第72話 お茶会


「や、ヤマル……なんかこう、お腹がきゅーっとするんだけど」

「緊張してるからじゃない? まぁ直に慣れると思うよ」


 まるで田舎から出てきたお上りさんの様にコロナが周囲をキョロキョロと見渡す。

 与えられた椅子は少し身長が足りないらしく、足も尻尾も椅子からぶら下がる形で世話しなく揺れ動いていた。


「ヤマルはそんなに緊張してないの? だってここ女王様のお部屋でしょ」


 そう、ここは女王であるレーヌの自室である。

 あの後レーヌが自室で一緒にお茶をしないかと誘ってきたのだ。

 貴族ですらそうそうそんな機会などない。そもそも一般人の自分達が王族の部屋に入っても良いのか甚だ疑問であった。

 だが、まぁそこは曲がりなりにも国のトップである。結局鶴の一言と言わんばかりにお茶会は開催される運びとなった。


『大丈夫です。度が過ぎた際は止めますので』


 一緒にいた侍女にそれとなく聞いてみたところそのような答えが返ってきた。

 侍女がそのような権限を持ってるのは驚きだが、まぁ断る理由も無かったためお言葉に甘えることにした。

 そして現在レーヌの部屋のテーブルに座って侍女が出すお茶を待っているところである。


「まぁ良い意味で予想と違ったからね。その分緊張しないで済んだのかも」


 室内は元々王族の誰かが使っていたのか、レーヌにしては大人びて落ち着いたシックな調度品が並んでいる。

 最初レーヌの部屋に行くと聞いたときはまぁコロナとは別の意味で緊張したものだ。

 何せ女の子の部屋に行くなんて初めてのことである。

 別にレーヌは子どもだし気にするほどではないのは分かっているのだが、こうファンシーな部屋だったら落ち着かなくなりそうだなぁ、とか考えていたのだ。

 だがいざドアを開けたらこの部屋である。

 一応聞いたがレーヌの部屋には違いないのだが、ここは来客用の応接間のようなものらしい。

 彼女の私物や寝具があるプライベートルームは近くのドアの先だそうだ。

 見る?とレーヌが聞いてきたが全力で断わった。侍女さんが明らかに目を光らせていたし。


「もふもふ……」


 そんな主催者であるレーヌは現在膝の上でポチを撫で回していた。

 その顔は先ほど会議室で見せたものではなく、年相応の子どもの笑顔である。

 見るものが見れば実に和む構図だろう。ただしコロナだけは怪訝そうな顔でそちらを見ていた。


「あの、女王様……」

「ここにいるときはレーヌでいいよ」

「えーと、じゃあレーヌさん。何でそんなにヤマルにくっついているの?」


 そう、コロナが言うようにレーヌは膝の上にポチを乗せた状態で自分の膝の上に座っていた。

 これ自体は子どもらしいと言えばそれまでだが、彼女は子どもである前に女王である。

 

「おにいちゃんの膝の上座りたかったから」


 しかしレーヌが言ったのは女王としてではなくレーヌ個人としての希望だった。

 多分、プライベートルームだからここでは女王としてではなく一人の子どもとして接して欲しいんだろうなぁと推測する。

 まぁその甘え先が何故俺なんだろう、と言う疑問は残るが。

 そんな彼女が椅子から落ちないよう腹部に手を回していると、なにやらコロナがものすごいジト目でこちらの顔を見ていた。


「おにいちゃん、ねぇ。ふーん……」

「コロ、何か物凄く言いたそうな顔してるけど……」

「別にー。ヤマルは私にはしてくれないなぁとか思ってないよー」


 いや、出来ないでしょ。と脊髄反射で言いそうになるのをぐっと堪える。

 多分ここは下手な回答をすると手痛い反撃を食らうパターンだ。

 慎重に言葉を選んで対応しなくてはいけない。


「まぁほら、レーヌは子どもだけどコロは大人だしさ。あまり異性とくっつくのは良くないでしょ?」


 なるべくやんわりと、それでいて常識に訴えるようにコロナにそう答える。

 まぁ無難すぎた答えなのは自分でも分かっていた。この後コロナの追撃が来るだろうし、すぐさま別の言い分でも……と思っていると予想外の反応が返ってくる。


「大人……」「子ども?!」


 ポカンと言われたことを反芻するコロナと、予想外に被弾したレーヌ。

 『そっかー、大人か……えへへ……』と締まり無い顔で笑みを浮かべるコロナとは対照的に、こちらの腕の中で『子ども……子ども……』と何やらレーヌがショックを受けていた。


「まぁ大人だもんね、それじゃしょうがないよね。うん」

「そうそう。分かってくれて良かったよ」


 よく分からない解釈をされてる気もするが、とりあえず平和的に収まってるからこのままにしておこう。

 目の前ではいまだレーヌがぶつぶつと何やら呟いているが、多分その内戻るだろうし今はそっとしておくことにする。


「そう言えばさっきのヤマルすごかったね」

「ん?」

「ほら、あのテーブルにバーンって叩いた時。びっくりしちゃった、あそこまで怒るの見たことなかったし」


 あぁ、あのときか。

 確かにあいつに対してはかなり頭にはきていたしあのような態度なんて見せたこと無かったが、コロナがそう感じたのにはちょっとした理由がある。


「そんなにびっくりした?」

「うん。その後も何かこう……ヤマルの圧?みたいなので部屋の温度下がった感じしたし」

「まぁ実際下げたからね」


 え?とコロナもレーヌの膝上のポチも不思議そうにこちらを見ていた。

 もう済んだ話だし種明かししても問題ないだろう。


「実際俺がどれだけ怒ったところであの場にいる人達には絶対通じないだろうからね。だからちょっとだけ小細工したんだ」


 そしてあの時やったことを二人に話す。

 手を叩きつけるときにはテーブルに《生活の音ライフサウンド》を掛けて音量を増大させたこと。

 これによって自分のような一撃でも音だけは人並み以上には出せると言う寸法だ。ついでにテーブルがわずかに震える振動音も聞こえるおまけつき。

 寒気がしたのもこちらが魔法で室温を少し下げたからだ。

 ただし《生活魔法》では一瞬で室温を下げるほどの出力は無い。ポチと協力すればできなくもないが、あの時は戦狼モードは使えなかった。

 だから予め天井付近の室温を《生活の火ライフファイア》の熱操作で少しずつ下げ、冷たくなった空気は落ちてこないよう《生活の風ライフウィンド》でその空気を上に押し留めていただけである。

 後は圧が掛かりそうなときを見計らって《生活の風》の方向を少しだけ下に向けるだけ。

 結果外的要因だったがコロナですら勘違いしてくれたようだし、あの場にいる人は騙せたのだろう。


 まぁぶっちゃけるとズルでありペテンに引っ掛けたようなものだ。


「全然気づかなかった……そんなことしてたんだ」

「まぁあの魔法出力低すぎて目に見えないと分かりづらいみたいだしね」


 正直なところ何度あのボールドの口を《生活の音》で黙らせてやろうと思ったか分からない。

 でも下手に使うと何かしらバレる可能性もあったのでおいそれと使うことが出来なかった。スマホの音量を上げたときもあくまでスマホの機能の一部のように見せかけたぐらいだ。


「皆様、お待たせいたしました」


 そんな折、侍女が紅茶セットを乗せたトレーを押して部屋に戻ってきた。

 ポットから漂う茶葉の香りが鼻をくすぐる。こちらにきてからは久方ぶりの感覚だ。


「レーヌ様、自分の席にお戻りくださいませ」


 名前を呼ばれようやく意識が戻ってきたレーヌがしぶしぶと言った感じで自分の隣の席に座る。

 レーヌが座り終えると改めて侍女がこちらに頭を下げ挨拶をしてきた。


「ヤマル様、コロナ様、ポチ様。改めてご挨拶を。レーヌ様にお使えする筆頭侍女のレディーヤと申します」


 こちらに来た初日にも見たメイド服に身を包んだレディーヤという女性。

 歳は……自分と同じぐらいだろうか。

 後ろで亜麻色の髪をポニーテール風に纏めており、その雰囲気は自分風に言うなら出来る女性キャリアウーマンと言った感じだ。


「いえ、こちらこそはじめまして。あ、先ほどは助けてくれてありがとうございました」

「いえいえ。私はただ見たことを話しただけに過ぎませんのでお気遣いなく」


 にこりと柔和な笑みをこちらに向けつつも手元は一切ぶれずに仕事をこなしていくレディーヤ。

 もはや仕事を手馴れているなんてレベルではない。まるでちゃんと見てるかのような安定感がある。

 これが仕事出来る人かぁ、いいなぁ……なんて思っていると、彼女の前には三人分の紅茶が注がれる。それとは別にちゃんとポチにもミルクを用意してくれる辺り本当に出来る女性を体現していると思わせてくれた。


「レーヌ様はお砂糖はいつも通りで?」

「うん、それでお願い」

「ヤマル様はどうされますか?」

「え、うーん……じゃぁ二つでお願いします」

「畏まりました」


 あぁ、いいなこれ。紅茶に砂糖の数聞いてくれるこのやりとり。

 ここだけ日本に戻って来たかのような感じにしてくれる。


(……まぁ周囲見ると現実に戻されるんだけど)


 左に女王、右に犬耳少女、足元に狼、正面にメイド。

 どれも日本ではお目にかかれないものだ。いや、メイドは一部のお店に行けばあるけど、こういうプロとして身の回りの手伝いをする類の人はいないだろう。

 ……多分。もしかしたらお金持ちの家にはいるかもしれないが。


「コロナ様はいかがされますか?」

「え、えーと……ヤマルと同じで」


 自分とレーヌの紅茶に目線を送り、少し迷った末にレディーヤに自分と同じように頼むコロナ。

 あれは多分こういうのが初めてでよく分かってないんだな、と推察。

 まぁこの辺は下手に何か言うのは野暮ってもんだろう。レーヌもレディーヤも多分双方気づいてるが何も言わないしここは黙っておくが吉である。


「どうぞ、お待たせしました」


 三人の前に紅茶が置かれ早速頂くことにする。

 いただきます、と言いカップを持ち上げ、日本ではしなかった久方ぶりの紅茶の香りを楽しんでいると横のコロナもこちらを見て同じ様なことをしていた。

 試しに少しだけカップを下げるとコロナもこちらの動きをトレースしカップを下げ、再び上げると同じように上げてくる。

 多分自分の知らないテーブルマナーがあるのではないかと気にしてるんだろう。隣のレーヌが気にせず飲んでるのだからそちらを真似てほしいけど……。


「…………」


 ちょっとした悪戯心が湧き、カップを口に近づけ飲む振りをした。

 隣のコロナもそれを真似、ゆっくりと紅茶を飲んでいく。が、自分が中々カップから口を離さないのでコロナはそのまま飲み続ける。

 まだ飲むの?と言いたげな表情になったので手を下ろすと、殆ど紅茶が減ってないこちらのカップとは対照的にすでに飲み干した後であるコロナのカップ。

 あ、と小さな声を挙げて二つのカップに交互に視線を向けおろおろと困った表情を浮かべていた。

 そんな彼女を子犬を見るような目で見ているとレディーヤがやんわりと咎めてくる。


「ヤマル様、コロナ様にそのような悪戯をされてはダメですよ」

「いたっ?! ヤマル!!」

「ごめんごめん、何か真似っこするコロが可愛かったからついね」

「可愛ッ!?」


 まるで百面相のようにこの一分でころころ表情が変わるコロナ。何この子可愛い。

 

「んくっ、んくっ……!」


 そして反対側ではまるで張り合うようにレーヌが紅茶を飲み干し始めた。

 だがそんな飲み方なんて生まれてこの方したことすらなかったのだろう。中々苦労している。


「レーヌ様もその様な飲み方されてはいけません」

「だってぇ……」

「気品良く優雅に、ですよ。この場はプライベートですが変な癖はついたら困ります」


 レディーヤは本当に女王であるレーヌに意見を言える人らしい。

 レーヌも恨めしそうには見るが咎める様子も無い以上これがいつもの光景なんだろう。


「そうですね……ではどうでしょう。コロナ様と二人きりで話し合われてみては?」

「「え?」」

「先ほどから見ていますと互いに思うところあるようですし、この辺で本心から話し合われるのも悪くないかと思いますが」


 レディーヤの提案にレーヌとコロナが互いに顔を見合わせる。

 そして二人とも真剣な表情をして同時に首を縦に振った。その顔はまるで決闘に赴く戦士のような表情である。


「いいでしょう。コロナさん、あちらで話し合いましょう」


 席を立ちレーヌを先頭に隣の部屋、つまり彼女のプライベートルームへと入っていった。 

 ……いや、いいのだろうか。コロナは変なことはしないと思うけど、一介の傭兵と二人きりって状況はまずくないか?


「大丈夫ですよ、ちゃんと裏で守ってますから」


 その事をレディーヤに言うと彼女は笑顔でそう言った。

 裏、と言うのは多分……うん、まぁよくある見えないところからって意味だろう。王族を守るものとしては当然の処置ではあるが、自分だったら誰かにプライベート筒抜けなのは嫌だなぁと思う。

 まぁ二人が戻ってくるまでは静かにお茶が飲めそうだ。折角なのでこの機会にゆっくりとさせてもらうことにする。


「ヤマル様はモテモテですね」

「うーん……多分違うんじゃないですかね」


 紅茶をまた一口飲みレーヌの部屋へ続くドアを眺める。

 レディーヤの言わんとしてることは分からなくもないが、多分そういうんじゃないだろう。


「そうですか?」

「恋愛感情とかじゃなくてもっと可愛いものじゃないでしょうか。例えるなら……う~ん、仲の良い近所のお兄ちゃんに対しての独占欲とかその辺の」

「成程」


 まぁ俺だって経験豊富なわけでは無いし多分そんなところだろうと当たりをつけてるだけだ。

 そもそも好印象与える程度のことはあっても流石に男として好きになるようなことは何もしていない。

 それこそレーヌなんか関わった時間なんて僅かしかないんだし。


「ヤマル様、改めてありがとうございました」

「ん?」


 不意にレディーヤが礼を言って頭を下げる。

 何のことだろう。今回の件なら自分のためにやったから彼女やレーヌにはあまり関わりない話のはず。

 不思議に思いながらレディーヤの方を見ていると彼女が続く言葉で説明する。


「ヤマル様はレーヌ様の境遇はご存知でしょうか」

「まぁ元々どういう子でどんな経緯で女王になったかまでは」


 元々は王族より貴族として育てられ、あの一件で女王として担ぎ上げられたって話だったはず。


「レーヌ様は今も頑張っておられますが王族としての教育をされてきたわけではありません。やはりどうしてもうまくいかないことがあります」

「まぁそうでしょうね」


 その辺は自分も分かる。

 元々この世界で育ってきたわけではないし、そのせいか上手くいかないことだらけだ。


「私達も使用人として心のケアをしておりますが、やはりヤマル様とお話されるときが一番喜ばれます。何分、レーヌ様と対等にお話出来る人はいませんので……」

「一人でこっちに、って伺ってますけど誰か心許せる使用人とか一緒に連れてこなかったんですか?」

「一人いましたが王城で働くには経験も年齢も出自も足りないこと。そもそもレーヌ様のために厳しく出来ないのではないか、と考慮した結果見送られてます。数年して国が落ち着きレーヌ様が成長しましたら召集しても良くなるかもしれませんが、今はなんとも」


 やっぱり一国の主ともなれば色々大変なんだというのがよく分かる。

 女王と言えど鶴の一声でなんでも出来るというわけではないらしい。


「ですのでレーヌ様のお心が少しでも安らぐよう、ヤマル様にはご迷惑おかけすると思いますが何卒ご協力お願いします」

「良いですよ。自分で出来る範囲内になりますが……まぁガス抜きは必要ですからね」

「がす、と言う物は存じませんがご協力感謝致します。ヤマル様はお若いのにしっかりなされてますね」

「いえいえ、自分なんか全然ですよ。もう二十五にもなる人間がいつまでたってもおたおたしてばかりで……」


 はは、と苦笑しもう一口紅茶を貰おうとしたところで何やら『ピシリ』と亀裂音が聞こえた気がした。

 驚き辺りを見ると別に壁などどこにもその様なヒビは入っていない。昨日の地震で弱くなったか、と思っていただけにほっと胸を撫で下ろす。

 しかし……。


「ヤマル様、失礼します」

「え、は?」


 不意に顔が強制的に九十度横に向けられる。

 グキリと嫌な音を立て首が回ると、そこにはこちらの両頬をがっちりと掴んだレディーヤの顔。

 先ほどと全然表情は変わっていないはずなのに、何故かその目からは憤怒と羨望が入り混じったかのような雰囲気が感じられた。


「あ、あの……」

「二十五……これで二十五……」

「近い近い! ちょ、顔離して……!!」


 吐息が掛かりそうなほど近づいてはこちらの顔をまるで隅々まで観察し始めるレディーヤ。

 その目はどこか虚ろでまるで信じられないものを目の当たりにしたかのように忙しなく動いている。


「これが異世界の技術……まさか不老不死……?」

「いえ、そんなもん無いですから……」


 ダメだ、全然話を聞いてくれないし手を離してくれない。

 引き剥がそうにもまったくびくともしない。何故ここの世界の女性はここまで腕力があるのだろう。

 どうにかしないと……と困っていると思わぬところから変化が訪れる。


「レディーヤ! コロナさんがー!」

「ヤマル! 私が嘘ついてないってことちゃんと証明して……」


 スパーンと慌しくドアが開かれこちらに駆け込んできた二人の動きがピタリと止まる。

 さて、傍から見たら今の自分とレディーヤの体勢はどの様に見えるだろうか。

 ……まぁロクな見え方でないことだけは確かだろう。


「ヤマル何してんのー!!」

「レディーヤ離れて!」


 まるで熟練の相棒のように息ピッタリで自分とレディーヤの間に割り込み引き剥がそうとするレーヌとコロナ。

 だがレディーヤの手はこちらの顔を離さなかったため、結果自分の首が引っ張られることになる。


「いだだだだ!!」

「レーヌ様、後生です! もう少しだけ……!」

「「ダメに決まってるでしょ!!」」


 いつも以上の賑やかさを響かせながら楽しいお茶会の時間は過ぎていくのだった。


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