第87話 風の軌跡の単独移動


「ポチちゃん早いねー」

「まさかここまでとは……ポチ、大丈夫?」

「わん!!」


 マギアを出立して大よそ三十分。

 その間ポチは自分とコロナを背中に乗せたまま今もずっと走り続けている。


 結局立ち寄るだけだったマギアも仕事の都合で少しの間滞在することになった。

 そしてその結果幾ばくかの路銀に加え、サラサ校長からあるものをもらうことが出来た。

 それが今ポチの首輪につけられているブローチのような魔石。

 本来杖に付け術者に様々な補助をする魔石だが、それを魔法学校やギルドの職員がポチ用に調整してくれたものだった。

 授業や他の部分で色々協力してくれたお礼とのことでありがたく受け取ることにした。

 魔石の性能としては特別なものではなく他の杖と同じらしいが、その内容が魔力消費緩和と魔素吸収増加なのは物凄くありがたい。

 これによりポチの戦狼状態を今までより長く維持することが出来るようになった。

 そして今回、次の場所に行くのとポチがどこまで走れるのかを試すためこうしてポチの背に乗り街道をひた走っている。


「でも乗合馬車や護衛依頼無いのは残念だったね」

「まぁその辺は仕方ないよなぁ。どんどん国境付近に向かってるってことは僻地に行ってるってことだし」


 乗合馬車が無いわけではない。護衛依頼も無いわけでもない。

 ただ人口が少ない場所に行くとなるとどうしても数が少なくなるのだ。

 今回はタイミングが合わず乗合馬車は三日前に出発、次は三日後だったのでこうして単独移動を敢行することになった。


「あ、ポチ。進行方向に人とか見かけたら速度落として教えてね」

「わふっ!」


 何せ何も知らない人からすれば戦狼が街道を疾走しているようにしか見えない。

 そんなのが正面や後ろから近づいたら絶対警戒されるだろう。下手したら弓矢や魔法で攻撃されるかもしれない。

 その懸念は前以て言ってあるので、自分もコロナも周囲警戒は怠らないようにしていた。

 まぁ人もそうだが魔物に対しての警戒もしなければならないしどちらにしろ注意は払う。ポチのお陰で弱い魔物は寄ってきそうには無いが、かといってあまり油断は出来ない。

 特に自分なんて投石一つで大怪我しかねかいし……。


「と言うかコロはその座り方で大丈夫?」

「うん、ポチちゃん乗りやすいから平気だよ。危なかったらちゃんと捕まるから」


 こちらの心配を他所にコロナは問題無いと返してきた。

 ポチに乗って移動するにあたり一つ問題と言うか懸念はあった。

 自分はいつも通り普通に跨ぐように乗るので特に問題は無い。長距離移動でもそれは変わらないだろう。

 問題はコロナだ。より正確に言えばコロナの格好である。

 彼女はいつもロングスカートを履いている。その格好でポチに跨いで座ろうものならスカートをかなり捲り上げなければならない。

 仮に捲くらず乗れたとしても移動中の風圧でスカートが大変なことになってしまうだろう。

 だが他の方法で座ろうとすればどうしてもバランスが悪くなる。どうしたものかと悩んでいると、コロナは当たり前のように自分の後ろに横向きで座った。

 そのまま両足をぶらぶらと揺らしながら現在もバランスを崩すことなく普通に座っている。根本的に自分の感覚の遥か先にいるんだなぁと思わずにはいられなかった。


 そして更に野を駆けることしばし。

 天気も良く視界も良好。魔物の襲撃の様子も無く、この世界の旅路としては至って平和と思える道中。

 そんな最中ふと、ちょっとしたことを思い出した。


「ねぇ、コロ。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「ん?」

「十秒ぐらいでいいから、ちょっと服掴んでもらって良い?」


 いいよー、と彼女は快く了承し、こちらの背中の服の裾を掴んだ。

 そのまま特に何も起こることなく十秒が経過。こちらがありがとうと言うとコロナの手が服から離れる。


「ところで今のなんだったの?」

「んー……まぁちょっとした夢の実現みたいなもんかな」

「服摘まれる事が?」


 正確には違うがそこは曖昧な返事で誤魔化しておく。

 もう十年ぐらいも前だろうか。多感な年頃の男の子だった時期だったからそのぐらいだろう。

 自分だって健全な青少年の一人だった。そんな男の子が異性とあれやこれやなんて考え妄想を膨らませたのは至極当然と言える。……多分。

 まぁその妄想の中にあったのだ。

 日本風に分かりやすくいえば女の子との自転車登校と言うものである。

 後ろに女の子乗せて服摘まれながらも一緒に、なんてことに思いを馳せていたのだ。

 結果は言わずもがな。

 しかしその当事叶える事が出来なかったことを今やることが出来た。十年越しで叶うとは思いも寄らなかった。

 まぁ自転車が狼に変わろうが女の子に獣パーツがついていようが登下校ではなく命懸けの旅路だろうが夢の前では瑣末な問題だ。

 実に良い夢が見られた素晴らしい十秒間だったと言えよう。


「コロ、ありがとね」

「う、うん。どういたしまして?」


 あんなことで?と後ろから聞こえてきたがこちらからすれば結構なことだったのだ。礼の一つでも言わなきゃバチが当たってしまう。

 頭に『?』マークが浮かんでそうなコロナをそのままに、ポチは相も変わらずの速度で街道を駆け抜けていった。



 ◇



 さて、そんなこんなで日が暮れる少し前ぐらいに宿場町……ではなく村へ到着した。

 ……うん、到着してしまった。

 確か村までは乗合馬車で三日ぐらいと聞いていた。つまりその道程を一日で走破したことになる。

 もちろん走破出来た理由は分かっている。

 元々乗合馬車はそこまで移動速度が早いわけではない。軍馬みたいに四六時中疾走してるわけではないのだ。無理に使い潰そうものなら業者が潰れてしまう。

 人が歩き物を運ぶ労力を馬車が肩代わりしていると言うのが正しいだろう。

 その点ポチは速かった。

 無理はしないよう厳命はしておいたが速度は言わずもがな、背に乗る二人と荷物の重さも感じさせぬほど苦も無く駆ける。

 スタミナの点は心配してたがとりあえずは一日走る分には問題無さそうだった。

 もちろん休憩は各所で入れたし昼食後はすぐ走らずしばらく三人で歩きもしたがその辺は誤差範囲だろう。

 流石に村に着いたときには息を切らせていたがぐったりするほどでもない。

 それに結局魔物や他の旅人にも合わなかったため時間を取られることが無かったのも大きい。

 誰にも邪魔されること無く快適に走らせればどれぐらいなのかを知れたことはかなりの収穫だった。


「とまぁ自分の管理下にいますので大丈夫ですよ」


 そして村の入り口で予想通り止められたが流石にこの反応も慣れたところ。

 ポチに乗ったまま手を振りこちらの存在をアピールした上で衛兵の指示に従うことで中に入れてもらうことが出来た。


「あ、乗合馬車いるね」


 コロナがそう指を差す先には乗合馬車から乗客が降りていたところだった。

 多分あれが三日前マギアから出たと言う乗合馬車なんだろう。どうやら追いついてしまったらしい。


「ほんとポチのお陰で助かったよ。ありがとう」

「わん!」


 褒められとても嬉しそうに尻尾を振りつつポチが一鳴きする。

 いや、実際本当に助かってるしありがたい。

 速く着けるということは時間を短縮するだけではない。本来その間に掛かる費用なども浮くのだ。

 ポチを足代わりにすることでこれだけの効果が望めるのはとても良いことなのだが、反面あまりそれに頼りきりにしたくもないとも思う。

 本人としては自分に頼られ嬉しそうなので気にしないと思うが、甘えてばかりでは主人としては流石にダメだろう。

 何より社会人としての経験上休み無く使うことに物凄く抵抗がある。


「とりあえず宿に行こうか。ポチ、俺ら降ろして元に戻って良いよ」


 ポチを伏せさせ自分とコロナが背から降りるとその体がいつも通りの子犬サイズへと戻る。

 そんなポチを抱き上げとりあえず宿へ直行。小さな村かつ乗合馬車の乗客とかち合ったこともあり、今回は一部屋で過ごすことになった。


「久しぶりだよね。チカクノ遺跡のとこ以来?」

「今思えばあの時経験してて良かったと思うよ……。さて、今後の経路だけど」


 カバンから地図を出しテーブルに置くと、コロナと向かい合うように椅子に座る。

 ちなみにポチはベッドの上で休ませている。今日一日頑張ってくれたから今はゆっくりさせてあげよう。


「結構走れたからね。明日には国境越えれるんじゃない?」

「ポチの足なら行けそうだけど……んー……」


 楽するならポチ一択なんだけどどうしたものか。


「ポチの明日の様子見ながらにしようか。今は大丈夫でも翌日辛いってこともあるし」


 まぁ最悪歩くしかないがそういう旅もあるだろう。

 乗合馬車に追いついたからそっちに頼んでも良いかもしれない。


「とりあえず少し情報集めようか。反対側から来た人の話あるかもしれないし」

「うん。じしんの影響残ってたら困るもんね」

「迂回してるのに通行止めはきついからなぁ……」


 まぁ道が寸断されてるとか橋が落ちてるとかでなければこのメンバーだけならそのまま強引にいけなくもないだろう。

 ともあれまずは情報収集だ。そこまで大きい村ではないし、人が集まりそうな場所や店舗に行けばなんらかの話は聞けると思う。

 そう予測を立てて皆で一緒に外へ出かけることにした。



 ◇



 結果から言えば道に関しては特に問題は無かった。

 ただ乗合馬車は満席で乗ることが出来ず、再びポチに頼み国境へと到着。

 どうやって国境を分けてるんだろうと思ってたが、どうやらこの辺りだと山を境目に人王国と獣亜連合国で区切ってるらしい。

 その山の合間を縫うように道を行くと簡素な関所が見えた。そこには人間とその人の半分ぐらいの身長しかない警備兵が談笑していた。

 コロナに聞くとあの小さな種族は小人コビットと呼ばれる亜人であり、獣亜連合国でも割とポピュラーな種族らしい。

 そんな彼らがこちらに気づくと予想通り即座に武器を構え出した。

 もはや見慣れた光景であるとは言え武器を向けられることはあまり慣れたくないところである。

 とりあえずコロナを降ろし彼女を先行させ事情を説明、程なく自分とポチも関所に近づき二、三質問を受けたものの問題無く通してくれた。

 やはりここでもギルド所属が効いているようで、特にポチが魔術師ギルド管轄下にいるのが大きかった。


「では改めて……ようこそ獣亜連合国へ。集落まではまだ道のりがあるから気をつけてな」


 小人の警備兵の言葉を聞きついに獣亜連合国に来たんだなぁと実感が湧く。

 彼らに礼を言い先に進むとそこには人王国と違う光景が……特になく、今まで通りの道が先へと伸びているだけだった。


「……まぁいきなり変わるわけでもないか」


 関所を抜けたら亜人や獣人がたくさんいるのを少し期待してただけに拍子抜けだった。

 いや、そもそもここは主要路から外れた迂回路である。もう少し大きい街道に出ればそんな光景に出くわすかもしれない。


「ヤマル、確認だけどとりあえず今日はここまで行くってことでいい?」

「あ、うん。予定通りそこで今日は野宿だね」


 地図を片手にコロナたちと予定を再確認。今日は街道と川が近くまで寄る地点まで行く予定だ。

 コロナに獣亜連合国のことを聞くと、どうもこの国は人王国より街が少ないらしい。

 正確には街が少ないだけで集落や村のような小さい集合体は人王国以上だそうだ。ただそう言ったところには旅人を受け入れるような施設があまり整ってない事が多いらしく、そのためこの国を移動をするとなると少ない街を移動しながらといったのが主流になるとのこと。

 今歩いている道もそんな数少ない街に続く道だ。

 なので要所要所にある野宿に適したポイントにちゃんと辿り付けることが大事らしい。


「とりあえずその場所までは余裕持って着きたいね」

「そうだね。私達だけで野営は初めてだし」


 そう、それぞれお互いに野営自体は経験済み。

 ただしこのメンバーで野宿は今回が初となる。そのため何らかの問題が発生する可能性もあるため、なるべく野営地には早めに到着しておきたいのだ。


「ポチ、頼りっぱなしで悪いんだけどもう少し頑張ってくれる?」

「わっふ!」


 即座に快諾するポチは本当に良い子に育ったと思う。

 しゃがむポチに礼を言いコロナと共に背中に乗ると、ポチはゆっくりと速度を上げていった。



 ◇



 野営予定地に無事日暮れ前に到着することが出来たため、その後の準備は余裕を持って行うことが出来た。

 今まで使うことは無かったが一応ラムダンに野営の基礎はちゃんと叩き込まれてはいる。

 彼らほどではないにしろそれなりには出来るはずだ。


「じゃぁ私は料理の準備するね」

「んじゃ俺は鳴子仕掛けてくるよ。ポチ、一緒にお願い」

「わん!」


 別々にやるべきことをやる。

 こういう時人数いるのは本当にありがたい。特に料理出来る子が一緒と言うのは……。


(……あれ、コロって料理出来たっけ?)


 今更ながらの疑問。

 今までお昼はパンやら簡単に調理出来るものや女将さんのお弁当で済ませていた。

 朝と夜は基本宿にいるためそちらを使っている。

 つまり割と長い間一緒にいるのにコロナが料理するところを一度たりとも見ていない。


「……まぁ大丈夫だろう」


 嫌な考えを無理やり押し込めそう判断を下す。

 仮に彼女が出来なかったところで自分が料理出来ない以上どちらがやろうとも変わらない。

 ならまだこの世界で過ごした時間が長いコロナの方が自分よりは絶対にマシである。

 一抹の不安はあるもののもはやどうしようもない。が、まぁ……手伝うことぐらいなら出来るかとも考えを改める。

 もし明らかにおかしいと思ったら近くにいれば待ったを掛けることが出来る。

 そう結論付けると後の行動は早かった。

 なるべく早めに鳴子を仕掛けることにする。だがあちらのことは気になるがこちらは手を抜くと夜襲での不安が残ってしまうため確実にやらねばならない。

 逸る気持ちをぐっと抑え鳴子を仕掛け終えると急いでコロナの手伝いに向かう。


 彼女の元に戻ると丁度鍋に刻んだ野菜や肉を放り込んでいるところだった。

 特に心配してたようなことは無く黙々と料理の準備を進めている。


「おかえり。ヤマル、火と水欲しいんだけどお願いして良い?」

「あ、うん」

「水はこのお鍋に七分目ぐらいでいいかな。終わったらそこの薪に火をつけてね」


 てきぱきとこちらに指示を出すコロナ。

 彼女の指示通り鍋に水を入れ薪に火をつけては鍋を所定の位置にセット。その間にもコロナは食器の準備や調理器具の整理をしていた。


「ヤマルいると野営楽出来るからほんと助かるよね。火起こしも水汲みも不要だし、一日ぐらいなら野菜とかも保存効くし」


 そう言いながら使い終わった調理器具を洗うために水を出すよう催促される。

 こうしてみているとどうやらこちらの不安は杞憂のようだったらしい。とても上機嫌に家事を進める彼女の女子力はこちらの予想を大きく上回るものだった。


「この後何か手伝うことは?」

「うーん、無いかな?」


 どうやら殆ど終わってしまったようだ。

 他に何か、と思うもテントはないし寝床も地面に直だからこっちも特に用意は無い。

 武器のメンテも使ってないのでこちらも現状不要。完全に手持ち無沙汰になってしまった。


「ヤマルはそこで待ってていいよ。後は私に任せてね」


 妙に上機嫌な感じでコロナは鍋の中身をかき混ぜ始める。

 《生活の風ライフウィンド》で楽出来るよ、と言うのは流石に憚られた。まぁ楽しそうなのでそのままやらせた方が良さそうだ。


 結局ご飯が出来るまでの間、ポチを膝の上に乗せあやしながら時間を潰す。

 そして日が落ち、辺りが夕闇に覆われる頃、《生活の光ライフライト》を周囲にいくつか飛ばし光源を確保。

 もちろんこれはコロナの指示だ。なるべく明かりをつけた状態で夜を越すのがいいとのこと。

 まぁこれ自分の魔法なので寝たりすると消えてしまうがそれまでは十二分に役に立ってくれるはずだ。


「おまたせ、出来たよー」


 簡単な味付けしか出来ないだろうに、それでも鍋からは良い匂いが漂い腹の虫を刺激してくる。

 覗き込めば肉とその旨みをたっぷりとしみこませたであろう野菜の鍋。くぅ、とお腹が鳴るのは必然だったかもしれない。

 そんなこちらの様子にコロナが苦笑しながら鍋の中身をよそう。


「はい、これヤマルの分。こっちはポチちゃんのね。熱いから気をつけてね」


 コロナから椀を受け取り鍋を囲みながらの楽しい夕食。

 お腹を満たし満足感に包まれながらこうして獣亜連合国の初日は初の野宿で幕を下ろすのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る