったことは想像に難くない。

 しかしこうしてコロナが生きていてくれたことは心底嬉しく思う。

 それにレオにも自分の無茶な要求に応えてくれた。会って少ししか経ってないが、多分コロナのために色々手を回してくれてたんだろう。

 何かお礼でもしないといけないな、と思いながら彼らの元まで歩いていく。


「皆さんお疲れ様です。大丈夫……みたいですね?」


 さしあたってポーションを使っているのはコロナのみ。

 他の四人は特に問題無さそうだった。


(……え、もしかしてこれ全部避けたの?)


 改めて見ると部屋の壁より枝の方が視界面積が広い。

 そんな中無傷で乗り切るとか、この国の正規兵は本当に強いんだなぁと改めて実感する。


「ヤマル君が明かりつけてくれて見やすくなったからね。助かったわ」

「そういうことだ。ただ、その……コロナさんが大丈夫か君たちの方でも診てもらいたい。自分らで確認はしたんだが、一度トレントの直撃を受けた手前どうしても心配でな」

「え、コロ大丈夫?!」


 レオの言葉を聞き慌ててコロナに駆け寄るとどこか怪我をしてないかしっかり見て回る。

 とは言え医者でもない自分では本当に見るしかないわけで。

 一応確認した部分では大きな傷は見当たらなかった。


「うん、大丈夫だよ。ヤマルが守ってくれたからね」


 にこりととても嬉しそうに微笑む彼女だが良く分からない事を言われた。

 彼女は今自分が守ってくれたと言ったがそんなことはしていない。

 現に明かりをつけてからはずっと後方にいたのはこの場にいる全員が知っていることだ。


「やっぱり頭打たれたせいで……」

「え? あ、ううん。そうじゃなくってね。トレントの攻撃が頭に当たったのは本当なんだけど……」


 見て、とコロナは頭を傾けこちらにあるものを見せた。

 それは以前彼女にプレゼントしたリボン。

 よく見ると結び目に付いた真紅の宝石が淡く光っており、彼女の頭の周囲にうっすらと何か膜の様なものが浮かんでいた。


「ほらこれ、前にヤマルがくれたリボン。これが守ってくれたお陰で助かったの」

「……はあぁぁぁ、心臓に悪いよ……」


 戦闘後二度目の脱力。

 大きく息を吐きながらへなへなと腰を下ろすようにその場に座り込む。

 そのリボンを使うってことは本当に危なかったってことじゃないか。

 自分があげたもので命が助かったことは本当に嬉しいが、そんなことをさせてしまった罪悪感がふつふつと湧いてくる。


「コロナ、それ魔道装具か?」

「うん。《魔法の盾マジックシールド》自動発動型のだよ」

「むぅ、魔道装具はあまり出回らないものだが……しかも自動発動型なんてあったのか」


 しかしそんなこちらの心情を他所に、マジマジとリボンを覗き見るドルンに対し良いでしょー!と笑みを返すコロナ。

 いつものやり取りにふぅと小さく息を吐くと自然と笑みが零れてきた。

 いかんいかん。反省は大事だが今は折角勝った喜びをかみ締めるときだ。空気を読め古門野丸、向こうで幾度と無く経験してきたことだろう。

 ……うん、反省は今夜皆を交えてゆっくりやろうと決意する。


「そう言えばそっちはこれからどうするんだ?」

「んー……まぁ他に魔煌石無いか探してみるよ。とは言うものの……」


 ぐるりと周囲を見渡すと相変わらずの光景。

 正直こんな枝と根が張り巡らされた部屋を探索とか骨が折れるなんてどころではない。


「レオさん達はどうするんですか?」

「そうだな。一応任務としては終わりではあるんだが……」

「流石にヤマルくん達には色々手伝ってもらったんだしね。その石探すの手伝うわよ」

「まぁこっちも来て数日経ってるから最後までは付き合えないぞ?」


 それでも一緒に探してくれるのは大変ありがたい。

 立ち上がり彼らに向かい頭を下げては礼を述べ素直に助力を請うことにする。


「まぁどっちにしても部屋の中をどうにかしないとな」

「あぁ、それなんだがレオさんよ。ちょいと相談と言うか確認なんだが」


 皆でトレントの残骸をどうしようかと話し合おうとした矢先、ドルンがレオに対し質問を飛ばす。


「一応こっちはヤマルを頭とした冒険者パーティーだ。遺跡で見つけた物とかはこっちで引き取って良いんだよな?」

「あぁ、こちらとしては任務に関わらない限りそれで違いないな」

「よし。じゃぁすまんがちょっとこちらに協力してもらうぞ」


 ニィ、と口角を上げとても怪しい……もとい嬉しそうな笑みを浮べるドルン。

 うん、この顔知ってる。

 多分また何か変なこと思いついてそれを実行することを決めた笑顔だ。


(レオさん、ごめん)


 何を言い出すか知らないが多分迷惑をかけそうな予感がしたので先に心の中で謝っておくことにした。



 ◇



 そしてトレントを倒して二日後。


「……ドワーフってのは知ってるつもりだったがすごいな」

「まぁ……そうですね。良くも悪くも一本気ですから」


 ヤヤトー遺跡中央部屋、その入り口にてレオと並びを眺める。

 現在目の前ではドワーフの集団がトレントの解体作業に取り掛かっていた。


 トレントを倒したあの日、ドルンが言い出したのはこのトレントを貰っても良いかと言うことだった。

 現状トレントは成長した状態のまま物言わぬ木として残っている。

 そしてこのトレント、皆が戦って肌で実感したように樹皮は硬く中身はしなる等、木材としてはかなり良い品質の物なのだそうだ。

 そこに目をつけたドルンが小人コビットの一人に手紙を持たせ村へと走らせた。

 ここまで来るのに片道二日掛かったので多分来るのは四日後だろうと思っていたら何をどうしたのか彼らはその半分の時間でやってきたのだ。

 来るや否やまずは伸びた根を切り枝を切り、あれよあれよと言う間に幹の周りには足場が組み立てられ現在に至る。


 ちなみにドワーフが来るまでの二日は残ったメンバーで遺跡の調査に当たっていた。

 成果と言って良いか微妙ではあるが、拾えたものと言えば砕けた魔煌石を少しだけ回収出来たことぐらいだろう。

 とは言うもののその大きさは大きくても親指程度の大きさしかなく、残念ながら召喚石の台座を作るほどの量は集めるに至らなかった。

 だがこれまでに無い以上に遺跡の調査事態は順調だった。

 何せ先の一戦とレオの討伐任務のお陰で魔物が遺跡から殆どいなくなっていた。

 襲われることも無く調査出来るのは非常にありがたく、日数の割には殆どの場所を調べれたと思う。

 ただ残念なことに新たな魔煌石は見つかることは無かった。


「よぉ、ヤマル。武器の調子はどうだ?」

「あ、どうも。すごく良いですよ、ありがとうございます」


 ここ二日のことを思い出していると、こちらにゆっくり歩いてきたのは銃剣を作るときにお世話になった木工工房の親方さん。

 そして現在解体作業に取り掛かっているのは彼を含めたあの村の木工職人たちだ。

 彼に挨拶し作ってもらった武器の礼を言うも、豪快に笑いながら気にするなと返してくる。


「なぁに、俺らも良い経験させてもらったし少し余った分は譲ってもらったからな。それに今回もこんな良い木材売ってくれるんだろう?」

「えぇ、むしろ買い取ってくれてこちらも助かります」


 ドルンの伝手もあり、今回彼らにはトレントを売却することになっている。

 もちろん解体作業や荷運びの人件費は引く契約だ。それでも量が量なだけに結構な額になるのではないかとのこと。

 良いのかなぁと心配はしていたが、ドワーフにとって上質な素材での物造りはとても大事らしく、そのためなら金に糸目はあまりつけないのだそうだ。

 それにこんな巨大な木、自分達ではどうにもならないし。


「……ヤマル、ちょっと良いか?」

「はい、どうしました?」

「すまないが今解体しているトレントなんだが一部分けてはもらえないだろうか。上に報告する際現物があると助かるんだ」

「良いですよ、量はどれぐらいです?」

「そこまで大きいのは持ち運ぶのも辛いしな。大体これぐらいで良いんだが……」


 そう言ってレオが手で示した大きさは片手でもてるぐらいの大きさだった。

 どうやらサンプル程度でいいらしい。


「すいません、そういう訳で少し融通してもらっても……」

「あぁ、もちろん良いぞ。なら樹皮と枝と根、幹をそれぞれ切り分けるから持ってけ」

「恩に着る」

「いえ、こちらも協力していただけましたから。あ、それとこれもどうぞ」


 そう言って持っていた魔煌石の欠片の一つをレオへと渡す。


「いいのか?」

「正直これだけじゃどうしようもないですし、トレントの説明なら必要になりますよね?」

「あぁ、助かる。ありがたく貰おう」


 魔煌石があればこのトレントのことも説明しやすいだろう。

 砕けたとは言え少しでも魔石の性能が上がることが証明されれば、今回戦ったトレントの特異性も分かってもらえるはずだ。


「……それでだな、すまないとは思ってるんだが」

「そろそろ滞在も限界なんですよね。良いですよ、むしろ二日も引き止めてしまいすいませんでした」

「いや、そちらが謝ることじゃない。こちらこそ急な頼みに対応してくれて感謝している」


 レオ達もヤヤトー遺跡に到着してからもう五日も経っている。

 野営用の食料も道具もそろそろ底が尽きるころだろう。自分達も今日か明日にはここを発つつもりだ。


「もし今後何かあればいつでも頼って欲しい。いつでも助けになろう」

「いえ、そこまで大層なことはしてませんし……。でも、そうですね。もし何か困ったことあればその時はお願いします」

「あぁ」


 互いに握手といつか再会の約束を交わすとレオは自分達の仲間の方へと戻っていく。

 そしてトレントの一部を受け取りコロナ達に別れを告げてはヤヤトー遺跡を後にして行った。

 またどこかで会えたら良いなと思いつつ、こちらはこちらで全員集め最後の調査の追い込みをする。


 そして翌日。

 結局トレントが撤去された中央部屋を探すも魔煌石は見つけることが出来ず一度ドワーフの村へ帰る事になるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る