第112話 ヤヤトー遺跡8


 トレントと相対してすでに数分と言ったところだろうか。

 一体の魔物を相手にここまで時間を使うのは自分の経験でもかなり珍しかった。

 基本的に戦闘はよほどのことが無い限りは早めに決着がつく。もちろんこれは勝っても負けてもだ。

 今回のように時間がかかるときは大体状況が決まっている。

 例えば今の自分たちのように相手を攻めあぐねており、相手もこちらを未だ捉えることは出来ていない時。要するに拮抗状態だ。

 普通ならこれほどの魔物なら戦うより撤退を選ぶ。どちらに転ぶか分からないほどの相手をするぐらいなら逃げた方がずっと良い。

 相手もそれが分かるためか魔物だったとしても見逃してくれるのは思ったより多い。

 むしろ理性が無い分直感が働く魔物の方がよっぽどその手段を取る傾向すらある。

 しかし引けぬ理由があるのなら戦い続けるしかない。それが例え泥沼の持久戦になることが分かっていたとしても。


(とは言うもののちょっと不利かなぁ)


 トレントの再生は未だ衰えるところを知らない。

 他の枝を対処している間に斬ったはずの枝がすぐに再生してくる。

 魔煌石が魔力を増幅させる効果があるとは言え、流石にこれは異常ではないだろうか。

 増幅は増やす役目はあったとしても無尽蔵になると言うわけではない。

 現在の魔石はレオ達が感知出来ないと言うのだからそこまで大きくないのだろう。となれば魔煌石の増幅能力が異常なのか、もしくは——


(地下に何かあるの?)


 トレントの根は大地より魔素を吸収する。それが再生能力へと繋がっているのは皆が知るところだ。

 これほどの大きさだと非戦闘時に成長のために吸い上げる量も決して少なくはない。

 その上現在は自分達がどんどん傷を負わせている為更に量は増えてるだろう。

 だが魔素は枯れることなくトレントの養分と化している。もしかしたら魔素が溜まりやすいのか、はたまた発生しやすい場所なのか。


(でも対処法が無いね)


 思考を巡らせながらも伸ばされた枝をいなしそれを両断。更に左右から挟むように伸ばされた枝も後ろに下がり斬り飛ばす。

 この力が魔煌石以外、例え地面から来てたとしてもこちらから手が打てない。

 例え根を全て斬っても見える位置は限られているし、幹の真下に伸ばされた部分はどう足掻いても剣が届かない。

 本体も大きさ、硬さの両面から両断することは不可能。

 つまりあのトレントを大地から剥がす手が何も無い。


「やっぱり壊すしかないよね!」


 そして何度目かの突撃。

 右に左にのみならず《天駆てんく》を使い上下も織り交ぜ縦横無尽に飛び交うも、やはり最後は数の暴力に阻まれる。

 これ以上は無理か、と思ったそのとき、戦場に変化が訪れた。

 それは舞い散るトレントの葉だった。見るとトレントが枝を引っ込めその巨体を小刻みに揺らしている。


「来るぞ! 各自散開しろ!!」


 そしてそれはある攻撃の兆候。この攻撃でレオ達は前回敗走することになった。

 どの様な攻撃かはすでに聞き及んでいる為、彼らに習い五人全員がそれぞれ距離を取る。


 そして次の瞬間、トレントを中心にまるで爆発したかのように枝と根が全方位に向けて放たれる。

 今までのようにこちらを狙った攻撃ではない。

 圧倒的な物量による押しつぶし。狙わずとも隙間を埋めればどこかで当たるだろうと言わんばかりの攻撃だ。


「くっ……!!」


 レオから話を聞いていたがこれはきつい。

 何せ先ほどまでの対処法が使えない。

 斬り飛ばせばその隙に襲われるのは目に見えているし、狙われているわけではないので誘導することも出来ない。

 ただただ迫り来る枝を目で追いとにかく回避に専念する。

 捕まったら間違いなく無数の枝によって体が穿たれるのは想像に難くなかった。

 迫り来る枝を見定め、右へ左へ回避する。数は多いが攻撃が直線的なのがせめてもの救いだろう。

 正面の枝を横を向いて回避、足元を掬う様に地面を這う根はそのまま跳躍、すでに通り過ぎた枝を足場に大きく飛び出し尚も穿たれる枝を《天駆》の急加速でやり過ごす。

 放たれる枝も少し減ってきておりこのままいけそう、と思った矢先のことだった。

 《天駆》でバックステップしたところでドンと背中に軽い衝撃。目線を送った先にはほんの数瞬前までは無かったトレントの枝。それが背に当たったことで自分の動きが一瞬止められる。


(いつ? 見過ごし? まずい!)


 とにかく動かねば、と動こうとしたところで気づく。

 すでに眼前まで迫っていたトレントの枝。

 それが酷く遅く動いているように見えたが体が意思に反して動かない。


「コロナちゃん!!」


 遠くから聞こえるパルの声と同時、頭に衝撃が走り自分の体が宙を舞った。



 ◇



「来たぞ、準備しろ!」


 ドルンの合図に思わず力が篭る。

 狙撃に関してレオからタイミングの指示を受けていた。

 それはトレントの大技とも言える全方位に枝を伸ばす攻撃である。

 パルが重傷を負うことになったこの攻撃だが、放っている最中とその直後はトレントが動かなくなるのだそうだ。

 フインがパルを抱えて撤退出来たのもこの現象があってのこと。

 その為前線に居る五人は魔煌石の破壊を目指しつつも、この大技を誘発させるために立ち回っている。


「ヤマル、お前は前を見て撃つことだけ考えてろ。アレは俺が必ず止める!」


 アレ、と言うのは目下物凄い速度でこちらに伸びてきているトレントの枝。

 全方位に放たれるということは直線上にいるこちらも例外なくその範疇。

 無論トレントはこちらのことを狙ったわけでは無いのだが射線上にいる以上避けられることではない。


「ぬんっ!!」


 こちらから少し離れるように前進すると、ドルンは腰を落とし両手の盾を床に刺す様に垂直に構える。

 彼の筋力と重装備からなる様はまさに重厚な壁。

 その壁が迫り来る枝を前に一歩も引かぬと思わせるほどの圧を持って敵の攻撃を迎え受ける体勢を取った。

 それと同じくしてこちらも最後の準備に取り掛かる。


「ヤマルさん、右側に角度修正。少しだけ……そう、そこで止めて下さい」


 自分の真後ろから耳元でエルフィリアが指示を出す。

 彼女の誘導に従い銃剣を右へ少しずつ傾け、そしてピタリとその動きを止めた。


「エルフィも俺の後ろに隠れててよ。脆い壁だろうけど無いよりマシだし」

「はい。でもちゃんと見ておかなければいけませんし……それにドルンさんがきっと止めてくださいますから大丈夫ですよ」


 とは言うものの自分の肩に置かれた彼女の手は先ほどからこちらの服をぎゅっと掴んでいる。

 彼女も怖いのに我慢して力を貸してくれているのが鈍い自分でも容易に想像出来た。


「ヤマルさん、いきますよ」

「ん、合図お願い」


 さん、に、いち……とこちらが合わせやすいようにエルフィリアがカウントダウンを開始。

 その間にもドクン、ドクンと心臓の音がいやに大きく聞こえてくる。


「ゼロ!」


 エルフィリアの合図でトリガーを引き矢が放たれる。

 放たれた矢の速度は普段よりも数倍も速い。

 それもそのはず。この銃剣、レバーを引きトリガーを押しっぱなしにすればフルオートで射出するが、もう一つ別の機能がある。

 それはレバーを引き魔力を溜めた後に普通にトリガーを引くと、溜めた魔力が一気に解き放たれるように設計されている。

 バランスの良くまとまった通常時と溜め状態での連射と一点集中。一つの武器で三つの使い分けが出来るのがこの武器の真骨頂の一つだろう。

 そして最も威力が高く速度が速い溜め撃ちは加護のお陰で反動も無く矢があっという間に点となり見えなくなった。

 きっと途中でこちらに向かっている枝とは交差しているんだろうが、自分の目ではその様子は窺い知れない。

 そして発射から数瞬後、ついにドルンの元に枝が到達した。


「ぬおおおおおおおお!!!!」


 全身の筋力と持ち前の頑丈さを以ってドルンは枝を迎え撃つ。

 盾に枝が着弾してもドワーフは吹き飛ばされることなくこれを維持。

 しかし重量差は如何ともしがたいようで、ドルンの体が後ろに押し出され同時にガリガリと遺跡の床が削れる音が響き渡った。


「ぐ、うぅぅおおおおおおりゃあああっっっ!!」


 ダン!!とドルンが床を踏み抜かんとばかりに右足を踏みしめるとようやくその進行が止まる。

 その位置、自分の場所から僅か一メートル程前。結構ギリギリの位置だった。


「くっそ、さっきより伸びてんじゃねぇのかこれ……!」


 悪態をつきつつも押し返そうと一歩、また一歩ドルンが前進していく。

 あれほどの物を押し返すとかドワーフの力は一体どうなっているのか。


「着弾確認! 外れました、誤差修正します!!」


 そして後ろからエルフィリアにしては珍しく声を大にした報告が入る。

 やっぱりダメだったか、と思いながら第二射を放つべく再びレバーを手前に引き魔力の充填を開始。

 一射目で失った精霊石の光が再び灯り始めてくる。


「修正方向は?」

「左ですが着弾位置は魔煌石のすぐそばです。ゆっくり、本当に少しだけお願いします」


 これだけ離れてる距離なら角度を少し変えただけでも到達時には大幅に変わってしまう。

 本当に、少しだけ……くそ、細かすぎて動かしてる感覚が殆どしない。

 ちゃんと修正出来ているのか、もう少し動かした方が良いのか……。


「あ……」


 肩に乗っていたエルフィリアの手が銃剣の上にそっと置かれる。

 それはまるでこの位置で大丈夫と言っているようだった。


「ヤマル、トレントが動き出したぞ!」

「ッ!!」


 ドルンが叫ぶと魔力が充填したのはほぼ同時。

 間髪いれずそのままトリガーを引き第二射の矢をトレントに向け撃ち放った。



 ◇



「コロナちゃん!!」

「パル、今は集中しろ!!」


 そうは言うものの視界にはコロナが飛ばされる瞬間をはっきりと見てしまった。

 それもよりによって頭部である。

 彼女ほどの小柄な体躯ではエルフィリアの魔法越しとは言えただではすまない。相方のパルですら鎧越しであれだけのダメージを受けたのだ。

 生身で受けてしまっては……。


「レオ、ぼさっとすんな!!」


 コフに檄を飛ばされ最後の枝を強引に回避。

 しかし無理な体勢で動いた為バランスが崩れ、伸ばされた木々の隙間に嵌るように足を滑らせてしまう。


「くそ、誰か彼女の救助を!!」


 絡み合う枝に邪魔され中々這い出すことが出来なかったが、それでも数秒後には何とか開けた場所へと出る。

 辺りを見ればパルも丁度同じように這い出ていたところだった。彼女も自分同様バランスを崩してしまっていたのだろう。

 二人揃ってコロナが落ちた方に視線をやろうとしたまさにそのときだった。


「ッ?!」


 ガァン!!と耳をつんざくような破砕音が大部屋に響き渡る。

 そう、破砕音だ。

 現在部屋で戦ってた五人は回避に専念していたため攻撃をする余裕すらなかった。となると残る可能性は一つ。

 ヤマルの武器による遠距離からの攻撃。

 しかし前以て教えてもらった彼の武器は形状はともかく放つのは矢だったはずだ。

 普通の矢と違い全てが鉄製の棒状の矢を作戦前に見せてもらっている。


「何が……?」


 パルの呟きと共に音がしたトレントの方へと視線を向ける。

 するとそこで目にしたのは文字通り木っ端となって吹き飛ばされているトレントの残骸だった。

 そして丁度魔煌石のすぐ右側には、まるで小さく爆発したかのような陥没の跡が残っている。

 そこに矢が放たれた形跡などどこにも……いや。


(金属片……?)


 視界に捉えたのは砕けたトレントの樹皮と幹、そしてバラバラになった金属片が舞っている光景。

 まさか、と思い、いや、と自分の突飛も無い想像を肯定する。

 恐らく矢は放たれた。そして見ての通り幹に命中したのだろう。

 だがトレントの本体を貫通するまでには至らなかったようだ。多分矢が鉄製だったためそれ以上の硬度を持った相手だったからもたなかったのだろう。

 しかし貫けなかったとは言え威力が消えるわけではない。

 ヤマルの矢は全てが鉄で出来ており通常の矢よりもずっと重い。例え幹に阻まれ砕け散ったとしてもその質量からくる衝撃は相当なものだと想像出来る。

 事実、幹にあれほどのダメージは自分達では与えれなかった。

 あれほどの攻撃力を持った武器など、もはや兵器と言って差し支えないほどだ。それを一介の冒険者が所持し、難なく持ち運べる大きさで運用出来ることに戦慄さえ覚える。

 更に言うと作戦通りに彼らが配置位置についてるなら驚くほどの長射程だ。矢が落ちぬよう地面と水平に撃ち、それでも尚あの威力。

 一緒にいたドワーフが作ったと言っていたが、彼は一体何を生み出してしまったのか。


(でも今はそれどころではない!)


 しかし、と湧き出す疑問を一旦全て頭から追い出す。

 目下大事なことは二つ。

 一つはあの攻撃が外れてしまったこと。もう一つは吹き飛ばされたコロナの安否だ。

 このままでは再び動き出したトレントが彼女に襲い掛かってしまう。あの状態ではもはや動くことさえままならないはずだ。


「レオ、こっちだ!!」


 コフの呼びかけに即座に反応、少し離れた位置で手を振ってる彼を見つけてはそちらへと駆け寄っていく。

 そして着いた先で見たものは床の殆どを覆うトレントの根の上。そこにコロナはうつ伏せで倒れていた。

 吹き飛ばされても尚剣を握り締めているその姿は彼女の意志の強さの一端が窺える。

 しかし足元でうつ伏せに倒れるこの状態では彼女の顔の怪我の程度が把握出来ない。

 正直確認するのが怖い。

 もし見るも無残な状態になってしまってたら彼らに対し何と言えばいいのだろうか。


「レオ」

「分かっている。コロナさん、返事出来るか?」


 フインに促されしゃがんでは彼女の名を呼び体を揺すぶる。

 彼女が例えどんな状態になっててもそれを確認するのが自分の役目でありそして責任だ。

 だが残念なことにこちらの呼びかけには一切反応がない。

 やはりか、と半ば諦めながら彼女の体を掴みゆっくりと仰向けになるように起こす。

 あんな可愛らしい顔になるべく傷が入ってないことを祈りながら意を決して彼女の顔を見る。


「……え」


 目の映った光景に思わず声が漏れた。

 そこには目をぱちくりさせ呆けた表情をした彼女がいた。

 生きていた。多少の怪我は負っていたものの、こちらの予想とは大きく外れ頭部に大きなダメージは見受けられない。


「あれ……私、生きて……?」


 彼女自身も信じれない様子だった。

 正直自分だって信じれない。間違いなく彼女はトレントの攻撃によって吹き飛ばされていたはずなのに。


「コロナちゃん、起きれる?」

「あ、はい。多分……っと?!」


 パルが手を伸ばしコロナを立ち上がらせると不意に地面が、いや、木の根が揺れる。

 これは間違いなくトレントが再び動き出す兆候だ。


「話は後だ、一旦——」

「あ……」


 全員を動かそうと指示を出そうとしたそのとき、コロナが何かに気づいたように顔を上げる。

 そしてこちらも徐々にその何かに気づく。耳に届くのは風を切り裂く何かの飛翔音。

 まさかと思いトレントの方へ皆が顔を向けたその先に見えたものは、今まさに一本の矢によって白い石が粉々に撃ち砕かれた瞬間だった。

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