第108話 ヤヤトー遺跡4
「おかえー……誰?」
正規兵の彼らに案内されたのは遺跡の一室。
中は今までの部屋よりは片付いており、部屋の中央では焚き火の番をしていた一人の豹の獣人の女性がいた。
男性と違いこちらはコロナのように人間寄りの人。
金色の髪から突き出すように出ている豹柄の耳と同じ模様の尻尾。浅黒い肌に金色の髪がとても映えており、その髪はポニーテールにまとめられ腰ほどまで伸ばしていた。
そんな彼女は彼と同じデザインの鎧を着込み右手には穂先が長めの槍を手に持っている。
「遺跡探索してた冒険者達だ。話聞くために連れてきた」
「私ら以外にいるなんて珍しいわね。どこにいたの?」
「少し進んだとこだな」
男性がそう言うとへぇ、と目を細め値踏みするようにこちらに視線を向けてくる。
しかしすぐにニカッと屈託の無い笑みへと変わった。
「まぁいつまでも入り口に立ってないで中入りなさいな。コフ、フイン、見張り頼むわよ」
「へいへいー」
若干のめんどくさそうに小人の二人——コフと、フインが部屋を出ていく。
そして代わりに入ってきたのはポチとエルフィリアとコロナだ。
やはりエルフィリアとポチが珍しいらしく、女性は今度は目を瞬かせ驚いた表情を浮べる。
「……冒険者?」
「さっきも同じこと言われました……」
ともあれ全員中に入ると流石に狭く感じる。特にポチは体大きいままのため余計にそう思えてくるのだろう。
なので一度戻させることにした。この人数では大きすぎると逆に動きづらいし、よっぽどのことが無い限り対処出来ると思ったからだ。
勿論今度はちゃんとコロナに良いか確認はとっておく。
小さくなったポチにまた驚かれたものの、こういう子だと説明しては皆で火を囲むように腰を落ち着かせる。
「では早速情報共有といこうか、こっちも聞きたいことあるしな。っと、そういやまだ名前言ってなかったか。俺が今回リーダーを勤めてるレオだ。で……」
「あたしがこいつの相棒のパルよ。あの二人は黒いの着てるのがコフで灰色のがフイン。よろしくね」
「あ、自分は古門野丸って言います。で、こっちが……」
お互いにそれぞれの仲間を紹介し終えるとまずは情報を共有することにした。
◇
「つまり俺らとは別のところから入ってきたわけか」
「ふー、ふー……えぇ、でも最終的には中で繋がってたんですね。ずず……」
「……なぁ、美味いのかそれ?」
「元が美味いんで割と」
カップに入れたスープを啜りながらレオの言葉にそう返す。
時間的に丁度昼時だったので彼らに一応許可を貰って食事をとる事にした。
と言っても遺跡内部だと調理が出来ないため携帯食だ。黒パンにスープの二つだけだが、今レオが聞いてきたのはスープのことである。
それもそのはず。このスープは
もちろん手製、昨日の夜余ったスープを使って自分が作ったやつである。
元々旅の出先で使う水は自分の《
その為余ったスープに対し《
川や井戸水で作った物ではこれは出来ないため、自分で出した魔法だからこそやれる手法である。
まぁ具材に関しては難しそうだったため本当にスープの部分だけだったものの、今回のようにお湯を注ぐだけで飲めるようになるのはありがたかった。
味は作ったときより落ちるのは仕方が無いが、それでも元の出来がいいので十分美味しくいただけている。
「んで、お前さんたちは従来のルートから来たと」
「そう言うことね。基本他に出入口は無い筈だから驚いたってわけよ」
ドルンが彼らの地図を見ながら確認するように問いただすと、パルが肯定とばかりに首を一回縦に振る。
彼らから得た情報を整理するとこの遺跡は従来の入り口から入り時計回りに進む一本道のルートだ。実際は一本道ではなく色んな所で通路は交差しているものの、天井が崩れて埋まってたり壁——多分シャッターが降りているのであろう——に塞がれたりしてるのだそうだ。
そして最終的にレオたちと出くわした十字路から中央の大部屋へとたどり着く。これが現在のヤヤトー遺跡のマップである。
そこに自分達が別ルートから入ってきてしまったため、ここをねぐらにした野盗ではないかと勘違いされたのが今回の経緯だった。
「俺たちが来たのは三日前ぐらいか。討伐目的だったから基本中に入って戦って時間になったら外で休むの繰り返しだな」
「そもそもこの国から派遣されてるんですよね? でもその割にはここあまり重要視されてないような……」
「まぁ遺跡としては重要なんだろうが何せここは僻地だからな。魔物が溜まらないよう定期的に駆除するのが手一杯ってところだ」
この辺りは国としての考えの違いなんだろう。
人王国のチカクノ遺跡みたいに保全して町が出来たりすれば僻地でも人は来るし魔物は溜まらなくなる。
でもここでは魔物が溜まらないようにするためが精一杯みたいだ。
「んでそっちはこんな僻地の遺跡に何しに来たんだ? 冒険者が来るとなると依頼辺りなんだろうが……」
「ここ何かあったかしら? 魔物は溜まるけど珍しいのいるわけでもないし、遺跡のお宝も掘りつくされてるんじゃなかったっけ?」
「まぁ有り体に言ってしまえば探し物なんですけど……」
少し言葉を濁しドルンの方に視線を送る。
彼もこちらが見ていることに気づいたようで、いいんじゃないか?とばかりに顎をくいとレオ達の方へ動かした。
「ちょっととある鉱石を探してまして。以前他の冒険者がここで見つけたって話を聞いたものですから」
「へぇ、どんなの?」
「大きさは大体これぐらいだな。全体的に白色の石だ」
パルの問いかけに対し自分の代わりにドルンが答える。
「見たことありませんか?」
「うーん、すまんが分からん。討伐の仕事だったから物についてはあまり気にしてなかったんだ」
「右に同じく。コフ達はどーおー? そこで聞いてたんでしょー」
パルが入り口に向け声をあげると、ドアの影から小さな手が左右からひょっこり現れる。
しかし双方とも知らないとばかりにひらひらと手を横に振るだけだった。
「ちなみにその鉱石は依頼か何かか?」
「いえ、個人的に必要なんですよ」
「……何個欲しいんだ、それ」
「ちょっとレオ!」
彼の言葉にパルが思わずレオに詰め寄るも、まぁまぁと両手で宥めるようにしては彼女を大人しく座らせる。
なんというかものすごく手馴れた感じだ。
「良いじゃないか、迷惑はかけたんだし。とは言え任務優先だから見かけたら程度になるが」
「いえ、自分としては願ったり叶ったりですけど……いいんですか?」
「まぁレオがそう決めたんじゃ仕方ないわね。ところでヤマルくん、あたしらが見つけたら買い取ってくれたりは……」
「しません、というか出来ませんね。何せ懐事情が厳しいので自分達で来たわけですし……」
人王国は国費で冒険者とドノヴァンの費用を捻出していたが、自分にそんな財力などないのだ。
あればこっちだって依頼を出してその間に他の事をやっている。
「ざーんねん。でも貸し一つぐらいは良いわよね?」
「まぁ、それぐらいでしたら。返せるのいつになるか分かりませんけど」
「それで良いわよ。期待しないで待ってるから」
「まぁとりあえず見つけれたら、ですけどね」
しかし魔煌石はあるのだろうか。
今まで見た範囲だと瓦礫と魔物ぐらいしか見ていない。遺跡と言うよりもはや廃墟と言った方が近いだろう。
……まぁあるって確証を持って来たわけじゃないし、無ければ無いで気持ちを切り替えるしかないのだが。
「あぁ、それでだ。そっちはまだその石探しに探索するんだよな?」
「あ、はい。そのつもりですけど」
「ちょっとお願い……ってか提案なんだが中央を探すのは後に回せないか?」
レオからの提案はとてもシンプルなものだった。
現在彼らは従来の入り口から魔物を倒しながらやっと最奥近くのここまで来ている。
残りは自分達が入ってきた場所以外だと中央の大部屋のみ。つまりこの場所が現在一番魔物が残っている場所とも言える。
そこで彼が持ち出したのはこちらの探索を彼らが来た方、つまり従来の入り口に向かって進めないかと言うものだ。
メリットはレオたちが魔物を討伐しながら来た為いつもよりは襲撃頻度が減ると予測されること。
逆にデメリットは入り口の方へ向かうわけなので探索されつくしてる可能性が高く、目的である石が見つかる可能性が低くなる。
「ちなみになんでまたそんな提案を?」
「簡単に言えばこれから戦闘するから不確定要素は消せるなら消しておきたいんだ。いくら大部屋が広いとは言えそっちがいたら何か思いもしないハプニングがあるかもしれない。逆も然りだ。だから俺達が中央の魔物を討伐するまでは他に行ってもらって、終わったら改めて中央を調べて欲しいってことだ」
なるほど、筋は通ってるし多分本当のことなんだろう。
個人的には戦闘を減らせるなら願っても無いことだが、見つける確率が減るのは……あぁ、でも彼らも見かけたら教えてくれるって話にはなってるか。
断わる理由は殆ど無し。と言うか彼らと悶着を起こして良いことがそもそもない。
多分戦闘になろうものなら向こうが圧勝だろう。何せ討伐目的で選ばれた戦闘に特化した四人である。
「俺はそれでもいいけど……皆はどう?」
仲間全員に一応聞くことにする。
ポチは基本自分に忠実なので特に意義は無し。エルフィリアも危ないことは避けたいらしくこちらも賛成とのこと。
ただコロナとドルンは自分がそれでいいのなら、だった。多分仮に石を彼らが見つけたときのことを考えてのことだろう。
とりあえず総意としては受けても大丈夫と言う結論に達する。
「分かりました。それでは探索はそのようにします」
「すまないな。討伐が終わったらすぐに教えよう。なるべく早く済ませるから石を探しながら待っていてくれ」
すでに片付けることを前提に話している辺り確固たる自信があるのが見て取れる。
油断も無く、自身の腕を信頼しているからこその言葉なんだろう。自分ではとても言うことが出来ないセリフだ。
顔が豹であるため自分にはその美醜は分からないものの、きっとイケメンの部類に入るんだろうなぁと思う。
「よし、じゃぁ俺達は先に行くとしよう。そっちはそっちのタイミングで探索してくれて構わない」
「分かりました。じゃぁ火は出るときに消しておきますね」
「あぁ、頼む。よし、皆行くぞ」
レオの号令にパルが立ち上がり、またねーとウィンクしながら彼の後を追うように部屋を出て行った。
その後に続き部屋の前に居たであろう二人の気配も程なく消えていく。
「……ヤマル、良かったのか?」
「まぁ一悶着起きるよりはずっといいよ。安全第一、危険は可能な限り避けるべきだしね。さ、俺達も食べたら探索に行こう」
あの人達が魔物を片付けるまでには色々調べておきたい。折角この遺跡の地図も見せてもらったんだから今までよりは探索速度は早くなるはずである。
早々に昼食を取り終えるとレオ達とは反対方向に進み色々調べていくことにした。
◇
「あんまり魔物いないねぇ」
「レオさんらが倒しながら中に入ってたみたいだからね。良いことだよ」
ここに来た時の遭遇率が嘘のように魔物との戦闘頻度がめっきり減った。
もちろん全ての魔物が居なくなったわけではなく、彼らが倒し損ねていた魔物が出てくることもある。
それでも頻度の少なさと小規模と言える数ではコロナとドルンだけで十分対処出来るほどであった。
「でも石が見当たりませんね……」
「部屋の中にもさっぱりだな。やっぱ中央が怪しいか?」
「まぁ本来なら一番奥みたいだもんね。えーと……あ、ちょうどこの向こうか」
コフたちに襲撃されたような十字路。その左手、中央の大部屋へと向かう方は相変わらずの暗闇に包まれている。
しかし途中で大きな壁のようなものでふさがっておりここからではあちらへ行くことは出来なさそうだった。
「戦闘中なんですよね。でも音が全然しないですね……」
「遺跡が防音設計なのかもしれないね。まぁこれだけボロボロだとそうだったとしても怪しいけど」
まぁいくら強くても数は四人しかいない。大立ち回りみたいに派手な戦いではなく、一匹一匹確実に処理しているのかもしれないし。
「まぁお仕事とは言え自分達がするはずだった戦闘を肩代わりしてくれてるんだしさ。今のうちに——」
瞬間、言葉を遮るように轟音と共に遺跡が少し揺れる。
パラパラと天井から埃が舞い落ち何事かと周囲を見渡すが特に変化は無く……いや。
「ヤマルさん、あれ……」
「光を中央方向に飛ばすよ」
気づいているのは自分と夜目が効いているエルフィリアだけ。
全員に分かるように《生活の光》を中央方向へ飛ばすと、ここと大部屋への行き来をせき止めている壁がその姿を現す。
ただしその壁は何か物凄い力が加わったのか、こちら側に突き出すように内側からべっこりと凹まされていた。
「これ、先ほどまでは無かったです……」
「こいつ凹ますってよっぽどの力無いとダメだぞ。中でどんだけ派手にやってんだ……」
つまり中の戦闘が相当苛烈になっているということ。
ここからじゃレオ達が優勢か劣勢か窺い知ることは出来ないが、悪い方向に考えが向くのは日本人だからだろうか。
「……様子見に行った方がいいと思う?」
「うぅん、下手にいくと巻き込まれかねないよ。レオさんたちが勝ってるならいいけど、負けてたら危険度跳ね上がるし……」
「ちなみに今すぐ外に逃げた場合は?」
「こっちもレオさん達次第。勝ってたら向こうが私達を探すのが大変。負けてたらこの後探せなくなるだけじゃなく確実に、その……」
あの人らが死ぬ、ってことか……。
まぁ彼らとて戦闘狂じゃない。正規兵ってことは仮に負けかねないほどの危険な相手がいるのであれば、その情報は絶対に持ち帰らねばならないものだ。
引き際は自分達以上に分かってるはずである。
でも……。
「……自分は様子を見に行きたい」
「コロナも言ったが危険だぞ? 勇気と蛮勇を履き違えたやつの末路なんて大体決まってるもんだが」
「そんな大層なものじゃないよ。自分は勇気なんて微塵も無いしね」
「なら、その、どうしてですか……?」
そんなのは決まっている。
いつも自分は危険を避けるようにしてきた。それは怖い思いをしたくないからだ。
今回も怖い思いをしたくないから、だからあえて危険を承知で見に行きたいだけ。
「情けない事に怖がりだからね。このまま何もせずに見捨てたことになったら、きっと後悔の念でずっと押しつぶされそうになる。そうなるのが怖いから見に行きたいんだ」
自分が行っても何も変わらないかもしれない。そもそもレオ達が普通に暴れてるだけで杞憂に終わるかもしれない。
でも何もせずに見捨てることになるかもしれないことが何より怖い。
……なんてカッコつけて考えたところで最悪のことが起こったときの免罪符が欲しいだけなんだろうとも思う。
出来る範囲で頑張ったけど無理だった。だから仕方のない事、見捨てなかったんだから君のせいじゃない。
きっとそんな心の免罪符欲しさに皆を危険に曝そうとしてる。パーティー預かる者としては最悪極まりない。
「……とは言えダメならこのまま俺を抱えて外まで行って欲しい。どうせ俺一人じゃ見に行けないんだし、皆を危険な目に遭わせるって言ってるようなもんだし……」
「まぁ全くもってその通りだな。コロナ、そっち持て」
「うん」
ドルンとコロナにがっしりと腕を左右から捕まれると、二人はまるで重量挙げのように掴んだ手を上げる。そのまま自分の体も浮きあがり足元がぷらぷらと宙吊り状態になった。
まぁ当然の反応と言えば当然だろう。特にコロナは自分の護衛であるため危険が及びそうなことは許容しない。
身長の低い二人に持ち上げられたまま、来た道を戻り……あれ?
「ちょっと、出口あっち……」
「最短の出口は俺らが入ってきたところだからこっちだ。中央が見える十字路を横切らなきゃいけないから多少危ないのは我慢しろ」
「まぁそこの安全確保するために中央の様子見るのは仕方ないよね。今危ないみたいだし」
「あ、なら私がこっそり見ますね。ある程度なら中も見えますし……」
……どうやら自分のとこのパーティーはお人よしの集まりらしい。
「……ありがと」
良い仲間を持てて本当に自分は果報者である。
皆の優しさに感謝しつつ一行は最初の十字路の方へと向かっていった。
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