第109話 ヤヤトー遺跡5


 とりあえず宙吊り状態から解放してもらい注意深く十字路の方へと向かう。

 そちらに近づくにつれ戦闘音と思しきものが大きくなっていき、それに比例して不安もどんどん大きくなっていった。


「……長いな」

「そうだね。苦戦してるのは間違いないかな」


 ドルンとコロナの会話からあまりよろしくない状況に陥ってるのは間違い無さそうだ。

 見に行こうと言い出したのは自分だが早速後悔し始めている辺り自分の身勝手さに拍車が掛かっている気がする。


「明らかにヤバイと思ったらすぐに逃げるぞ。いいな?」

「うん」


 もはやヤバイ感じしかしていないのだ。これ以上危険に足を踏み入れるようなら即座に撤退だろう。

 レオ達とコロナ達、どっちが大事かと言われたらもちろん後者である。

 命に貴賎は無く皆平等である、なんて言う人もいるが個人的にはそれには懐疑的だ。

 命の"重さ"は平等ではあるが命の"価値"は人それぞれで変わると思っている。

 例えば自分が死んだ場合ポチやコロナは悲しんでくれるだろう。

 だが自分を知らない人からしたら、ふーん、でしかない。もちろんそれは当然の反応だし逆のパターンでも自分も同じ反応をする。

 今回の場合全員助かるならもちろんそれが一番だ。しかしレオ達とコロナ達で天秤にかけるならどちらを取るか言うまでもない話なだけ。

 自分の馬鹿な提案に付き合ってもらっているのだ。これ以上迷惑はかけれない。

 そして前方に件の十字路が現れ慎重に進んでいく。


「コロ、ドルンと一緒に前に出ていいよ」

「え、でも……」

「後ろはよっぽどのことが無い限り大丈夫だよ。今は中央の大部屋が一番危ないみたいだし、前に出てくれた方がむしろ良いんじゃない?」


 少しの逡巡の後、コロナも自分の意見があながち間違ってないと判断したのかドルンの横に並び立つ。

 しかしドルンが行くぞ、と手招きのジェスチャーをしたそのとき《生活の風ライフウィンド》が中央から向かってくる何かを捉えた。


「待って、何か来る!」


 こちらの言葉に全員が立ち止まり戦闘態勢に入る。

 今か今かと待ち構え緊張しているとその何かが姿を現した。

 灰色の外套を着込んだ小柄な人影と、それに肩を借りるように力無く歩く女性。


「パルさんと……コフさん!?」

「フインだ!」

「あ、すいません……じゃなくって、どうしたんですか!」


 慌てて駆け寄り二人をこちらへと誘導する。

 フインに担がれていたパルは先ほどの元気はどこにもなく、息も絶え絶え、まさに満身創痍といった様子だった。

 それもそのはず。着ていたはずの鎧は半分以上剥がれ落ち、露出した肌からは痛々しいほどの外傷や内出血の跡がある。


「悪い、話は後だ。ポーションあるか?」

「あ、はい」


 すでにホルダーに装着していたポーションを三本フインに渡すとすぐさまそれをパルへとかける。

 お手製ポーションではあるが効果は相応に出ているようで傷が見る見るうちに癒えていった。


「ったあぁぁ!! あー、死ぬかと思った!!」

「もう少し大人しくしてろ! ホントに危ないところだったんだぞ!」


 さっきまでぐったりしていたのにポーションを使った途端これである。

 べしりと額を叩かれ恨めしそうな視線をフインに送るパルだったが、彼の表情が言っていたことが間違いがないことを物語っていた。


「あ、ヤマルくんたちもポーションありがとね。……ってダメでしょ! こんなところにいちゃ!」

「こんなところに居なかったら結果もっと危なかったんですけど……っと?」


 再び《生活の風》に反応があった。

 こちらが顔を上げ十字路の方を見たためコロナがすぐさま自分の前に出る。

 そして通路から飛び出すように出てきたのはレオとコフ。後ろを気にしてるようだったがここにこんなに人数が居ると思ってなかったのか驚愕の表情を浮べている。


「ばっ! 今すぐ離れろ!!」


 何で、と思う間もなく彼らの後ろに何かが現れる。

 それは木の根や枝葉だった。通路を沿う様に、そして異物を排除するかのようにその鋭い先端が勢い良く十字路の影から飛び出してくる。


「ち、間にあわねぇ!」


 ドルンが前に出ると同時、根や枝は十字路を折れまるで侵入者を排除するようにこちらへ向かってきた。

 盾を両腕で構え腰を落としドルンが来るであろう衝撃に備える。

 だがその穂先は十字路を曲がった直後ピタリとその動きを止める。こちらの存在は把握しているのか先端が微妙にうごめいているものの、しばらくすると諦めたのか全ての枝や根が中央の方へ戻っていった。


「……ふぅ、一体何だったんだ」


 手で額を拭い注意深く十字路を見るドルンだったがこれ以上は何も起きそうに無かった。

 重傷を負い逃げてきたパルとフイン、その後に現れたレオとコフにあの変な樹の根と枝。

 突然のことが一度に起こりすぎて何が起こってるのか全く分からない。

 唯一分かっているのは最悪の事態すら想定していたレオたちの安否が確認出来たということだけだ。


「逃げ切れたか……ともかく一旦ここを離れよう。先ほどの部屋まで悪いがまた一緒に来てくれ」


 そこで全部話す、と神妙な面持ちのレオに対し首を縦に振り、急ぎその場を後にすることにした。



 ◇



 部屋に戻り再び焚き木に火を灯すと、まずはパルを再度治療することにした。

 《生活の光ライフライト》でこちらからは見えないよう壁を作り、コロナとエルフィリアに残りのポーションを渡しては彼女の容態を診てもらうことにする。


「それで何があったんですか。パルさんがそんな風になるほどなんてよっぽどのことなんでしょう?」


 その間男性陣は何があったかの聞き取りだ。

 と言ってもそこまで大きくはない室内、女性らにもこちらの声は聞こえてるだろうから実質全員参加ではある。


「部屋の中央にな……あぁ、中央の大部屋ってのはこんな感じなんだが」


 サラサラと簡単ではあるが図解で中央の大部屋の間取りを教えてくれる。

 レオが言うにはこの部屋はヤヤトー遺跡と同じような半球状の部屋であり、その中央に一本の大木があると言う話だった。

 そして先ほど襲ってきた樹の根や枝葉はこの大木のものであると彼は言う。


「トレントは知っているか?」

「知識としては知ってますね。まだ見たことは無いですけど」


 以前、ラムダンら『風の爪』のメンバーと一緒に山へ行った時のこと。その道中で彼らからあれこれと冒険者に必要な知識を教えてもらった。

 その中には魔物のこともあり、トレントのこともそのとき話としては聞いている。

 トレントは簡単に言えば魔石を取り込んで魔物になった魔樹である。その力を使い通常の樹に擬態しては近づいてきた生物を襲うのが主な生態だ。


「そいつが部屋に陣取っていた。以前はいなかったと聞いていたが……」

「あれ、でもトレントってそこまで強力でしたっけ?」


 自分の学んだ知識によるとトレントは一般的にはそこまで驚異的な魔物ではない。

 大地に根を張っているせいか強力な再生能力は有しているものの、基本本体は身動きが取れず、また強さも媒介になった樹で左右されてしまう性質を持つ。

 その為倒すだけならばそこまで苦労はしないため冒険者ギルドでの適正ランクはD。つまり半人前と言えるDランク冒険者のパーティなら十分倒せる位置づけになっている。

 何せ元は樹なので金属系の武器を持てば硬さで負けることはほぼ無い上に、枝葉を飛ばす行動はするもののそこまで射程があるわけではない。

 遠距離攻撃を有しているパーティなら格好の的だし、仮に近距離のメンバーしかいなかったとしても一時退避して仕切りなおしをすることは難しく無いのだ。

 何せあちらには逃げた相手を追う手段が殆ど無い。

 しかし今回はこの遺跡の魔物を討伐をするために派遣されたはずの四人が敗走するほどのトレントだと言う。


「場合によっては強力になるものもある。だが……」

「だが?」

「いくらなんでもあそこまで強くなろうものなら前回の討伐時に居なきゃおかしいんだ」


 そもそもトレントを始めとした植物系の魔物は先も述べたように魔石を取り込んだ植物類である。

 ただし植物に魔石を埋め込んだら出来上がり、なんて言うものではない。

 長い年月をかけて魔石と植物が融合しあうことで初めて魔物と化す。そしてその植物の大きさ……例えばトレントのような樹であるならば相応の大きさの魔石に成長することが大前提だ。

 つまり彼らが負けたトレントのような強さを持っているのであれば定期的に討伐に来る誰かが確実に気づいているはずなのである。

 何せ成長段階とは言えそれなりに大きな魔石になっているはず。その魔力に気づかないような者は早々居ないらしい。


「つまり突然変異か何かってことですか?」

「可能性はある。だが前回の討伐時から数ヶ月であぁもなるとうかうかしていられん。下手すれば遺跡周りの森全てがあいつのテリトリーと化すぞ」

「それはまた……」


 森丸々一つが魔物とか洒落にならない。

 そこまで成長したら援軍を呼んだところで本体にたどり着くまでにどれほどの犠牲が必要になるか分かったものではない。


「そこで大変申し訳ないと思うが力を貸してくれ。本来なら援軍を呼ぶべきなんだろうがあのトレントの成長率から時間を置けば置くほど強さが増す。出来ればここで叩いておきたい」

「レオ! 市井の者を巻き込むなど……!」


 光の壁の向こうからパルの責めるような声が届く。

 彼もそれは分かっているようで出す声もどこか苦々しげだ。


「分かっている、こんなことを頼むなど自分を無能と言ってるようなもんだ。だが現状の戦力では足りないのが事実であり、ここの敵を倒さねば国が危うく、そして目の前に戦える者達が居る。恥も汚名も全て俺が受けよう、だからどうか」


 頼む、と深々とレオがこちらに向けて頭を下げる。

 彼の悲痛な思いはヒシヒシと伝わってくる。だが彼らですら負ける相手に自分達が加わったところでどうにかなるのだろうか。

 そもそもそんな相手と相対するなど……。

 ちらりとドルンを見るとこちらに気づいた彼は真っ直ぐな視線をこちらへと返す。


「リーダーはお前だ。お前が決めるんだ」


 ……そうなんだよな。リーダーは自分なんだよな。

 絶対王政みたいに何でもかんでも自分の意見が通るものではないが、大事なことを決定するのはリーダーである自分の務めである。

 仲間の命を預かりどのような行動方針を下すのも全て自分。

 重すぎる責が双肩へ圧し掛かるような錯覚に見舞われるのは背負っているものの重さなのだろう。


「……断わった場合は?」

「もちろん再度アタックをかける。勝算が無いわけじゃないが……引くことは出来ん」


 だよね。

 もちろん全滅させないために怪我を負ったパルか小人のどちらかは援軍を呼びに走るんだろうけど……。


「……条件付きで受けます」


 そして最終的に下した結論は彼らに協力するだった。

 やはり見捨てるような真似は自分には出来そうにない。もちろん自己中心的な理由なのは重々承知している。


「……ありがとう。それで条件とは?」

「まず全員がちゃんと生き残れて勝てる方法があること。これが大前提です。今無くても自分達の手の内は教えますから皆で考えましょう」


 例え勝てても誰かが欠けたら後味悪いし犠牲の上の勝利なんて自分では許容出来ない。

 上に立つ人間なら命ですら人的資源と見るんだろうが、自分にはそんなことは出来ないししたくもない。


「まず、ってことはまだあるんだよな?」

「まぁ皆無事に終わりましたら何か報酬をってことで一つ」

「おいおい、こんなときにがめついなー」


 冗談交じりに言ってきたコフに対し、こちらは苦笑交じりの笑みを浮べてこう返す。


「まぁ"冒険者"ですからね」


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