第101話 精霊樹


「エルフィ、大丈夫?」

「だ、大丈夫です……多分」


 エルフの村を出て数日、ようやくドワーフの村へと続くトンネルの入り口まで戻ってきた。

 ここを抜ければ村は目と鼻の先。なので今一度エルフィリアへと声を掛けたのだ。

 エルフの村の工房の二人の様子からはドワーフに対しあまり良い感情は無さそうだった。

 そんな間柄で気の弱いエルフィリアを連れていったらどうなるか。

 とは言えドルンの元に戻らない訳にもいかず、エルフィリアを一人にすることも出来ないのでせめて心構えだけはと少し時間を取ることにしたのだ。


「……ドワーフはどんな方々なんでしょう。まだ会ったことは無いので……」

「うーん。まぁ、多分知っての通りだと思うよ」


 あれだけ特徴的な種族もそうはないだろう。

 見た目も性格も伝え聞いていたのとさほど違いは無いと思う。


「……ふぅ、お待たせしました」

「よし、行こう。いざとなっならコロの後ろに隠れれば大丈夫だから」

「ヤマルー……そこは嘘でも『俺の後ろに隠れなよ』って言おうよ」

「あの人らを俺が止められるわけ無いじゃん……」


 身長はこっちがあるが、あんな筋骨隆々の体を持つドワーフを一般人がどうして止められようか。

 片腕だけで投げ飛ばされる自信さえある。


「それに俺は多分お説教タイムだろうからなぁ……」


 ボウガン造ってもらってから大よそ十日。

 何かの弾みで壊したならともかく完全に分解だ。それも寄りによってエルフの手で。

 しかしこのまま立ち往生しているわけにもいかなかったので、エルフィリアと共に意を決しドワーフの村へと進んでいった。



 ◇



「んで、こうなったわけか」

「面目次第もございません……」


 ドノヴァンの工房へ真っ先に向かい、そこでドルンがいた室内で即座に正座からの土下座を敢行した。

 こちらの世界に土下座があるとは思わないが、最大級の謝辞と言い誠心誠意額を床に擦り付ける。

 ちなみに他のメンバーは工房の外で待たせておいた。怒られるなら自分一人で良いし、預かった荷物を見ていて欲しかった為だ。


「しかしエルフら、よくもまぁここまで人の造ったモンをバラしてくれたもんだ」


 作業台の上には見事なまでにバラバラにされたボウガンの全てのパーツが置かれており、それを見てドルンが呆れ半分怒り半分と言った感じでぼやく。

 確かやることが決まった後エルフ達によってボウガンは事細かに調査された。その為最初見たときよりも更に細かく分解されている。

 もはや戻す必要も遠慮も無くなったためであろう。躊躇いも無くバラして調査するエルフの工房の二人の顔はドワーフ達と通ずるものがあった。

 ……そんなこと口が裂けても言えないけど。


「それで、エルフ達から侘びと言うか挑戦状と言うか、こんなの預かってて……」


 顔を上げカバンから預かっていた手紙を取り出しドルンへと渡す。

 正直この後のことを考えると渡すのを躊躇うレベルだが、ボウガンを直し改良するためにはドワーフ側も焚き付けなきゃいけないため腹を括るしかない。


「ほぅ、手紙か……」


 手紙を渡すと土下座姿勢のまま物陰に退避。我ながら器用に移動出来たものである。

 こっそりと頭半分程隠れたテーブルの上から覗かせるとドルンの体が小刻みに震えてるのが分かった。

 何が書かれてるかは知らないが、多分予想通りのことが書かれてると思われる。


「…………ちなみにこちらも預かっております」


 思わず敬語になりながらそそくさとボウガンの改善設計図をドルンの近くに置き即座に退避。

 彼が爆発する前に次のものを渡して逸らせたのは我ながら神がかったタイミングで渡せたと思う。

 ……でも爆発前に油を注いだ可能性もあるのでもう少し隠れているつもりだ。


「…………」


 ペラ、ペラと数枚の設計図をめくりしっかり中身を吟味するドルン。

 表情は相変わらず険しいままだが、図面を見るその目はやはり職人と思わせてくれる。

 そしてあらかた見終わったのか、ドルンの鋭い視線がこちらに向けられ思わず体が強張ってしまった。


「なぁ、俺らにこれ作れるモンなら作ってみろってことなんだよな?」

「まぁ……恐らく」

「なら回答は一つだ。エルフはバカなのか? 無理だこんなもん」


 ドワーフですらお手上げの代物を設計したのか、と思ったがどうも少し様子がおかしい。

 技術的に出来ないのであれば少なからず職人としては悔しさは滲ませそうなもの。

 だがドルンの表情はどこか侮蔑めいたものを浮べている。


「そもそも書かれてる材料がねーよ、材料。これを一から集めろってんならこれは挑戦じゃなくてただの押し付けか嫌がらせだ」

「図面見てないからわかんないけどそんなに難しい材料なの?」

「あぁ、これをポンと用意出来るのはそれこそ金と伝手があるどこぞのお偉いさんぐらいってもんだ」

「そんな材料書かれてたんだ……。あ、でも一応向こうから改造用の材料をいくつかは預かってるよ」

「そうなのか? 足りてるのか、それ」

「さぁ? 工房の玄関先に置いてるから確認してくれると助かるんだけど」


 言うや否やドルンは部屋を飛び出し入り口の方へと駆けて行った。

 慌てて後を追うが思ったより早い。ドスンドスンと重そうな足音なのに自分より早いとかずるくないか。


「材料はここか?!」

「ひぅっ!?」


 重そうな正面玄関の扉がドルンによって勢いよく開け放たれ、それに驚いたエルフィリアの小さい悲鳴が聞こえた。

 表に出ると聞きなれぬ声の主にドルンがそちらを見ること数秒。あまりの眼圧にエルフィリアはコロナの後ろに隠れてしまった。


「ヤマル、この手紙や設計図書いたのあいつか?」

「ううん、あの子はちょっと訳ありで預かることになった子。今回の件とは完全に無関係だよ」

「そうか。……つーかよくエルフを連れてこれたな。ここには絶対いないやつだろう?」


 それについては同意する。

 元々森から出ない種族を連れて歩くだけでも結構奇異の視線を向けられた。ドワーフの村ならもっときつい視線を向けられても不思議ではない。


「まぁいい。それより材料だ、材料」


 ただドルンは今は目の前のエルフより材料が気になったらしい。

 エルフィリアから顔を背けては、はよ寄越せとこちらをせっつかせてくる。


「ちょっと待ってよ、すぐ出すから。コロ、そこの袋ドルンに渡してくれる?」


 コロに預けていた材料と思しき物が入った袋をドルンへと渡す。エルフの工房の職人には預けた物は丸ごと渡せと言伝を受けていた。

 後は足元に置いておいたを持ち上げそれをドルンに見せる。


「あとこれも渡せって。大きいから持ってくるの苦労したよ」


 そう、森から運んだ中で一番大きいのがこの丸太だ。

 木をそのまま伐採し枝葉を取り払っただけのようなそれは大きさに反して非常に軽かった。何せ普通なら軽トラで運びそうなサイズにも関わらず、自分一人で持ち上げ運べれたほどだ。

 中身スッカスカなんじゃ、と最初思ったが出発前のエルフの職人二人によるとどうやらこの木はそういう特性のある木らしい。

 大きさの都合運ぶのに苦労するかもだが切らずそのままドワーフに突き出せと言われた一品だ。


「お前、それ……」


 ずっと険しい顔をしていたドルンがこの丸太を見て驚愕の表情を浮べる。

 その横ではドルンの表情に疑問を持ったコロナがエルフィリアの服を引っ張って疑問を投げかけていた。


「エルさん、あの木って何?」

「その、精霊樹……です。村だと弓に使ったり、建材として使ってたり……」

「こっちじゃ市場に出ることなんざまず無い幻の木だな。軽くしなやか、だが金属並みに強度があり火や水に強い超が付くほどの一級品だが……そうか、エルフの森で自生してんのか」


 エルフィリアの説明に付け足すようにドルンがこの木について説明してくれた。

 この木、そんなに良いものだったのか。飴一袋と交換で本当に良かったんだろうか今更ながら不安になってくる。

 しかし今のドルンの説明で気になる点があったためそれについて尋ねてみた。


「あれ、この木ってエルフの森以外じゃ見つからないの?」

「いや、自然豊かな森の中でごくごくたまに見かける程度だ。ただこの木、伐採するにしてもかなり森の奥深くにしかないみたいだからな。持って帰れるやつが殆どいねえんだよ」

「あー、金属並みに強度あるんだっけ」


 剣でも木は切れるだろうが伐採道具ではない。

 そもそも魔物を警戒しながら伐採するのも一苦労だし、よしんば採った所でいくら軽くてもこんな大きいものを森の奥から持ち運ぶのは至難の業だろう。

 ラッシュボアのときもラムダンたちと運んだが、その時もかなり苦労したのを覚えている。


「しかし精霊樹が丸々一本か……」

「これで足りそう?」

「あぁ、問題ねぇよ。むしろこんだけあるならもっと良いものに……いや、木材加工なら専門家んとこでやるか。ヤマル、その材料全部持ってこの道真っ直ぐ言った先にある工房行け。五件目ぐらいんとこに店頭に木製家具並べてるとこだからすぐ分かるはずだ」

「分かった。ドルンは?」

「準備したらすぐ向かう。すぐに追いつくが俺が来るまで店内に入らないように。説明無しで見つかったら更にややこしくなりそうだからな」


 それだけ指示を出すとドルンは工房の中へと再び戻っていった。

 仕方ないので言われた通り行動を起こすことにする。ドルンの到着までは待つようにと釘を刺されている為ゆっくり行けばいいだろう。


「……な、なんかすごいことになってますね」

「ドワーフは自分に正直だからね。物珍しい材料で職人の血が滾ってるのかもしれないね」


 あのドルンが目の色を変えるぐらいだからよっぽどのことなんだろう。

 とりあえず急ぐ必要は無いのでドルンが追いつくようゆっくりとその家具工房へと皆で歩いていく。

 ここに来るまでに立ち寄った村でもそうだったが、やはりエルフィリアは良く目立つ。

 特にドワーフには対エルフセンサーでもあるのか、見てもないのに家の中から出てきたり明後日の方向を向いてたのにこっちに顔を向けたりと色々やばかった。

 中には突っかかろうとしたドワーフもいたが、以前の酒の件で顔が知れた自分がいたことと、エルフィリア自身が他のエルフと違い基本気弱ですぐに隠れてしまう性格の為大事には至らなかった。


 そして店頭に品の良い家具類が飾っている一軒の工房へと到着する。ここがドルンが言っていた木工職人がいる工房なんだろう。

 ジョッキを作ってくれたガラス職人といい、本当にこの村は様々な職人が居るんだなぁと思う。それもどのドワーフも腕利きと言うのが恐ろしいところだ。

 そして待つこと数分。急いで来たであろうドルンが小走りにこちらへと向かってきているのが見えた。


「あ、ドルンー!」

「おう、待たせたな。だがもうちょっとだけ待ってろ、家主に話つけてくる」


 ガチャガチャと自分の鍛冶道具であろうものを背負いながらやってきたドルンはそのまま目の前の工房へと入っていく。

 まるで勝手知ったるなんとやら、顔見知りなのかもしれない。


『ウッドワーズ! ウッドワーズはいるか!!』

『あー? なんだ、ドルンじゃねぇか。なんだその格好は? ドノヴァンに追い出されたか?』

『ちげぇよ。良いからちょっとつら貸せ』


 入り口で待っているだけだったが流石はドワーフ。普通の会話なのに表までその声が聞こえてくる。


『前にこいつを作ったんだがな、覚えてるか?』

『あぁ、この図面は妙な弓もどきのか。少し手伝ってやったやつだな』

『今からこいつを改造するぞ、手伝え』

『……おめぇバカか? いきなり来て作るから手伝えは道理が通らねぇよ』

『こいつを見てもか?』


 話の内容から中でどんな感じなのかが頭の中にありありと浮かんでくる。

 多分エルフから預かった図面を見せたとこだろう。


『おめぇ、こいつをどこで?』

『あの人間からだ。村一番の木工職人としてこいつを……いや、このまま作るんじゃ芸が無いな。これ以上のモンを作るのを手伝って欲しい』

『むぅ、そそられはするが無理だろう。指定された材料がそもそも……』

『あるぜ。ヤマル、持って来い!!』


 まるでそういう風に仕向けるようにしたかのような流れだなぁと言うのが率直な感想である。

 ともあれコロナにドアを開けてもらい精霊樹をぶつけないよう慎重に店中へと入った。

 中に入るとドルンと似たようなドワーフが一人。持ってきた精霊樹を見ては両目をあらん限りに見開き驚愕の表情になる。


「おまっ?! こんな立派な精霊樹をどこで……?」

「後ろのエルフの嬢ちゃん見りゃ分かるだろ? それとこの図面よく見ろ」

「……ちっ、あのいけすかねぇやつらか。だが精霊樹の処理方法も完璧に書いてあるな」

「あぁ、普段から使ってなきゃここまで細かく調べられねぇよ。ムカつくが木材加工じゃあっちに分があるな、


 現状は。その言葉にウッドワーズの目にぎらついた光が灯る。

 現状は悔しいが負けを認めよう。だがこの知識と技術は物にする。そして追い越してやる。

 そんな職人としての意地と誇りプライド。何よりエルフに負けてなるものかと言う執念がありありと感じられる目であった。


「いいぜ、その挑戦受けてやろう。ドワーフの名に賭けてエルフあいつらが引いた図面以上のモン作ってやろうじゃねぇか!」

「当たり前だ。あいつらにコケにされて黙ってるようなやつはドワーフじゃねぇよ!」

「おい、店じまいだ! 非番の連中召集しろ! 精霊樹加工すると言えば全員来るはずだ!」


 そして騒ぎを聞きつけたウッドワーズの工房のドワーフたちが奥からぞろぞろとやってきた。

 何事か、と訝しげな顔をしていた職人達も目の前の精霊樹に、何よりエルフからの挑戦と聞いては全員の気合の入りようが違う。


「おい、そこの人間!」

「うぉ!? え、な、何?」


 いきなりウッドワーズから指差しで呼ばれては流石に驚く。

 後ろでは呼ばれもしてないのにエルフィリアがコロナの背に隠れるのが見えたのでどれだけの声量だったかが分かるだろう。


「お前の武器だろ、手伝え! と言うかそもそもお前が原因なんだからな!」

「や、そうなんですけど自分武器を作ったこととか無いし……」

「ヤマル、エルフらの設計図を越えるためにもお前の持ってる知識は必要だからな。作るのは俺らがやるからお前は設計までは一緒にやってもらうぞ」

「設計て図面引いたことすら無いのにちょ、あの……!」


 ドルンに首根っこを捕まれそのままずるずると工房の奥へと引きずられていく。

 コロナ達に助けを求め手を伸ばすも、無情にも彼女達は諦めろといわんばかりに両手を合わせるだけだった。


「ちょ、コロ! エルフィ!!」


 薄情者ーー!!と断末魔のような声をあげながら工房の扉が閉じられる。

 そして中ではそれはそれはとても良い笑顔のドワーフ達に出迎えられることになるのだった。


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