第88話 ドワーフの村
「見えた……あれがドワーフの村か」
「本当にトンネルの先にあったね。中に明かり付けてくれれば良いのに……」
眼下に見える中規模ほどの集落。この旅の目的地であるドワーフが暮らす村だ。
獣亜連合国に入ってから七日目。
二つの街を経由し長く大きなトンネルを抜け、ようやく到着したドワーフの村は四方を山に囲まれていた。
やはり鍛冶師が多いのか目に見える範囲でも結構な割合の建屋から煙突が突き出し、もうもうと絶え間なく煙を吐き出している。
こんな秘境みたいな場所に暮らさないでもいいだろうに、と思うがこれには理由があるらしい。
ここに来る前に立ち寄った街にいたドワーフに成り行きで一杯奢ったところ色々と教えてくれた。
なんでも今の集落は三代目らしく、鉱山の関係で集落ごと移動することがあるそうだ。
この国には領主がおらず集落単位で管理しているため、他の集落といさかいにならない限りは割と緩い感じらしい。その為ドワーフだけでなく、他の集落でも丸ごと移動はままある話とのこと。
元々はトンネルの入り口付近に集落があり、あのトンネルは坑道を更に大きくした物。
採掘で掘り進めた結果この四方が山……すべて鉱山の開けた場所に行き着いたため、もう何十年も前に移動したんだそうだ。
「泊まれる所あるかな?」
「あると思うよ。ドワーフ製の製品は質がいいから国外からも買い付けの人が来るぐらいだし」
「なら大丈夫そうだね」
とは言え寝泊りする場所は早めに確保しておいた方がいいだろう。
客が多いということは宿泊先の部屋も埋まってしまうかもしれない。
日はまだ高い方ではあるが早めに行動した方が良さそうと結論を出し、まずは宿探しに向かうことにした。
◇
「いってらっしゃい。晩御飯までには帰ってくるんだよ!」
王都の女将さんをダウンサイズさせたようなドワーフの女将さんに見送られ一旦宿から出る。
流石にこの国では似た人は居ないだろう、と油断していただけに衝撃はひとしおだった。まさか種族超えてそっくりさんがいるとは誰が予想しようか。
もしかしたらこの国の東側には獣人になった女将さんがいるのかもしれない。そのときはクマの耳でもついてるのだろうか。
「さ、行こうか」
「そだね」
もはや恒例行事と割り切り互いに頭からその考えを追い出す。
「それで今から工房に行くんだっけ」
「そそ。紹介状は書いてもらってるし女将さんに場所も聞いたからね。こっちだよ」
目的地の工房の方へのんびりと歩いていく。
村の道を歩きすれ違うのは意外にもドワーフよりも他の亜人が多かった。それと商人と思しき少数の人間。
ただその辺にある様々な工房からは金槌の鳴り響く音やドワーフと思しき怒声等が聞こえてくる。どうやら彼らは今は仕事の時間なのだろう。
個人的なドワーフのイメージとしては豪胆にして実直。仕事には手を抜かず遊ぶときは豪勢に。酒をこよなく愛し竹を割ったような性格の持ち主が多いと言った所。
まだドワーフは前の街で一人しか見ていないものの、その人がほぼほぼイメージ通りだったので他の人も似たようなものだろうと推測している。
「あ、あれじゃない」
「……でけぇ」
コロナが指指した方向には遠目でも分かる一際大きい工房。
他の工房が個人経営店としたらあの工房はまるでスーパーマーケットのような大きさである。
しかもこう、何と言うか……でかいだけではなく物凄く頑強そうに作られている。正直なところ威圧感が物凄い。
人に例えるならフル装備のサイファスに行く手を遮られてるようなそんな感覚。
確かに窓などはあるし玄関には扉もある。
だがどれも何かの金属で作られており、こう外からも
「あれ、ヤマルどうしたの。ポーション何本も取り出して」
「いや、念のためだよ。念のため……」
何かあったらポーション使わず粉微塵になりそうだが、これでも持ってないととてもじゃないが落ち着けない。
とりあえず中に……。
「…………」
「?」
流石に『コロ、危なそうだから先に入って』なんてかっこ悪すぎて言えなかった。
建屋一つ入るのにここまで緊張するのは冒険者ギルドに初めて入ったとき以来かもしれない。
腹を括り意を決してはドアの取っ手を掴む。そして中に入ろうとしたところで体の動きが止まった。
「おっも……!」
金属製だから当たり前かもしれないが物凄く重い。片手じゃ少し引いただけですぐドアが元の位置に戻ってしまった。
両手を使い腕の力と背筋を総動員しなんとかドアをこじ開ける。開いた隙間に体をねじ込みとりあえず閉まることを阻止、その間にコロナとポチを中に入れ滑り込むように自分も建屋内へと入った。
入った瞬間感じるのは外とは全く違う空気。
どこかで炉でも使ってるのか室温が高い。
だがそれだけではない。
自分でも分かるぐらい肌がひり付くような空気。姿は見えずともこの空間にはドワーフの職人の本気が十二分に立ち込めていた。
「ん、客か? すまんが今は新規の依頼は受けてねーんだ」
そんな工房内に圧倒されていると入り口付近のカウンターからひょっこりとドワーフの男性が姿を現す。
身長は小柄なコロナと同じぐらいか。
だが体つきは腕も足も筋骨隆々、如何にもパワーファイターと言わんばかりの体躯である。
自分が腕相撲でもした日にはそのまま腕を
そしてその顔には白髪に髪と同じ色のトレードマークの立派な髭。そんな髭も先端部でピンクのリボンで纏められておりチャームポイントか何かだろうか。
そんなこちらの視線を見てか、『うちの家内が付けてくれたんだ』とノロけられた。どうやら既婚者らしい。
「そうなんですか、困ったな……」
「それに兄ちゃん、俺の見立てじゃそこまで良い腕してねーだろ。ここの武具は確かに一級品だが兄ちゃんじゃ宝の持ち腐れだ。そっちのわんこの嬢ちゃんなら良いかもしれんけどな」
「あぁ、いえ。まぁ武器は欲しいかもですけど、今日は別件でして。ドノヴァンさんにこの紹介状を見ていただきたいんですが」
摂政から貰った紹介状を取り出し目の前のドワーフに渡す。
ドノヴァンは召喚石の台座部分を作るドワーフの名だ。今回彼にそれを作ってもらう為、遠路遥々ここへとやって来たわけである。
「親父にか? こんなの出せる相手なんてそういないと思うが……ちっと待ってくれ、聞いてきてやる」
そう言うと紹介状を持ってドスドスと足音を立てながら奥の方へと姿を消していった。
勝手に歩き回るわけにも行かないため入り口に飾られた武器や防具をコロナと一緒に見て回ることにする。
値札がないので多分見本か、もしくはすでに売約済みじゃないかと言うのがコロナの予想。ただ質を言えばコロナが付けてる武具よりも二段階ぐらい品質は良いらしい。
「こっちの用事が終わったらコロの剣も見て回る?」
「うーん、どうしようかなぁ。愛用してたけどそろそろ限界かもしれないし……」
なんだかんだで手入れしながらも使ってた剣らしいが、刃こぼれもそろそろ目に見えて分かるレベルになってきたとのこと。
愛着はもちろんあるし続けて使いたい気持ちもあるようだが、だからと言って斬れない剣を持って旅をするのは危険すぎるのはコロナが一番分かっていた。
「どこかで折れても困るし……折角ドワーフの本家お膝元だし探してみようかなぁ」
「コロナの武器の強化はパーティー戦力に直結するからね。少しぐらい高くても出すから安心してね」
「いいの?」
「もちろん。お金で安全が買えるなら出さない理由はないよ」
そんな感じにコロナの件について話していると奥の方から先ほどのドワーフが自分達を呼んでいた。
小さな体で大きくこちらに来いとばかりに手招いている。
「とりあえず門前払いは避けられたか」
「紹介状書いてもらってて良かったね」
コロナの言葉に心底同意を返しつつ、呼ばれた工房の奥の方へと歩を進めていった。
◇
その部屋は言うなればリビングとダイニングキッチンと言えば良いだろうか。
人に応対したり書類仕事をするリビング部と、鍛冶作業をするためのキッチン部。それが組み合わさったかのような一室だった。
もちろん着いているのはキッチンではなく炉である。
一応炉と部屋は壁で区切られてるものの、ドアのような塞ぐ物は無く部屋は熱気に満ちていた。正直結構熱い。
《生活魔法》で自分の周りの室温でも下げようかとも思ったが、変に下げて何か怒られるのは嫌だったのでぐっと我慢することにする。
さて、今現在木のテーブルを挟み向かいに座っているドワーフがドノヴァンなのだろう。
先のドワーフ同様の体躯をしているが歳のせいか顔の皺は多め。
だが老いた印象はなく、むしろ老練、熟達、匠なんて言葉が似合いそうな雰囲気をだしている。
あとちょっと怖い。切れ目のような鋭い目つきもだが、どこをどうしたのか顔を二分するような切り傷が斜めに入っておりそれが一層彼の持つ迫力に拍車をかける。
その隣では先のカウンターにいたドワーフが立ちながら控えていた。
「なるほど、事情は分かった。異世界人たぁ俺も初めて見るな」
手紙から視線を離し自分の顔をまるで観察するかのように覗き込まれる。
そして隣に居たドワーフが『異世界人』の言葉に反応して自分とドノヴァンの顔を交互に見ていた。
と言うかあの手紙、そこまで書いていたのか……。
「俺に依頼するときは隠し事はしないってのが契約なんだ、思うところはあるかもしれんが悪く思うんじゃねぇぞ」
「あ、はい。それであの、依頼の方は……」
一番気になっている問題。
この気難しそうなドノヴァンが果たして台座を作ってくれるかどうかである。
「まぁ他国からとは言え国からの紹介状だからな、無碍には出来ん。が、残念ながらこいつだけじゃ足りないな」
こいつ、とヒラヒラと紹介状を左右に振られる。
足りないって事はつまりまだ何か必要なわけで……。
「そんな顔はするな、この件に関しては俺が直々に作ることは約束しよう。だが紹介状だけじゃそこまでだ」
「では何か条件が?」
「あぁ。回りくどい言い方はしねぇぞ、趣味でもねぇし。要は対価だ、対価」
パサリと紹介状をテーブルの上に置き、ドノヴァンその鋭い視線でじっとこちらの目を見てくる。
射抜かれるような視線に強張りながらも何とか視線を逸らさず我慢していると彼は続く言葉を告げてきた。
「これでも自分の腕に関しては絶対の自信と自負はある。そしてこいつを造るとなれば……まぁ俺にしか出来ねぇな。つまりお前さんは俺を雇う対価を出すのが筋ってもんだろ?」
「それはまぁ、そうですね」
「タダ働きってのはぜってぇやっちゃいけねぇことだと俺は思っている。どんな親しい間柄でもな。仕事として受ける以上、俺はどんな物でもドワーフの尊厳と誇りを賭け全力で取り組む。その対価、お前さんは支払えるか?」
ちなみに、とドノヴァンが隣に控えていたドワーフに指示を送ると彼は一枚の請求書を持ってきた。
どうやら彼が以前打ったとある剣の明細らしい。そしてそこに書かれている金額を見てはめまいを覚えそうになった。
なんと言うか、え、この額で売れるんだ……と言う位の驚きの金額。隣で同じものを見ていたコロナもその金額に唖然としている。
「高いと思うか安いと思うかはお前さん次第だ。だがこの額でも買ってくれるやつはいる、それだけ俺の腕を買ってくれてるってことでもあるな。お前はどうだ、どこまで俺の腕を買う?」
そう問われるも口を噤むしかなかった。
彼が言うようにこの額面でも売れるということはそれ程の腕前の持ち主なのだろう。その分対価が高額になるのは分かるし値段の高さにも理解はできる。
だがこんな金額物理的に無理だ。用意するためにどれほど途方もない時間と労力が掛かるか……。
下手したら王国の召喚石の順番が自分に回ってくるまで待ってた方が早いかもしれない。
「ま、多分そうだろうと思ったけどな。お前らの装備見てもそんな大金持ってるようには見えねぇし」
「えぇ、まぁその通りです……」
無理をすればどうにかなるのレベルではない。
無理に無理を重ねた上でどうにもならないレベルなのだ。
「ま、別の方法が無いわけでもないがな」
「本当ですか!?」
その言葉に真っ先に反応したのは自分ではなくコロナだった。
ただ自分としてはどうにもこうにも嫌な予感がしてならない。あれほどの金額と同価値の方法なんてどんな無理難題を出されるか分かったものではない。
もちろんどんな条件であろうと自分たちにはやるしか選択肢がないのだが。
「なぁに、簡単なことだ。俺らドワーフに願い事するときなんざ相場が決まってるってもんだろ?」
にかりと笑うドノヴァンの顔に自分の中で嫌な予感が一気に膨れ上がる。
この話の流れ、そしてドワーフの特性から察するに俺やコロナではすこぶる相性が悪いであろう条件。
そして嫌な予感と言うものは大抵当たるものである。
「酒だ、それも美味い酒。それを用意しな。気に入ったら対価はチャラにしてやるよ」
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