第102話 新しい武器1


(ねむい……ねむい……)


 ぼーっとしてイマイチ頭がはっきりしない。

 今にも寝てしまいそうなのだがここはまだ村の通りである。こんなところで倒れてしまっては馬車に轢かれても文句は言えない。

 眠い、けど死にたくは無い。

 人間究極的に疲労すると思考がどんどん単純化するものらしい。今頭を九割以上支配しているのは『寝たい』だ。

 腹も減っているがともかく寝たい。

 何も考えずただただ目を瞑りたい。

  

 解放されたのが日が昇ってるときで良かったと心底思う。目に入る朝日の刺激が今にも倒れそうな体に刺激を与え何とか踏みとどまらせる。

 これが夜だったら地面にダイブしていても不思議ではなかった。

 二日か三日前だったと思うが何日かは頭がはっきりしないからよく分からない。

 とにかくドワーフに捕まり頭が痛くなるほど記憶を掘り起こしあれやこれやの知識を雑巾の如く絞らされ続けてたような気がする。

 ともあれカラッカラになりもはや出すものが無かったから——ではなく、エルフの図面の再設計が終わったため解放された。

 ちなみにドワーフたちはそのまま製作に取り掛かった。

 情熱もそうだがあのタフさはどこからやってくるのか。やはり種族特性みたいなものでもあるのかもしれない。


「やっと、ついた……」


 フラフラになりながらも間借りしてる宿へ到着。

 ドワーフの女将さんに部屋のドアを開けてもらうと中には誰も居なかった。どこかに出かけているようだが……。


「も、無理……」


 部屋に入り安心しきってしまったのか、布団までもたずそのまま床に倒れこんでしまう。

 痛みよりも頬に当たる床の冷たさに心地よさを覚えながらそのまま意識を手放すことになった。



 ◇



「……ぅ」


 意識がゆっくりと覚醒してくる。

 ぼーっとした頭では寝る前の記憶がイマイチはっきりしない。だがまだ寝足りない、もっと寝たい……ともぞもぞと布団を被りなおしたところでふと、あれ、と違和感を覚えた。


(自分布団でちゃんと寝たっけ……?)


 寝てなかった気もするがもしかしたら記憶に無いだけかもしれない。

 だが気になりだしたことにより頭の中で思考が回り始め、反対に眠気が徐々に追いやられていく。

 温かいお布団にもう少しまどろんでいたかったが、あれからどうなったかも気になったので起きることにした。


「わふ!」

「あ、おはよ……」


 すぐそばに居たポチの頭を撫でゆっくり目を開けると、コロナとエルフィリアも自分が起きたことに気づいたようだ。

 二人とも見下ろすようにすぐ側まで寄っては正座のように座りこちらの様子を窺ってくる。

 少し心配そうにこちらを見ているが……。


「ヤマル、結構寝てたけど大丈夫?」

「ん……どれぐらい寝てた?」

「ヤマルさん見つけて丸一日ぐらい経ってますよ」


 うわ、そんなに爆睡してたのか。

 そこまで寝ることなんて滅多にない。よっぽど疲れてたんだろう。


「戻ってきたらヤマル倒れてるし、びっくりしたよ……」

「あー、限界だったからね。部屋戻って多分安心しちゃったんだと思う」

「それでヤマルさん、体調の方は……ヤマルさん?」


 普段とは違うアングルのせいだろう。

 覗きこむようにこちらを見るエルフィリアの顔を見上げる形になったため、初めて彼女の素顔を見ることが出来た。

 普段前髪で隠れて見えてなかったが、彼女も他のエルフに漏れずやっぱり美人さんだ。

 整った顔立ちにコロナと同じ翡翠色の目が不思議そうなものを見るようにこちらに視線を向けている。


「ヤマル、どしたの?」

「いや、エルフィの顔初めて見たなーって。コロと同じ目の色なんだなって思って」


 瞬間、まるで弾かれるようにエルフィリアが顔を上げ目を隠すように直立姿勢を取る。

 それと同時にコロナも彼女の方を向くものの、一瞬遅かったらしくその目を見ることが出来なかったようだ。

 だが諦めがつかないのか、両手をわきわきと不気味に動かしながらゆっくりとエルフィリアへとにじり寄っていく。


「エルさん。私にも見せて欲しいかなー、なんて」

「え、そんな、見るほどのことでは……」

「いいじゃないですか、減るもんじゃないし」


 徐々に後ろに下がっていくエルフィリアだったが、そこまで広い部屋でもないためすぐに壁際へと追い詰められてしまった。

 よっこいせ、と上体だけ起こしその様子を眺めているとコロナがおもむろにエルフィリアの手首を掴み動きを止める。


「ほらほら、ヤマルには見せたんだし私にも見せてくれてもバチ当たんないと思うし……」

「いえ別にヤマルさんに見せた訳では……」


 体はエルフィリアの方が大きいが力はコロナの方が上。

 しかしコロナも変に力を込めては怪我をさせてしまうのは分かっているのだろう。その為傍から見ている分には両者とも拮抗しているように見えた。


「ちょっとだけ! ちょっとだけで良いですから!」

「やーでーすー! ちょ、ヤマルさん何ニコニコしてるんですか! 助けてくださいよぉ……!」

「いや、仲良くなったなぁって思ってさ。良いことだと思うよ」


 ドッスンバッタンと中々激しい物音立てながら攻防を繰り広げる二人はどこかじゃれあってるようにも見える。

 自分がいない数日の間で前よりは仲良くなっているのは目に見えて分かった。何があったかは知らないが同性同士通じるものでもあったのかもしれない。



 そのままほっこりと二人の様子を眺めていたが、三分後にやかましい!と怒鳴り込んできた女将さんの拳骨によって全員物理的に黙ることになるのをこの時はまだ知らない。


 

 ◇



「それじゃここ数日のこと教えてもらおうかな」


 《生活の氷ライフアイス》で作った氷嚢ひょうのうを拳骨を落とされた箇所に当てつつテーブルを挟んだ向かい側に座る二人にそう尋ねる。

 あちらも自分同様、二人揃って氷嚢を頭に当てていた。

 もし全員マンガのキャラクターならば、でかいたんこぶでもこさえてそうな感じである。


「痛いです……」

「うぅ……」


 涙目になりながら肩を落とす二人もまだダメージが残っているようだった。

 女将さんの拳骨はそれほど強力だった。身長が縮んだんじゃないかと錯覚しそうになるぐらいだ。

 ちなみに何故かコロナの魔道装具リボンの効果は発動しなかった。……あの女将さん、どんどん不思議なシーンが増えていく気がする。

 ともあれまずは報告を聞くべく何か変わり無かったかを話すよう促した。


「えーと、ヤマルが工房に入ってからはしばらくは出てこないと思って、あの日はエルさんと道具屋に行ったの。遺跡調査の準備しようと思って」

「詳しいお話はあのドワーフの方が教えてくれるということでしたので、主に消耗品を買い足しておきました」


 ちなみに食料は前日まではしない方が良さそうだったのでパスしたらしい。

 あと本来必要なキャンプ道具も大体は自分の《生活魔法》で代用出来るのでこの辺も不要。

 準備らしい準備が不要で荷物は少ないのはこのパーティーの強みである。


「それでポーションも買おうかと思ったんですが……」

「ここ、ポーション高かったの。ドワーフが頑丈だからかあまり売れないんだって。近くの街で買う方が良いってお店の人が教えてくれたの」

「それでコロナさんがヤマルさんはポーション作れるから薬草取りに行こうってお話しになりまして」

「何もしないのもあれだったからね。薬草集めながら魔物から魔石手に入れたりしてたよ」


 結果はまずまずといったところ。

 ちなみにポチは自分が帰ってきたときのために同行させず留守番をさせていたそうだ。

 その割には自分が帰ってきたとき見あたらなかったが、どうもあの時は別件で一緒に出掛けていたらしい。

 その事を聞くとコロナがベッド脇から布に包まれた板状の何かを持ってきた。


「えっとね、これ受け取りに行ってたの」


 テーブルの上にそれを置き布を取ると新品の鞘に入った一振りの片手半剣バスタードソードが姿を現す。


「あ、もしかして」

「うん、もう出来てたみたい。残りの調整はドルンさんの同僚の人がやってくれてたの」

「なるほどね。で、使い心地どう?」


 新品の剣だし馴染むまでにはまだ時間はかかるだろう。

 でも折角手に入れた剣なら試し切りはしてるだろうし感触を聞いてみたいところである。


「それがですね。コロナさん、まだ開けてないんですよ」

「あれ、そうなの?」

「うん。現物は工房で見せてもらってたんだけど、使うのはヤマルにちゃんと見せてからにしようと思って」


 律儀な子である。

 と言うことはこの新しい剣が手元にあるのに薬草採るのも魔物倒すのも前の剣使ったのだろう。


「じゃぁ早速その剣見せてよ」

「うん、ちょっと待ってね」


 テーブルの上の剣を大事そうに抱えては前の剣と同じように腰にぶら下げるように取り付ける。

 細部は違うものの大きさ自体は以前の剣と同じぐらいだった。


「では、これがヤマルに買ってもらった新しい剣だよ!」


 鞘から剣を引き抜くと刀身が金属光沢で鈍く光る。

 直刃の両手半剣なのは以前と同じなのだが、一番違うところはその刀身に描かれた文様だろう。

 この紋様をどう表現すればよいだろうか。あえて言うならまるで波打ってるような、それでいて水滴を水面に落としたときのようなものが入り混じっている独特の波紋であった。

 しかしその紋様もさることながら剣そのものに美しさを感じる。

 装飾があるわけではない。紋様を除けば無骨なデザインの剣である。

 だが不要なものを極力そぎ落とし必要な物だけを集めたその剣はまさしく機能美の塊だった。

 正しく剣が剣であるためのあるべき姿。それを体現したかのような一振りである。


「……すごい剣だね。素人目でも良い物だって分かるぐらいにはさ。それがダマスカスソードだっけ」

「うん、間違いなく業物だと思うよ。ドルンさんに感謝しなくちゃだよね。……もちろん、ヤマルにも感謝してるよ。ありがとう」


 真っ直ぐお礼を言われてはどうにも気恥ずかしくなってしまう。

 そもそもこの剣の代金の半分はコロナが出したものだ。先ほども買ってもらったとか言ってたけど……まぁ今は水を差すのは止すことにする。


「ううん、コロには今までも助けてもらったからね」

「じゃぁこれからもヤマルを守るからね。この剣に誓って!」

「……コロナさん、ヤマルさんの騎士さんみたいですね」

「それ、普通男女逆じゃ……」


 エルフィリアの言葉に小さくつっこみをいれるが、ともあれこれでコロナの準備は整ったといえよう。

 まだ自分の武器は製作中なので、今日は剣に慣れるための素振りと三人での戦闘方法の練習をすることになった。

 

「それでヤマルの武器の方はどんな感じなの?」

「そういえばヤマルさんは設計までは、でしたっけ。どんなのになりそうなんですか?」

「あー、それなんだけど最後の方はよく覚えて無いのよね……」


 彼女らに何があったのかポツポツと説明していく。

 自分がやったことは主にドワーフらからの質問に対するアイデア出しだった。

 例えば『こんな機能を持った武器はあるか?』とか、『この欠点を解消する何か知識あるか?』である。

 色々話したとは思うが正直最後の方はふらふらでよく覚えて無いのだ。最初の方ぐらい覚えてても良さそうなのだが、記憶が当事のことを封印したがってるのかもしれない。

 ぼんやりと覚えているのは日本や他国であった実際の武器のことを話したのと、ゲームなどでしか見ないようなSFやファンタジー武器のことを話したことぐらい。

 もちろん後者に関しては想像上の産物であるということはしっかり言ったと思う。

 

「だから設計図見てない……いや、見たかもしれないけど覚えてないんだよ」

「そうなんだ。じゃぁどんなのが出来るのか楽しみだね」

「何かドルンらの様子からトンデモないのが出てきそうで怖いなぁ……」


 流石にドワーフの職人である以上欠陥品は出してはこないだろう。

 だけど異世界の話にエルフの知恵を吸収して出来上がるドワーフの武器である。どんな物が出来上がるのか全く想像出来ない。


「あの、全く予想つかないですか……?」

「いや、元がボウガンだからベース自体はそれだと思う……多分」


 何かどんどん自信が無くなってくる。

 遠距離系の武器だとは思うけど、アイデア熱による暴走とかで変な機能付けられたりしてなければ良いが。


「まぁもう止めれないんだし切り替えちゃおうよ。どっちにしろヤマルの武器になるんだし」

「そうだなぁ。気になるけどなるようにしかならないか」


 コロナに言われた通りもはやどうにもならないだろう。

 気にはなるがだからと言って自分ではどうすることもできないなら他の事にリソースを割くべきと判断を下す。


「んじゃ今日はさっき決めた通り完成した剣の練習しに行こう。いきなり本番は流石に避けたいからね」

「場所はどうしよ?」

「ドノヴァンさんの工房の裏手広場でいいんじゃない? あそこなら広いし、理由言えば場所ぐらいは借りれると思うよ」

「それに、あの……もしコロナさんが気になるところあればすぐに直してもらえそうですもんね」


 行動方針が決まれば即座に実行……ではなくまずは腹ごしらえ。

 休憩は挟んでたはずだが何せドワーフのペースである。自分にとってはかなりの強行軍だったはずたし、何よりお腹の空き具合が早く補給しろとがなり立てていた。

 こちらの様子に二人は苦笑しつつ三人で宿の食堂へと向かうことにしたのだった。



 そして三日後。

 ついにドルンから武器が完成したと知らせが届いた。


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