第74話 旅立ち


「はい、これお弁当ね。いつも通りスープもその筒に入れておいたから仲良く分けなさい」

「あ、女将さん。ありがとうございます」


 女将さんからお昼を受け取りいつも通りバッグへと仕舞い込む。

 ただ今日のバッグはいつもより中身が詰まっていた。

 何せ今日は獣亜連合国へ向け出発する日だ。あれやこれやと旅の準備をしたら荷物もそれなりに増えるものである。

 そんな少し多くなった荷物を押し退ける形でなんとか弁当と水筒の収納に成功した。


「あっちまで遠いんだし、あんた弱いんだからあんま無茶しちゃダメよ」

「あはは……気をつけます」

「コロナちゃんもしっかりとね」

「はい! お世話になりました!」


 ぺこりと頭を下げるコロナの背中には自分とは違いリュックを背負っていた。

 両手が空きなるべく体に固定出来るリュックタイプがコロナのお気に入りなのだそうだ。


「それとこれ。もし他の町で宿に困ったらこれ見なさい」


 差し出されたメモ帳のようなもの。

 中を広げると各町の名前と何かのお店……おそらく宿名が記されていた。


「あたしが知る限りの良い宿よ」

「何から何まで……本当にありがとうございます」

「いいのよ。さ、しっかり行っておいで!」


 バシンと女将さんに背中を後押しするように叩かれ今まで世話になった宿を後にする。

 最後に一度振り返り頭を下げては今度こそ前へと歩き出した。



 ◇



 王都正門にはこの時間はいつも大勢の人だかりが出来る。

 行商人や冒険者、自分達みたいに他の街へ旅立つ人等毎日様々な人が出入りするのだ。

 そしていつもは徒歩で表に出るが今日は違う。門から少しだけ離れた場所にある乗り合い馬車の方へと向かう。

 日本みたいに長距離の直通便は無い。目的地方面へ行く馬車に乗り継いで行くのがこの世界の常識だった。


「すいません、二人分空いてますか?」

「はいよ、二人ね。上限付きだが荷物は別料金で乗せれるがどうする?」

「いえ、そこまで多くないですので大丈夫ですよ」


 荷物は嵩張るので出来るだけ減らしておいた。

 もちろん必要なものはちゃんと確保してあるし、何より《生活魔法》で色々代用出来るのが大きい。

 それにこれから辿るルートを事前に調べたところ、夜営自体あまりなさそうだというのもあったからだ。

 各地には馬車で一日ぐらいのところに大体宿場町が点在してある。

 特に王都へ続く道はまさに流通の大動脈だ。ここを逃すような領主も商人もおらず、自然と街が形成されていったようだ。


「兄ちゃん達の馬車は前から二番目のやつだ。出発はもう少し後だからゆっくりしててくれ」

「分かりました」


 業者にお金を払い馬車の方へ向かう。

 小ぢんまりとした幌馬車だがまぁ乗り合い馬車はこんなもんだろう。

 中に入ると左右の端に沿うように長椅子が二つ置かれているだけだった。

 コロナと肩を並べて座るだけで長椅子の半分を占めてしまう。乗れて八人といったところだろう。


「ヤマル、本当に馬車の護衛しなくて良かったの?」

「まぁコロをそっちに回すのは最悪お金が危なくなってからだしね。護衛すると俺だけじゃなく他の人も対象になるわけだし」


 旅をするにあたりコロナと最初に決めたのがどうやって移動するかである。

 コロナが言うには大きく分けて二つ。

 一つは徒歩で移動。メリットは移動におけるお金がかからないことでありかなり自由に行動出来る。ただし移動速度は言わずもがな、また自分の身は自分で守らなければならない。

 もう一つは今回選んだように馬車を使う。移動速度は歩くより早いし、何よりこのように長距離移動をする乗り合い馬車には大体傭兵ギルドの護衛が何人か付く。デメリットは金銭が発生することだが、これはまぁ当然のことだろう。

 一応コロナを馬車の護衛につければ彼女はお金を貰いながら移動することが出来る。ただし仕事なので危険は伴うし自分に付きっきりというわけにもいかないので今回は止めておいた。

 その他自前で馬車を用意するなんて人もいるがこれは割愛する。


「しかしどんなとこだろうなぁ。コロみたいな人がたくさんいるんだよね」

「東側はね。西側は亜人が多いから思ったよりは見ないかも」


 期待半分不安半分。まだ見ぬ土地はわくわくするがそこは異世界。

 いきなり魔物に……なんてことも考えられるし、なるべく旅行気分は抑えていこうと思う。

 ……うん、出来れば、可能な範囲で。


 そんなこんなでコロナと談笑しながら時間を潰していると、程なくして何人か乗り合いの客が入ってきた。

 若いカップル風の男女が自分達の向かいに座り、続いてフード付きマントを羽織った小柄な女の子が自分の隣に座る。

 最後に恰幅の良いおじさんが残った席に腰掛けると、業者の人がこの馬車はこれで全員と教えてくれた。

 ただ積荷があるためもう少しだけ待って欲しいとのこと。

 急ぐ旅でもないしとりあえず今日中に宿場町に着けば良いかと思ってたら、椅子の下ですでに陣取っていたポチがズボンの裾を引っ張ってきた。

 なんだろうとポチを見ると、何か言いたそうに隣の女の子を見ている。ポチにつられるようにこちらもその子を見ると、見られたことに驚いていたのかびくっと体を震わせ反対側を向いてしまった。

 顔はフードのせいで分からないが、外に出た銀色の髪が馬車内に差し込む朝日に反射して中々綺麗――。


「…………」


 半ば確信めいた嫌な予感がし、ポケットからスマホを取り出し通話モードにする。


「……もしもし、メム? ちょっとこっちに脱走者が」

「待って! 待ってーー!!」


 いきなりスマホを取り上げようとする女の子の魔の手をかわす。

 顔を覗きこむとそこには予想通り驚いた表情のレーヌがいた。

 ため息一つ、スマホを仕舞い込み代わりに彼女の両頬を罰とばかりに軽く引っ張りあげる。


「な・ん・で、ここにいるのかなぁ?」

「おひいちゃんいはいいはい!」


 中々柔らかい頬が自分の指で形状を変えていく。むにむにと擬音が出そうなぐらいひっぱられては流石のレーヌも涙目になっていた。

 いきなりのことに他の乗客も驚いていたが、やりとりから兄妹ケンカに見えたのだろう。それからは微笑ましそうにこちらを見ているだけだ。

 まさかこんなところにこの国のトップがいるとは夢にも思わないだろう。俺だって思わないし思いたくなかった。


「ほら、降りるよ」

「やだぁーー!」


 じたばた暴れるレーヌをまるで米俵の如く抱え上げ馬車を降りる。

 業者の人にこの子はキャンセルと告げると、ようやくといった感じで私服姿のレディーヤが到着した。


「ヤマル様、すいません!」

「いやほんと警備大丈夫ですか……?」


 一応この子は前科持ちなんだからもう少し気を配って欲しい。

 話を聞くとレーヌの服は自分みたいな冒険者風の服が欲しいとのことでレディーヤが部屋着として自作したものだそうだ。

 逃走経路は頑なにレーヌが口を割らないため不明だがそこはレディーヤに任せることにする。

 しかしレーヌのこの格好ではある程度街まで来たら見分けがつかないだろう。実際隣に座られても自分は気づけなかったし。


「ともかく、こんなことしたらダメでしょ。自分の立場考えるようにって言ったよね」

「だって最近、お話できなかったし……。それに今日から別のところ行っちゃうって言ってたもん」


 そう言えばお茶会のときにそんな話をした気がする。

 すると我慢出来なくなったのか、レーヌがこちらの胸に飛び込んで泣き始めてしまった。

 どうしよう?とレディーヤに目線を送るが、あちらもどうしましょう?とばかりに困った表情を返してくる。

 とりあえず彼女は連れて行くことは絶対に出来ないので何とか納得してもらうしかない。


「あー、ほら。用事済んだらちゃんと戻ってくるからさ。そのときにまたお茶会誘って欲しいかな。それにレーヌがちゃんと成長してしっかり国治めてる所も見てみたいし」


 これが日本の旅行なら心情的に連れていきそうだが、流石にここでは無理だ。

 なるべくやんわりと優しく問い掛けるように説得を試みる。


「レーヌ様、ヤマル様もこうおっしゃられていますし……」

「……ん、分かった」


 レディーヤにも言われ渋々といった様子ではあったがなんとか納得してくれたようだ。

 ポケットからハンドタオルを取り出してレーヌの顔をそっと拭き彼女をレディーヤへ引き渡す。


「それじゃ行ってくるね」

「……おにいちゃん、気をつけてね」

「ヤマル様、お帰りをお待ちしてますね」


 まさか女王様に見送られるとは思ってなかったなぁと思いながら踵を返し再び馬車へと乗り込む。

 なんだかんだで今のやり取りの間に丁度出発時間になっていたようだ。

 椅子に座ると馬車がゆっくりと門の方へと動き出していく。


「あ、まだ手を振ってるよ」

あの人レディーヤさんも甘いなぁ。早くつれて帰ってあげるべきだろうに」

「ヤマルがそれを言うかなぁ?」


 彼女らの姿が見えなくなるまで手を振り返し、街の外に出るとようやく椅子に腰を下ろす。

 一緒に乗ってるカップルやおじさんにも、妹さん可愛いとかいじらしいとか色々からかわれてしまった。

 それ、この国の女王様なんですよ、と言いたいのを心の中だけに留め当たり障り無い返答でなんとか誤魔化す。

 次話す時はどんな土産話出来るかなぁ、など考えつつ馬車はゆっくりと街道を進んでいった。



 ……なおその夜メム越しに話すことになるのをまだ自分は気づいていない。



 ◇



 王都を出て早一週間が経過した。

 トラブルらしいトラブルが起こることも無く、次の町に続く街道を今日も馬車に揺られて過ごしていた。

 戦争みたいな争い事はここのところ無いため野盗の類は殆どおらず、主要街道であり人通りが多いためか魔物もそこまで見かけない。

 たまにきても護衛の傭兵らが軽く追い払う程度で済んでいるので安全な旅路を満喫していた。

 とは言え一週間も過ぎれば物珍しい風景も流石に慣れてきてしまうわけで。


「でね、どれだけ打ち込んでも全部止められちゃうの。もう強さの次元が違うって感じだよ」


 車内ではコロナと話し続けるも、話題を探すのもそろそろ苦労してくる。

 そんな中、今日の話はボールドが帰ったあとのときのことだ。

 あの後地震の対策としてギルドへの指名依頼で自分が呼ばれた。基本会議だけの仕事だったのでその間コロナはやることがなかったのだ。

 流石に待たせるだけなのも憚られたため、コロナに何かやりたいことの希望はないかと聞いてみた。その結果サイファスに頼んで自分の仕事の間に彼が所属している兵士隊の訓練に混ぜさせてもらうことになったのだ。

 たった三日間だったもののコロナにも兵士隊の面々にもとても有意義だったらしい。帰りに皆にお礼を言われてしまった。


「やっぱ強かったんだねぇ。まぁ遺跡であんだけやってたんだから当然と言えば当然か」

「まさか全力出して一太刀も浴びせれないとは思わなかったよ……」


 サイファスとの模擬戦は残念ながらコロナの全敗だったとのこと。

 それでも中々考えられる部分や頂の高さを知ることが出来て彼女はとても満足そうだった。


「でもちゃんとした訓練するの初めてだったし楽しかったよ。獣人って大体心の赴くままにーって感じで我流が多いし」

「あの人らも一緒に出来てよかったって言ってくれてたもんね」


 コロナには内緒だが兵士の面々も最初は女の子が来て単純に喜んだらしい。かっこいいところを見せようとすら思ったそうだ。

 だがその後のサイファスとコロナの模擬戦を見て全員認識を改めることになった。

 勝てなかったものの自分達よりずっと善戦してる少女の戦いぶりに男として、そして民を守る兵として火がついたとのこと。

 その後自分の仕事が終わるまでコロナも訓練に付き合うことになるのだが、その間隊の士気は今まで以上に高まっていたと言う。


「はー……どうすれば勝てるんだろ。せめて一撃だけでも当てたいなぁ」


 あの時のことを思い出してか、あーでもないこーでもないとイメトレを始めるコロナ。

 やっぱり戦うの好きなのかなぁ?と思いつつ前方の方をなんと無しに見ると馬車は丁度緩い丘を登りきったところだった。

 まだまだ遠いがその先に見える広い平野の中に壁に囲まれた大きな街。

 あれが今日の目的地であるクロードと呼ばれる貿易都市である。


「あ、見えたね。私も入るのは二回目だけどあれがクロードって言ってこの辺じゃ一番大きな街だよ」


 こちら側の街道を含め、大きな街道が街の四方から伸びているのが見えた。

 その道には馬車や旅人など様々な人が街に入っており、貿易都市が名ばかりで無いのを証明している。


「んー、折角大きな街だし少しだけ滞在しよっか」

「そだね。減った物も補充しなきゃいけないし」


 今まではほぼ宿場町だったため基本寝るだけで次の日にはまた移動を繰り返していた。

 久しぶりに見た大都市だし観光とまではいかなくても少しぐらい見て回っても問題ないだろう。

 

 ここのところ代わり映えしない日が続いてたので明日からの散策が少しだけ楽しみだった。


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