第76話 近況報告


「それでは、久々の再会を祝って……乾杯!」

『乾杯ー!』


 キン、とガラス製のグラスが甲高い音を上げる。

 今までの木製グラスとは違いガラスの甲高い音に懐かしさを覚えながら、こうして食事会を開いてくれたことには本当に感謝しかない。

 何せ日本にいたときのこういう場は割と居心地悪かった思い出しかない。基本飲めない人間だから酒に逃げることも出来なかったし、結果足代わりになったり酔っ払いの相手させられたりと碌な思い出が無かった。

 だが今日は違う。この食事会はセレブリアがわざわざ自分達の為に場を整えてくれた。


 あの後彼らの宿に迎えに行くとそこは一目でわかる豪華な建屋であった。コロナと二人で場違いなのを感じていると程なくして中から三人が現れたのだ。

 そして挨拶もそこそこに案内してくれたのがこのお店。

 ドレスコード大丈夫だろうか、と不安になるぐらいの店構えでありコロナと一緒に半ば青くなっていると、そんなこちらの気持ちなどどこ吹く風と言った感じでセレブリアが中に入る。

 すると出迎えたのはこのお店のオーナーだった。それどころか彼が直々に個室まで案内してくれた。

 以前の世界では商人してたとは言っていたが、ここに来てからもその手腕を存分に発揮していたのが良く分かる一幕であった。


「で、で。兄ちゃん。そこの子の紹介してくれよ」


 プハーと一気に一杯目を飲んだラットが前のめり気味にそう促してくる。

 久方ぶりに会ったラットもセーヴァ同様自分との再会には喜んでいたが、それ以上に一緒にいたコロナに興味津々だった。

 とりあえず自己紹介は必要だったので、改めて自分を除く全員が互いに挨拶を交わす。

 一応コロナには自分が異世界人という事を含めた話をしていることを彼らに伝えた。そして彼らも各々が全員別の世界からやってきたことを明かし今は王城で仕事をしていることを話す。

 そんな当たり障りの無い会話が続く中、未だ興奮冷めやらぬ様子なのがラットだった。

 落ち着きなよ、とやんわりと諭すも、彼は彼で思うところがあるらしく二杯目を頼みながら熱く語り始める。


「だってケモミミだぞケモミミ! その破壊力は兄ちゃんなら分かるだろ!」


 確かに言いたいことは分からなくもないが、何故俺に同意を求めるか。

 横を見るとセーヴァとセレブリアがそんなに珍しいものですか?みたいな顔をしている。

 こちらで見慣れたか、はたまた自分の世界ですでにいたか、単純に興味がないだけか。

 そこで察する。一緒にいた彼らから同意されなかったので仲間が欲しいんだろうなぁ、と。


「それによぅ、女っ気がこのメンバーだと無いんだよぉ……。だっておっさんとイケメンだぞ……」


 アルコールが効いてきたのか今度は泣き出し始めるラット。

 テンションの落差に戸惑いつつも泣き上戸モードに入った彼はグチグチと今までの不満を言い始める。


「ずっと男だけだぜ、気が滅入るんだよ……。しかも表立って行動出来なかったし、女はみーんなセーヴァの方いっちまうし……」

「うんうん、辛かったね。でもラットはちゃんと頑張ったんだよね」

「兄ちゃーーん!!」


 ぽふぽふと肩を優しく叩くとグラス片手にこちらの胸に飛び込むラット。

 酔っぱらいは適切に処置をするに限る。日本での悲惨な飲み会で学んだ経験を駆使しラットをあやしていると、今度はセレブリアがやや赤くなった顔で尋ねてきた。


「それでヤマル君はどうしてこちらに?」

「あぁ、それはですね……」


 とりあえず城から出た後の話をざっくりであるが説明をする。

 途中でラットが『兄ちゃんも苦労してんだなぁ……』とまた泣き始めたがそちらは放っておき、現在は召喚石を手に入れるためにドワーフのところに行くと話した。

 するとセレブリアが顎に手を当て少し難しそうな表情を浮かべる。


「少し難しいかもしれませんな」

「と言うと?」

「ヤマル君は先日の地震……あー、地面が揺れるやつは」

「あ、はい。知っています」


 話を聞くとセレブリアたちも出先であの地震にあったらしい。

 だが王都同様地震のことを知ってる人は全くおらず、セレブリアとセーヴァが適切に周りを助けるよう動いてたそうだ。

 ラットも最初こそは住人同様慌てていたようだったが、仲間二人が適切に動いてたためすぐに持ち直したらしい。

 こちらでも王都での被害状況を事細かに彼らに話す。一応携わったため、普通の人達よりはその辺は詳しく説明出来た。


「そちらの方が揺れも被害も大きかったか。まぁその地震のせいで橋が落ちたりがけ崩れが起こった場所があったらしくてね。ヤマル君たちが行こうとしてる場所も寸断されてるみたいなんだよ」

「うぇ、マジですか……」

「まぁこの国と獣亜連合国を繋ぐ道だ。復旧には力入れてるだろうが、正直どうなってるか分かんないね」


 どうしよう、とコロナと互いに顔を見合わせるがこればかりはどうしようもない。

 ここまでは割となだらかな道のりだったため気づかなかった。この世界に耐震設計なんて無いのは分かっていたのだから少し考えれば分かりそうなことなのに。

 ……いや、結局分かったところでどうにもならないか、と頭を切り替える。心構えは出来るが、結局現地に行かなければどうなってるか分からないのだから。


「僕たちも王都帰る途中なんだけど最短経路がダメになってて、またいで迂回してきたんだ」

「もう大変だったんだよー。あのどら息子、口を開けば録なこと言わねし……」

「どら息子?」

「そーそー。あいつ自分の立場全っ然分かってなくて……」

「んっほん!」


 セレブリアが咳払い一つ、この話題を強制的に打ち切る。

 自分らに聞かせたくない話なのだろう。ならばこれ以上はこちらからは問うことはしない。


「それよりも最近の王都の話良かったら聞かせてもらえませんか。何せ情報の伝達が遅くて中々分からないことが多くて」

「いいですよ、何話しましょうか」

「そうですね……最近擁立されたレーヌ女王様のお話でも何か聞いていればお願いしたいですな」


 城を脱走して一緒について来掛けました、って話は多分望んでないんだろうなぁ。

 とりあえず当たり障りの無い話をし、代わりに彼らが行ってた場所の話を聞く。

 三人が行って来たのはドラムス領と呼ばれるとある地方。流石に仕事内容までは聞けずその地方の特産品の話や向こうであった面白い話などこちらも当たり障りの無い会話が続く。

 それでも久方ぶりに会えば話も弾むもの。

 特にセレブリアは商人としての技能か話術が上手く、まるで自分がその場にいるように話してくれるので聞いていて全然飽きなかった。

 最初は緊張していたコロナもセレブリアの話を聞いていくうちに徐々に楽しそうになってるのが一目で分かる。まだ行ったこと無い地方の話を聞いていくうちにその情景が思い浮かんでいるのだろう。

 そんなセレブリアの話を肴にお店が出す料理に舌鼓を打つ。

 それはとても楽しい夕食のひと時だった。



 ◇



 楽しい時間はあっという間に過ぎていくようで。

 すでに料理も出し終わり、まったりとした時間が流れていく。

 ラットは酒に弱いのか早々に酔いつぶれており、椅子に仰向けになって海老反り状態でいびきをかいていた。器用な寝方をするなぁと思う反面、起きたときが大丈夫か心配になってくる。

 コロナもここに来て緊張の糸が切れたのかテーブルに突っ伏して寝入ってしまっていた。ポチとともにすやすやと小さな寝息を立てており流石に起こすのが憚られる。

 そして残った大人三人がグラス片手に話を続けていると、不意にセレブリアが目を伏せた。


「……先ほどの話なんですがね」

「ん?」


 本日何杯目かの果実のジュースを口に含みながら彼の話に耳を傾ける。


「一応ヤマル君には話しておこうと思いまして。我々がこちらに呼ばれた理由、その元凶になった者の捕縛が今回の仕事でした」

「元凶って言うと……王妃様では?」

「それはあくまで実行犯ですよ。禁呪の魔道書を準備した人が不明だったでしょう?」


 ポツリポツリと王族があのようなことになったその後のことを話し始める。

 自分たちが呼ばれたのは国が傾きかけたため、その建て直しに十人もの異世界人が呼ばれた。

 一応その目論見は成功し、まだまだ不安定な部分はあるも徐々に国は建て直され元のように戻りつつある。

 それと同時に行われたのが今回の一件だ。いくら王妃といえど真っ当な人間であればあんな物を手に入れる伝手は普通はない。

 今回はたまたま外に王家の血を引く人間がいたが、もし次があるとすれば今度こそ途絶えてしまう。

 その為スヴェルクの《真実の眼》で大よその犯人のめぼしをつけた後、問題解決に当たったのがセーヴァたち三人だったそうだ。


「先ほどラット君が少し口を滑らしましたが、この件の主犯格と言える人物を拘束しております。私達の現在の目的は彼を王都まで無事届けることですな」

「あぁ、それがさっき言ってたどら息子ですか」

「えぇ、ドラムス領の領主の三男坊。彼が中心となって色々やったようですな」


 元々領内でも評判は悪く、あまり素行が宜しくない人との繋がりもあったらしい。

 彼以外の領主一家は善人ばかりであり、そのせいか三男のことをあまり快く思っていなかったそうだ。

 それは三男も同じようであり、出来の良い家族にコンプレックスを抱いていたなんて話もある。


「禁呪の魔道書を手に入れた証拠も残ってました。まぁ正直なところ色々手配したのは彼で間違いないでしょう。ただ魔道書を用意した者とそれを届けた方法が不明なのが不可解ですが……」

「ともあれ僕達はしばらく滞在して証拠を集め、領主代行の許可を貰って拘束させてもらったわけなんだ」


 領主本人は現在王都にいるため、代わりに領主代行の長男の許可の下彼を拘束した。

 様々な証拠が残ってる辺り割とその辺は杜撰だったらしい。一度きっかけを作り部屋を捜索したらボロボロと出てきたそうだ。


「とは言え正式に逮捕や刑の執行は王都でなので、現状手荒な真似が出来ないわけでして。ラット君の不満が溜まってるのもそのせいですな」

「……あの、その人なんでそんなことしでかしたんですか?」


 その三男があまり頭良く無さそうなのは今の話で何となく分かる。

 しかし彼が何故王妃に魔道書を渡し王家に害を与えようとしたのかが分からない。


「その前にヤマル君は貴族の相続はどの様な感じかご存知ですか?」

「え? えーと、基本は長男で何かあったときは都度男子の年上順でしたっけ。ただ後継者を指定した場合はその限りじゃないとか」

「大よそその通りですね。ドラムス領も長男が継ぎ、次男は長男が何かあったときのための人です。正直三男である彼は素行の悪さも相まってこのままでは何も相続出来ません」


 まぁそうだろう。単に遺産を相続するって話ではない。

 貴族の相続は資産のみならず責任をも相続するもの。領主一族として仕事が出来ないのであれば、それこそ将来なんて限られてくる。


「まぁあくまで彼と話した上で人となりを見た結果の推測ですが……彼は見返してやりたかったと思うのですよ。自分を疎ましく思った家族や領民を」

「う~ん……でもそれならやる相手は長男か次男辺りなのでは?」


 上二人が居なくなれば必然と次期領主はその三男坊である。

 しかし彼がターゲットにしたのは何故か王族。王たちが死んだところで彼が王になれるわけないのに、一体何を考えているのだろうか。

 まさか王を打ち倒した自分が次期王と言いださないよな……。


「自分の身内にすると真っ先に疑われるのが彼ですからね、それは避けたんでしょう。それと死んでしまっては上二人からの羨望の目がもらえないと思ったかもしれません」

「……なんかその話し方だと、その三男坊が羨望されるような地位に立てるみたいに聞こえるんですが」

「もしかしたら立ったかもしれませんね。何せ彼はレーヌ様の婚約者でもありますし」

「は?」


 え、あの子婚約者居たの? 確かまだ十歳かそこらだったはずだが……。いや、貴族としたら普通なのか?

 でも少し早すぎるような気も……。

 そんな驚くこちらの様子に何とも言えなさそうな顔でセレブリアは話を続ける。


「元々女王様は王族の遠い親戚とは言え地方貴族の方でしたからね。家の繋がりのために結婚することはままありますよ」

「政略結婚ってやつですか……」

「ドラムス領はそこそこ大きい土地に農業が盛んですからね。縁談先としては申し分無かったと思います。当時ではよくありふれた話だったみたいで、特に話題に上がることも無かったようですね」

「……あの、なんか物凄く頭痛い考えが出てきそうなんですけど」


 頭に過ぎる、あまり考えたくないとてもバカらしいアイデア。

 俺ですら思いつくことだが、仮に自分が三男坊の立場だったとして実行に移すだろうか。


「まぁ多分予想してる通りですな。王族が全員居なくなれば、レーヌ様にもお鉢が回ってきます。上手く行けば婚約者である自分がそのまま王族の仲間入り、なんて考えるかもしれないですね」


 予想通りの答えに頭を抱えたくなる。

 そもそも結果的にレーヌが女王になったが、それ以外のパターンだって色々あったはずだ。

 そんなバカなことを実行したせいで王族が軒並み殺され、国が傾き、俺たちが呼ばれる羽目になった。

 ……一発ぶん殴ってもバチは当たんないよな、流石に。


「……ちなみにその婚約者の繋がりって今でも有効だったりするんですか?」

「国王代理……いえ、今は摂政殿でしたか。彼が言うには前例が無いためなんともですが、多分切れて別の方と婚約しなおしの方向になるそうですな。まぁどちらにせよこの件で婚約者どころか犯罪者として断罪されるでしょうし、彼の命運は尽きたと見て良いでしょう」


 まぁ当然だろう。

 レーヌは生まれや育ちはともかく王族としての血を引いてるから女王になった。そんな女王の伴侶が一地方貴族の三男坊なんて誰も認めないだろう。

 普通に他の有力貴族から潰される可能性だってあるだろうに、そこまで頭が回らなかったのだろうか。

 ……回るわけないよなぁ。そんな頭あればこんなことしないし。


「まぁとりあえずは一歩前進ですか」

「ですな。夫婦石あればもっと早く事が済んだんでしょうが、いかんせん連絡手段が限られているのは考え物ですな」

「夫婦石?」

「あぁ、自分の世界にあった感応石のことです。割ると遠くにいても互いに連絡がとりあえるのですよ。王城に一つ欲しかったですが、この世界にはないみたいでしてな」


 やっぱり遠距離通信を知っている人にとってはこの世界での不便さは顕著だ。

 特に商売人として手腕を発揮するセレブリアにとっては情報の正確性と鮮度は何よりも重要だろう。


「今更では遅いかもですが、王城と連絡取れますよ?」

「本当ですか?! 今からでも是非!」


 よっぽど話したいことがあったのか、セレブリアに頼まれるままスマホでメムを呼び出す。

 話し相手は摂政かスヴェルクだ。どちらも忙しい人なので折り返し連絡をすると言うことで少し待つことになった。


「いやー、ヤマル君のそれはやっぱり良いですな。私に売りませんか?」

「でもこれ自分いないと三日で動かなくなりますよ」

「むぅ、それは残念……」


 そして待つことに十分少々。

 スマホが鳴り出ると相手は摂政だった。セレブリアからの連絡ということで飛んできたらしい。


「じゃあこれ使って話して下さいね」


 使い方だけ軽く教え、スマホをセレブリアに貸すと彼はお仕事モードになってしまった。

 邪魔するわけにもいかないので残ったセーヴァと差し向かいで飲もうかと思い彼を見ると、昼間見たようなどこか元気の無い表情をしていた。


「どしたの、悩み事や愚痴なら聞くよ?」


 そんな有り触れた言葉をかけると、何故かセーヴァが珍しいものでも見るかのように目を瞬かせている。

 あれ、そんな変なこと言っただろうかと少し不安になる。しかし誰だって知人があんな顔してたらそれぐらい気に掛けるだろう。


「あ、すいません。そう言ってもらえたの本当に久しぶりでして……」


 どこか懐かしむように軽い笑みを浮かべ、セーヴァはグラスに入った果実酒を一口つける。


「その、自分が弱音吐いても良いんでしょうかね。元勇者で救世主としてこの世界に来てますのに」

「別に良いんじゃない? 誰だって大なり小なりあるだろうし。それに旅の恥は掻き捨てって言うし、俺は獣亜連合国行くからここで変なこと喋ってもまた会うときにはほとぼり冷めてるだろうしね」


 カムカム、と少しだけせっつかせるように背中を押してあげる。

 セーヴァの性格上、多分こっちがやや強引にいかないと喋りづらそうだと踏んだからだ。

 その予想は的中し、では……と彼が少しずつ話し始めた。


「少し長くなるかもですが……」


 そうして語られる、勇者のその後の物語——。

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