第95話 エルフの感性・前


「……ねぇ母さん。エルフィ、いつにも増して変じゃない?」


 長としての仕事が終わり久方ぶりの家族の団欒。

 夫はもう随分前に亡くし今は娘二人と三人暮らしだ。

 そんな割といつも通りと思った食卓も、長女の言葉通りいつもと少し違った。


「……えへ。はっ!?」


 先ほどから次女の表情がコロコロと忙しなく変わっているのである。

 普段この子は他の同族と違いもっとこう……大人しいというか表情はそこまで動くような子ではない。

 これがたまに見せる嬉しさなどから頬が緩んでいる、と言うのであればまだ分からなくもない。

 しかし今のこの子の表情は嬉しさやら恍惚やら悲しさやら色んな物が切り替わってるような感じだ。

 この様な状態など次女に限らずどのエルフがしても皆長女と同じ感想を抱くだろう。


「あー……そう言えば聞いたんだけどさ。エルフィ、あなた人間と一緒にいたんだって?」

「そうなの? 私にはそんな報告届いてないけど」


 こちらの言葉にはっとした様子で顔を俯かせてしまう次女エルフィリア。

 殆ど片親だけで育てた弊害だろうか、色々と他の子と違うように成長してしまったのが目下悩みの種でもある。

 まぁ……長と言うことにかまけてた自分の責任でもあるのだが。


「エルフィリア、あの人間に変なことされなかった?」


 こちらの問いかけにエルフィリアはブンブンと首を横に振る。

 この様子なら特に何も無かったんだろう。もし何かあればこの子は先ほどのように俯いてしまうからだ。

 まぁ今日見た限りではあの人間は無害そうではあるが念のためである。


「でもエルフィは何で人間と一緒だったの? 確か村端の倉庫に鍵掛けてるのよね?」

「それは……その……」

「大丈夫よ、別に怒ってるわけじゃないし。ただ不慮の事故なら今後気をつけれるでしょう?」


 母親の自分より姉の方が話しやすいのか、エルフィリアがぽつぽつと話し出す。

 要約するとあの人間が自分と会ってる間に倉庫に入り、戻ってきた人間に驚いて隠れてしまった。

 そしてそのまま鍵を掛けられ出るに出れなくなったところを見つかってしまったらしい。

 その後は見張りに見つかるまでは人間と少し話をしていたみたいだが……この子が話を出来るとは珍しいこともあるものである。

 それも初対面の、ましてや他種族の人間に。


「ふぅん、何かイメージの人間と違うわね。私も会ってみようかしら?」

「不用意に会うのはやめなさい。まだ安全かどうか確認出来てないんだし」

「人間ぐらい大丈夫よ。それに聞いた話だと魔力も無いみたいだしエルフわたしらの力ですら取り押さえれたぐらいなんでしょ? そんな相手にどう負けるって言うのよ」


 確かにその通りではある。しかも武具も荷物も、元々着ていた服ですらこちらが全部預かっている。

 危険性は可能な限り取り除いておりエルフィリアと二人きりでも危害を加えない性格。

 個人的には彼の私達に会うと言う目的は達成してるわけだしもうとっとと解放してもいい気もするが、長としては周りを納得させるものがなければおいそれと出来ないのは歯がゆいところだ。


「母さん、あの人間どうするの?」

「まぁ、明日からの結界の検証次第。予測があってれば対策立てて解放ってところが無難でしょうね」

「じゃぁしばらくは倉庫暮らしかぁ。私なら気が滅入っちゃいそう」

「まぁこればかりは仕方ないわね」


 可哀想とは思わなくも無いが、だからと言って一人で勝手に出歩かれても困る。

 村自体見られても特に秘密にするようなことも無い。

 最重要の結界とて村自体に設置してるわけでもないし、たまに外に出す品物も生産した物の余剰品を出してるようなもの。

 農業とたまの狩猟、あとは林業が少々ぐらいでは見られて困るようなものなど何一つ無いのだ。


「まぁ誰か付けた上で少し歩かせるぐらいならいいかもしれないわね」

「それ、長としては良いの?」

「あの人間への見立て自体はあなたの意見とほぼ一緒よ。それに本当に迷っただけなら結界の欠点を教えてくれたとも取れなくも無いし」


 もちろん当人に自覚は無いのでたまたまだが、さりとて結界を抜けた例としては無視出来ない。

 今後この点を突かれる前に対処出来るようになったと思えばありがたい存在とも取れる。


「ポジティブに考えたら確かにそうね。じゃぁ明日は誰か付けて歩かせるの?」

「本人が希望すればね。問題は誰を付けるかだけど……」

「まぁ長権限で誰かに命令するのが一番早いよ。仕事空けちゃうから周りと調整しなきゃだけど」


 となると現在比較的仕事に余裕がある人員から選出するのが無難か。

 警邏けいら隊は無理として他のメンバーとなると……。

 頭の中で誰が良いかと思案していると、意外すぎるところから突如立候補が入る。


「おっ、お母さん! 私でいいなら、やってもいいよ……!」


 率先して仕事をしたがらない次女の言葉に思わず言葉を失ってしまう。その隣でも長女が信じられないものでも見るような顔をしていた。もしかしたら自分もあんな表情をしているのかもしれない。

 懇願するような目と人物からの立候補では親として、そして長として断わる理由は何も無かった。

 


 ◇



「寒……」


 朝の冷えた空気で目を覚ます。

 流石に森の中、しかも住居スペースではない倉庫のためか室内の空気は肌寒い程だ。

 風邪引いてないよな、と個人的に体調をチェックするが今のところ不調は感じられない。

 とりあえず《生活魔法》で手から温風を出し室内の温度を徐々に上げていくことにする。


(お腹空いたなぁ)


 《生活の水ライフウォーター》で水分は取れるが昨日の昼から何も食べていない。

 表に見張りは見えず……いや、一応いるのは《生活の風ライフウィンド》を飛ばして知っているが、この倉庫からはそこそこ遠くから見張っているようだった。

 大声でも出して呼んでみようか、と思った矢先、《生活の風》がこちらに近づく誰かを捉える。

 そのままドアのところまで来ると何故かご丁寧にノックをしてきた。


「あ、あの……ヤマルさん」

「あれ。その声はエルフィリアさん?」

「そっ、そうです! 良く分かりましたね!」


 ドア越しでも分かるぐらい心持ち嬉しそうに声を弾ませているが、あんなおどおどした声掛けをするエルフなんて彼女しか知らない。

 ただそれだけだけだったんだが……うん、このことは黙っておこう。何か正直に言うと落ち込みそうな絵面が容易に想像出来るし。


「その、おっ、おはよう……ございますっ!」

「ん、おはよ。今日はどうしたの? ここにいたらまた怒られるんじゃない?」


 昨日のエルフの見張りの人の顔を察するにあまり自分と関わらせたくないような感じだったが大丈夫だろうか。


「あ、大丈夫です。今日はお母さん……えと、長に一緒にいるように、見張ってるように言われたので……」


 あー、あの人この子の母親だったのか。

 ……似てないなぁ。こう、母親の方は長として毅然とした態度でびしっとした振る舞いだったのに。

 あとあれで母親なのか。長寿とは聞いてたけど見た目が普通に若いんだけど……。


「それで、何か困ったことあれば言ってくだされば……。あ、それに私と一緒なら出歩いても良いと、許可は貰ってますけど……」


 何かえらく対応が軟化したなと思う。

 昨日一日は軟禁状態も良いところだったのに、あちら側で何かあったのだろうか。

 まぁその辺の事情はさておき、とりあえず目下困ってることは一つ。


「そうだね……ご飯あれば欲しいかなぁ、と。お腹空いた……」

「え……あの、昨日は……?」

「こっち来てから何にも食べてないよ。自分の荷物の中に保存食あるからそれでもいいんだけど……」


 そういえばバッグどこに持ってかれたんだろう。

 出来れば武器は無理でも荷物ぐらいは回収したい。後でこの子に頼んでみようか。


「あ、あのっ! 今何か持ってきますので……その、ちょっとだけ待っててください!」

「え、ちょ……!」


 止める間もなく行ってしまった。

 バタバタと慌しい音がドア越しに遠のいて行くのが分かる。


「……良い子だなぁ」


 昨日今日会ったばかりの赤の他人なのに。

 兎にも角にも今は彼女を待つことにしよう。何にせよまずはお腹に何か入れたい。


 そして待つこと多分三十分ぐらいか。スマホも手元に無いから体感だけど多分それぐらい。

 《生活の風》が彼女が戻ってきたことを感じ取りゆっくり顔を上げると、ガタガタとドアが揺れエルフィリアが姿を現した。


「お、おまたせしました……。残り物ですみませんが……」


 そう言って彼女がトレーごとこちらへと差し出してきた。

 そこに置かれていたのはこの世界では珍しい白パンに野菜が挟まれたサンドイッチだった。

 これが残り物とかエルフの食生活はどうなっているんだろう。


「これ、食べて良いの?」

「はい。お口に合うか、その……わかんないですけど」

「ううん、ありがとう。いただきます」


 久方ぶりの食事に思わずサンドイッチにかぶりつく。

 シャキシャキした葉野菜にどこか甘みのあるドレッシングがとても美味い。生野菜なんて食べたの何時振りだろう?

 予想以上に空腹だったか、はたまた美味しさがなせる技か。そのままサンドイッチをぺろりと平らげようやく一息つくことが出来た。

 まだちょっと食べ足り無いがこれ以上は望まない方がいいだろう。


「ふぅ、物凄くおいしいかった。ごちそうさまでした」

「良かった……外の人には薄味か、その、心配だったので……」


 こっち来てから肉が多かったのでむしろこういうのはありがたかった。

 野菜を取ってない訳ではないけどどうしても煮込んだりするのが多く、生で食べれるほど新鮮なのは中々手に入りづらいのだ。


「それで今日はエルフィリアさんが自分を見張るんだっけ」

「あ、はい」

「で、一緒なら外に出ても良いと……随分待遇良くなったね?」

「多分……その、ヤマルさんは大丈夫な人間と思いますし……」


 そんなふわっとした感じでいいんだろうか。

 ……まぁ流石に長の許可があるならそれなりに理由はあるんだろう。実際出してもらえるなら断わる理由など何一つ無いし。


「その、どこか行きたい場所あれば、案内出来ますけど……。あ、村の外はダメです。射られちゃうので……」

「ん、了解。行きたい場所と言うか……自分の荷物回収したいんだけど」

「そう、ですね……。ならお母——長に聞いてみましょうか? 私じゃ分からないので……」


 とりあえず長の所まで散歩がてら村を案内してくれることになった。

 一応見張りという名目上エルフィリアを先に行かせるわけにはいかないらしく、自分の隣で並ぶようにして一緒に歩いていく。

 隣で歩くと他のエルフとの違うところが少しずつ分かってきた。

 まず服装が目を引く。

 他のエルフは男女問わず動きやすい軽量化されたような服を着ていたが、彼女は逆にだぼっとしたパーカーの様なローブを着ていた。

 ゆるい服装のせいか彼女の体のラインは完全に隠れており、やや猫背気味な体勢がそれに拍車をかけている。

 もし彼女が日本にいるとしたらどてらなんか常に着ていそうなそんな感じだった。


「あそこが、弓とか作ったり修理したりしてて……その隣が雑貨とかのお店、です」


 森を歩くような感覚で村の施設の説明をエルフィリアから受ける。

 どうやらエルフだけで生活が回ってるため貨幣システムはないらしい。お店という体裁はとっているが実質似通った物を一箇所に固めておきたいとのことだった。

 そしてしばらくすると視界の奥に昨日連れて行かれた建屋が見えてきた。今日も長はあそこで仕事をしているらしい。

 荷物返してもらえるかなぁ、と考えていると、不意に上から何かが降ってきて思わず体を仰け反らせてしまう。


 そして目の前に現れたのはいかにも勝気そうな三人のエルフだった。


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