第86話 閑話・魔法学校の昼休み


「ほんとすいませんでした」

「ううん、いいのよ。貴方の考えも中々面白かったし」


 眼鏡の少年との模擬戦後、サラサ校長の元を訪れ二人で校長室へと戻ってきた。

 そして頭を下げあの時展開した持論やら魔法っぽいのがすべて嘘であるとサラサ校長に包み隠さず話す。

 そんなこちらを見て彼女は優しく笑いながら許してくれたのだった。


「でも本気で研究してみようかしらね。魔法の別のアプローチなんて面白そうな題材ですものね」

「や、流石に無駄と分かってる研究をさせるのは……」

「あら、無駄なんてまだ分からないじゃない。研究なんて失敗に失敗を重ねて成功を抽出するものよ。それに『失敗』って成果が後世に残るわ。それを元に誰かが成功させてくれるかもしれないわよ」


 クスクスと笑う彼女はまだまだ若々しさに満ちていた。

 外見こそ歳相応なれど、内から出る雰囲気だけでここまで人にこうも印象を与えるものなのか。


「あ、そうそう。貴方達評判良かったし、もしお時間あるなら依頼期間延ばしたいんだけどどうかしら」

「え、でも自分達はもう新しく教えることはあまり……」

「同じことでいいのよ。他のクラスでも教えてあげて欲しいの」

「……そうですね、多分前向きな回答になると思いますが一応コロナたちにも相談しないといけないので」

「えぇ、また後で聞かせて頂戴。そういえば貴方もお昼まだでしょう? お腹空かしてるでしょうし、まずは食べてらっしゃいな」


 そう、現在時刻はお昼を過ぎ少ししたぐらい。

 コロナとポチにはもし生徒達らにご飯を誘われてたら一緒に行くように言っておいた。 

 同年代と交流させたかったのもあるが、自分は校長に報告と謝罪があったので流石に今回無関係な二人は連れて行くのも憚れたというのもある。


「でもいいんですか。ここの関係者じゃないのにお昼頂いても」

「いいのよ。この敷地に入った人は誰でも食堂使って良いことになってるから。貴方達みたいな人もだけど、搬入業者の方たちもたまに食べてるわよ」

「そうなんですか。では遠慮なく頂きますね」


 えぇ、行ってらっしゃい。とサラサ校長に見送られ校長室を後にする。

 とりあえずお腹は空いたし言われたとおり食堂に行くとしよう。多分コロナたちもそこにいるだろうし、仕事の延長に関してはその場で相談すればいい。


「……そいやまたここ登るの確定か」


 依頼の延長の有無に関わらずどちらにせよまた校長室までの長い階段を登らなければならない。

 今日一日で三往復かぁ、と心の中で泣きながら力なく階段を降りていった。



 ◇



 この塔の食堂は一階にある。

 上から降りてく最中、階段から吹き抜けを見下ろすと色んな人が一階に集まっているのが見えた。

 この塔の中にこれだけ人がいたんだなぁと感心しながら人の波に乗るとそのまま食堂の方へ運んでくれた。

 そして到着した食堂は人、人、人。昼食時もあってかボールドの大通りもかくもやといった感じである。

 日本と違うのは見える後頭部が色々とカラフルなところだろうか。

 流石にコロナみたいな目立つ色は少ないが、普通に金髪や銀髪、青みがかった色や赤色系の人もいる。


「……少し待つか」


 少なくとも今日の仕事はもう終わってるし、午後は丸々空いている。

 昼休憩時間過ぎても咎める人がいるわけでもなし。

 何よりこの状態ではコロナたちを探すのすら骨が折れそうだ。人が少し捌けてからでも問題ないだろう。


 そして待つことしばし。

 流石にお腹が空いてきたのと、とりあえず大渋滞状態から少し多いかな?ぐらいまでは緩和されたので改めて食堂へと入る。

 人が捌けた事で食堂の全体像がやっと見ることが出来た。

 どうやら食事自体は一階のカウンターで注文し受け取るようだが、食べる場所は一階と二階にあるらしい。

 普通なら二階の部屋に干渉しそうな構造だが、これもやはり魔女の恩恵とやらで室内の空間を弄っているのだろう。

 ともあれまずはご飯だ。腹が減っては何とやらである。


「えーっと……?」


 他の人を観察するとどうやらまずトレーを持ち、その後カウンター内にいるおばちゃんに頼むシステムのようだ。

 大学のときの学食とやり方が一緒のようでほっとする。

 メニューはいくつかあったが、今日はその中でも鶏肉のソテーとパンとスープのセットにした。

 模擬戦を二回もやったのでがっつりと食べたかったのである。


(けどここにもご飯ないかぁ……)


 いい加減お米が恋しい今日この頃。

 こちらにきて未だ米を見ていない。パンは嫌いではないしむしろ好きな部類だが、やっぱり日本人としては長期間米が食べれないと落ち着かなくなってくる。

 まぁ無いものねだりしても仕方ないので最近は諦めているが、機会があれば探してみたいところだ。


「さて、席は……」

「あ、そこの兄ちゃん。ちょっと良いかい?」


 うん?と呼ばれ振り向いた直後、トレーの上に何かのカップがトンと置かれた。

 見れば食堂のおばちゃんが笑顔で右手を差し出している。どうやら彼女がくれたようだが……。


「あの、これは?」

「なぁに、ちょっとしたサービスさ」


 ふわりと漂う甘い香り。

 だが砂糖の類ではなく何かの果物のような自然な匂いだ。柑橘系のような感じがするが正確なところは分からない。


果実水ジュースですか?」

「あぁ、それも果実を絞ったものだけで作った特濃のだよ。でもちょっと不人気でねぇ、まぁ少し飲んでみておくれよ」


 そう促されこの場で少しだけ味見とばかりに口にする。

 香り自体は甘かったものの、口に含んだ果実水は酸味が効いて些か酸っぱかった。また果汁だけで作られてるせいか少しとろりとした喉越しである。

 これは……まずくは無いんだが人を選びそうな味だ。


「酸っぱいのと飲みにくいのが原因ですかね?」

「あ、兄ちゃんもやっぱりそう思うかい? 中にはこれが良いって好きな人もいるんだけどねぇ。あぁ、一応水で割ればある程度は改善されるみたいね」

「水で割る……ですか?」


 確かに原液じみた感じはするから水で薄めれば飲みやすくはなるかもしれない。

 でもやりすぎると水気が多くなりすぎて逆に不味くなりそうだ。

 その予想を話してみると当たっているようで、すでにやりすぎた生徒がいたらしい。


「察しの通り入れすぎると薄くなるから気をつけなさいね。まぁ限度はあるけど上手くすれば飲みやすくなるみたいだし。ほら、もしやるならこれに注ぎなさいな」


 そう言うとおばちゃんはもう一つ空のカップをトレーにおいてくれた。


「水差しはテーブルの上においてあるからそれを自由に使っていいからね。あ、何か良い飲み方あれば教えてくれるとおばちゃん助かるわぁ」


 よろしくねー、と後押しを受けカウンターを後にする。

 サービスと言ってたのに何か仕事を押し付けられたようで釈然としないが……まぁ思い付かなかったらそう言えばいいかと開き直ることにした。

 ともあれ席を探さねば、と辺りを見てコロナ達が居ないか確認……する間もなく見つけてしまった。

 一階の中央の席付近に妙な人だかりが出来ており、そこから聞き慣れた子犬の鳴き声がする。

 あそこか、と思うのと同時にあそこかぁ、と思ってしまう。あんな人だかりのところに行くべきなのか、と。

 多分コロナとポチの隣に座るために争奪戦があったのは想像に難くない。そこに自分が行けば多分隣に座れそうではあるが、せっかく勝ち得た権利をかっさらう形になるので反感を買ってしまいそうだ。

 そんな中に行く勇気は残念ながら持ち合わせてはいない。なので今日は一人で食べることにした。

 カウンターから近い場所が丁度空いてたのでそこに座り、どうせならとスマホとイヤホンをカバンから取り出す。

 テーブルの上にスマホを置きイヤホンを刺して耳に当てる。そしてアプリを起動すれば久方振りに日本あっちの音楽が流れてきた。

 優雅な昼食、とまではいかないものの、久しぶりの一人のゆっくりした時間。

 たまには良いなぁと思いながら暖かい料理に舌鼓を打つ。お腹が空いてたのもあるだろうが、ここの食堂のレベルはかなり高いようで美味しく頂くことが出来た。

 おかわり貰おうかなとも考えたが腹八分目で思いとどまる。この後また校長室までの登山が控えてるのだ。満腹だと間違いなく横っ腹が死ぬ。


(後は……)


 そして残されたのは目の前に鎮座する例の果実水。

 試しにおばちゃんに言われたようにテーブルにあった水差しで割ってみることにする。空のカップに果実水を入れ、同じ分量だけ水を注ぐ。

 かき混ぜ棒は見当たらなかったので《生活の風ライフウィンド》でしっかりと混ぜてみた。


「こんなところかな」


 とりあえず味見と言うことで一口。

 確かに水が加わったことで果実水の味や風味は薄くなったが、代わりに酸味と喉越しが良くなり格段に飲みやすくなった。

 ただ確かにこれは好みが分かれそうだ。自分は水で割った方が好きだが、果実本来の味を味わうのであれば間違いなくストレートであろう。

 まぁ不人気と言ってたのでそのまま飲むのは少数派なんだろうけど。


「良い飲み方ねぇ……」


 水以外で割るとか?

 しかし下手に味が付いてるものはダメだろう。この果実水は味がかなり濃いので下手に入れたらとんでもないことになる。

 となるとお酒とか……いや、ダメだ。食堂じゃお酒は合わない。

 なら炭酸水とかなら水と差別化が出来るか?と思うもこの世界炭酸水があったか覚えてない。


(飲み方で考えるからダメなのかな)


 いっそ飲まずに他で使うとかどうだろう。例えばジャムとかなんて良いかもしれない。

 でもあれは確か砂糖とか割と入れてた気がするし、第一作り方がわからない。

 料理人ならジャムじゃなくても味付け用のソースとかでも作れそうだが、料理をまともに作ったことが無いのでこの案は却下する。

 スマホでネットつなげれば色々調べれるのになぁ、と思うが出来ないことを嘆いても仕方ないので頭を切り替えることにした。

 すなわち特に何も浮かばなかった、である。

 まぁ素人の考えなんてこんなところだし、一応ジャムはどうかぐらいは伝えておこう。


(残りはどうするかなー。普通に水混ぜて飲むか? 氷入れれば冷えてもっと飲みやすく……)


 そこでふと、あるものが頭に浮かぶ。

 日本では割と食べてたのにこちらにきてから一度も食べてないアレ。

 この果実水は確か果実を絞っただけと言っていたし、今の自分なら作れるのではないか。

 いや、作ろう。正直作れるかもと思ったら無性に食べたくなってきた。

 出来はまぁ日本の製品よりは格段に落ちるだろうが素人が作る物なのでそこは割り切ることにする。


「とりあえず作る準備するか」


 果実水とカップをその場に残して席をキープ。

 イヤホンを外しスマホをポケットに入れてはトレイを持って立ち上がる。何せ作るにあたりおばちゃんにある物を貰うか貸してもらう必要があるからだ。

 食器は所定の返却口に返し、先ほどのおばちゃんのところに向かう。


「すいませんー」

「あら、さっきの。何か良い方法あったかい?」


 とりあえずおばちゃんにジャムはどうかと伝えたが結果はダメだった。

 作る材料が別途必要になるのと、何より食堂で作る場合量を求められる。これだけ多くの人に振舞うだけのジャムを造るとなるとその労力は膨大になってしまうからだ。

 アイデアが通らなかったのは残念ではあるが理由が理由だけに仕方ないだろう。

 まぁ本命の用事は次の方だし。


「あ、あのですね。串ってありますか? あったら少し欲しいんですけど……」

「串? 肉に刺す木のやつならあるけど何かに使うのかい?」

「えぇまぁ。上手く成功したらそのときは教えますので」


 ちゃんと出来たらおばちゃん達にも御裾分けしてあげようと誓い、木の串を五本ほどおばちゃんから譲り受けた。

 礼を言い先ほどの席に戻り早速準備を始める。


(上手く出来るといいな)


 再びスマホとイヤホンを取り出し音楽を聴きながら作り方を頭の中でイメージする。

 やり方は日本の作り方とは明らかに違うだろが、最終的には似たようなものは出来るはずだ。


(まずは果実水を空きカップに注いでと)


 とろっとした果実水をカップの三分の一ほどで一旦止める。

 続いて先ほど同様水で割るのだがここで使うのは《生活の水ライフウォーター》の水だ。


「《生活の水》」


 カップの上に手を当て魔法を使い果実水と同じ分量だけ水を注ぐ。

 そして《生活の風》で中身を混ぜ始めるが、今回はしっかりと混ぜた方が良いと思ったので先程よりは長めに回す事にした。

 音楽で聞こえないが多分ちゃぽちゃぽと音が鳴ってるんだろうなぁと思っていると、不意に肩を誰かに叩かれる。

 顔をあげるといつの間にか周りには生徒が何人か集まっていた。

 顔に見覚えがあるから先ほど一緒に授業を受けた子達だろう。音楽を聴きながら製作してたため近くに寄られても気づけなかったみたいだ。

 イヤホンを取り外すと彼らの何人かがやっと気づいたと言葉を漏らす。


「あ、やっと気づいてくれた……。ヤマルさん、呼んでも返事しないんですし……」

「ごめんごめん、ちょっと聞こえなかったみたい。どしたの? コロ達はあそこだよ?」


 視線の先には相変わらずの人だかり。

 ある程度人は捌けたはずなのだが、あの一角だけ人口密集度は変わっていない。


「聞こえないって結構近くで呼んだんですけど……あ、コロナさんたちの方あんな感じですし」

「私達はコロナちゃんとポチちゃんとの相席取れなくって……で、外れた皆がこうして集まってるってわけ」

「それで何をしてるんです? と言うかそれなんですか?」


 興味津々と言った様子の彼らをとりあえず座るように促しまずはスマホで音楽聴いていたことを説明。

 そのせいで呼ばれても気づけなかったと謝ったが、それ以上にこんな小さな物から音楽が……と驚いてる様子だった。


「あんまり大きい音出すと周りに迷惑だから少し抑えるけど、皆で聞く?」


 その提案にその場にいた全員が一斉に首を縦に振る。

 見事にシンクロしたその動作に苦笑しつつイヤホンをスマホから外しスピーカーモードに再設定。音楽を流しながら音を調整し程よいところで彼らに聞こえそうな位置にスマホを置いた。

 流れる音楽に驚き聞き入るその姿はやっぱり何度見ても新鮮である。自分が魔法とかに驚く姿も多分この子達の今の姿と似たようなものなんだろう。


「不思議……楽器も無いのにどうやって……」

「それに何か人の声のような……何言ってるか分からないけど」

「なぁ、これで詠唱を代わりにやってもらうことできるんじゃないか?」

「でも詠唱と魔力の出所違ったら無理じゃない?」


 普通の感想が魔法系統の話に変わる辺りやっぱり魔法学校の学生なんだなぁと思う。

 でも確かに録音とかで代わりに魔法発動出来たらかなり便利そうではある。まぁ実験のために貸し出して壊れたら困るので仮にやるとしても協力は出来ないが。

 そんなスマホの有効活用の議論が白熱する中、一人の女子生徒がこちらを……ではなく、先ほどから混ぜているカップの方に視線を向けていた。

 そして自分の視線に気づいた彼女が何をしてるのか尋ねてくる。


「これってあの果実水ですよね? 水で割ってるんですか?」

「まぁ今はね。ちょっと作りたいものがあってさ」


 そろそろいいかなと思い混ぜるのを止め、バッグから空のポーション瓶を一つ取り出した。

 試験管のような形状であるポーション瓶は今回作ろうとしてるものにうってつけの代物である。

 そして水を混ぜた果実水をポーション瓶の八分目ぐらいまで注ぎこんだ。


「何を作るんです?」

「まぁ見ててればわかるよ」


 不思議そうに覗き込む少女にそう返すと、おばちゃんから貰った串を瓶の真ん中に差し込む。

 後はこの状態で仕上げをするだけだ。


「《生活の氷ライフアイス》」


 《生活の水》で混ぜられている果実水は魔法に反応しその姿を液体から固体へと変化させる。

 出力を調整しガチガチに凍らないよう注意しながら出来上がったそれは日本ではお馴染みのフルーツのアイスキャンディだ。

 最後に外側だけ少しだけ溶かし瓶から取りやすくしたら串を持って引き抜くだけ。もちろん抜いた後に再度冷やすことも忘れない。


「うん、初めて作ったにしては上出来かな?」


 見た目だけなら日本の製品とそう変わらない出来栄えであった。

 《生活魔法》だからこその制作方法。水を自前の魔法で出したのも凍らせやすくするためだ。


「それ……もしかして氷菓ですか?!」

「氷菓、かなぁ? まぁ冷えてるやつだからそうかも。味は保証しないけど食べてみる?」

「え、良いんですか?」

「同じのなら見てた通りすぐ作れるからね。まぁその代わりに率直な味の感想は聞かせてね」


 アイスを渡すと彼女はまじまじとそれを見つつ先端を口に入れ小さくかじり取る。

 ガリッ!って音が聞こえなかったことに安堵しつつそのまま見ていると、少女の頬が次第に緩みだしてきたのが分かった。


「冷たい……美味しい……」

「食感とかどう? 硬いとかあれば教えて欲しいかも」

「あ、えーと……どうでしょう。食べるの初めてですし……あまり気にならないかも、です」


 シャクリシャクリと二口三口と続けて食べる様子を見る限り、どうやら不味いと言うことは無さそうでほっとする。

 とりあえずこのまま残りも作っちゃうか、と作業を再開しようとしてとても嫌なことに気づいてしまった。

 先程までスマホ談義に盛り上がっていた生徒が少女の食べるアイスと自分を交互に見ていたことに。

 羨ましい、自分も欲しい、一人だけずるいなんて怨嗟の声が聞こえてきそうだったので彼らの分も作ることを即座に確約。

 正直血走りそうな目を向けられて恐怖に屈したとも言えるが判断は間違ってないと思いたい。


「とりあえず一本ずつだからね?」


 自分のちょっと優雅な昼食はいつの間にか食堂での猛獣の餌やりに変わっていた。

 食後と言うことで彼らが空腹で無いのがせめてもの救い、とポジティブ思考をひねり出しアイスを作っては一人一人に配っていく。

 結局自分の分を作ることなく果実水は底を尽いてしまった。


(……でもまぁいいか)


 目の前ではうまいうまいと美味しそうにアイスを食べる生徒達。

 自分が作った物でこう言ってもらえたのは初めてではないだろうか。料理が出来ない自分からすればこの光景はとても嬉しいものである。

 料理人の人もこういう顔が見たくて職に就いたのかなぁ、なんて思っていたそのときだった。


「ねぇ、それなぁに?」


 がっしりと肩を捕まれる。力が徐々に増し、ギリギリと万力のように肉が締め上げられる。

 錆びたロボットのような動きで後ろを振り向くと、そこには当食堂の料理人であるおばちゃんがいた。

 彼女はとてもにっこりとしていたが……怖い。圧が物凄い。

 怒ってるわけではないが、例えるならそんな良いものどこから出したの?と言ったところだろう。


「ちょ、助け……!」


 アイスを食べてた生徒に助けを求めるが時すでに遅し。危機察知能力は高かったようで、全員が忽然と姿を消していた。

 残ったのはアイスが刺さってた串が五本にご馳走様でしたという書置きのみ。

 いや、あと一つ。が逃げ遅れていた。


「良い手見つけてくれたみたいで嬉しいわぁ。もちろん作ってくれるわよね?」

「イエス、マム……」


 そのまま首根っこを捕まれ厨房の方へと引きずり込まれてゆく。




 後年、この学校の新入生に先輩が語る。

 昔一時期ではあるが、この学校には《氷菓の魔術師》と呼ばれる旅の魔術師がいたと。

 果実水だけで美味しい氷菓を量産し、この食堂の日間売り上げレコードホルダーになった男がいたことを。


 実際は売れ残り果実水が無くなるまで厨房の奥で作り続けただけなのだが、その事実を知るものはほんの一握りだけであった。



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