第98話 エルフの村バラバラ事件


「おい、これどうするんだよ……」

「どうするって……」


 目の前に広がる現実。

 少し前までのハイテンションが嘘のように鳴りを潜め、それに比例するように声も小声になる。


「お前がやろうって言い出したんだろう!」

「お前だって嬉々として乗っかってきたじゃないか!」


 だがそれも一瞬のこと。互いに醜く責任を擦り付け合うのはエルフの男二人だ。

 言うまでもないがこんなことをしたところで事態は一切好転しない。

 ならば、と二人はまず今後の方向性を決めることにする。


「ち、とにかくまずはこれをどうするかだ。隠すか誤魔化すか……」

「隠し通して知らぬ存ぜぬが無難か」


 もはや正直に話すの選択肢は彼らの頭にはなく完全に犯罪者の思考であった。

 どのようにこの惨事を切り抜けるか。それこそが彼らに課せられた使命と言わんばかりに頭を回転させる。

 たがこの世に悪は栄えないとはよく言ったもので。

 普段絶対に人が訪れないこの時間、何故か今日に限って来訪者がやってくる。


「ごめんくださーい」


 開け放たれた扉から差し込む光。後光を帯びたかのように誰とも分からぬシルエットが彼らの前に現れる。

 一体誰が、と思い振り向きそこで見たのは、よりにも寄って一番会いたくないはずの人間の姿であった。



 ◇



「で我慢出来ずにバラした、と……」


 工房に来て三十分。丁度今半ば呆れ顔で目の前の惨状について彼らに説明を求め終えたところだった。

 室内に入りまず最初に目に飛び込んできたのは驚愕顔の二人のエルフの男性。

 そして目の前の作業台に先の自分の荷物よろしく、見事なまでに解体され丁寧に並べられたボウガンだったもの。

 こちらも驚き詰め寄ろうとした矢先、彼らからのマシンガントーク並みの言い訳の波に気圧され機会を脱してしまった。

 そしてそのまま彼らの遠まわしな言い訳を要約するとこうだ。


『弓のことで我慢出来ず解体しちゃいました、てへぺろ♪』


 とりあえず冷めた目でふざけんなとだけは言っておいた。

 何せドルンに折角作ってもらったのにまさか数日でダメにされるとは思わなかったしこの怒りの矛先が彼らに向くのは当然だろう。


「いや、別に壊したわけじゃないんだよ!」

「そうそう! 丁寧に解体したからちゃんと組み上げれば元に戻るはずなんだって!」

「ふーん。……で、戻せるんですか?」


 予想通りこちらの一言でピタリと閉口する二人。

 確かにパーツ単体を見ればどこも切られたり折られたりはしていない見事な解体術だったと言えよう。

 だがそこはドワーフ作の技術力と言った所。

 大体の仕組みが分かりいざ組み立てようとしたところで上手く組みあがらなかった。

 一応彼らの言い分を信じるなら絶妙な配置と組み立て方をしているらしく、並みの人物じゃ無理らしい。

 自分達みたいな弓に携わって数百年のエルフが言うんだから間違いないと。


「一体どれほどの職人がこれを作ったのか……」

「人間の職人も侮れないと言うことか。いや、このアイデア自体も中々……」


 犯罪者の顔から職人の顔になりそれぞれがボウガンの感想を述べ感嘆の息を漏らす。

 だが唸っているところ悪いがこれは人間の作品じゃないんだよなぁ……。

 ……エルフとドワーフか。この世界だと相性どうなんだろう。

 日本などで出回るお話では犬猿の仲みたいな印象が強いが。

 正直壊された腹だたしさも残ってるし、ここは正直に誰が作ったのか言ってみることにする。


「それ、ドワーフの人に作ってもらった試作品なんですよ」


 あ、固まった。

 特にドワーフの部分でピシリと分かりやすいぐらい体が硬直し、雰囲気があまりよろしくない方へと変化しているのが自分でも分かった。

 どうやらこの世界でもエルフとドワーフはあまり仲がよろしくないようだ。


「ほ、ほぅ……」

「これをドワーフが、ねぇ。だがやはりあの偏屈種族、目を見張るものはあれど弓としては……」


 さっき絶賛してたのになんだこの逆掌返しは。と言うか声が震えてるから強がってもあまり説得力は無い。

 だいたい偏屈と言うなら自分から見たエルフも割といいとこ勝負な気がする。


「一応言っておきますと自分専用として自分でも扱えるようにと希望を出して作ってもらいました」


 ただの弓ではない。弓の機構を持った別種の武器がボウガンだ。

 そもそも普通の弓みたいに腕の良い人物が使えば様々な事が出来る仕組みではないのだ。

 あくまで自分のような非力な人物が真っ直ぐに飛ばせるようにしているだけである。

 そのため曲射とか弓専用で出来ることがこのボウガンでは出来ない。

 一応そのことを伝えては少しだけは安心したらしい。少なくともアイデア部分がドワーフ勘案で無かった事にはホッとした様子だった。


「まぁそう言う訳で自分でも仲間と一緒に戦えるようにしてもらったのがこれなんです」

「ふむ、異世界人とは中々面白い物を思いつくもんだな」

「自分からしたら弓で矢の軌道を曲げたりする方がよっぽどすごいんですけど……」


 ここでも隣の芝はなんとやら、である。

 弓の名手が揃うエルフの村では森の木々など障害物になりえない。曲射が出来るのは当たり前。

 木々は足場であり防壁であり相手の逃げ道を塞ぐ仲間と言うのがエルフ共通の見解なんだそうだ。

 その為真っ直ぐ飛ばすことだけに注力したこのボウガンは彼らにとって物珍しい部類に入るらしい。


「とにかく組み立てれない以上分解状態でも返してもらいますよ。自分も直せないし修理に持っていかないといけませんし」

「ま、待て!」

「そんなことしたらあの偏屈ドワーフらに何て言われるか……!」


 しらんがな。

 そもそも欲望に負けてバラしたのは他ならぬ彼らである。

 この様子だと武器を調べることは長は知ってるだろうが、まさかここまで分解しておまけに直せない状態になってるとは思ってないだろう。

 どちらにせよドワーフのところに行かねば自分としてもどうにもならないのだ。

 しかし年長者としてか、はたまた種族の特性か。プライドが壊した上に直せないのを認めたくないらしい。


「でも下手に直そうとすると壊れそうなんですよね」

「ぐ、それは……」


 中々にめんどくさい人達である。

 エルフィリアなんてこんなに素直で大人しいのに……いや、彼女の方がこの村の中では特殊か。これが普通のエルフなんだろう。

 しかしどうしたものか。この調子だと下手したら証拠隠滅とかで解放時に返してもらえないとか言い出しかねなさそうだ。

 分解しただけならドルンに組み立ててもらえば良いだけだし、パーツだけでも全部回収したいところなんだけど……。


「……エルフの、特にお二人は弓を作って長いんですよね?」

「ん? あぁ、この村の弓は全て俺らが一手に引き受けている」

「外のことはそこまで知ってるわけではないが、世界一の弓職人である自信はあるな」


 その世界一が組み立てられないボウガンを作ったドルンは一体……。いや、あれ厳密じゃ弓じゃないから除外か。


「正直言いますとどう足掻いても自分はドワーフのとこ行きます。ボウガンは自分にとって必要な物ですしね。修理にせよ新規製作にせよ、です」

「む」

「このまま自分が持っていったらどうなるかは……まぁ自分以上にお二人の方が分かってそうですよね」


 こちらの言葉に明らかに嫌そうな顔をする二人。

 一体どんな罵詈雑言や嫌味が彼らの脳内で展開されてるのだろう。ちょっと気になるところだ。


「そこで、です。どうせ直せないものを無理に直すぐらいなら別の方向でドワーフらの度肝抜いてやりませんか?」


 そこで一つ、彼らに提案をもちかけることにした。

 ボウガンと同じものを作る技術は彼らには無い。だが彼らには長年培われた弓に対する技術や特性、経験値が蓄積されている。

 まさに使用も製作も弓特化の一族と言えよう。


「お二人とも直せなかったとは言え分解したことでこのボウガンがどういった物かは理解出来たと思うんですよ」

「そりゃまぁ、そうだな」

「どう思いました? 正直技術はすごいと思ったはずですが、こうも思いませんでした? 『自分達ならこう作るのに。これをこちらに変えたらもっと良くなるのに』と」

「「…………」」


 やはり弓の一族の武器を一手に引き受ける工房の主たち。

 神妙な面持ちでこちらの話を聞くその表情から多分何かしら感じるところはあったんだろう。

 そしてこの様子ならこの後の話にも乗ってくれそうだ。


「作っちゃいませんか、その理想。無理難題だとしても今ならいるじゃないですか。どんな無茶や要求でもエルフからの挑戦であればやってのけそうな技術屋集団が」


 やや焚き付ける様に彼らを煽る。

 このバラバラになったボウガンをドワーフに見せたらどうなるかは彼らが脳内で描いたとおりに多分なるだろう。

 ならそうならない為にはそれ以上にドワーフに対しインパクトを与えなければならない。

 こと弓においてはエルフの右に出るものはいないだろう。それこそドワーフどころか誰も知らない手法なんてあるかもしれない。


「ドワーフの技術の結晶であるボウガン、その手で更に磨き上げてみませんか? 『ドワーフならこれほどの物は造れた、だがエルフならもっとここまでの物を造る事が出来る。そちらでそれを組み上げる事が出来るかな?』と。そうすれば解体した事実すらそちらの事で塗りつぶされると思いませんか?」

「確かに……」

「これならあいつらにバカにされるどころか、鼻を明かすことだって……!」

「もちろん改善点から出す改良点、それに伴うアイデアとやることは多いですよ。それに絶対無理とギリギリ無理じゃない境界線はかなり難しいはずです。お二人に出来ますか?」


 極端な例で言えば音速で飛ぶ矢ならドワーフもやるかもしれない。

 しかし山を吹き飛ばす矢なんてアイデアを出した日には『何考えてんだこいつ』と一蹴されてしまうことだろう。

 出来る理想と出来ない現実の境界線、この見極めをするのは難しい。

 何せ造るのは彼らでは無いのだから。皮肉なことに嫌ってるドワーフを信じなければその線引きは出来ない。

 だが彼らはそれに気づいてるかは知らないがやる気は十分と言った様子だ。


「出来る!」

「やってやるさ!! 見てろよ、あっと言わせるもん設計してやる!!」


 焚き付け完了。完全に二人の職人魂に火が灯ったことを確認した。

 若干ドワーフを悪者扱いにしてしまったがこれぐらい言わないと彼らも動こうとしなかったろう。

 ともあれこれで製作数日でダメにされたことに対するドルンからお叱りも緩和されるだろう。

 彼らの様子から察するに普通に持っていったら『なにあのエルフらにバラされてんだ!』なんて言われかねない。

 ともあれこの様子なら後は任せても良さそうだった。どの道武具の回収の許可は下りてないし今日は撤収することにする。


「じゃぁ後はお願いしま——」

「まぁ待ちたまえ」


 工房を出ようとしたこちらの肩を後ろからがっしりと捕まれた。

 視線の先にあるエルフィリアが怯えた小動物のように震えてこちらを見ていることから、多分碌でもないことになっているのは何となく想像出来た。


「はは、自分は職人じゃないですしここにいても邪魔になるだけかと」

「いやいや、このボウガンの話まだ一度も聞いていないじゃないか」

「そうそう。それにこれは君専用なんだろう? 使用者の意見は取り入れてこそより良い物が出来ると思わないか?」


 更に一人追加。

 捕まれた肩の腕が肩に回され、まるでエルフ二人と二人三脚どころか三人四脚の体勢に。

 いや、どちらかと言えば衛生兵に運ばれる負傷兵か、宇宙人を捕まえた軍人と言った感じかもしれない。


「大丈夫、設計はこちらでやるから君もアイデアをガンガン出してくれたまえ」

「いやあの」

「弓が使えない人物に対する弓なんて我々じゃ思いつかないからな。是非忌憚無き意見をくれ」

「ちょ、俺これから村の中見て周りあの、エルフィリアさーーん!!」


 エルフの男は総じて身長が高い。そのため左右から抱えられると自分など簡単に宙に浮いてしまう。

 手を伸ばしエルフィリアに助けを求めるが彼女はおろおろ慌てふためくだけ。

 地面に足が着かず踏ん張りも効かないままエルフ二人に抱えられ、工房の奥へと連行されるしかなかったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます