第73話 ボールドのその後


 野丸達がお茶会で騒がしく過ごしている頃。


「くそ、あの無能の小僧めが……」


 とてもとてもお冠の様子で城から出てきた禿頭の男の名はボールド=クロムドーム。

 この国ではそれなりに権力と発言力をもった有数の貴族の一人だが、先ほど手痛い処分を受けたところだった。

 流石に領地取り上げや領主辞任などは無かったものの、貴族へ向けられてた民衆の不満を一手に引き受ける羽目になったし、それに伴い多額の賠償金も発生した。

 特に発言力や影響力が目に見えて減ったのが痛いところだろう。

 更に悪いことは続き、あの後スヴェルクが国を出ると言い出したのだ。


『私の《真実の眼トゥルーアイ》は皆様の考え通り信用の上で成り立っております。故に一度でも力を、人格を、結果を疑われるようなことがあればもはやこの国でこの力は使えません』

『しかしスヴェルク殿! 今回のことなど例外と言える出来事としか……』

『例外など一度でも出しては駄目なのですよ。その事実が残る以上、過去の結果においても今後使うにしても必ずこう思われるでしょう。スヴェルクわたしは嘘をつくことがある、と。その様な疑念、猜疑を向けられた人物を国が抱えることの危険性を知らぬ皆様ではありますまい』

『しかし……!』

『それに私は友人知人であろうと親類縁者であろうとどの様な相手に対しても必ず真実を伝えてきました。私が能力に対し嘘をつく。それはこの力と私の誇り、そして人生そのものを疑うに等しい。故にもはやこの国に協力することは出来ないのです』


 結果ボールドが言った信用出来ないという発言は取り消され、反対に今回ボールドが嘘をついていると言う事実は正式に採用されることになった。

 つまり彼らはボールドが処罰されるよりもスヴェルクを失うことの方が大事であると考えたのである。


「今に見ておれ……この恨み、屈辱、忘れんぞ……!」


 クロムドーム家の家紋が描かれた馬車に乗り込み城門から外に出る。

 室内の椅子に腰掛け、今後如何にしてあの小僧ヤマルに復讐するべきか考えをめぐらせてゆく。

 やり方はいくつもあるのだ。直接的手段から間接的に干上がらせる方法まで多種多様に取り揃えられる。

 何せボールドには力がある。多少失ったとはいえ一般人一人どうこうする程度にはなんら問題は無い。

 尤も残酷かつ屈辱的な方法で何倍にもして返してやろう。

 そうボールドが醜悪な笑みを浮かべる間にも、馬車は城から街へと続く街道を走っていく。



 さて、ここで一つの事実がある。

 昨日の地震において野丸は持てる知識と取り得る手段を用いて地中に埋まる水道用水路の普及に努めた。

 彼の知識と人脈……もといメムを用いたロボ脈、そして理解ある兵隊長やマルティナ協力の下被害は最小限で抑えられたと言えよう。

 現在も担当職員が街中の水路を一つ一つ点検を行っている最中だ。

 その水路は水道用として用いられているのは前述の通りだが、この水道はまだまだ一般家庭の普及には至っていない。

 使用しているのは宿や飲食店、商家の屋敷など人が多数集まりよく水を使う家屋に引いてある。

 そしてここからが本題だ。

 これは野丸も失念していたことでもあり、緊急のことであったが故マルティナも職員も完全に見落としていたことが一つあった。

 この王都において最も人が多く集まり水を使用する建物とは何か。



「うおぁ?!」


 突如街道に穴が空き馬車が地面に飲み込まれる。

 中にいたボールドは何が起こったかわからず椅子から投げ出され、次の瞬間には眼前に迫る馬車の天井。

 それを最後に彼の意識は途絶えていった。


 

 そう、最も人が集まり使用する建物。

 即ち『王城』である。

 王城にももちろん水路は引かれており、今の今まで放置されていた結果ボールドの馬車が乗った事を切っ掛けについに崩落を起こしてしまったのだった。

 王城であるが故に水道が使えなくなった際の予備案がすでにあったのも発見を遅らせた一因だろう。

 結果的に見れば因果応報と取れなくも無いが、この時一番手痛いダメージを与えていたとは露知らず、野丸達は相変わらず賑やかな時を過ごしているのだった。



 ◇



 明けて翌日。


「本っ当に申し訳ない事をした!!」


 朝一で宿に押しかけてきていの一番でテーブルに額をこすり付けている禿頭の男。

 ……誰だこいつ。


「私もどうかしていた。今までのことを許してくれなんて言わないがせめて謝罪だけでもさせて欲しい!」


 いや、誰かなんて分かりきっている。

 昨日会ったばかりだし一昨日も見たこの男は間違いなくボールドである。


「……とりあえず顔上げてくれますか」

「う、うむ……」


 その顔は昨日見た嘲笑の類でも見下す類でもなく、ただただ本当に申し訳無さそうな顔をした一人の男だった。

 ……重ねて言おう。ほんと誰だこいつ。


「まぁ立ち話もなんですしどうぞ」


 促すようにボールドに言うと彼は大人しくこちらの指示に従い対面の椅子に腰かける。

 数分前のことだ。いつも通り営業を無事再開した宿の一階で朝食を取り終えたときのこと。まるでタイミングを見計らったかのように急にドアが開かれボールドが入ってきたのだ。

 これには自分等は元より回りの客も驚いていた。何せこのような場所に一目で貴族と分かる服を着た男が現れたのだから無理もない。

 その後こちらを見つけ近寄って来るボールドに警戒をしていたら、テーブルに両手を置き頭を下げたのが事の顛末である。


「それで今回来たのはその……謝罪に?」

「無論だ。先も述べたが君たちには大変申し訳ないことをした。本来なら屋敷に招待し謝罪と共にもてなしたかったが、流石に今までのことを鑑みては来てくれないだろうと思ったのだ。故に急で申し訳ないがこうして参じた次第だ」


 正面から真面目に、真摯な顔でそう答えるボールド。

 なんと言うか……ものすごく気持ち悪い。

 好意的に見れば彼の言う通りなのだが、昨日の今日でこんな態度されては何か企んでるのではないかと勘ぐるのは当然だろう。


「おい、持ってきてくれ」


 そんなこちらの戸惑いを他所にボールドが両手を叩き合図を送る。

 すると外にいたであろう使用人とおぼしき男性が中身で膨れ上がった袋を持ってきた。

 それがテーブルの上に置かれるとがしゃりとどこかで聞いたような音。

 見た目に違わず中身がかなりあるのだろう、テーブルが軋みをあげている。


「金で解決、なんて思われても仕方ないが、残念ながら私では頭を下げる以外にはこれしか謝辞が思いつかん。悪い慣例と思うかも知れないが、どうか私の誠意と思い受け取って欲しい」


 一体この袋の中にいくら入っているのだろう。

 周囲の客もその大きさ、重さから様々な妄想が膨らんでるのがよく分かる。

 チラ見程度だった野次馬は今は食い入るように見つめ、中には立ち上がって覗きこむ者もいた。


「……気持ちは分かりました。謝罪は受け取りましょう。ですがこちらはお持ち帰り下さい」


 す、と袋を押すがその重さにびくともせず、再度力を込めるがピクリとも動かなかったため突き返すことを諦める。まさか物理的に返却させない手段を用いるなんて……。

 まぁ正直喉から手が出るほど金は欲しい。あって困るものではないのは社会人なら誰もが知るところである。

 だが今はまだ何も受け取れない。これで手打ちとか、仲良しアピールに使われるとかたまったものではない。

 周りに手出しされぬよう取り囲んだ上でこちらを……なんて事も考えられるのだ。


「何故だね、額が足らなかったのならまだ出すが……」

「いえ、急な話ですから正直頭が追い付いてないのですよ。それにこれほどの大金、出して頂けるのはありがたいことではありますが一介の冒険者には過ぎた額です。持っていては何かとトラブルになりかねませんので」

「そ、そうか。ならば他の物でも構わぬぞ。なんなら私の孫娘の婿になって将来領主にでも……」

「いやいやいや、流石にそこまでは」

「しかしこれでは私の気持ちが収まらん。このまま帰ってしまっては我が家の名折れになってしまう」


 むしろ早く帰って欲しい……。

 しかしこの様子では何か受け取らないと帰りそうにない。どうしたものか……。


「……分かりました。では後日改めてこちらから希望を出します。叶う範囲であればそれでどうでしょうか」

「そうか、君がそれで良いなら私には異論はない」

「えぇ、しっかり考えておきますので」


 にこりと営業スマイルを浮かべるが、人生これほど苦労する営業スマイルは未だかつて無かっただろう。

 崩れそうになる笑みを必死に堪え体裁を保つ。


「では私は退散することにしよう。君たちにはまた迷惑かけてしまったが今日は謝れて良かった。ではまた後日、待っているぞ」


 そう言うとボールドは席を立ち、お金の入った袋を抱えた使用人と共に宿の外へ出ていった。

 少ししてから馬の嘶きと馬車を引く音が聞こえてきたのでそのまま帰ったのだろう。

 ……なんかどっと疲れた。


「ヤマル、今の……何?」

「俺が聞きたいよ……」


 今の今まで静観してたコロナが呆然とした様子でそう声を漏らす。

 あの変わりようは一体なんだったのか。まるで別人になったかのような振るまいだった。


「とりあえずスヴェルクさんに聞いてみるよ」


 あの後何があったのか話を聞くべく、スマホを取り出し急ぎメムへと繋ぐのだった。



 ◇



「あ、おかえり。どう、何か分かった?」

「うん、大体の話は聞いてきたよ」


 先にコロナを部屋に戻しスヴェルクに何があったのか大体聞いて来た。

 結果はなんと言うか……まぁ知らない間にえらいことになってたなぁと思うしかない。


「昨日帰るときにさ。城門出てちょっとしたら道が陥没してたとこあったよね」

「あー、なんかヤマルがしまったなぁって言ってたとこだよね」


 そう、完全に王城のことを失念していた自分の落ち度だ。

 穴の中では職員さんたちが懸命に修復作業していた。そんな中一人の職員に謝り頭を下げたのだが、こちらも同じですから気にしないでいいですよと返されたのを思い出す。


「アレにどうもあの人が馬車ごと落ちたらしい」

「え?」

「丁度馬車の重さでトドメさしたみたい。その後城の救護室に運ばれたんだけど……」

「まさかそのショックであの性格に?」


 コロナの問いかけには首を横に振る。


「いや、頭は打ってたし気絶もしてたんだが、救護室で起きたときはまだ昨日のままだったらしいんだけどさ」

「うん」

「ほら、地震のせいで城内で結構被害出てたでしょ。ポーション類なんか瓶詰めだから結構やられたみたいなんだけど、丁度ローズマリーさん……えーと、知り合いの薬師のおばあちゃんが色々作って持ってきたらしくてね。『悪いところもこれで一発で治る』とか一番効果あるの使ったらあぁなったらしい」

「……えーと」


 コロナが何ともいえない顔をしている。

 気持ちは分かる。俺も心情は一緒だ。悪いところは確かに治ったが、まさか性格まで直すなど誰が想像出来ようか。

 ……いや、あの人は薬師としてこの世界に召喚されてるんだし、もしかしなくてもやってのけれるんだろう。実際やったしやらかしてるし。


「まぁあの人に関してはとりあえずそのまま謝礼受け取っても大丈夫みたい。一応スヴェルクさんも眼で確認したけど嘘無かったって言ってたし」

「あ、そうなんだ。なら安心かな」

「そだね」


 コロナには言わなかったが実はスヴェルクにはちょっと怒られた。

 確かにボールドの地位とか傷つけることは出来たものの、その後の報復とか考慮しなくてはダメだと釘を刺されてしまった。

 実際あの後の会議では自分に何か危害加えるのが分かりきるほど怒っていたそうだ。

 結果的に何か起こる前にローズマリーに助けられたお陰で後顧の憂いは断つことは出来たものの、この件については本当に反省すべき点だと思う。

 最悪コロナやポチ、周りの人に迷惑以上のことが降りかかったかもしれないし。


「それで何か貰うの?」

「うーん、獣亜連合国に行くしあまり大きなものとかは止めた方がいいだろうからね。となると……」

「足代わりの馬車は欲しいよね。でも用意はしてくれそうだけど管理難しそうだね」

「俺馬なんて扱えないからなぁ。今のあの人なら従者さんごと手配とかやりそうだけど。かといって目的地不明になりかねない旅にその人付き合わせるのもね」


 悩んだが結局何にでも使えるお金という結果に落ち着く。

 流石に先ほど出された額は遠慮したいので持ち歩いても大丈夫な範囲に抑えるつもりである。


「まぁ路銀が増えたと思っておこう。お金はあっても困るものじゃないしね」

「うん。とりあえずいつでもいけるように準備はしておかないとね」





 そして一週間後。

 ついに獣亜連合国へ旅立つ日がやってきた。



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