第93話 エルフ


「ヤマル、右から来るよ!」


 前方から飛んでくるコロナの大声に反応し、手に持ったボウガンを右のほうに向ける。

 視線を向けた先には平野を駆ける黒い影。

 薄汚れたような毛並みの野犬のような魔物だった。ちなみに名前は知らない。

 体の大きさは大型犬程度であり戦狼に比べれば見劣りはするもののそれなりに早く、何より数が多かった。

 すでにコロナによって三匹が切り伏せられたものの、その間に二匹が横を抜けてこちらへと向かってくる。


「うぅぅ……!!」


 近くに控えてたポチが戦狼に変身し体が一気に巨大化するも、犬の魔物は臆することなく更に接近してくる。

 だが――。


「わおおおおぉぉぉぉ!!」


 ポチの咆哮に気圧され思わず足が止まる魔物。二匹のうち右側に向かって狙いを絞りトリガーを引くと鉄の矢が深々と魔物の胴体に突き刺さった。

 その光景にもう一匹が驚き仲間の方を見たその刹那。背後から一気に間合いを詰めたコロナが剣を中段に構え横薙ぎに振りぬけると魔物の首が宙を舞う。

 あまり直視したくない光景だが目を背けるわけにもいかず、矢が刺さった方もコロナが近づき剣を深々と突き立てては動かなくなった。


「ふぅ。ヤマル、大丈夫?」

「ん、見ての通り無傷だよ」


 普段は周りに頼りっきりであったものの、今回はちゃんと一匹倒すことが出来た。

 まぁポチが足止めしてくれたし多分矢を外しても守ってくれただろう。

 すべて自分の手柄ではないものの、何も出来なかった以前と違うっていうのは思った以上に大きい。


「ごめんね、半分仕留め切れなくてそっち行っちゃって……」

「いや、あれじゃどんだけカバーしても仕方ないよ。一人でやれることだって限度あるしさ」

「わふ」


 特に自分の限度の浅さが良く分かってるからコロナを責めるなんて出来ようはずもない。

 自分の言葉に同意するようにポチもうんうんと頷いている。


「でも中々パーティーらしくなってきたよね」

「そうだね。バランスもまぁ……後ろが劣ってるけど悪くないし」


 前衛切り込みのコロナに遊撃に幅広く動けるポチ。で最後に一応遠距離役と雑多諸々の自分。

 後このパーティーの一番の特徴は何と言ってもアンテナの感度の高さだろう。

 自分は《生活の風ライフウィンド》と《生活の電ライフボルト》で、ポチは持ち前の嗅覚と直感で、コロナは気配察知で周囲警戒が出来る。

 流石に全員が何かしら持っている為今のところ外で魔物に奇襲されたことは一度もなかった。

 とりあえず皆で魔物から魔石を取り出し《生活の水ライフウォーター》で洗浄。死体は……まぁ放置するしかないだろう。

 本当なら使える分は剥ぎ取るべきなんだろうが今日の目的は別。それに野良スライムが適当に掃除してくれるだろうし。


(……命軽くなったなぁ)


 最初は小型の魔物から逃げるほどだったのに、今では大型犬サイズですら倒せるようになっている。

 もちろん怖いという感情はあったが、それ以上に命を奪うということに抵抗があったのだ。

 今も前ほどではないにしろその気持ちはある。

 でもこちらに来て無条件に襲われたり、仲間に守ってもらったりしているうちに魔物を倒すことに対する罪悪感も薄れてきてしまっていた。

 それが良いことなのかどうなのかわからないけど、少なくともこの世界では邪魔なものなのだろう。

 ……慣れか、それとも染まってきているのか。

 洗浄した魔石をコロナに預け歩くことしばし、やや前に出て前方警戒をしていたコロナがこちらに手を振り何かを指差していた。


「ヤマル。多分あの森だと思うよ」


 コロナの場所まで行くと正面に広大な森が遠くに見える。

 山脈の麓に沿うようにして出来た通称"迷いの森"。エルフ達が暮らすとされている場所だ。


 ドワーフの村を出て三日、コロナが聞いた話を元に情報を集めここまでやってきた。

 彼女の知識と集めた情報をまとめるとこんな感じだった。

 エルフは亜人の中でもかなり特殊で、見目麗しい外見に人よりずっと長く時を生きる寿命。

 何より獣亜連合国では殆どいない魔法と弓が得意な森の種族。

 二百年前の戦争時は国内からの要請も頑として聞き入れず独自の路線を行った経緯がある。

 そのため住んでいる土地と種族から獣亜連合国所属ではあるのだが他の種族との交流が殆ど無かった。

 最寄の村ではエルフを見かけることはあるにはあるのだが、見たことある人は主に雑貨などの商人、それも早朝にふらりとやってきては必要な物を互いに売買する程度の付き合い。

 しかも来るタイミングはかなりマチマチで、長いときは十年以上姿を見せないこともあるそうだ。

 ただエルフの作るものはとても高値で売買される為無碍にすることも出来ず、村では彼らが来たらしっかりと対応するように言われているらしい。

 そんな金の卵とも言えるエルフだが、もちろん居場所を突き止めようとした者がいないわけじゃない。

 元々昔から迷いの森で住んでいること自体は知れ渡っていたにも関わらず彼らの住居を見たものはまったくと言っていいほどいなかった。

 それは森がエルフの特殊な魔法か何かで覆われている為か、中に入っても気づけば入り口付近に戻されてしまうのである。

 

 さて、そんな森にわざわざ来た理由。

 もちろん個人的にエルフが見たい、なんてのもあるがこちらは会えればラッキーぐらいな気持ちだ。

 そもそもそんな人とあまり関わろうとしない種族がホイホイその辺を闊歩しているはずも無く、また自分たちは森に掛かった魔法を突破する術もない。

 本命は久方ぶりの薬草採取だ。

 この国にも冒険者ギルドはあり、採取系のクエストでこの森に自生するものを取りに来た。もちろんここまで来なくても別の場所で取れる薬草である。

 そもそも割と辺鄙なところにあるため冒険者はあまり見かけない。いても自分たちみたいにエルフ見たさなんて人ぐらいだろう。

 にも関わらずここまで来たのは森の中が安全だからと言う話を聞いたからだ。

 これは村人の予想だが、森林内に入った魔物は人同様追い返されるかエルフによって駆除されるらしくまったくと言っていいほど見かけない。いても精々野生の動物ぐらいとのこと。

 そんな安全な森で薬草を採り、運良くエルフに会えればいいやと思ってのことだった。

 また逆にエルフの魔法を期待し、仮に迷ったりはぐれたりしても適当に歩けば入り口まで戻してもらえるという算段もある。


「エルフいないかなぁ」

「確か最近村に現れたんだっけ。その話が巡り巡ってコロの耳に入ったわけだけど」

「実際見た人は殆どいないからね。一度で良いから会ってみたいなぁ」


 その言葉にはこちらも全面的に同意する。

 ドワーフときて更に定番とも言えるエルフである。生で見たくないはずがない。

 ただ自分のイメージ通りのエルフなら一概に友好的とは言えないだろう。

 この世界のエルフはどうかは知らないが、自分のイメージではプライドが高く能力が有るがゆえに他者を見下しやすく排他的、なんて部分もある。

 もしそうならエルフに会えないのもありと言えばありかもしれない。色々と能力面のことを言われたら自覚はあれど心が折れるかもしれないし。


「とりあえず森で薬草採取しながら様子見てみるか。もし例のエルフの魔法ではぐれたらどこか入り口辺りに目印立てて待機ってことで」

「はーい!」

「わふ!」


 元気の良い二人の返事と共に若干の期待を寄せつつ迷いの森へ歩を進めていくのだった。



 ◇



「それで、何か申し開きがあれば言うがよい人間よ」

「……えぇと」


 あれ、おかしい。何がどうしてこうなった。

 自分は今両手を後ろに縛られとある部屋の床にの上に正座状態で座らされている。

 武具や道具は当然すべて没収。あろうことか服も全部持っていかれ今着ているのは『彼ら』から支給された服だ。

 そう、目の前……というより周囲にいるのはどれも絶世の美男美女。

 細部に違いはあるものの、その場にいる全員がスラリとしたモデル体型に金髪碧眼の顔、そして特徴的な長い耳。

 自分が会ってみたいと思っていたエルフが十数名もこの部屋にいた。

 そして彼らを束ねるのは正面にいる一際豪奢な服飾に身を包んだエルフの女性。多分このエルフたちのまとめ役なのだろう。

 やや鋭い目つきに格下の生物でも見るような雰囲気。その手の人間がいれば『ありがとうございます!』なんて言ってしまうかもしれない。


おさよ、やはりこの人間はどこかの斥候。我等に仇なす者である可能性は十分かと」

「確かにその可能性はある。が、そんな単身で乗り込むような奴がこうもあっさりと捕縛されるものなのか?」

「人間の作戦やもしれません。内部に入り込むためわざと捕まったとも考えられるかと」


 何か自分の知らないところでどんどん泥沼にはまっているような気がする。

 落ち着け。よく分からないまま捕まったのだってこれが初めてじゃないだろう。王都でだって気づけば地下牢にいたこともあったし。

 ——何か自分で言ってて物凄く悲しくなってきた。


「ふむ、その可能性もあるか。ならばまずは人間よ、そなたのことを聞こう。名を名乗るが良い」

「えと、古門野丸です。姓が古門で名が野丸です」

「あまり聞かぬ音の名だな。では問おう、どの様にしてこの地に足を踏み入れたか。嘘偽りはすぐに暴かれるものと知り正直に話すが良い」


 どの様に、と言われても……。

 普通に歩いてきました、としか言いようが無い。でもこの雰囲気では多分そんなこと言ったら即座に矢が飛んできかねないだろう。

 とりあえず捕まるまでのことを最初から話すことにした。


「あの、最初から話す感じでもいいですか?」

「よかろう、話せ」


 とりあえず最初から、つまり森に入る前からのことをエルフたちに話していく。

 ここに来たのは自分を含めペット一匹と犬の獣人の子であること。森で入ってしばらくしてからはぐれてしまったこと。

 また来た理由は最寄の村でエルフを見かけたと噂で聞いたため、森にある薬草類を採取がてら会えたらいいなと思ったこと。

 それを話していたら横に控えていた男性エルフから質問が飛んでくる。


「我らに会いたいと? なぜだ?」

「えっと、エルフの人ってどんな人達なのかなって単純な好奇心です。何せ自分のいた世界じゃ絶対に見かけない種族ですし」

「ほぅ?」


 自分の言葉にエルフの長の目が怪しく光る。

 しまった、口が滑ったと思うが時すでに遅し。手も縛られてるんじゃ物理的に口も防げやしなかった。


「人間は自分たちの国を『世界』と言う様になったか。そうかそうか」

「あ、いえ。そんなことは無くてですね……」


 やばい、非常にマズい。

 もし自分の一言で戦争にでもなったら目も当ててられない。と言うかレーヌに何て言えばいいのだろうか。

 ……自業自得、と割り切り自分の身の上話をすることで鎮火作業を図る。

 流石にこんなことでエルフ達にこの世界の人間に悪感情は持って欲しくない。


「なるほど、異世界人か。人間も相も変わらずなことを続けているのだな」

「……あれ、疑わないんですね。と言うかご存知だったんですか?」

「我ら長寿の一族ぞ。かの大戦時に暴れ回った魔女の小娘も異世界人だったろう?」


 おぉぅ、伝説の魔女を実際に知ってる人でしたか。

 そりゃ確かに長寿の一族なら知っててもおかしくは無いか。それもこの人はここで一番上の人みたいだし。


「つまり異界の人間であるお前は我ら見たさに森に入り込みそこで捕縛されたと」

「概ねその通りです」

「ふむ、皆よ。どうだ?」


 周囲のエルフも難しい顔をしてるが全員が首を横に振る。

 何か仕掛けられでもしてたのだろうか。もしかしてさっき言ってた嘘が分かるみたいなもののことなのかもしれない。


「では続きといこう。森に入ったお前はそこで薬草を採取していた、相違ないな?」

「はい」

「その後どの様にしてこの森の結界を越えた? あれは易々と突破されるようなモノではない。何かしたとしか考えられぬが」

「結界越え、ですか。えぇと……その辺は自分もさっぱりでして」


 本当にそれだけが良く分からない。

 地元の人が言ってたように何かの魔法——エルフの結界が張られていたのは確かなようだ。しかし自分は本当に何もしていない。

 ただ薬草を採取していたら気づいたらコロナたちとはぐれてしまっていた。

 そしてその辺りを探しているうちに入り口に戻されるだろうと森をうろうろしていたらそこでエルフの子どもに出会ったのだ。

 最初小人コビットかと思い声をかけるとその子は慌てて森の奥へと去っていった。

 驚かしちゃったかな、と思い更に歩いているところで《生活の風》と《生活の電》の索敵が木の上にいる多数の人影を見つけ、見上げたと思った瞬間に取り押さえられたわけである。

 取り押さえたのはもちろんエルフ族の男性だった。


「そしてそのままこの村まで連行されたわけです」

「何もしていないと言ったが……本当か?」

「はい。もしかしたら知らずに何かをしたかもしれませんが、正直それすら分からないので……」


 本当に分からない以上は正直に言ったところで後は信じてもらうしかないわけだが……。

 周囲ではこちらに聞き取れない程度に憶測を囁きあってるようだった。

 長もどうしたもんか、とばかりに息を吐くと一人のエルフが挙手をする。


「長、あくまで推測ですが」

「聞こう、申せ」

「そこの人間からは魔力を殆ど感じませぬ。結界を通れるのは我らか動物のみと思ってましたが、この者の魔力が低いため動物と誤認した可能性はあるのではないかと」


 動物て。

 何か以前も虫と同等の扱いされた気がするけど……いや、進歩したと思っておこう。そのうちきっと人間になれるはずだ。

 正直そう思ってないと心が折れそうでやってられない。

 しかし魔力判定か。もしそうだとしたらメムみたいなロボットはここ出入り自由になるのだろうか。

 ……メム、魔法は使えないけど魔力はあるのかな。動力に使ってるかもしれないけど。


「ふむ、検証をやっておくように」

「は」

「それまではその人間はこの地に拘留せよ。判断がつくまで危害を加えぬよう厳命する」

「了解しました」


 そして話は終わりとばかりに数名のエルフが部屋を出て行き、自分も立つよう男性エルフに促される。

 しかしまだ話はある。どうしてもこれだけはしておかなくてはいけないことが一つ。


「あの、長様。一つお願いがあるのですが!」

「控えろ人間。誰が喋って良いと……」

「良い、なんだ。聞くだけは聞いてやるが叶えるかは知らぬぞ」


 長が手でエルフを制しその先を告げるよう命じる。


「先ほども言いましたが自分の仲間が多分森の中か外にいます。叶うならば一緒に、無理でしたらせめて手紙か言伝お願い出来ないでしょうか。でなければあの子達ずっと森の中徘徊しかねませんし……」

「確かに森の警戒に当たってるものからは獣人族の少女と子犬のペアがずっと森を出ては入るを繰り返しているようです」

「ふむ、よかろう。村への立ち入りは出来ぬが手紙を書くことを許可しよう。内容は確認させるがよいな?」


 もちろん、と即座に返答しお礼一つと頭を下げてはエルフの男性に連れられ部屋を後にする。

 とりあえず当面の危機は去ったようだがしばらくは拘留されるみたいだ。

 脱出を図ろうにも……多分無理だろう。なら今は大人しく待つしかない。

 とりあえずコロナ達への手紙を書くことにしよう。

 最寄の村で待ってて欲しい、心配しないで辺りでいいか。あまり詳しく書きすぎると出す前に弾かれそうだし。

 とりあえず無事である事をまず伝えるように出だしを書いて、等どういう文面にするべきか考えながら拘置所へと連行されていった。

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