第92話 魔煌石
「うーぁー……」
ドノヴァンのお題をクリアしてから二日。
未だダメージが残る体に鞭打ち起き上がろうとするも、体中がだるくそのままベッドからずり落ちてしまう。
布団を巻き込んで落ちたためダメージは無かったが、その様子に驚いたポチが慌てて駆け寄ってきた。
「くぅん……」
「ポチ、ちょっとカップ持ってきて……」
昨日よりマシとは言えまだ頭が痛い。
二日酔いなんて翌日に治るもんじゃなかったのか、と内心悪態をつくが一向に治まる気はなかった。
何せ昨日と一昨日は本当に散々だった。
いや、一昨日は一応巻き込まれる可能性を考慮はしてた分まだマシだ。
結果的には潰されはしたものの精神的な心構えはしてたのでそこは、うん……まぁまだ許容範囲内である。
問題は昨日だ。
二日酔いで頭がガンガンしては村に出ることも出来ず、コロナにドノヴァンへ今日は無理だと言伝を頼んだ後のことだった。
考えることは一緒なのか仕事の合間を縫って次から次へとドワーフがやってきたのだ。
それも全員酒についてである。どうすればもっと美味くなるか教えて欲しいと言うことだったが、残念ながら自分はそこまで詳しくないためそれっぽいことを言ってやんわりと断わった。
曰く、自分で見つけることに意義があり、試行錯誤の末の美酒こそ自分の酒と言えるんじゃないか——と。
大体のドワーフはそれで帰ってくれたのだが何せ数が数である。
その上彼らの声は非常に大きく、二日酔いの頭にダイレクトに響き渡った。
もう少しトーンを落として欲しいと言ったものの、どうやらドワーフは全員二日酔いになったことがないらしい。
そのためこちらが苦しんでいる状態が酒のせいである事すら懐疑的だった程だ。
まぁつまるところ、死体蹴りされたようなもんである。
「んー!」
「あ、ありがと……」
テーブルの上からちゃんとポチは木のカップを持ってきてくれた。しっかり持ち手部分を咥えてくる辺りちゃんと分かってるようで本当に助かる。
魔法で氷と水を出しカップに注ぐと寝たままそれをぐいっと一気に煽る。
寝起きの体に冷たい水が心地よく染み渡る。ゆっくりと上体を起こし、二杯目を注ぐとそれもゆっくりと飲み干していった。
「はぁ……水がうまい」
頭痛はまだ治まらないが気持ちは少しは落ち着いてきた。
大きく息を吐きこれ以上ひどくならないことに安堵していると部屋のドアがノックされる。
『ヤマル、起きてるー? 入るよー』
昨日の記憶が散々なもの一色に染められてるせいで曖昧なためかコロナに部屋の鍵を持たせた覚えは無いが……ともあれ彼女が鍵を開け室内へと入ってくる。
「おはよ。調子はど……って、大丈夫?!」
ベッドの縁に背もたれ状態で座っていることに驚いたコロナが慌てて近づいてきた。
彼女に力なく手を挙げ大丈夫だと言うも、その表情は全然晴れないままである。
「まぁ本調子には程遠いけど昨日よりはマシだから」
「そう……でも無理しないでね。折角ドノヴァンさんが作ってくれること約束してくれたんだし」
そう言うとコロナはこちらに手を差し出してきたのでありがたくその手を取り体を起こしてもらう。
自分よりもずっと小柄なのにこちらの体重をかけてもびくともしない。普通なら重さに負けてこちらに倒れこみそうなものだが少し残念だ。
「朝ごはん食べれそう?」
「多分大丈夫かな、食欲はあると思うし。着替えたらすぐ行くから先に席座ってて待っててくれる?」
「うん、慌てなくていいからね」
食堂に向かうコロナを見送ると手早くいつもの服に着替えることにする。
昨日一日潰れてしまった以上今日は頑張って色々行動しなければならないのだ。
◇
「お、来たか」
何度目かのドノヴァンの工房。
先日の酒の件もあってか顔を覚えられたらしく、入り口に入ると特に名も知らぬドワーフがドノヴァンのところまで案内してくれた。
「すいません。一日空いてしまって」
「まぁ人間があそこまで弱いとは思っても無かったからなぁ。こっちもちょっと予想外だったわ。ま、座れ」
今日もドノヴァンは自室で一人精を出していたらしい。
槌の音をBGMに室内の椅子に座り待っていると、区切りがついた彼が汗を拭きながら対面の席に腰をかける。
「で、確か召喚石の台座だったな。作るのは久しぶりだから一応図面は出したんだが、これで間違いないか?」
丸められた設計図をテーブルの上に広げると、確かに以前見かけたレプリカの召喚石の台座とそっくりであった。
スマホを取り出し写真と見比べてみるが間違いないだろう。
……なお写真のことでここで五分ほど時間を食ったことをここに追記しておく。
「そんなちぃせぇ箱に多様な機能が詰められてるとか、つくづく異世界ってのはすげぇなぁ」
「自分から見たらこっちこそすごいなぁって思うの多いですけどね」
「はっは、まぁお互い様ってやつだな! さて、それじゃ早速作るから魔煌石出してくれるか」
そう言ってこちらにはよよこせと言わんばかりに手を出すドノヴァンだが、何か聞きなれない単語を聞いた気がする。
まこうせき?
「ドノヴァンさん、まこうせきって何ですか?」
「ん、嬢ちゃんにも見せてねーのか。召喚石の台座に使う特別な鉱石だ、持ってるんだろ?」
持ってません。
その一言が中々言い出しづらく背中に冷や汗が一筋流れる。
てっきり鉱石関連は全部ここで採れるか用意してくれると思ってたがどうやら違うようだ。
黙っていても仕方ないため腹を括り、ドノヴァンには正直に打ち明けることにする。
「いえ、そんなの初耳なんですが……」
「は? 俺だって材料無きゃいくらなんでも作れないぞ」
「「…………」」
部屋に流れる沈黙、ものすごく気まずい。
互いに顔を見合わせ同じタイミングで後頭部を掻き一度大きく息を吐く。
「どうしましょ?」
「いや、どうするもこうするも……俺からは魔煌石用意して来いとしか言えねーんだが」
「ちなみに前回の作製の時は?」
「向こうが用意してたな。確かこっちの冒険者使って遺跡から探し出させたみたいなこと言ってたか。まぁ前回つってももう何十年も前の事だからな、遺跡にまだあるかは分からんが……無いなら取ってくるしかないだろ?」
「いやまぁそうなんですが……遺跡、ですか」
「冒険者なんだからそこは頑張って取って来いとしか言えねぇなぁ」
ちなみにコロナに聞くとこの国の遺跡は人王国と違い保全はされておらず、殆ど見つかったときのまま放置されているらしい。
もちろん冒険者らによって目ぼしいものは粗方取られている。多分その中に魔煌石もあったんだろう。
そして放置されているということは、野生の動物や魔物がねぐらとして利用してたり普通に闊歩している為、チカクノ遺跡感覚で潜るには流石に危険なのだそうだ。
「場所は近いんですか?」
「こっからだと多分二日ぐらいのところだったか。詳しくはドルンに聞いて来い、あいつの方がその辺詳しいからな」
結局材料が無くてはどうすることも出来ないため、また日を改めてドノヴァンに作ってもらうことになった。
次に会うときはその魔煌石を用意出来たときだろう。
彼の部屋を出て扉を閉めると思わず現状を思い深いため息がこぼれてしまう。
「はぁ、しまったなぁ。材料こっちにあるとばかり思ってたよ……」
「用途からして特殊な鉱石みたいだし……採れるかなぁ?」
そもそも形状すら判ってない。この辺も含めドルンには色々聞いた方が良さそうだ。
廊下を歩き工房内のドルンの職場に行くと仲間と武器を作っているところだった。
流石に邪魔するのは躊躇われたため、折を見て話がしたいとだけ伝えると少し待つように言われる。
鍛冶の現場を物珍しく見学しながら待つことしばし。仕事を一段落させてきたドルンがこちらへとやってきた。
「待たせたな。それでどうした? なんか問題でもあったか?」
「うん。結構大きな問題が……」
そして先程のドノヴァンとのやり取りを伝えると彼は胸の前で腕を組み難しそうな表情を浮かべる。
「魔煌石が遺跡になぁ。確かに場所は知ってるが行くのか?」
「まぁ他に手が無いなら行くしかないしね。無理しない程度には少しずつ探索範囲伸ばすつもりだけど……」
「ふむ……その遺跡探索、半月ばかし延ばせないか?」
半月?と聞き返すとドルンが頷き先程まで仕事をしていた部屋の一角へ視線を向ける。
「大体嬢ちゃんの剣が出来上がるのがそんぐらいなんだわ。危ないとこ行くなら装備はきっちり、だろ?」
「あー、確かに……。急ぎたいのはあるけどそれ以上に無理はしたくないし」
「まぁそういう訳だ。なるべくは早めに渡したいとこだが、それで変な剣作って危険な目に遭わせるのは避けたいからな。悪いが我慢してくれ」
まぁ探索中に今のコロナの剣が折れたら目も当ててられない。
半月はやや長いもののドルンの意見を取り入れ探索は一旦引き伸ばすことにした。
「あ、それでだ。代わりと言っちゃなんだがボウガンは出来たぜ。こっちで試射も済ませてある」
「え、ほんと?!」
予想以上に完成が早くて思わず驚愕の声が上がる。
ちょっと待ってろと言われわくわくしながら待っていると、部屋の奥からドルンが
テーブルの上に置かれたものを見て思わず息を呑む。
なんというか……まんまクロスボウであった。
大きさは大体六~七十センチぐらい。何かの金属で出来た弓の部分に木製の持ち手部分を取り付けた感じと言えばいいだろうか。
いや、確かにこんな感じと《
だが無理な部分は現状の技術で適当に作るぞ、と前以て言われてた手前どの様な風に仕上がるかと思っていただけにこれは本当に驚きだった。
「威力の低い取り回しが良い弓、なんて最初思ってたが実際使ってみたら違うもんだな。使うパーツで割と変わってきそうだったがヤマルでも扱えるようにはしたつもりだ」
手に持ってみるとやはりそれなりに金属を使ってるだけに短剣よりは重い。
だが振り回す武器ではないためこれなら何とかなりそうだった。
「一応希望通り丈夫にってことで金属は使ってるが持ち手は木を削ってなるべく軽量化を両立出来るようにした。まぁそれでも重いと感じたら腕力を上げるこった」
その後もドルンからボウガンの使い方についてレクチャーを受ける。
異世界のアイデアを基に作ったボウガンの使い方を、そのアイデアを出した本人が教えてもらうのもいささかシュールな構図ではあるが仕方ない。
だって本物見たことないし。自分が知ってるのだってトリガー引けば矢が出るぐらいだし。
「弦は最初金属で作ったんだが思った以上に硬くてな。そこでお前の腰のモンみたく魔物の素材を加工したやつを使うことにした」
「普通の弦じゃないの?」
「普通の弦だと切れやすいだろ。弦が切れたら付け直せるのか? それに金属ほどじゃないにしろ丈夫だからな」
納得と同時に修理なんて出来ないため首をぶんぶんと横に振り否定の意を示す。
ともあれ一度どこかで試射したいから場所はないかと尋ねた所、一応工房の裏手に武具の試し用の広場はあるらしい。
ドルンもそこで試射はしたそうだが一応自分の使うところも見たいとのことで早速裏手へと向かうことにした。
その広場は本当に試し用と言うだけあり至って簡素な場所だった。
誰かが作った金属製の鎧や魔物の皮で作られたレザー系の素材が案山子に付けられており、何かの試しに使われたのか所々凹んだり切り裂かれていたりする。
一応木の板で広場は外と仕切られているものの、ここのドワーフが作る武器を試すにしては些か心もとないのではないだろうか。
それをドルンに聞くと彼に『何言ってんだこいつ?』みたいな表情をされてしまった。
「俺らの武器は基本近接だぞ」
「あれ、弓とかは?」
「そりゃ他の工房だ。木材系は基本大工のやつらだな」
……あれ、もしかしなくても頼む人間違えただろうか。
いや、腕前を疑ってるわけじゃない。ただ彼にとって門外漢なことだけに無理難題押し付けたんじゃ……。
「そんな顔すんな。専門じゃねぇが基本的な知識はある。そもそもこれは原理は弓だけで中身別モンだろう?」
「いやまぁそうだけど……」
確かに弓っぽい何かなんだろうけど……いや、これ以上はとやかくは言わない。
自分に必要なのはちゃんとボウガンとしての機能を持った武器だ。それを作ってくれたのなら言うべきことは決まってるだろう。
「ともあれまずは撃ってみるよ。ドルン、ありがとう」
「おう、気になることはすぐに言えよ」
まずは先ほど彼に教えられた手順に則りしっかりと確認しながら使うことにする。
確かまずは弦を引いて所定の位置にロックだったか。硬いかな、と思ったが意外なことにそんなことはなかった。
まるでゴムのように伸びあっさりと固定位置に引っ掛けることが出来た。これなら腕力が無い自分でも大丈夫そうである。
だがこんなゴムみたいなのだと反動があまり無いんじゃ、と思ったがそこはドルンが作った物。
伸びた弦がまるで自分で元の形状に戻るかのように縮み、それに合わせ逆に弓の部分がかなりしなり始めた。
「中々良いもんだろ?」
「この弦、普通に弓に使った方が良いんじゃないの?」
「弓には不向きみたいだな。伸びやすい分伸ばしすぎると引いた状態での維持がきついらしい。コイツみたいな引っ掛けるタイプなら便利だぞ」
「……ちなみにこれ、普段はどこで使ってるの?」
「そうだな、確か建築の現場とかか。上から荷物下ろしたり下から上げるときに使う籠の紐に使ったりとかしてたな」
確かにこれなら重いものなら下まで伸ばして降ろし、どっかに引っ掛ければ上下への荷物は運びやすいだろう。逆も然り。
しかしそんな武器とは無縁なものの素材を思いつく辺りドルンのすごさに驚かされるばかりだ。
「ほれ、サクサク続けろ」
「あ、うん」
ドルンに促され次の手順の矢を取り出す。
矢はすべて鉄製であり、先端が尖ってるだけの至ってシンプルな代物。
ただ生産性と手間、紛失率を考慮して矢羽は付けてないようだ。そのせいか傍から見たら長細い棒にしか見えない。
それをボウガン中央部の溝に埋め込むようにセットし、左手で底面部をしっかり支えるよう両手でボウガンを持ちしっかりと身構える。
狙い定めるは金属鎧を纏った案山子。距離はとりあえずと言うことで二十メートルぐらいからだ。
「じゃ、いくよー!」
見学に回ってるコロナやドルンに声をかけトリガーを引けば風切り音と共に矢が放たれる。
思ったより反動は無く矢は無事真っ直ぐに飛び鎧の胸元に着弾。金属製なのを物ともせず鎧に穴を開けたところで後ろに貫通することなく矢は止まった。
それなりに着弾の衝撃があったのか案山子が前後にぐらぐらと揺れているのが分かる。
「ふぁ、ボウガンってあんなに威力出せるの?」
「だな。最初は俺や嬢ちゃんが投げるぐらい、なんて思ってたが予想以上の効果だ」
横で見ていたコロナがその速度と威力に驚きの声をあげる。
実際撃った自分でもここまでと思ってなかった。
これならコロナを援護してあげれるかもしれないが、誤射だけは本当に気をつけよう。
こんなの当たったら痛いだけでは済まされない。
「それで使ってみた感想はどうだ?」
「や、文句無しだよこれ。後は自分で練習して腕を磨くぐらいじゃない?」
「はっは! まぁ使っていくうちに気になる点も出てくるだろうからそん時はまた教えてくれよ。じゃぁ俺は仕事に戻るわ。ここは適当に使ってて良いからしっかり練習してってくれ」
こちらの試射を見届けると満足そうな笑顔を見せドルンは工房へと帰っていった。
その後彼に言われたように遠慮なく二射、三射と続けて撃っていくが彼は本当に良い仕事をしてくれたと思う。
まだ静止状態の近距離からだが今のところ使う分には何も問題ない。
これが距離が伸びたり動いたりすると難易度がぐっと上がるんだろうけど……まぁそこは今後練習するしかないだろう。
「ヤマル、ヤマル」
ちょんちょんと後ろから背中を突かれることでようやく意識がボウガンから離れる。
当たるのが楽しくて少し夢中になってたらしい。
「っと、ごめん。夢中になってた」
「あはは、気持ちは分かるよ。新しい武器作ってもらったらついつい使いたくなっちゃうよね」
そう言えば《生活魔法》手に入れたときもこんな感じになってた気がする。
……今更だけど魔法使ってることに抵抗感が無くなってるなぁ。慣れと言うものは本当に恐ろしい。
「えっとね、私の剣出来るまで半月あるって言ってたじゃない。その間何か予定決まってる?」
「いや、全然。探索準備はするとしてもどうしようかなって思ってたけど」
「あのね、時間あるなら昨日ちょっと面白い話聞いたからそこ一緒にどうかなーって」
面白い話?と聞き返すとコロナが満面の笑みで昨日仕入れた情報を教えてくれた。
「最近エルフ見たって人がいるんだって! ちょっと遠いけど会ってみたいと思わない?」
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