第71話 決着


 古門野丸は一般人である。

 これが記者が幾多の取材の末集めた情報から導き出した結論であった。


 『消失事件』と名づけられた事件からすでに数ヶ月。

 警察の捜査も空しく方々に捜索の手は及んでいるものの消えた青年は一向に見つかる気配は無い。

 大衆の目の前で消えた特異性、それも画像や映像が数多く残っている最中に起きた事件だけあり、今尚様々な界隈で検証が行われている。


 そんな話題を逃すメディアなどどこにもいない。

 ある者はその場に居た人の話を聞き、ある者はインターネットに散見される情報を集め、ある者は警察をマークするなどあの手この手で情報を集めようとする。

 特に欲しがられた情報は消したとされる女性と消されたとされる古門野丸の情報だ。

 だが女性の方は何か圧力が掛かったのか、その日から数日を境に姿はおろか名前すら情報規制に引っかかってしまっていた。

 何か上の方で大事になっている、などネット界隈を中心に騒がれているものの事の真偽は定かではない。

 中には強行に情報を得ようとしたため逮捕された、なんて同業者もいるぐらいだ。

 それではもう一人の方を、と大多数が思うのは当然のことといえよう。

 そして調べれば調べるほどあっさりと集まる情報と経歴。

 多方向からいくつかの情報を集め精査するが、どれも同じことしか書かれておらず女性との扱いの差に愕然とするものも居た。


 集まった情報を纏めると大体こんな感じだ。

 小学校の教員はこう証言する。


『あー、確かに居たと思いますけど……ちょっと目立つ子ではなかったので覚えてないですね』


 中学の同級生はこう証言する。


『いじめとかあったわけじゃないけど、あまり人と遊んでるのは無かったかな。あぁ、でも頭数あわせとかだと呼ばれてましたね。率先しては無かったと思います』


 高校の後輩はこう証言する。


『何かよく雑用押し付けられてたイメージかな。あぁ、生徒だけじゃなくて先生からも。なんか貧乏くじ引いてるみたいな感じ?』


 大学やバイト先でも大よそ似たような感じであった。

 ただ社会人になった現在、同僚や上司からの受けは芳しくない。


『あー、古門さんですか。仕事いっつも遅いし手際悪いって言いますか……』

『よく課長に怒鳴られてたりしてましたねぇ』

『少し早い解雇宣言だったりして? まぁ会社どころかどこからも居なくなるのは予想外でしたけど』


 そんな情報ばかりの中、意外なことに彼を評価する人が一人だけいた。

 彼は消えた古門野丸と同期の男性。しかし部署が違うこともあり接点は殆どない。

 そんな彼は社内でも有数の有望株であった。噂では昇進間近、なんてことも女性社員が漏らしていたりする。

 そんな人間が大よそ本人と真逆なタイプの古門野丸を評価するのは本当に意外であった。

 取材の中で彼はこう語る。


『えぇ、同期ですがあまり接点はありませんね。ですがまぁ……噂なら以前から聞いていました』

『今回のことでいなくなってしまったのは残念に思います。彼さえ良ければ自分の下について欲しかったのですが……』

『彼の仕事ですか? まぁ記者さんが聞いている通りで大体間違っていませんよ。他の人より仕事が遅いのも事実ですし、実際彼の能力はお世辞にも高いとは言えませんし』

『え、そうですね。彼の良い所を挙げるなら自分のことを良く分かってるってところでしょうか』

『彼は誰よりも能力がない事を分かっているんですよ。だから他の子より出来る出来ないの見切りが早いんです。まぁ実際出来ない事が多いので傍から見たら無能なんて陰口叩かれてたりもしてましたが』

『その分出来ることはきちんと確実にやってのけますし、出来ない事はしっかり理由挙げて断わりますね。まぁもう少しチャレンジ精神持って欲しいところですけど……』

『そうですね。もし彼が自発的に何かやるとしたら……まぁちゃんとやってのける算段があるってことなんでしょうね。基本無理だったり危ない橋は渡らない人ですから』



 ◇



 古門野丸は一般人である。

 優れた頭脳も、秀でた体力も、豊かな芸術性も無い。

 料理が出来るわけでも日曜大工をしてたこともなく、手に職を持つような技術も無い。

 そんな自分が異世界に行ったらどうなるか。

 結論から言えばどうにもならない。

 転移時に特別な能力を与えられることもなく、この世界基準で村娘より貧弱な身体能力と極少の魔力。そして使うことがほぼ無い日本の知識だけ。

 科学技術がこちらより発達してる日本から来てるのだからその知識で、などと思うかもだが、残念ながら野丸はクリエイターではなくユーザーなのだ。

 向こうで出来たことがこちらでは出来ない、なので知識が生かせない。

 とどのつまり、この世界において『無能』と呼ばれてもなんら遜色の無い人間の完成である。


 と言うのが客観的に見た自分である。多分他の人も大体同じ様な考えであろう。

 そんな人間なのだから元の世界もレベルが低い、そう決め付けて下に見ていたのがボールドの敗因となった。


「そもそも力の無い一般人がスマホこんなもの持ち歩いてる時点でおかしいと思いましょうよ」


 異世界の未知の道具だから見逃した、と言う部分も多少はあるかもしれない。

 だがその機能の一部の報告は受けているはずだ。有用性は昨日証明されており言うに及ばずである。


「……つまり貴様はタダの一般人じゃなかったと?」

「違いますよ、逆です逆。一般人がこんなもの普通に持ってる世界、それが自分がいたところです」


 世界に一台だけならば一人の天才がいれば可能だろう。

 だが一般人にこれほどの高性能なものを普及させるには様々な分野での多数天才や秀才、それも過去から現在までの優れた才が必要である。

 機械だけではない。様々な分野で様々な人が、生活を豊かにしようとした結果成り立っていた世界でもある。


「それほど優れた世界に居たと……」

「ある分野ではそうでしょうけど、別の分野ではこっちが上ですよ。魔法なんてありませんでしたし。自分を見て世界そのものが大したことないと判断したのが間違いですね」


 もし未知の道具で他にも便利機能がある、なんて少しでも考えたらあんな油断など無かっただろう。

 追い出した後もっと自分のことを調べれば、少なくとも俺自身はともかく世界のことに疑問を抱いたかもしれないのに。

 チカクノ遺跡でもたまたまではあるがその知識の一端が出ていたのだから知る機会はあったはずだ。

 しかし往生際が悪いボールドは未だ諦めようとしない。


「だが優れているからこそ、虚偽を作ることなど造作も……」


 まだ言うか、そう思いいい加減うんざりしていると不意に会議室の扉がノックされる。

 誰だろうと思い後ろを振り向くと、こちら側の返事を待たずして一人の侍女が現れた。


「会議中のところ失礼します」

「誰だね君は。今は大事な話の最…中……」


 一人の貴族が侍女を咎めようとするも、その言葉が徐々に小さくなり消えていく。

 彼女の後ろからもう一人、淡い黄色基調の豪奢なドレスに身を包んだ見覚えのある少女が姿を現したからだ。


「じょ、女王陛下!!」


 腰まで届きそうな銀髪を揺らしながら現れたのは先日戴冠式を済ませた現女王レーヌ。

 なんでこんなところに……って別に王城住まいだから居てもおかしくはないか。


「あぁ、皆さん。そう畏まらずにそのままでいいですよ」


 にこりと笑みを浮べてレーヌがそう言うが、自分が知ってる彼女の笑顔とは少し違った。

 ポチと遊んでいたときはもっとこう子どもっぽいところがあったのだが……まぁ女王として色々勉強したり頑張った証なのだろう。

 一斉に傅きそうになる全員を両手で留め彼女は言葉を続ける。


「実は私の侍女が少しお話ししたいことがあるそうで、少しだけお時間頂けますか?」


 その言葉に全員がぶんぶんと首を縦に振る。

 絶対王政を引いてるわけではないがそれでも彼女はこの国のトップ。

 もしこの場で何らかの不敬でもしようものなら仮に彼女からは何も無くとも他の貴族から足を引っ張られるのが目に見えているのだろう。

 貴族間、そこまで仲良くないらしいし。

 いや、それ以前に王族に逆らう人がそもそもいないか。


「皆様、お時間頂けた様でありがとうございます」

「いえ、それでお話とは?」


 他の人が縮こまっている為皆を代表するように国王代理……じゃないや、今は摂政が侍女に問いかける。

 スマホの動画までは自分がやったことだが、彼女のことは予想外だ。

 変なこと言わなければいいけど……。


「はい。実は昨日の朝、そちらのボールド様達がヤマル様を帰す所を見てしまったのです」

「「え?」」


 声の主は自分と隣のコロナだ。

 コロナの方に目を向けるが、彼女も知らないとばかりに首を横に振る。

 あの時周囲にこの人はいなかったはずだし、そもそももし隠れてるならコロナが気づきそうなもの。

 ……いや、女王付きのメイドが普通であるはずがない。特に確証は無かったがそう結論付けて考えを打ち切る。

 多分この件は深く考えないが吉だ。


「その、女王様付きの侍女のあなたが何故その時間その場所に?」

「はい、実はヤマル様が来られたと聞いた女王様が見てくるように――」

「んんっ!!」


 コホンコホンとわざとらしく咳き込み侍女の言葉を遮るレーヌ。

 どう足掻いても隠しきれてないが、この場は聞かなかったことにしよう。そんな雰囲気が辺りに漂っている。


「……と言うのは冗談で、小休止中の散歩です」

「そうですか……」

「と言うかその話してたの何で知っているんです?」

「乙女の秘密です」

「そうですか……」


 もはや深く突っ込むまい。

 今大事なのは何故そこにいたかでもなく何故この話題を知ってたのでもなくあの時そこで何を聞いたかである。

 そして彼女の証言通りならもはや誰が嘘をついたのか確定であろう。

 何故なら彼女は完全に第三者。大事なのは女王であり完全にどちらの味方でもない立ち位置なのだから。


「ちなみに参考にすらならないみたいですが、私の眼でもボールド殿が嘘をついてるようですな」


 若干恨みがましそうにスヴェルクがそう告げる。

 その言葉を聞いても、あぁやっぱり……とすでに皆が納得するだけであった。

 ここに来てスヴェルクが嘘を言っていると思っている人はもはや誰もいない。


「さてと、では結論は出たみたいですので自分達はこれで失礼しますね」

「ま、待て……!」

「待ちませんよ。そもそも貴方はまだやること残ってるのでしょう」


 そもそも自分達が召集されたのは何故か。

 貴族や国の評判や名誉に傷をつけたと思われてたからである。

 そしてその汚名が晴らされた今、会議の議題は当初へ戻るであろう。


 即ち、その原因を作った人物への処遇だ。


「所詮一介の冒険者に貴族様をどうこうする権限なんてありませんからね。後は皆様にお任せします」

「では私達もこれで。皆様、国のため頑張って下さい」


 皆に一礼し先んじてドアを開ける。もちろん女王であるレーヌを先に出すためだ。

 ありがとう、とレーヌと侍女が礼を述べ部屋を出ていったのを見送ると、その後にコロナとポチが部屋を出ていく。


「それでは」


 これからのことを予想してか、はたまたこんな人間にしてやられた不甲斐なさか。

 ボールドの怒りに満ちた表情を一蹴しゆっくりとドアを閉め退出した。

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