第75話 貿易都市クロードにて


 貿易都市クロード。

 人王国の丁度中央付近に位置するこの都市は王都や地方へ繋がるハブのような役割を持つ都市である。

 その為国内品はもちろんのこと、他国の品も集まりやすいところでも有名だ。

 『◯◯が欲しい? だったらクロードに行けばいいんじゃね』と、とりあえず物を探すならまずクロードと言われる程、この都市は物流が盛んである。


「うわ、人多いなぁ」


 王都に勝るとも劣らない街を囲う壁の向こう。

 馬車の中から見えるのは大通りに広がる人、人、人。活気なら王都以上かもしれない。


「兄ちゃんは王都出身かい? 人口自体はあっちが多いだろうけど、ここは訪れる人が王都以上だからな。数だけならこっちが上だと思うぜ」


 そう教えてくれたのは馬の手綱を握る陽気な業者の男性だ。

 乗り合い馬車の降り口に着くと彼に礼を告げ馬車を降りる。

 大通りは三階建て以上の煉瓦建ての家や商店が立ち並び、そこかしこで露店商や客引きの商人の声が聞こえてくる。

 もうすぐ日が暮れそうだというのにまだまだこれからだという周りの雰囲気が自然と伝わってくる。


「ヤマル、どうする? 少し見て回る?」

「う~ん、ここのところずっと馬車だったし今日は休みたいかな。明日しっかりと見たいかも」

「ん」


 とりあえずこんな人ごみではポチとはぐれそうなので定位置あたまのうえに移動してもらう。

 さて、ここでようやく出番なのが女将さんから貰った宿屋メモだ。

 今までの宿場町では規模が小さいせいか宿の数もそこまで無かったので載ってなかったが、クロードともなればメモにもばっちりお勧めの宿が書いてある。

 幸い大体の位置も書いてあったので迷わずに済みそうだった。

 ただ人混みを掻き分けるように進むもあまりの人の多さに何度かコロナとはぐれかけてしまった。なので彼女にはこちらのバックの肩掛け部分を掴んでもらうことにする。

 ……なおシチュエーションと大義名分はあれど手を繋ぐ勇気など自分には無い。


 そんなこんなで人の波に抗いながら前に進むことすら苦労していると、只でさえ多い人がまるで壁のように形成されている場所にぶつかった。

 中々前に進まないと思ったらこの人の壁のせいらしい。


「どうしたの?」


 身長が低いコロナでは現状頭上以外は見えるのは人の背だけ。急に止まったこちらを不審に思ったのか、バッグの肩紐を軽くひっぱりそう問いかけてきた。


「なんだろ、人が集まってて止まってるみたいなんだけど……」

「大道芸人……じゃないみたいだね。音聞こえないし」


 相変わらず聞こえるのは客引きの商人らの声で、路上パフォーマーが何かやってるような音楽も声も聞こえない。

 と言うかなんの集まりだろう。集まっているのは若い女性が多く、中には恋人と思しき男性も一緒にいるが何か忌々しげな表情で恋人の顔を見ている。


「有名人でもいるのかな」

「有名人……いるの?」

「さぁ、ここからじゃ見えないしなんともだけど」


 この世界に芸能人のような職種は聞いたことないが、例えば貴族の嫡男とか地方ごとの有名人ならばいそうな気はする。

 ともあれ少しだけ興味が沸いた。俗っぽいことから離れてたためそっちに飢えてたのかもしれない。

 日本だと芸能関連ニュースなんて全然興味無かったのに、いざ無くなればこんな感じになるとは我ながら現金なものだと思う。

 コロナにその旨を伝えると彼女はいま一つ乗り気ではなかったものの付き合ってくれることになった。


「さ、気合入れていくよ」

「ヤマル今日は妙にテンション高いね……」


 いざ行かん人の壁へ。

 外殻から突撃、人の隙間を縫って前に前に……と思ったら思いっきり外に弾かれた。

 再び突入を試みるも中々凶暴化した女性陣の壁は強固なもので、外敵である自分の侵入を決して許さない。


「もぅ。ほら、ヤマルこっち」

「うぅ、面目ない……」


 コロナがこちらの手を握りまるで迷子を案内するように人の壁へと歩いていく。

 彼女の目には自分には見えないものが見えているのか、先ほど弾かれたのが嘘のようにするすると前に前に進んでいく。

 そしてある程度進むと急に人の壁が消えた。どうやら最前列に着いたらしい。

 なるべく目立たぬようしゃがみこみ前を見ると、そこには大道芸人も商店もなく一人の男性が建物に背をつけていた。

 彼を中心に半円状にまるでバリアでも張ってるかのように数メートルほど空間が出来ている。

 そして男性を見た瞬間『あぁ……なるほどね』と色々察した。


「わぁ……ものすごいカッコイイ人だね」


 うん、コロナが言っていることが全てである。

 自分よりやや高めの長身。体つきも太すぎず細すぎず、それでいて適切な筋肉がついているのが服の上からでも窺える体つき。

 蒼い髪と目が特徴のイケメンは何か落ち込むことでもあったのか物憂げな表情をしている。

 だがそれですらまるで一枚の絵画のように様になるのは彼から溢れる一種のオーラのようなもののせいだろう。

 周りの女性もひそひそとその男性について、ある人は様々な妄想を膨らませそれを語り合い、ある人はその容姿に賞賛を述べ、ある人は隣の彼氏にテンション高く話している。

 特定の相手が居ない女性はともかく、彼氏持ちの子はもう少し隣の人に気を配ってあげて欲しいと心の中で願う。あまりにも不憫だ。


「あ、あの……もし宜しかったら私達と一緒にお茶でも……」


 中には勇気ある女性が彼に話しかけに行く。

 もちろんあんな人に話しかけることも勇気ある行動に違いないが、それ以上にこの女性がひしめく最中声をかけにいけるのは蛮勇を通り越して勇者ですらある。

 いや……違った。赤面したまま話しかける女性達は周囲のことなど目に入ってなかった。

 あるのは目の前の男性とこれから広がるであろう甘いひと時。ただしそれも夢に終わり、男性はやんわりとした口調で彼女達の誘いを断わる。

 悲しみに暮れる女性らが去る中、別の女性が誘うもこれも玉砕。何人かが入れ替わり立ち代り声をかけるも、男性は申し訳無さそうにそれを全て断わっていった。


「あれだけ声掛けられるなんてすごいね。誰か待ってるのかな」

「分かんないけど、こんな中で自分が待ち人ですなんて言ったらその子大変なことになりそうだけどね」


 羨望を向けられるならまだ良いだろう。

 嫉妬に身を焦がした他の女性がどのような行動に出るか、考えただけでも恐ろしい。


「コロは行かないの? ワンチャンあるかもよ」

「あはは、行かないよ。確かにかっこいい人だけど一緒にいると緊張して疲れちゃいそうだし」


 無い無いと表す様に右手を目の前で左右に振るコロナ。

 彼女の好みに合わなかったのか、単に獣人全般がそうなのか不明だが、あのイケメンですら彼女の食指は動かなかったらしい。

 その間にも次々に築かれる振られた女性の山。

 それでもこの場を離れないのはまだ未練があるのか、単にミーハーなだけか。はたまた彼を奪う泥棒猫の顔を心に刻もうと思ってるのか。


「ヤマル、そろそろ行こっか」

「あー……そうだね」


 人だかりの謎も解けたしいつまでもここには居れない。だからそろそろ宿に行こう。

 と、コロナはそのつもりで言ったのだろうし、それは自分も分かっている。

 しかし立ち上がり向かう先は正面にいる男性の方へ。横に居たコロナがえ、え、と困惑していたが、それに構わず彼に向けて軽く手を上げる。


「や」

「……?」


 まさか同性から声を掛けられると思ってなかったのか、男性がゆっくりとこちらの方を見る。

 すると物憂げな表情が徐々に明るくなり、まさに破願一笑とばかりに笑顔を向けてきた。


「ヤマルさん、貴方生きて……!」

「久しぶりだね、セーヴァと会うのはあれから初めてだもんね」


 感極まったのかこちらに抱きつき喜びを表すセーヴァ。

 コロナが一層困惑し周囲では鼻血を出す女性が続出する中、互いに抱擁を交わし久方ぶりの再開を喜び合うのだった。



 ◇



 大通りの一角で淑女の方々が鼻血を噴出す奇怪な惨状が広がる中、セーヴァを連れてそそくさとその場から離れることにする。

 いかんせんセーヴァはいるだけで目立ちすぎる。大通りから一本道を外れた路地で彼の話を聞くことにした。


「びっくりしたよ、こんなとこにいるなんて」

「それはこちらもですよ。まさか会えるなんて思いもしてませんでした」


 あぁ、顔だけじゃなく性格もイケメンとか神様不公平だなぁと思う。

 何がずるいって普通こんな完璧超人の同性がいたら嫉妬や羨望の負の感情出てきそうなのに、そんな感情を微塵も思わせない彼の人柄の良さが雰囲気として出ているせいだろう。

 さっき回りでイラついてた女性の彼氏達もセーヴァにではなく自分の恋人に怒ってたし。


「それであんなところで何してたの? 誰か待ってたとか?」

「あ、いえ。ただなんとなくいただけなんですけどね……」


 何となく居ただけでアレか。流石と言うか何と言うか……。

 

「ヤマルさんの方こそなぜここへ? と言うかそちらの方は?」

「あ、えーと……」


 現状コロナはポチを抱いて自分の後ろに隠れてしまっている。

 別に人見知りする子ではないのだが、目の前のセーヴァに緊張でもしているのだろうか。先ほどそんなこと言ってたし。


「あ、ここで話すのもちょっとあれですよね。どうでしょう、今晩の夕食ご一緒にいかがですか? ラット君やセレブリヤさんもきっと会いたいと思いますよ」

「あの二人も一緒なんだ。じゃぁ折角だしお言葉に甘えようかな」


 しかしまたすごい組み合わせである。

 職業に直せば勇者と盗賊と商人だ。一体何があってこんな編成になったのだろう。


「コロも大丈夫……だよね?」

「うん、大丈夫だよ」

「じゃぁ一旦宿取ってからそっち行くよ。それぐらいの時間なら丁度良くなるだろうし」

「あ、はい。では自分達の宿の方まで来てくれますか? 場所と名前は……」


 セーヴァから現在彼らが滞在している宿の名前と場所を聞く。もしかしたら自分たちが行こうとしていた宿かとも思ったがどうやら違うようだ。


「了解、宿取ったらすぐ向かうよ」

「えぇ、お待ちしてますね。それでは」


 軽く会釈し彼らの滞在先であろう宿へと向かうセーヴァ。

 路地裏から出た瞬間淑女の波に飲み込まれていったように見えたが、まぁ多分大丈夫だろう。


「さ、俺たちも行こうか」

「う、うん……」


 こちらも路地裏から出ると遠くからセーヴァの悲鳴が聞こえた気がしたが……まぁ女性に囲まれるのは勇者の宿命みたいなもんだ。

 世のもてない男性とのバランスを取ってくれてるのだろう。頑張れと心の中でエールを送りメモに記された宿の方へと向かう。


「あ、コロごめんね。勝手に決めちゃって」

「ううん、ヤマルの知り合いの人なんでしょ。久しぶりに会ったんだし大丈夫だよ」


 良い子だなぁ、と感心する反面、先ほどがら少し気になることを聞いてみることにする。


「そいえばコロってセーヴァ苦手? ずっと後ろに隠れてるとか珍しいけど」

「え、うーん……嫌いって訳じゃないよ。嫌悪感とかそういうのは無いし……なんでだろ?」

「まぁ世の中よく分かんないけど何となく苦手意識持つ人もいるし、その類かもね」


 少なくともラムダンらとは普通に話してたし、自分と初めて会った時も物怖じしてなかったので男性が苦手ってわけでもないだろう。


「まぁどうしてもダメって思ったらちゃんと言ってね」

「うん」


 現状同じ召喚者の彼らよりはコロナの方がずっと大事だ。彼女を蔑ろにする事は絶対に出来ない。

 ともあれもう約束はしたんだし、早々に宿を取って彼らの所に向かうべきだろう。

 大通りを何とか歩き、そこから一本外れた路地に入った先にその宿があった。

 どこか王都の女将さんのお店に似てるその宿は中に入るとやはりあちらと同じで一階は酒場を兼用してるような造りだった。


「すいませんー」

「はいはい、ちょっと待ってねー!」


 奥の方から中年の女性と思しき声が聞こえてきた。

 バタバタと中々重量のある足音とともに予想通り中年の女性が現れたのだが……。


「「女将さん!?」」

「あら、どちら様かしら」


 出てきた女性の姿にコロナ共々思わず驚愕の声が上がる。出てきた女性は王都の女将さんにそっくりの女性だった。

 いや、そっくりと言うかむしろ本人にしか見えない。何らかの手段で先回りしたと言われた方がまだ納得出来そうだ。


「あ、いえ、その……もしかして王都で宿してたりとか……?」

「王都? あぁ、あの子のお店ね。従姉妹なのよ、私。知ってる人はよく間違えるのよねー」


 カラカラと軽快に笑うその顔その仕草はまさに女将さんそのものである。

 従姉妹でもここまでそっくりに似るものなのだろうか?

 ……まさかと思うがこのメモに書かれた店、全部同じような感じじゃないかと不安が過ぎる。

 某国民的ゲーム原作のアニメで回復センターに主人公が行く度に同じ顔のピンクの看護師さんが出てたけど、もしかしたら最初見たときの主人公もこんな気持ちだったのだろうか。

 まぁあっちは綺麗なお姉さんでこっちは肝っ玉母ちゃんって明らかな違いがあるけど。


「……なんか変なこと考えてないかい?」

「いえ別に。それでお部屋空いてるのでしたらお願いしたいんですけど」

「あいよ。部屋は隣り合わせでいいわよね」


 何故知っている。いや、男女ペアなら二部屋用意するのは別に不思議ではないか。

 いやしかしこの人なら……うぅん……。


「ヤマル、ほら。待ち合わせあるんだし」

「あ、うん。ではよろしくお願いします」

「はいはい、連泊するときは朝に言っとくれ。カギはこれね、何かあれば聞きに来てくれてもいいけどあんま夜遅いと寝てるから早めにね」

「わかりました」


 鍵を受け取りそのうちの一つをコロナへと渡す。

 そしてとりあえず一泊分の料金を支払い荷物を部屋に置いてセーヴァ達の宿へと向かうことにした。

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