第68話 良い悪巧み2


「街中の水道がほぼ止まってるんだけど、何か心当たりあるかしら?」

「いや、流石に分かりませんよ」


 彼女の問い掛けに即答する。

 水が出なくなってること自体は知っていた。宿でも止まってたし消火栓の水も無くなってたし。

 だが流石に原因や心当たりは全く無い。


「そもそも魔道具は全く分からないんですから……」

「でもここに来るときに話した兵士さん達がヤマル君に色々教えて貰ったって言ってたわよ? だからもしかしたら何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど……」

「兵士さんらに教えたのは地震の基本知識ですからね?」

「じしん?」

「あ、そこからですか……」


 とりあえずマルティナ達に今朝の現象が地震と呼ばれるものであることと、その地震についての基本的な知識を手早く教える。

 他の職員がその話本当ですか?と言いたげな顔をしてるのは無理ない事。何せその話を裏付けるものなど何も無いし。

 こちらの言葉自体は疑っては無いもののマルティナも同じことを思っていたようでそう問いかけてきた。


「なるほどねぇ。ヤマル君、その話本当?」

「一応地元通りであれば、ですが。まぁ発生原因はさておき、少なくとも対処法に関しては間違ってないかと」


 この世界の大地が動いてるって証拠はそもそもない。下手したら地下に何かいるかもしれないし、魔法で動いたなんて可能性もある。

 だが結局揺れに対する対応自体はそこまで変わらないだろう。


「それよりそもそも水道ってどうやって水出してるんですか?」

「あ、そこからなのね……」


 さっき自分が言ったことをそのまま返されるも、今度はこちらが水道について説明を受ける。

 マルティナが言うには水道の蛇口あたりが魔道具なのだが、仕組みとしては水を出す魔道具ではなく風で押し出す魔道具らしい。

 水自体は川から引っ張ってきており、街の地下に石で出来た筒状の水路が埋められてある。それら伝いに常時水を流しているのだそうだ。

 そこから魔道具で水を引き上げ水道を通してる家では使っている、と言うのが大よその概要である。

 つまるところ石製の地下パイプに流れてる水を蛇口型ポンプみたいなもので汲み上げてると思っておけば良さそうだ。


「こっちはこっちで本は散乱するし器具が倒れるし商品は散らばるしで片付けしてたんだけど、水道使ってる住人から水が出なくなったってクレームがきてね、それも複数。何せ一斉に止まることなんて今まで無かったし」

「ちなみにその魔道具は調べました?」

「もちろん。ギルドに一番近い人のとこに職員向かわせたけど、どこも壊れてなかったみたいよ」


 なら考えられるのって二つぐらいなんだけど、何故この人がそれを気づけないのだろう。

 自分よりずっと頭の回転早そうなのに……。


「あの、なら川自体に水が無いか、その地下の水路から水が漏れてるんじゃないですか?」


 地震による破損は真っ先に疑うべき部分である。

 ニュースでも地震直後はよく水道管が破裂したとか、ガス管が損傷したなんて話が出ていた。今回もそれと同じではないのだろうか。


「……なんで? あ、川は干上がって無かったわよ。そこは見たからね」

「いや、何でって……地面が揺れたら地下に埋めてるものは損傷してもおかしくないですよ」

「地面と一緒に地下も揺れ動いてたんでしょ? なら埋めたものの位置が変わるわけじゃないし大丈夫じゃないの?」


 あぁ、そういう理屈か……。

 建物は地面の上だから揺られてたけど、地面の下なら全く同じように動いてると思ってるのか。


「えーと、どう説明しよう……」


 とりあえず覚えてる知識を総動員し、イメージとして地面を伝う波が走ってると思わせることにした。

 そのため地面に埋まってるものには捻れたりズレが生じ壊れる事がある。まぁ詳細は多分違うが大まかにはあってるだろう。

 地震のメカニズムなんてそんな詳しい訳でもないし。


「つまりその地震で起こる波のせいで継ぎ目がずれてたりヒビが入ってたり、場合によっては壊れてると」

「大雑把ですがその通りですね。埋まってるものの耐久値がどれぐらいか解らないんでなんともですが、流石に全部壊れてたらしゃれ……に……」


 そこで気付く、気付いてしまう。

 もし全部壊れてたらどうなってたかを頭の中で予想して、それよりはましだが現在似たような被害が進行中の可能性に。


「ヤマル君、どうしたの? 顔真っ青よ」

「いえ、その……地下の石の水路が破損してるかもって言ったじゃないですか」

「そうね」

「その場合どうなると思います?」

「どうって……水が漏れてるなら水路周りの土が泥になるんじゃないの?」


 そう、水が漏れ出てそれを放っておいた場合どうなるか。

 これもニュースとかでやってたことである。


「漏れた水の勢いや量にもよりますが泥になったあとそのまま周囲の土を徐々に削り取っていくんです」

「ふむふ……む?」


 女性職員の人らはまだ気付いてないが、マルティナだけは何か思い付くことがあったんだろう。

 興味深そうに聞いていた言葉尻が徐々に萎んでいく。


「それを放置しておくと泥が下に溜まり破損箇所の周囲に空洞が出来るようになるんです。放置すればするほど大きくなります」

「「「…………」」」


 見えない地面の下で空洞が出来る。

 流石に職員の人らも事の重大さを認識し始めたらしく顔が見るからに青くなっていく。


「最終的にはいきなり地面が陥没します。もしその瞬間人が上にいたら落ちますし、家屋の土台巻き込んだら家が傾くかもしれません」

「それは……まずくないか?」


 兵隊長が冷や汗一つ流して聞いてくるがもちろんまずい。早く対処しないと手遅れになるレベルである。


「早急に破損箇所見つけましょう。水が出ないってことはどこかで大量に漏れてるかもしれません」


 しかし探しに行こうとした矢先、魔術師ギルドの一人がおずおずと言った様子で小さく手を挙げる。


「あの、ヤマルさん……魔術師ギルドにはその権限ないんですけどどうすれば……」

「え?」

「あ、管轄は城の方だっけ……」


 思い出したようにマルティナもしまったと言った表情で片手で顔を覆う。

 どうも水道の魔道具は魔術師ギルドだが、根本的なインフラ部分は城の該当部署の管轄らしい。


「水路がどこに埋まってるか示す地図もお城だし、そもそもあれ魔道具じゃないから魔術師ギルドじゃ直せないし……」

「マスター、勝手に掘ったら怒られるどころじゃないですからね?」

「分かってるわよ。……かと言って黙ってるわけにもいかないか。お城行って報告しなきゃね、人員も引っ張ってこないと……」


 また仕事増えたぁ……と愚痴ってるが、なんだかんだで絶対投げ出さないのはマルティナの美徳だと思う。


「でしたら私が報告を……」

「うーん、私が行くわ。立場上入城は私が一番早いだろうし。ヤマル君も一緒にいい?」

「うぇ、お城……ですか?」


 正直また行くのめんどくさい……のもあるけど、今朝あんなことあったばかりなので今は寄りたくない。

 ……なんて言えないのが大人だよな。仕事と割り切るしか……って仕事じゃなかった。


「説明するの私よりヤマル君の方が適任でしょうし。大丈夫、責任はちゃんと取ってあげるから」

「うー……まぁ仕方ないですか。急がないとマズいですしね」


 被害が予測出来てて見過ごすことは流石に出来ない。

 こうなれば腹を括って再びお城に行くしかないだろう。流石にあんだけ大きい城なんだしそうそうあの貴族と鉢合わせになることもないと思う……多分。


「じゃぁ皆はギルドに戻って各対応に当たってね。魔道具自体は壊れてないことはちゃんと伝えて、もう少し待ってもらうようにね」

「分かりました。マスターもお気をつけて」

「よし、ヤマル君。急いで行くわよ」

「分かりまし……え、あのちょ……!」


 こちらの手を引き一目散に外へと駆け出すマルティナ。

 彼女はそのまま自分の後ろへと回り込み――



 ◇



「あの、マルティナさん……」

「文句は後にしてねー。動くと危ないわよ」

「はい……」


 現在百メートルと言ったところだろうか。

 眼下に広がる王都の景色を見下ろし空中遊泳……ではなく、マルティナに抱えられながら空を飛んでいる。

 超怖い。ポチで屋根伝いに飛んだのも怖かったが、それを遥かに超える怖さだ。

 まず命綱も何も無い。

 マルティナが後ろから羽交い絞めにするようにこちらを抱えているのである。支えてるのは彼女の細い二本の腕……と魔法の効果。

 知らなかったがマルティナは魔法で飛べる人なんだそうだ。先ほどは他の職員が飛べないため自分も一緒に走ってきたらしいが、それが無ければポチと一緒に駆けてたときに追いついてたかもしれないとのこと。


「ヤマル君は空飛ぶの初めてなんじゃないの?」

「飛行機乗ったことはありますけど、こういうのは初めてですね……」

「ひこーき?」


 文字通り足が地に着いてないせいかまったく落ち着けないため、気分を紛らわせるためにも彼女の質問には率先して答えていく。

 魔法もなく人の知恵と技術だけで金属の塊が空を飛ぶ、それも大量の人や荷と一緒に。

 そんな乗り物があることにマルティナが驚いていたが、こちらからすれば単独で飛ぶ人間の方が驚きの対象である。


「しかし結構速いですね」

「これでもヤマル君運んでるから抑えてる方よ」

「そうですか……」


 速度は原付より少し速いぐらいだろうか。ただし高さがある分恐怖は倍増どころではない。

 それに何よりある事が気になって落ち着かない。


「あ、こら。あんまり動かないの」

「うー……」


 現在の体勢だとマルティナの胸が思いっきり背中に押し付けられてるのだ。

 離れようにも落ちるから剥がすことも出来ず、思わず身をよじるも危ないと言われ動きを封じられる。

 もはや諦めの境地。あと自分に出来ることと言えば心を無にし、クレーンゲームで吊られた景品の如く大人しくすることだけだった。

 そして宙ぶらりんの旅をする事しばし。

 かなり早い時間で城門前に到着する。やはり人を避ける為に空を飛んできたおかげだろう。


「はい、到着」

「はー……大地が恋しい」


 着地すると同時に足から伝わる地面の感触に安心感を覚える。

 城門を見ると朝に沢山居た住人らは殆どその姿を消していた。多分兵士達がこちらにも来て説明して行ったんだろう。

 門番の兵士にマルティナが話しかけると入城の許可が下りたらしく、こちらに来るように手招きをしてくる。


「さ、こっちよ」


 勝手知ったるなんとやら。マルティナの後ろに続いて城門を潜り城の中へと入っていく。

 中に入ると相変わらずのだだっ広いホール。豪奢なシャンデリアから光が溢れその場にいるものを暖かく照らしていく。

 ただ今朝の地震だとかなり揺れてたんだろうなぁと言うことは容易に想像出来た。城の使用人らが不自然にその下を通ることを避けている。

 そして左右に延びる通路と正面は謁見の間へと続く階段。

 城常駐の兵が相変わらず不動で見張っている中、今回は右に伸びる廊下の方へと歩いていく。


「えーと、確かこっちであってたはずだけど……」


 またどこからあのハゲ貴族が出てくるんじゃないかと気が気でなかったがそんなことはなく、マルティナに案内されるまま件の担当部署へと赴く。

 その後も驚くほど何も無かった。朝一から先ほどまでイベントオンパレードだっただけに少し拍子抜けだったが、よくよく考えなくとも何も無いのが一番なのでこの状況は甘んじて享受する。

 資料が散乱してる該当部署に足を踏み入れ、事の顛末と重大性を対応してきた人に説明。

 最初は中々信じてもらえなかったものの、マルティナが態々同伴してくれたこと、街での水道がほぼ使用不能になっていることを屯所にいる兵隊長からスマホ越しに説明してもらったことで協力を取り付けることが出来た。

 そしてそのまま近くのテーブルにて緊急会議に突入する。


「しかしどうやって調査するんですか?」

「まぁ……配置図見ながら掘るしかないでしょうね。人員も時間も掛かるが仕方ないかと……」

「修理は? 石製と聞いてますが」

「取替えですね。今倉庫に予備のものを全て引っ張ってくるよう指示を出してます」

「とするとやっぱり調査をすぐ始めるべきね。手当たり次第掘るなら早めに動くしかないし」

『こちらの方でも手の開いた兵を回そう。荷運びに掘削、好きに使ってくれ』

「あ、でしたら石大工に発注を先行でお願いしたいです。足りるか不明ですし、予算気にしてる場合じゃないでしょうから」


 テーブルの上に広げた水路の配置図とにらめっこしながら今後の手順についてそれぞれ話し合っていく。

 とにもかくにも人員が必要のため、この部署だけではなく魔術師ギルドからも手の空いてる人は手伝うことになったが、やはりそこは王都。範囲が広いだけに穴掘って確認して埋めてを繰り返すだけでも多大な工数になることが予想されていた。

 もっと効率の良い方法は無いか、と意見を出し合っていると兵隊長の画面が一旦消えメムのアイコンが表示される。

 どうしたんだろう、と思っているとメムがいつもの淡々とした口調で一つの提案をしてきた。


『マスター、私を使ってみるのはどうでショウカ』


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