第106話 ヤヤトー遺跡2


「これがヤヤトー遺跡か」


 ドルンに続き中に入ると外から見た通りとある部屋の一室であった。

 ただしチカクノ遺跡同様、長年の経年劣化や魔物などに荒らされてるせいか殆どが瓦礫の山と化している。

 歪んだ机のフレームや散乱したガラスがその昔ここに人がいたことを思わせてくれるが、逆に言えばそれだけしか窺い知る事が出来なかった。


「ふむ、これが遺跡の建材か……」

「チカクノ遺跡のと似てるね」

「同じの使ってるんだろうね。素材何使ってるのかサッパリだけど」


 ペタペタと興味深そうにドルンが壁を触っていく。

 とりあえずまずは全員でこの部屋を調べることにした。とは言え殆どが瓦礫と化した物ばかり。

 チカクノ遺跡同様の文明らしく電動スライド式のようなドアはあったものの、もはや動力が切れて久しいのかうんともすんとも言わない。

 天井を見ても元ライトと思しき物の接続部ぐらいしか見当たらなかった。


「はずれかなぁ」

「まぁ最初から当たりは望めないか。エルフィ、そっちは?」

「う、うぅん……よく分からないですけど目ぼしいものは……」


 ドルンも調べてるが特になし。

 となると次の場所へ向かいたいところではあるが……。


「どうする? このドア開くならそのまま中に行くのいいと思うけど……」

「うーん……ただ普通には開きそうにないね」


 ダメもとでドアの近くの端末を触ってみるがやはり反応は無い。

 こじ開けるにしてもあまり大事にしては魔物が寄ってくるかもしれない。

 一旦外に出て回り道するかと提案しようとしたとき、ドルンが待ったをかけてきた。


「ふむ……このドア部分なら多分何とか出来そうだぞ?」

「あれ、そうなの?」


 コンコンと扉を軽く叩き厚みを確認するドルン。

 材質は不明だかそこまで強固なものではないらしく、また厚みもそこまで無さそうなので無理やり開けること自体は出来るらしい。


「ちなみに開ける手段としては?」

「一番簡単なのはコロナに斬って貰う事か。ダマスカスソードなら多分いける。次に俺がこのハンマーでぶち破るだな。後は一部切り取って手をかけて横に引くか。見たところ横にずらすタイプのドアみたいだが、上手く行けばそのまま開くかもしれん」

「ドアを横へが一番理想……でもないか。どうせ引っ込んだら元に戻せそうにないし。確実性なら斬ってもらう方?」

「だな。音も一番小さく済む」

「あ、音に関してはどうにでもなるよ。コロ、ちょっとお願いしてもいい?」


 何?と訝しげに顔をしかめるドルンだったが、彼の横に立ちドアに向け《生活の音ライフサウンド》をかける。

 そして彼の肩を掴みドアから離れると入れ替わるようにコロナが剣を抜きながらドアの前へ立った。

 そのまま上段から剣を振り降ろしたのまでは見えたのだが、その後はコロナが素早く動いたのが分かっただけ。

 ただ魔法のお陰で音も無くドアが崩れ落ちたので盛大に細切れにしたのだろう。


「開いたよー」

「よし、これならまだ気づかれてない……よね?」


 少なくともドアに関する音は無音だった。

 コロナもそのままドアの前で警戒してくれてたが特に何かに襲われることも無くゆっくりと構えを解いていく。


「……なんかお前の魔法ってかゆいところに手が届く感じだな」

「無くても構わないけどあると便利って言われたことはあるよ」


 地味だろうとしょぼかろうと無い頭捻って何とか使えるよう色々模索してきたのだ。

 その成果がこうして出てきてるのは嬉しい限りである。


「とりあえず先に進もう。ドルン、よろしく」

「あいよ」


 ドアだった物の残骸を足で左右にどけてまずはドルンが部屋の外に出る。

 周囲を見渡し問題ないと判断したらしくそのまま手招くように合図を送ってきた。それを見ては先程と同じ順番で後に続く。

 部屋を出るとそこは予想に反して大きい通路。高さも幅も四メートルぐらいはあるだろうか。

 左右に伸びる通路は緩い弧を描いているのは分かるものの、光が届かないため近場までしか見渡せない。


「結構広いですね……」

「これなら私も普通に剣振れるかな? それでどっちに進むの?」

「んー……」


 正直現状手探りなのでどっちに行ってもあまり変わりそうにない。

 ただ従来のルートは左手の方なので今回は右手側、つまり反時計回り方向で動くことにする。

 理由を告げ同意を得てはまずはポチを戦狼状態になるよう指示を出した。


「あれ、ポチちゃん大きくするの?」

「今回はどこから来るか分からないからね。変身するのにも少し間があるし、体小さいと一瞬で持っていかれるかもしれないし」

「わふ」


 うんうん、と同意するように変身を終えたポチが首を二度ほど縦に振る。

 ともあれポチが大きくなったことと通路が広かったため隊列を変更。もちろん案は自分ではなくコロナだ。

 最前衛にドルン、その後ろにポチを並ばせ、ポチの右後ろに自分、左後ろにエルフィリア、しんがりをコロナが勤めることになった。


「ヤマル、明かりはドルンさんの前方当たりがいいかも。パーティーから少し離れた場所でお願い」

「明かり離すの?」

「うん、この暗さだと光源近いと狙われそうだし。先を照らしながら行くのが良いと思うよ。ヤマルの魔法ならそれが出来るし」


 なるほど。この手の知識や戦術に関してはコロナの方がずっと詳しいのでその案を即座に採用することにした。

 《生活の光ライフライト》をドルンの前方約五メートル付近に飛ばしては光量をコロナの指示の下で調整をする。

 

「とりあえずあの距離キープしながら動かすね。ドルン、何か気になる部分あったらそっちにも飛ばすからその時は教えて」

「あぁ、分かった。それじゃ慎重に行くぞ」


 左に緩い弧を描く通路を四人と一匹が慎重に歩いていく。

 通路も壁材が剥がれ落ちたり何かの死骸があったりとあまり状態の良いものではなかった。

 時折聞こえるよく分からない何かの音が暗い周囲も相まって不安を掻き立ててくる。


「魔物はやっぱ居やがるな……」

「あんま出て欲しく無いんだけどなぁ」

「まぁ向こうからしたら俺達は侵入者だからな。テリトリーに入れば——っと、来たぞ」


 ドルンの言葉通りこちらでも索敵用に飛ばしてた《生活の風ライフウィンド》が敵の存在を捉える。

 前方からそこそこ速い速度でこちらへと近づきつつあり足音も徐々に大きくなっていく。

 そしてドルンが手を出し止まるように合図を送ったことでパーティーの進軍を一時停止。

 後方を確認後コロナが前に出てドルンの横へと並び立った。


「ヤマル」

「数は多分三匹。大きさは五十センチぐらい、床を走ってる。四足歩行だと思う」


 《生活の風》で感じ取った結果を即座に報告。

 室内だからこそ《生活の風》も邪魔されること無く使用出来る。それに通路のように空間が限られているのも今回は利点として働いてくれた。


「ヤマル、一斉射だ」

「もう使っちゃうの?」

「予想通りのやつなら近づかれる前に一匹でも数を減らしたい。出た瞬間ばら撒け」


 了解、とドルンに短く返すと左手に持った銃剣のレバーを手前へと引く。

 さながらライフル銃のコッキングレバーといったところだろう。ただしこの銃剣においてはそれを使用する意味合いは全く違う。

 レバーを引くとカシャンと小さく音が鳴り、同時に銃剣にはめられた精霊石が徐々に魔力を増やし始めた。更にはそれに呼応するように石が緑色の淡い光を纏い出す。

 元の位置に戻ったレバーを再度握り締め前方へと銃身を向け直す。

 そしてきっかり三秒後。精霊石の光が安定したと同時に《生活の光》の範囲に近づいてきた何かがその姿を現した。

 それは一言で言えばネズミだった。ただし察知したとおり体長は五十センチほどと知っているネズミとは比べ物にならないほど大きい。

 そして何よりの特徴なのがげっ歯類独特の上の前歯。その前歯を挟み込むように下顎から二本鋭い牙が生えていた。

 あんなもので齧られたら痛いじゃ済まないだろう。それ以上に変な病気を持っている可能性も十分にある。

 そんな魔物が血走りそうな目でこちらに敵意を向けてくるだけで恐怖に支配されそうになる。


「撃て!!」

「ッ!!」


 ドルンの激と共に引き金を状態にして恐怖を振り払うように矢を放つ。

 放たれた矢は鋭い音と共にネズミの頭上を越え闇へと消えた。しかし即座に第二射、第三射がネズミへと襲い掛かる。


(当たれ、当たれ……!)


 マガジンに内包された十発の矢が秒間三発の間隔でフルオートで射出される。

 速度と射出の間隔、捉えにくい矢の形状や待ち伏せなど好条件が色々重なったお陰だろう。

 何発目かは不明だが撃った十発のうち三発が二匹のネズミに命中していた。

 撃たれた片方のネズミは血しぶきを上げながら吹き飛び、もう片方は矢によって床へと縫いつけられる。

 そして無事だった残りの一匹が果敢に飛び掛ってくるも、ドルンの盾によって頭を強打され崩れ落ちたところをコロナによって両断された。


(……っと、補充しないと)


 あっさりと三匹とも倒せたことに若干呆けてしまったがまだ終わってない可能性もある。

 光っていた精霊石が元に戻っていることを確認し腰にぶら下げた予備のマガジンと空になったマガジンを交換。

 再び前に構えては襲い掛かってこないか前方を注視する。


「ヤマル、光を少し前に出せ」


 構えを解かないままゆっくりと《生活の光》を更に前方へと進めると、そこにはすでに虫の息のネズミがはっきりと光に曝されていた。

 息はあるものの素人目で見てもあれではもう助からないだろう。


「仕留めてくるね」


 それだけ言うとコロナが一人前に進みネズミに対し体に剣を突き立てた。

 ビクン、と一瞬だけ体が跳ねるように動いたものの、それ以降は一切動かなくなる。そのままコロナはもう片方も同じように処理をしていった。


「はー……連射うまくいって良かったよ」

「その武器、そんなことも出来るんだね……」

「お、もっと誉めて良いんだぞ。ほれほれ」


 空気が弛緩し各々が今の戦闘の感想を言い合う。

 ドルンが以前言ってたこの武器のとっておきの片割れ。それが今使ったフルオート射撃だ。

 左手のレバーを引くことで射撃モードが変わり、若干のチャージ後にトリガーを引きっぱなしにすることでマガジンの中の矢を全て吐き出す。

 流石にマシンガン程の数も回転率も見込めないが、貫通力の高いこの武器では数少ない面攻撃だ。


「でもこれからしばらくはこんな感じなんだよね……」

「そこは仕方ないよ。下手にやり過ごしたら後で挟み撃ちになるかもしれないし」

「まぁ分かってはいるんだけど、ね」


 昨日の打ち合わせで決まった少ない決め事の中に『今回出会った魔物は全て倒す』がある。

 いつもなら戦うよりもやり過ごす方を選ぶのだが、今コロナが言ったようにこのような退路の少ない場所や囲まれた屋内では挟み撃ちの可能性を見過ごすことが出来ないためだ。

 時間は掛かるがしっかりと安全と退路を確保した状態で動くことにしている。


「とりあえずヤマルはコロナの剣を洗浄だ。エルフィリアは俺と一緒に魔石と矢の回収だ」

「うぅ、はい……」


 転がる死体にテンションを下げながらもエルフィリアはやるべきことはきちんとやる子である。

 二人が回収作業をしてる間にポチに周囲を警戒させこちらは言われた通り剣の洗浄へと取り掛かる。

 魔法で《水と火お湯》を出しながら《風》を回転させ剣の表面をなぞるようにまずは血糊を落とす。

 しっかり落とし終えたら《風》で剣の表面についたお湯を飛ばし、仕上げに《火》で温度を上げ残った水滴全てを蒸発させた。

 後は念のためにコロナが乾拭きして完了である。


「ほれ、矢も回収したから同じようにな」

「ん、ありがと」


 ドルンから矢を受け取りコロナの剣と同じように洗浄すると、空になったマガジンにそれを再度装填して腰へとひっかける。

 現在マガジンは予備を含め四つ。サイズ的にはそこまで場所は取らないのだが中身が鉄の矢なので自分には少し重い。

 他の荷物や武具との兼ね合いで銃剣も含めると、冒険者としての行動を考慮するならこの辺りが限界だった。

 とりあえず矢はすぐに撃てるよう最終チェックだけしていると、ドルンが何か言いたげな表情でこちらを見ていた。


「……今更だが出先で水を無制限で垂れ流し出来るとかズルくないか?」

「別に完全無制限ってわけじゃないけど、まぁそうだね。便利は便利よ」

「いや、便利ってもんじゃねぇだろ。水持ち歩かなくて良くてどこでも出せるとかヤバいだろ」


 ……確かに今更ながらそうかもしれない。

 普段から出力の低さが利便性に直結してるからこんなもんだと思ってたが、もしかしてこの魔法も何かあるのだろうか?

 魔道書で覚えたやつだからこの世界のもので間違いはないと思うけど……。


「うーん、結局これも魔道書からだからね。不思議だけど俺からはそんなもんとだけしか」

「人間だけが扱える読めば魔法を覚えれる本か。俺らからしたら羨ましい限りだな」

「その分色々負けてるとこもあるんだしおあいこじゃないかな。正直魔道書無かったら今この場にいたかすら怪しいし……」


 そう言えばマルティナは今どうしてるんだろうか。

 ……きっと今も忙しくしてるんだろう。

 王都戻るときにはエルフィリアも一緒だし会わせると喜ぶかもしれない。エルフの魔法なんて貴重だろうし。


「まぁ分からないんじゃこれ以上気にしても仕方ないか。よし、探索を再開するか」

「ん、それじゃ全員さっきの隊列でお願いね」


 そう言うと再びドルンを先頭とした陣形を取り直し、暗闇が続く通路の奥の方へと進んでいった。


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