第94話 エルフィリア=アールヴ


「それではすいませんがお願いします」


 何度目か確認してもらった後、見張りのエルフの男性に手紙を渡す。

 あの後村の隅の方にある倉庫のような建屋に戻ってきた。当初捕まった時から拘置所代わりとしてここに放り込まれたのである。

 エルフの村には悪さをするものはいないらしく村人を拘留するような施設も存在しなかった。よっぽどあの長の女性が長年上手く統治してるのだろう。

 そのため今は使われてない倉庫にとりあえず放り込んでおこう、と言った具合である。


「服も全部持ってかれるとはなぁ……」


 武具と道具、バッグは没収されるのは予想してたたが服も持っていかれるとは流石に思わなかった。

 そのため長と会うにあたり着ろと言われたのが今着ている服だ。なんでも薄汚れたもので会わせる訳にはいかないとかなんとか……。

 そのためか現状ズボンの下は下着をつけてない。下着もダメだ、脱げと言われ体も清めろと指示されたのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。

 ……そんなに臭うだろうか。一応毎日お湯で体は拭いてはいるし風呂場があればそこも借りているんだが。

 しかし……。


(一気にやることが無くなった)


 私物は全部取り上げられているしドアには外から鍵を掛けられている為出ることも出来ない。

 いや、普通に拘留ってそういうもんだから普通と言えば普通なんだけど……なんかこう、『牢屋』ってより『部屋の一室』って感じがするから立場と場所がチグハグでなんか落ち着かない。

 幸いにもロープは解いてもらえたし室内なら自由に歩けるけど……うーん。


「……倉庫か」


 室内を見渡すと一応急遽拵えましたと言わんばかりに一つだけ置かれた真新しい椅子。 

 薄汚れた棚を見るとよく分からない道具やツボが鎮座しており、その隣の古びた本棚には背表紙が掠れて何が書いてるのか分からない本が詰めてあった。

 そして床には申し訳程度には整理されて置かれた何かの農具や木箱。

 ……一応村の財産だろうに、向こうから見たらよく分からないこんな人間を一緒にしてもいいのだろうか。


「……少しぐらい見るなら良いよね」


 誰に言うでもなくそう呟くとまず手を伸ばしたのは本だ。

 一応文字ならこちらの言葉だろうが古代語だろうが読めるため何かの時間潰しになるだろう。そう思って適当な本を一冊抜き取る。

 本の表紙も何か文字はあったのだろうが背表紙同様判別出来ないほどかすれてしまっていた。

 開いた途端ページがバラバラになるんじゃないか。そんな不安を覚えつつ慎重に開くと案外丈夫だったようで普通に読むことが出来た。

 ペラリペラリと読み飛ばすように見るとどうやら何かの小説か物語の本らしい。

 最初からしっかりと読んでみようか、なんて思っていたらとあるページで思わず手が止まってしまった。

 内容をゆっくり読み次のページ、その次のページを捲り……そっと本を閉じる。

 そして本を元の場所に戻すと目を瞑り、ゆっくりと顔を上に向けた。


「なんでエロ小説やねん」


 本当ならもっと大声で叫びたいが現状はこれが精一杯。

 いや、この手の書物があるのは別に構わない。一定の知識や知能持ってりゃこの手の話には興味持つのは普通であろう。

 だが、それを、寄りによって何故エルフが!と言う思いがどうしても抑えれなかった。

 いや、エルフだからこんな倉庫に封印されているのかもしれない。これについてはエルフ達に言うことなく墓場まで連れてった方が良さそうだ。


「……いや、まさかね」


 もしかして他のも同じ類のものなのだろうか。

 試しに先ほどの本の隣にあった本を手に取る。もしかしてこれもエロ小説だったらどうしよう。

 何か開けてはいけないものを開けようとしてるような、そんな感覚が物凄く湧いてくる。

 日本風に例えるなら爆弾処理班の気持ちだろうか。この世界のようなファンタジーなら悪魔の封印を解こうとしてるような感覚に近いかもしれない。

 恐る恐る開いてみるとこちらはエロ小説ではなかった。無かったが……。


「……デッサン? いや、違うよな」


 そこに書かれていたのはエルフと思しき人物画だった。ただし全員裸である。

 ただしエロいと言うよりは美術の教材のような印象を受ける。モデルになってる人物、もといエルフがどの人も均整取れた体つきをしているからだろう。

 しかし先ほどの長との謁見時でも思ったが、こう見てみるとエルフの男女はパッと見だけではそこまで差が無いように思える。

 男性には筋肉質体型の人はいなく、女性は胸が控えめなモデル体型ばかり。

 この本の絵ですら股間についた物の有無と胸の微妙な膨らみを見逃せば正直自分では男女の判別出来なかったかもしれない。

 だからこそ全員まとめて『美しい』と思えるのだろうが。


(とりあえずこれも封印対象だな)


 再び本をそっと閉じ元の場所に戻すと本棚に背を向ける。

 これ以上見ていたら他の本を見たくなる誘惑に駆られそうだったからだ。

 他にも何か、と思い再度室内を見渡すも、そろそろ夕刻が迫っているのか室内がかなり暗くなってきた。


(明かりは……無いか。魔法使っても大丈夫かな)


 倉庫だけあって常設された明かりは見当たら無い。

 後で怒られるかもしれないが暗いと何かに当たりそうで危険だし、何より自分が落ち着かないので魔法を使うことを決める。


「《生活の光ライフライト》」

「ひうっ!?」


 魔法の明かりを部屋の隅にある木箱辺りに生み出すと同時に妙な声。

 物陰に隠れてたため今まで気づかなかったが、視線を向けるとそこには床に置かれた金色の毛むくじゃらな何か。

 まるで勝手に毛が伸びる日本人形を百年放置しましたとばかりの物体がそこにあって……。

 

「…………」

「…………」


 互いに硬直したかのように微動だに出来なかった。

 だが最初に動き出せたのは幸運にも自分。目の前の物が何、とかの疑問は完全に吹き飛び『助けを呼ぶ』の五文字が脳内を支配する。


「あの! 助けて! エルフのお兄さーーーーん!!!」


 ドアまで全力で駆け寄るとダンダンダン!!と壊さんばかりの勢いで拳を叩きつけるが戸はびくともしない。しかも先の手紙を届けてるためか見張りが反応する気配も無かった。

 いやいやいや、ちょっとこんな密室であんな不気味なのと一緒とは冗談抜きで勘弁して欲しいんだけど!

 尚も叩き続けるが一向に反応は無く、奥の手でも使おうかと思い始めたそのとき後ろから何かが腰に手を回してきた。


「ひっ!?」


 驚愕のあまり思わず息を呑み体が硬直。

 だがその間にも背後の何かはまるでドアから自分を引き剥がそうとし小声で呪詛のようなものを唱えはじめ——


「すいませんすいません人呼ばないで下さいお願いします……」


 ては無かった。

 小さく漏れ聞こえるのは謝罪と懇願の声。

 恐る恐るとばかりに後ろを振り向くとその毛むくじゃらが自分に密着していたが、よく見ると手もあるし足もある。

 そして何よりエルフ特有の証である耳が横から突き出すようにその存在を主張していた。


「え、エルフ……」


 へなへな、と力が抜け床にペタンと座り込む。

 怖かった。本当に心臓が止まるかと思った。

 今でもどっどっと心音が手を当てなくても分かるぐらい脈動している。


「あの、大丈夫ですか……?」


 声からして女性なのだろう。

 心配そうに声をかけてくるエルフの方に向き直ると、彼女もペタンと床に座っていた。


「エルフ……だよね?」

「あ、その……そうです」


 エルフにしてはかなり控えめな性格なのか、おどおどした様子でコクリ首を縦に振る。

 少し落ち着いたところでそのエルフを見てようやく先ほどの正体が分かった。

 今目の前にいるエルフは髪が長かった。座ると髪の先端が床に触れてるんじゃないかと思うぐらいである。

 先の様子からして多分あの物陰に座っていたのだろう。そのため全身が髪の毛で覆われてしまいけむくじゃらの何かに見えたようだ。


「あの、人間さん……ですよね?」

「う、うん……」


 そして今度は彼女がこちらをまじまじと見る番であった。

 ただ前髪が長いせいで目元が完全に隠れてしまっておりその視線は窺えない。一応見えてはいると思うが、顔が上へ下へと交互に動いているのが分かった。


「と言うか君はいつからここにいたの?」

「え……。それはその……最初から、です」

「……? 最初ってことはさっきここに戻って手紙書いたとき?」


 なら長のとこに行ってる間に入れ違いになってたのだろう。

 まだエルフ全員に自分の事が知れ渡ってなかったのかもしれない。


「いえ、そうじゃなくて……もっと、その、前から……」


 言葉がどんどん尻すぼみに小さくなり、それに比例にて彼女の姿勢がどんどん俯いてくる。

 それより前って事は最初に捕まってここに放り込まれ……え?


「最初ってことは最初の最初から?」

「その、はい……」

「ってことはまさか着替えてるときも?」

「はいぃぃ……」


 ぷしー、と音が聞こえそうなぐらい頬が赤くなってるのが見えるエルフの女性。

 前髪に隠れた目は見えないが、もし見えてたらこちらに絶対目を向けてくれなかっただろう。

 と言うか……着替えてるの見られてたのか。

 この人がいるの知らなかったとは言え、文字通り全裸になってたんだが……うぅ、恥ずかしい。


「それは……大変お見苦しいものを……」


 とりあえず謝ろう。不幸な事故な気もするがこの手の話は基本男性に勝ち目など無い。

 嵐が過ぎるのを祈るが如く、ただただ低頭平身に謝罪に徹するのみだ。


「あ、いえあのっ、大丈夫ですっ! むしろ眼福と言うかともかく気にしないでくださいっ!!」


 ……何か変な単語が混じってた気がするが聞き流そう。触れてはいけない気がする。


「それで、あの……人間さんはどうしてこんなところに?」

「あ、えっと……まぁいいか」


 緘口令かんこうれい引かれてる訳でもなし。

 どうせすぐに村全体に自分のことは広がるだろうから隠し立てする理由も無い。

 先程の長との話も踏まえ、何故自分がここにいるかを包み隠さず彼女に話すことにした。


「あ、後遅くなったけど名前は古門野丸って言います」

「あ、私こそ名乗りもせずすいません……。エルフィリア=アールヴです」


 互いにペコリと頭を下げ名前を名乗り合う。

 そう言えばまだ気になることを聞いてなかった。エルフィリアは何故ここにいたんだろう。


「エルフィリアさんは何故ここに? いや、エルフの人だから別に居てもおかしくは無いんだけど……後さっきも他の人呼ぼうとしたら止めに入ってたし」


 そう、何故彼女は他のエルフを呼ぶのを止めたのか。

 普通自分の村にいない人物と密室に閉じ込められたのであれば助けを呼ぶのが普通であろう。

 それこそ先程の自分のようにだ。

 にも関わらず彼女はそれを止めようとしていた。話してまだ間もないが、彼女の様な大人しい人が止めるなんてよっぽどのことかもしれない。


「それは、そのぅ……えっと……」

「あ、もし言いづらいなら無理して言わなくて良いよ」


 気にはなるがどうしても知りたいわけではない。

 人の秘密を無闇に聞き出すような趣味は持ち合わせていないし。


「……あの、笑いません?」

「んー……多分? 聞いてみないとなんともだけど」

「……ここ、村の隅っこにありますよね」

「うん、まぁ……多分?」


 先ほど連れて行かれた長のいた建屋よりは離れてるとは思ったが、まだ村の全容を知らないのでその辺は何ともいえない。

 でもエルフィリアの口ぶりから察すると多分村の端っこの方にあるんだろう。


「それでここ、昼間でも薄暗いですよね」

「まぁ、周囲の木々も結構生い茂ってたもんね」

「何か落ち着きませんか、こういう場所って……」


 なるほど。つまりこの場所はエルフィリアの秘密のお気に入り場所だったということか。

 そこで今回それを知らない他のエルフによって自分が中に入ることになったと。


「……いえ、やっぱりいいです。私の感覚が変なのは知ってますから……」

「んー……エルフ感覚は分からないからなんともだけど、別に落ち着く場所とか気に入るところって人それぞれだし別にいいんじゃないの?」


 自分で言うなら例えば座席の場所は端っこの方が落ち着く。

 それを同意する人もいれば真ん中に陣取りたいって人だっているだろう。結局人それぞれだ。


「……そうなんでしょうか」

「協調性は必要な場合は多いけど、何でもかんでも皆と一緒じゃなくても良いと思うよ。まぁそれを分かってもらえるかは別問題なのが悲しいところだけど……」


 世間の感覚と乖離してると後ろ指差されるような感じになるのはどこも同じだもんなぁ。

 エルフィリアもその辺で悩んでいたんだろう。


「……ヤマルさんも……そんな経験が?」

「たくさんあったし今もあるよ。この世界の常識とずれてるときも結構あるからね」


 少なくともこの世界の常識があればいくつかのトラブルは回避出来たとは思う。

 ……まぁ日本でも似たようなもんだったしどっちもどっちか。


「まぁ好きなものは好き、で良いと思うよ。自分の気持ちなんて他人に何言われたってそうそう変わるもんでもないし」

「……そうですね。あの、ありがとうございます」

「ん?」


 何かお礼言われるようなことでも言っただろうか。

 向こうでもここでも割と同じような認識のはずだと思うけど……。


「そう言ってもらえたの初めてです……」

「……そっか」


 ……え、初めてってエルフは長寿の種族だよね?

 長い年月あるのに誰も言う人いなかったとかそっちの方が驚きなんだけど。

 ……いや、長寿であるが故にメンバーが変わらないから言ってくれる人がいないとずっとそのままなのか。

 森の中って小さなコミュニティみたいだし。


「あの、ヤマルさんさえ良かったら……もっとお話……」

「んー……後ろのお兄さんが許してくれたら、かな?」

「ぇ?」


 エルフィリアが振り向くと、そこには格子状の窓からこちらを見下ろすエルフの男性。

 うん、怒声などはしないがあれは怒ってそうだ。


「貴女は、一体何をしてるんですかな?」

「う、あ、いえ、その……」

「……はぁ、今開けます。人間はそのまま大人しくしておくように」


 あわあわおろおろと忙しなく動くエルフィリアを余所にため息一つこぼしてはエルフの男性がドアまで回りこみ鍵を開ける。


「なんでこんなところにいるんですか?」

「ぅ、えと……その……」

「自分が長の下に行ってる間に用事があって来たみたいですよ。そして自分が中に入ったことに驚いてそのまま隠れて閉じ込められちゃったみたいです」


 ちょこっとだけ嘘を混ぜた助け舟を出してあげることにした。

 だってあんな姿見たら流石に不憫と言うか可哀想な感じがしたし……。あの様子なら普段も言いたいこと言えずに誤解されたままな感じが多そうだ。

 こちらの言葉に本当か?と言った感じでエルフの男性がエルフィリアを見るが、彼女はまるでキツツキのごとく物凄い勢いで首を縦に振っていた。


「はぁ……。まぁ連絡が遅れたのは事実ですが、危険人物の可能性もあるのであまり近づかないで下さいね」

「う、うん……」


 そう言うと彼女はエルフの男性に連れられ外へと出て行った。

 その後彼女を送ってくるから大人しく待つようにと言われるとドアを再度施錠される。


「……と言うかなんだったんだろ、あの子」


 話はしたがイマイチよく分からない子だった。

 他のエルフよりは性格に特徴があるし悪い子では無いと思うが……。


 結局答えの出ぬまま少しもやもやしたものを抱きつつ、エルフの村での一日が過ぎていこうとしていた。


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