第67話 良い悪巧み
「それで何をするの?」
城から街へと続く道すがら、今後のことについてコロナと話し合う。
内容はもちろん先ほど言った『良い悪巧み』についてだ。
「決まってるよ。もちろんあいつが一番困ること」
人の仲間をコケにしてくれたんだし、相応に困ってくれねばこちらの腹の虫も収まらない。
気持ち的にはコロナも一緒だろう。だが少し頭が冷えて落ち着いたらしく、悩む仕草で言葉を返してくる。
「でも叩いたりそういうのはダメなんだよね」
「まぁぶっ飛ばせたら爽快だろうけど今回はダメだね。直接的なこともそうだけど犯罪まがいや誰かが困ることはしないよ」
それが出来るならあの時コロナたちを止めはしなかった。
そのままぶっ飛ばしてもらえれば実に気分はスカッとしただろう。その後のことに目を潰れるかはまた別の話だが。
「つまり真っ当な手段の嫌がらせ? う~ん、自分で言ってて何か変な感じするけど……」
「まぁ実際そうするつもりだからね。そうだな……例えば力を持ってる人が一番困るのは何だと思う?」
「え、うーん……その力が無くなる事?」
「正解。まぁコロなら分かると思うけど、実際手足怪我したときが一番辛かったでしょ」
「うん……」
実際傭兵として最盛期であるときに剣が持てなくなり走れなくなる。その辛さは想像を絶するだろう。
つまり今回の相手にも同様にそいつが持つ力を失わせようと言う訳だ。
「……ごめん」
「ううん。それであの貴族にも同じ目にあわせるってこと?」
「そゆこと。もちろん手足どうこうじゃないよ。あいつが持つ『力』を失わせる……のは多分無理だろうから、まぁ傷つければ御の字ぐらいかな」
「あの貴族の力……権力?」
「うん、もしくは発言力とか影響力だね」
貴族の一番秀でた力は武力でも財力でもなく権力だろう。
どれだけ武に秀でた戦士でも、どれだけ財を成した商人でも、貴族の権力の前では基本伏すしかない。
「出来るの?」
「出来るかも、かな。正確には結果的にはそうなるが正しいかも」
「そんな手あるんだ。んー……そろそろ私にも教えて欲しいんだけど……」
まぁそろそろタネ明かし……と言うほどでもないがコロナにはやろうとしてることを話すべきだろう。
「そんな大層な話じゃないよ。街に出て救助とか出来ることを手伝う。以上」
「それだけ?」
「うん、それだけ。と言ってもそれだけじゃ本当にお手伝いだけになるからもちろん一手間二手間加えるよ」
とりあえず現状考えてることをコロナに全て包み隠さず話すことにする。
城に行くまでに別の兵士隊が街へ繰り出していくのを何組も見た。つまり混乱の最中現場はしっかりと動いていると言う事だろう。
「まず屯所に行こう。きっと兵士をまとめて指揮をするならあそこが一番だし、そこで俺らを売り込むんだ」
「でも買ってくれるかなぁ?」
「普通に手伝いしにきましたじゃ門前払いだろうね。人手は欲しいだろうけど組織としては不確定要素は極力廃したいだろうし。だから向こうが是非手伝って欲しいって言える様に売り込むよ」
幸いなことに今回に限っていえば割と使える手が多い。
城側が地震の知識についてどこまで知ってるか分からないが、もし知らないのであれば参考情報だとしても現場は欲しがるだろう。
それに《生活魔法》で水を出す、もし火事でも起きようものならポチと共同で消化活動も出来る。
何ならポーションを大量生産して配ったって良い。
それになにより、きっと現場が一番欲しがる手が自分限定で使えるのだ。
「今回やろうとしてることの一番の利点はね、成功しても皆が喜ぶし失敗しても誰も傷つかないってとこだよ。これが本当に大きい」
ゼロリスクハイリターンのまたとない機会。
上手く行けば単純に兵士隊や住人に喜ばれるが、失敗して手伝いを断わられても誰からも文句を言われない。
「でも皆助けるのとあの貴族の仕返しって結びつくの?」
「むしろ直結レベルだよ。あいつは俺を必要ないと言った。そんな人間が市井で皆に喜ばれるぐらい何かやったら面目丸つぶれだよ」
一言で言えば見る目が無かったと思わせることが出来る。
本来なら自分の知識も活用するのであればもっと上の指揮系統から発するのが一番だろう。それこそ王城からの勅命が良い。
でもあいつは断った、要らないと切り捨てた。
ならその切り捨てた物がどれほどの物だったかを思い知らせる。これが自分の考える『良い悪巧み』だ。
「とは言えどれだけ良い知識とか持っててもそれをするには結局は動ける人が要るんだよね、それも大量に。俺の出来ることなんてたかが知れてるから、皆に手伝ってもらわないと何も出来ないのがなぁ……」
特別な能力でもあればなぁ、なんて思うも所詮一般人の出来ることなんてこんなもんである。
「多分コロにも……特にポチには一番働いてもらうかも知れない。だから無理強いするつもりはないから断わってくれても全然ありだよ。手伝いも悪巧みも良い悪い感情含めて私怨から来てるわけだし」
「もちろんやるに決まってるじゃない」
「わふ」
即答だった。
自分が思ってる以上に二人とも腹に据えかねてるらしい。
「よし、じゃあ張り切って困らせてやるか」
「おー!」
「わん!」
前向きに後ろ向きな事を言いつつまずは屯所へと向かうことにした。
◇
城から追い出されてから大よそ二時間。戦狼状態のポチにまたがり住宅の屋根の上を駆けていく。
本来なら道路を走るが人でごった返してる所にこの速度では危険と判断したためだ。
それにこのルートなら最短距離をほぼ突っ切れるし。
「ヤマル、見えたよ。あそこ!」
こちらより先に《
その彼女が目的の場所を見つけたらしく、《
「うわ、崩れちゃってるな……。ポチ、見える位置で止まって」
「わん!」
崩れた家屋の近くで人が集まり、何とかしようとしているのが分かる。
しかしどうしていいか分からないようで何も手につけておらず——と言うか何から手をつけていいのか分からないようだった。
「隊長さん、目的のとこつきました。映像送りますね」
『あぁ、よろしく頼む』
声の主は現在兵士を纏めてる兵隊長だ。
あの後屯所に寄り、彼に手伝いをしたいと申し入れた。そして自ら売り出したのがこの通信機能である。
電話も無いこの世界では一つの情報が行きかいするのにどうしても時間がかかる。そして正確に伝わらないこともあると思っての提案だった。
試しに城にいるメムの安否確認ついでにその機能を披露すると兵隊長は二つ返事で了承してくれた。
そして現在。
ポチの機動性も買ってもらい、街中を彼に指示されるまま縦横無尽に走り回り映像と情報を送っている。
もちろんメムは研究者らに緊急事態と言うこととマスター権限を使い条件付きで一時的に外に出させてもらった。今は屯所で兵らに守られながら通信設備として動いてもらっている。
『よし、こっちからすぐに……いや、その場所なら近くに第四小隊が巡回してるはずだ。見えるか?』
「ちょっと待ってください。コロ!」
「うん、少し待って!」
言うや否やコロナは《天駆》を使って真上へと上昇する。
静止出来ないためか少し周囲を旋回すると乾いた破裂音を伴ってこちらへと降りてくる。
「いたよ、あっち!」
『よし、対応は第四小隊に任せる。すまないが向かってくれ』
「分かりました」
コロナに先導してもらい向かった先にいた小隊の前に降り立つ。
いきなり上から降ってきた戦狼に一同は驚き抜刀しかけたが、すぐさま用件を言いスマホを彼らに見せると落ち着いてくれた。
さすが三つ葉葵の印籠……ではなく兵隊長が映ってる映像は強い。
『驚いたか? 私も驚いている。だがそれは後にしてまずは仕事だ』
そして兵隊長が手早く指示を出すと、彼らは先ほどの崩れた家屋の方へと走っていった。
『やはりこのつうしんと言う物は便利だな。普及すれば色々と革命が起こるぞ』
「その辺は今後の技術者に期待ですね」
現状自分とメムの一回線のみだがやっぱりタイムラグ無しで色々出来るのは本当に便利である。
こっちに来て日本にあって当たり前のものが如何に大事だったか感じる日は多かった。
まぁ自分以上にそれを実感しているのが今の兵隊長だろう。
『現場の声が直に聞け、しかもその光景がこの目で見えるとは……』
うぅむ、と指揮をしながらもしきりに何か唸っている。
多分何かで代用出来ないか並行して考えているんだろう。出会ってまだ数時間だが仕事に実直な性格なのはすでに理解している。
『とりあえず初動としてはこんなところだろう。君達も一旦戻って休みなさい』
「分かりました。ついでに何か気になるとこないか見ながら戻りますね」
『頼む。それでは待ってるぞ』
通話終了。スマホをしまいながら二人には一旦戻るよう指示されたと伝え屯所への帰路につく。
「疲れたー……」
「ポチもコロも本当にお疲れ様」
もはや走り慣れた屋根の上を駆けながら大きく息を吐くコロナ。
特にこの数時間は気が張りっぱなしだったし、漸く一息といった具合だ。
「でも早めに対応出来て良かったね」
「だね。この通話機能もだけど、兵隊長さんが的確に指示送ってくれたおかげだね」
いくら通信機能が便利でもその後の対応をする人員がいなければどうにもならない。
その点あの兵隊長は自分達を含め兵を上手く使いこなしていた。
やはりこのような指揮は本職に任せるに限る。下手に素人が口出したって録な事にならない。それならやれることを話して使ってもらった方がずっと良い。
結果彼のおかげで情報が必要な場所には自分達を派遣して収集させ、対応班を適切な人数すぐに送り込むことが出来た。
人員を無駄に割り振りたくない指揮系統の人間からしたら、現場の映像は本当に助かると心から言っていた。
「でもヤマルだって火事を消火したじゃない」
「まぁ間に合う段階だったからね。ポチも手伝ってくれたし」
コロナに言われほんの一時間前のことを思い出す。
早朝であり朝食の準備中の時間もあってか火事も何軒か発生していた。
もちろんその全てを自分が消したわけではない。そもそも屯所行く前にも何件か発生していたみたいだった。
後で聞いて驚いたことだがインフラがそれなりに整備されている王都ではなんと消火栓が存在していた。
最初の方は各所にある消火栓から水を出して鎮火していたが、途中から水が出なくなりあとは井戸を用いた消火に移行したそうだ。
それでもまだ消火し切れなかったところにメム到着待ちの自分たちがそれを見つけ、ポチと共同で威力を高めた《
火の勢いがそれほどでも無かったこと、すでに近所の人で消火を始めてたこと。何より燃えるものが少ないのが良かった。
木造家屋であったが、布類は少ないし油系もない。ガスはそもそも存在しないし濡れて壊れる電気系統の物も無い。だから自分達だけでもどうにかすることが出来たといえよう。
「喜んでくれて良かったよね」
「だね」
その後も三件ほど消火をこなしたところでメムから屯所に着いたとの連絡を受け、以降兵隊長の指示で各地の情報収集に赴きそして現在に至る。
「またいつ声が掛かるか分からないし戻ったら休憩だよ。休めるときに休む、体が資本だからね」
◇
「と、揺れたら倒れそうな家具から離れる、落下物の可能性があるのでテーブルなどの下に潜る、家が歪んでドアが開かなくなる可能性があるので退路確保、火を使ってたら必ず消す。地震時においてまず最初にやるのはこの辺りになります」
屯所に戻り十分後。
ポチとコロナは魔法を使ったり走り回ったりして疲れてるため休憩室に送り込んだ。
自分は今回の説明の為に呼ばれてためそのまま続行だったが、二人ともついて来そうだったので休むようしっかりと言い聞かせた。
体も魔力もだが、初めての地震ということで精神的負担はかなりのものだろう。
その点自分は移動はポチの背、魔力は常時回復、地震には他の人に比べたら十分慣れてるとそこまで消耗してないと理由をつけたためとりあえずは納得してくれた。
……まぁ乗ってるだけでも体力は減るし疲れはしてるがどう考えても二人ほどではない。そんな人間がまだ弱音吐くわけにはいかないだろう。
という訳で兵隊長含め呼べる人員を会議室に詰めて地震講習だ。もちろん専門知識は無いため基本中の基本程度だが。
「外に出るのはダメなのか?」
「明らかに家が危ないと思ったら全力で外ですね。ですが揺れてる中走るのは危険ですし、落下物から身を守ることも出来ません。外でも家の建材とか壁が崩れる可能性もありますし」
彼らには前以て自分の知識は専門的なものではなく、基本的な知識だということは伝えてある。
どこでその知識を?と聞かれたら、地元での経験と言ったら皆察してくれた。詳しく追求してこない辺りしっかり教育が行き届いてるようで正直ほっとしている。
「揺れが収まった後は?」
「速やかに外にですね。その後はなるべく周囲に何も無い広場に集まるのが望ましいです」
避難の際のおかしの心得も一緒に教えておく。
質疑応答の内容は日本人からすれば本当に当たり前のことだ。だが今はそれが良い。
当たり前の内容は逆に言えば誰でも出来ると言うこと。自分だけしか出来ない専門知識より、今は住人でも可能な防災の知識だ。
こうすれば良い、あぁすれば良い。それも自分で出来る範囲であるからこそ人は安心を得れる。
この後住人達にも兵士らが各所で説明を行う予定になっている。これで多少でも治安は良くなるだろう。
「他に何か気になる点は何かありますか?」
「あー……皆さんの管轄になるでしょうけど、もしかしたら避難して家を空けてる間に泥棒が入るかもです」
こればかりはどうしようもない。日本でも実際にあったことだ。
王都の治安は良い方だとは思うが、出ない保証なんてどこにもない。
「戸締りする余裕は……ないか」
「ならやはり我々がしっかりと見回るしかあるまい」
難しい顔をしながら互いに対処法を確認しあう兵士達。
今回のような場合どうしても対処療法的にしか出来ないだろうが、それでもしないよりは絶対にした方がいい。
「よし、一旦会議はここで止めるぞ。外で現在も動いてる奴らにこの情報は持っていかねばならん。各々、振り分けた担当地域に向かい治安維持に努めてくれ。何かあれば即時報告、三時間後にまた集まって情報交換だ」
以上、解散!と兵隊長の号令の元全員が慌しく部屋から退室していく。
残ったのは自分とメムとその護衛、後は兵隊長と会議資料を纏めている数名だけだ。
「実に有意義な会議だった。やはり指針があると本当に助かる。君が来てくれて良かった」
「いえ、使える知識は共有してこそですから。こんなの自分だけで持ってても仕方ないですし」
何にせよ助けれたようで本当に良かったと心から思う。
私怨から始めた行為なのがアレだが、こうして皆の役に立ってることは
「とりあえず君も休みたまえ。何かあればすぐに動いてもらわねばならんからな」
「そうですね。では少し休憩を――ん?」
何か部屋の外がばたばたと騒がしい。
早速何か問題か?と思う間もなく、会議室のドアが開かれローブを纏った女性が三人姿を現す。
「すいません、ヤマルさんは……いた! マスター、いました!」
「やーーっと見つけた! ヤマル君動きすぎ!」
女性の後ろから見覚えのある顔の女性。魔術師ギルドマスターのマルティナだった。
四人の女性はどの人も汗をかき肩で息を切らせていた。
もしかしてポチに乗ってるときから散々探し回ってたのだろうか。だとしたら少し悪いことした気がする。
「君は確か魔術師ギルドの……」
「えぇ、突然お邪魔してすみません。少しこの子にお話がありまして。隊長さんも一緒に聞いて頂けますか?」
このタイミングで兵隊長込みで話とか嫌な予感しかしない。
だが態々この忙しいであろう最中マルティナが来たぐらいだ、よっぽどのことなのだろう。
「構わんよ。それで話とは?」
「えぇ、ヤマル君。街中の水道がほぼ止まってるんだけど、心当たりあるかしら?」
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