第97話 意外に好奇心有り
「何、荷物を返して欲しいと?」
エルフィリアと共に彼女の母親である長の所へとやってきた。
仕事の合間を縫い用件を伝えたところ先程の言葉が返ってきたわけである。
「可能なら武具類もお願いしたいんですけど……」
「武具はダメだ。だがそうだな……荷物か……」
顎に手を当て何やら思案し始める長。
そして結論付いたらしく首を一度縦に振る。
「よかろう。ただし条件付きだ」
「と言うと?」
「荷物は改めさせてもらったがよく分からん物もあった。おそらく異界の物品だろう。それを識者の前で説明したら返してやろう」
別に知りたいなら普通に教えてもいいんだけど。
まぁ何か返却の為の建前が必要なのかもしれない。なら大人しく乗ることにする。
「わかりました、それでお願いします」
「うむ。荷物はこっちだ、ついてくるがよい」
そのまま長の後をエルフィリアと一緒についていく。
そして長に見えない位置でちょいちょいと彼女に小さく手招きした。
ジェスチャーで内緒話をしたいと伝え、彼女の長い耳に向かい小声で気になったことを質問する。
『長さんて家でもあんな喋り方なの?』
『そんなことないですよ。私や姉に対しては、その、普通に話しますし……』
『あ、お姉さんいるんだ』
そんなことをぼそぼそと話してたら前を歩く長の耳が上下に動くのが見えた。
結構小さい声で話してたのにもしかして聞こえているのだろうか、と思っていると長が顔半分だけこちらへと振り向く。
「エルフィリア、随分とその人間と親しくなったようだな」
「あ、いえ、その……」
「よい。話せる相手が増えるのはいいことだからな」
怒られると思って身構えてたエルフィリアが長の意外な言葉に思わずきょとんとした表情を浮かべる。
どこか嬉しそうな笑みを浮かべては長はまた前へと向き直ってしまった。
やはり母親としては娘の事は気にかけてるんだろう。厳しそうに接しているのは長としての責務のせいかもしれない。
「さぁ、この部屋だ。入れ」
そしてとある一室に案内され中へと足を踏み入れる。
おそらく本来は会議室か何かなんだろう。部屋の中央に備え付けられた大きめのテーブルの上に自分の荷物が中身すべて出された状態で並んでいた。
その光景はさながら刑事物ドラマのワンシーンといったところ。まるで証拠品のように自分の荷物がキッチリと整理されている。
……そこまで危ないもの無いんだけどなぁ。
「持ち主を連れてきたぞ。何でも聞くがよい」
「あ、はい。と言っても大したものはあまりないですが……」
長の声を聞き室内にいた何人かのエルフの男女がこちらへとやってきた。
この人らが長が言ってた識者の人なんだろう。
「では早速、こちらに」
そう言って識者のうちの一人が案内したのは予想通り日本の品が並んでいる一角だった。
いや、良く良く観察すると荷物も区分けされているのが分かる。
一つはこの世界の物。
携帯食やカップ、ポーション類などこの世界では見慣れた物ばかりである。ただし日本から持ち込んだタオルや着替えなどもこちらに置いてあった。
もう一つが案内された彼らにとってよく分からない物。
具体的に言えば三品だ。持ち込んだラノベとまだ勿体無くて食べきれてない飴の袋二つ。そしてもはや定番のスマホである。
「まずこちらの本ですが、これはどの様な?」
「表紙の絵画にこの紙の薄さ、よく分からぬ文字は異界の言語だが如何せん誰も読めん。中身を教えてもらえないか」
「あぁ、それは……」
中身はなんてことは無い。巨大ロボットに乗って戦うSFモノの最新刊だ。
特別な本ではなくいわゆる娯楽の一種である事も説明しておく。
ただロボットの概念がないエルフらに説明するのに少し苦労した。ゴーレムみたいなものと言ったはいいものの、そんなのに乗るぐらいなら命令させればいいのでは?と言われたときはどう説明したものかと本気で悩んだぐらいだ。
特に驚かれたのが彼らにとってその精密な本が量産され一般の人にすら手ごろな値段で売られているという事実。
この世界、本は一般人でも手は出せなくは無いがそれでもちょっとした高価な物であるため驚きはひとしおだろう。
いや、エルフだとどうなんだろう。倉庫に本はあったからもしかしたら自分たちで作ってるかもしれない。
ただそれでも工業力の面ではこちらが圧倒的のため、長寿のエルフでも驚いたのかもしれない。
そして彼らが次に指差したのはカラフルに彩られた飴袋だ。
「ではこちらの透明な物に何か書かれてる物は?」
「フルーツの飴……えぇと、砂糖と果汁で作った甘味と言えば良いでしょうか。半透明なのは袋で絵柄で何が入ってるか分かるようになってます」
瞬間、部屋の空気が微妙に変わった感じがした。
別に殺気やら危なそうな雰囲気になったわけではない。しかしなんだろう、少し邪な感情が溢れてるような……うーん?
よく分からない感覚に悩んでいると長が飴を指差し更に尋ねてくる。
「異世界の甘味か」
「えぇ」
「だが先の本同様にお前のような者でも手に入る物、だな?」
「えぇ、その通りです。向こう感覚で一食分の食費より安いですね」
何せ旅行の帰りにたまたま買ったものだ。
……温泉旅行、懐かしいなぁ。あの時食べたご飯は美味しかったし温泉はゆっくりできた。
まさかそのまま異世界ツアーお一人様になるなんてあの時は想像すらしてなかった。
「なるほど。では物は試しだ、一つ貰えるか?」
「長、いけません! その様な得体の知れぬ物など!」
「そうです! どうしてもと言うのであればまず私が毒見を……」
「あ、お前単に食べたいだけだろ! 長、この様な下心を持つ者よりここは私が!」
あれよあれよと言う間に広がる誰が飴を食べるか議論。
主に長を中心とした女性陣が我こそはと名乗りを上げている。
やはり古今東西異世界に限らず女性は甘いものが好きなんだと思わせてくれる光景だった。
しかし些か白熱し過ぎのような……。気になったので横に控えてたエルフィリアに声を掛ける。
「……エルフの人って甘いの好きなの?」
「割と、そうですね。砂糖はここでは採れませんし……」
「エルフィリアさんは食べたい?」
「あの中に混じる勇気は無いです……」
あの中、とはまさにバーゲンセールの渦中さながらの女性陣のことだろう。
流石にあの光景で我こそはと突っ込める人はあまり居ない。
エルフィリアは元より、残った男性エルフ達も結構ドン引きしている。
「えぇい、長命令だ! 上に立つものこそ率先せねばならんだろう!」
結局最後は権力者が勝ったらしい。
後ろで文句言ってる女性エルフらに勝ち誇った顔をしていた。
……ここで飴をあげるなんて一言も言って無い、と指摘する勇気は残念ながら自分には無い。
それぐらいの空気は一応読めるし、そもそも飴玉一つで安全が確保出来るなら安いものである。
「ではお一つどうぞ。何でも良いですよ」
「うむ。この果物のような絵柄がその味と言うことだな?」
「はい。あ、硬いので噛まずに舐めて溶かすように味わってくださいね」
中からいくつかの飴を取り出し、これだと思ったのを長が一つ選ぶ。
念のためそれも小さい袋だ、と開け方も一緒に教え長が中身を取り出すとそれを口に含んだ。
マルティナのときも似たようなことあったなぁとあの時のことを思い出しながら彼女のその様子を黙って見ておく。
「うむ、うむ……」
目を閉じ頷きながら味わうように飴を口の中で転がす長。
あれだけ揉めてたんだからマルティナの様にもっともらしい反応するかと予想していただけにこの大人しさは意外だ。
(お母さんがあんなに嬉しそうなの久しぶりに見たかも……)
(え、あれで……?)
後ろからそっと近づいてきたエルフィリアが耳打ちでそう教えてくれた。
能面ではないが長はそこまで喜んでるような表情はしていない。娘にのみ分かるぐらいの何かがあるのかな、と思っていたがすぐに気づく。
顔ではなく耳。身近な人物ならコロナの尻尾のように上下に忙しなく動いているのが分かった。
「なるほど、異界の甘味は美味だな」
今度は分かりやすくどこか満足そうな表情を浮べていた。
エルフの長ですら唸らせるぐらいなのだから、やはり自分のところの食事情はこの世界よりは水準は上らしい。
……まぁ自分が作れない以上自慢出来るものではないんだが。
「長、自分たちも食べたいです!」
「長だけずるいですよ!」
「はっは、まぁ待て。数はまだあるがもはや二度は手に入らぬ貴重品だぞ。おいそれと配るわけにもいかぬだろう。なぁ?」
何故そこでこちらに振る?!
いやまぁ確かにバクバク食われても困るのは事実なんだが、なんか釈然としない。
「まぁ……そうですね。自分でも勿体無くて中々手が出せませんし……」
「だそうだ。まぁ欲しければ何か手を考えることだな」
無条件で食った人がそれを言うか。
もちろん口には出さない、心の中でツッコむだけ。我慢と協調と空気を読む日本人の力をフルに使用し内心を強引に奥底へと閉じ込める。
「ほら、まだ一つ残っているだろう? それについて教えてくれないか」
「また強引に……イエ、ナンデモナイデス」
あんなきつい目線で睨まれては閉口せざるを得ない。
正直上に立つ者のオーラやプレッシャーが半端ない。特にこれが長寿種ゆえか、王都の貴族達とはまた違う独特の圧がある。
「これはスマートフォン、通称スマホと言いましてあちらでは自分のような一般的な人から上の人間まで幅広く持ってる便利な道具ですね」
そしてスマホの主な機能、特に現状でも使える機能を前面に推しながら解説していく。
やはり写真、動画、通話に関してはエルフとて舌を巻いている様子。
だがこれの説明をしただけで森の侵入者への対策に極めて有効と長が考えを述べたのは驚きだった。
常に見回る警邏隊らに持たせればその場で指示が出せるなどは以前王都の兵隊長が言ったことと同じなのだが、もっと頭固くて閉鎖的と思ってたこちらの認識を上回るものだった。
彼らは意外と物事を柔軟に捉える思考をしているのかもしれない。
現に得体の知れないものに対しても使えたらと言う前提ではあるが、どうやって活用すれば良いかを話し始めている。
「しかしこちらも一度機能を見てみたいものだな」
「写真や動画は返してもらえればすぐにでも良いですよ。通話は……出来るか試してないのでなんともですが」
「人間の国に置いてきたゴーレムもどきと会話が出来るだったか。にわかには信じられないが……」
ちなみに通話自体はエルフの村以外は普通に出来ていたのは確認している。
ここに着いてから荷物取り上げられてるため繋がるかはまだ不明だが多分大丈夫だろう。
まるで国際電話だが基地局すらない以上原理は自分ですら分からない。常時圏外表示なのに繋がるのは最初違和感を覚えたものだ。
「ならその精巧な止め絵を一瞬で作るしゃしんとやらを試してもらおうか」
「分かりました。何を撮りましょうか?」
「そうだな……人間、お前とエルフィリアでどうだ。これなら変な真似も出来ないだろう?」
後ろで『えっ?!』と小さい声が聞こえたがまぁ当然だろう。
得体の知れない物の実験台なんて誰だって嫌だ。一応保険として自分を一緒にすることで安全策は取ってるのがせめてもの救いだが、それでも安心出来るとは言い難い。
「良いですけど……エルフィリアさん、大丈夫?」
「あ、その……はい」
少しだけ長の方を見たがすぐに諦めたように頷くエルフィリア。
とりあえずスマホを返してもらいバッテリーを確認。まだ大丈夫そうなのでカメラを起動しインカメラへと切り替える。
「じゃぁこっち来てもらえる? 出来れば自分の隣か後ろ辺りで」
「分かりました」
「この小さい画面に俺とエルフィリアさんが出てくるからなるべく一緒に入るように場所調整してね」
手を伸ばしスマホの画面を見ると後ろにいるエルフィリアが自分の肩から顔を四分の一だけ覗かせていた。
正直目元が隠れてるエルフィリアだと自分の肩から金髪の何かが背後にいるようにしか見えないので一種のホラー映像に見える。
「……ごめん、やっぱ自分の前に来てもらえる?」
流石に不気味だったのでエルフィリアを自分の前に立たせる。
コロナより背が高いなぁと思いつつ再度カメラ位置を調整。手を伸ばしやや上から見下ろす形だが二人がちゃんと画面に映っているのを確認する。
「じゃぁ撮るよ。この道具の方に顔向けててね」
「え、え……?」
困惑するエルフィリアをそのままにとりあえず一枚写真を撮る。
シャッター音にびっくりして肩を震わせていたがちゃんと撮れたようだ。
……しかし改めて見ると本当に大きいな、この子の胸。
「終わりました、こんな感じになりますね」
とりあえず邪念を振りほどき、先ほど撮ったものを画面に映し長と識者達に見せる。
そこにまるでスマホに閉じ込められたかのように写る自分とエルフィリアに驚き、画像とこちらを交互に見てはその精巧さに更に驚いているようだった。
その後は大丈夫と判断したのか長を含め写真を数枚撮り、更に動画モードでは長の仰々しくも尊大な自己紹介の撮影に成功する。
本人はその時は割と普通に話してたつもりだったらしいが、いざ再生してみると自分でも分かるぐらいのやっちゃった感があったのだろう。
長にしては珍しく顔を赤くしてスマホを奪いに来たが周囲の識者達に羽交い絞めにされ事なきを得た。
特に力が入っていたのが女性の識者だった。先ほどの飴の恨みが見え隠れしてるのは気のせいじゃないと思う。
「全く……後でそれどうにかしておくように」
「あ、はい。わかりました」
もちろん残しておこう。こんな面白い映像を消すなんてとんでもない。
その後も検証と称して何回か遊んでいたが大体のことは知れたと言う事で無事荷物は返してくれた。
ちなみに着替えも一緒に返してくれたがこの村に居る間は今着ているエルフの服のまま過ごして欲しいそうだ。
「あぁ、そうだ。武具はまだ返せぬがお前が持ってた弓もどきの武器があったろう?」
「ボウガンですね。それがどうかしましたか?」
「工房のやつらが興味を持っていてな。良かったら手解きしていってくれると助かる。弓は我等の本分だしな」
「わかりました。では行ってみますね」
弓の本職に教えれることなんてあるか分からないけど、頼まれたからには出来る限りは協力しよう。
印象が良くなれば早めに解放してもらえるかもしれないし。
「では失礼します」
「あぁ。エルフィリア、引き続き頼むぞ」
「あ、はい」
長達に一度頭を下げ荷物を持ってはエルフィリアと共に部屋を後にする。
そして彼女に案内を頼み、件の工房へと二人で向かうのだった。
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