第66話 嘲笑
「すいません、本来なら馬車でお迎えに上がるのですが……」
迎えの兵士が申し訳無さそうにそう言う。
現在宿まで来た彼とともに城までの道を歩いてるところだった。
本来は彼が言うように馬車で入城する予定だったのだが、今回の地震のせいで大通りが人で溢れかえりとてもじゃないが馬車が出せる状態ではなかったとのこと。
「こんな状態では仕方ないですよ」
「そう言っていただけると助かります」
ほっとした表情を浮べる兵士。
彼が自分の事をどこまで知っている人かは知らないが、少なくとも一冒険者に対して丁寧に接することが出来るのは非常に好感が持てる。
「ヤマル、私お城に入るの初めて」
「俺は三度目だなぁ」
ただし一度目は強制的に世界を跨いで呼ばれ、二度目は誤認逮捕。
三度目にしてようやくまともな理由でだが、自分が行くときは大概何かしら問題があるときしかない。
ちなみにコロナとポチは仲間ということで同伴させてもらった。
「すいません、今日は裏手の業者搬入口からになります」
「あれ、正門じゃないんですか?」
「あちらは他の市民が集まってましてちょっと……」
あぁ、不安に駆られた市民が押しかけているわけか。
そんな中貴族ならまだしも、一市民程度でしかない自分が入ったら現場がどうなるかなんて分かりきったことである。
そして正面の道から途中で少し外れ城の裏手へと案内される。
そのまま見張りの兵士の横を通り中に入ると、正面とは違い倉庫やどこかの裏口っぽい扉が見られた。
そして何より目を引くのは表に出された荷物の数々だ。
中からバケツリレーよろしく、どんどん表へと運び込まれていく。
「中も結構めちゃくちゃになってまして、無事なものを分けるのと清掃用にとりあえず外に出すことにしたみたいなんですよ」
「あー……結構やられちゃいましたか」
「ガラスや陶器が痛いですね。割れ物は王城内は多いですし」
彼らの邪魔にならないよう横に避けつつ城内へと入っていく。
流石に裏口付近は多数の使用人が慌しく片付けていたが、ある程度中に入ると造りがしっかりしてるのかメイド達が数名往来してるぐらいであった。
カーペットが敷き詰められた廊下を歩きながら、折角なので少しだけ城内の様子をカメラに収める。
何せ最初はバッテリー切れが怖くやれなかったし、二度目は荷物が取り上げられてた。
落ち着いてというわけではないがようやく訪れたのだし、少しぐらい撮ってもバチは当たらないだろう。こんな西洋風なお城なんて欧州に行かなきゃ見れないもんだし。
カメラを向けながら案内されることしばし。
二階へと上がり再びカメラを向けたまま廊下を歩いていると前方の曲がり角から貴族風の服を着た壮年の男性らが姿を現した。
兵士が横に避け緊張した面持ちで彼らに向け敬礼をする。
ついてきた自分らもとりあえず邪魔にならないよう横に避けると、その内の一人がこちらを見てとても良い……そう、物凄くいいものを見つけたとばかりの嫌らしい笑みを向けてきた。
何となく嫌な予感がしたのでスマホを操作しそれを隠すようポケットにしまい込む。
「これはこれは。追い出された無能救世主様ではないですか。いや、能無しですからただの一般人でしたかな」
テカテカの剥げた頭の男性がそう言うと他の男性らが声を上げて笑い出す。
隣でコロナがイラっとしてるのが分かったが指で堪える様指示を送る。伝わったか判らないがとりあえず飛び掛るようなことはなかった。まぁ流石にそこまで無鉄砲でもないか。
そして目の前の人物を見て正直頭に来る前に誰だこいつ?としか思えない。
少なくともこんな見事な剥げ頭の貴族なんて自分は知らない。一度会ってたら忘れないだろう。
「それにこの王国の中枢である王城にそんな獣を入れるなど、いやはや異世界人は常識が無くて困りますな」
「はっは、違うでしょう。彼以外の正式な救世主の皆々様は常識も礼儀もあるではないですか」
「おっとこれは失言でしたな。こんなのと比べてられてはあの方々に失礼ですな」
日本にもこんな手合いがいたなぁと思いつつとりあえず言わせるだけ言わせておこうと思う。正直この手の人間は向こうで散々相手したので慣れっこだ。
適当に言うだけ言わせればその内どっかにいなくなるだろう。まぁただ……
(うーん、良くないな……)
頭上のポチと隣のコロナの怒りのボルテージが上がっているのが何となく分かった。
と言うかポチよ、頭に爪を立てないで欲しい。俺のために怒ってくれるのは正直嬉しいがぶっちゃけ痛い。
案内した兵士も目の前の相手には立場が違いすぎて何も言えないのだろう。言ったら何されるか分かったものではないし、流石にこの人を責めるのは酷だ。
とりあえずコロナ達が暴発する前に自分から動くことにする。
「いえいえ、今日は呼ばれて参上した次第でして。今朝のことで自分の話を聞きたいと伺ってます」
「おやおや、我らと違い勉学のべの字も知らぬ町民の知識を必要するとでも?」
「そう判断されたんじゃないですかね? あくまで自分は呼ばれただけですから」
誰に呼ばれたとか知識を売り込みに来たとかは言わない。
スヴェルクの立場がイマイチ分からない以上彼の名前を出すことは今は避けておくべきだろう。
なのであくまで『呼ばれて参上した』事実のみをプッシュする。
「ふん、誰が判断したか知らぬがお前はいらんよ。早々に立ち去れ」
「その決定権が貴方にあるのですか?」
「あるとも。私を誰と心得る」
知らんがな。名乗りもしない以上ただのつるっぱげ貴族としか呼び様が無い。
「そこの兵士」
「はっ、はい!」
「ボールド=クロムドームの名において命ずる。そこの小汚い者共をとっとと外に摘み出せ」
「ですが私は彼らを案内するよう……」
「くどいぞ。一兵士風情が口答えをする気か? こいつらが帰ったことは私自ら説明しておいてやろう。これで満足かね?」
うわぁ、ヒドいパワハラを見た。
まぁここじゃコンプライアンスもへったくれも無いから仕方ないといえば仕方ない。
「兵士さん、行きましょう」
「……分かりました」
再度敬礼し来た道を戻り始める兵士。
その後をついていこうと貴族らに背を向けたところで、後ろから嫌みったらしい笑い声が廊下に響く。
「はっは! 私には見えるぞ、貴様も連れ同様尻尾丸めてる姿がな!」
あ、ヤバいと思った瞬間に体が反応してくれたのは僥倖としか言いようが無い。
飛び出しかけたコロナを右腕で抱き寄せ、頭上から飛び出したポチの首輪を左手で掴み動きを止める。
「ほら、帰るよ。兵士さん、案内お願いしますね」
「え、えぇ……」
物凄く色々言いたそうなコロナを目で何も言わないよう黙らせる。
少しきつい目線だったかもしれないが、彼女は不満はありそうだが大人しくこちらに従ってくれた。
ポチはいまだに向こうを睨んでいたが所詮子犬と見てか特に何も言ってこない。
「では気をつけて帰りたまえ、救世主殿」
「えぇ、それでは」
表面上はにこやかに丁寧に対応してるのか面白くないと言う顔のボールド。
彼が鼻を一つ鳴らし立ち去るのを確認するとこちらも来た通路を戻っていく。
ボールドたちが見えなくなった後しきりに謝る兵士であったが、彼のせいではないから気にしないで欲しいとだけはしっかりと伝えておく。
実際彼は職務に忠実に遂行しただけで何一つ悪いことなどしてない。
「本当にすみません、態々来て頂いたのにこの様なことに……」
「まぁタイミングが悪かったんですよ。気にしないで下さい。こんなときですし、何かあったらまた頼ってくださいね」
それでは、と裏口で兵士に頭を下げ王城を後にする。
さてこの後は……。
(まぁまずはこの二人だよなぁ)
もうこれでもかと言うぐらい頬を膨らましずんずんと先に歩いていくコロナとポチ。
全身からもう私は今怒っています!関わらないで下さい!オーラが出まくっている。
「はい、二人ともちょっと集合ー」
パンパンと手を打ち二人の足を止める。
こっちには来なかったものの止まってくれたのでゆっくりとコロナ達の方へ近づく。
「もー! なんなのあのハゲーー!!」
「わう!!」
おぉ、怒ってる怒ってる。
うがー!と両手を天に突き上げ叫び声を上げるコロナとそれに呼応するポチ。
まぁ無礼千万、失礼極まりないあの態度なら無理ないことだろう。
「ヤマルも何で止めるの!」
「そりゃコロもポチも失いたく無かったからだよ」
その言葉にコロナ達はピタリと動きを止める。
あのまま殴り掛かってたらその場はスッキリするだろうがその後がどうなるかなんて明らかである。
そしてあの手合いは大抵それを狙ってたりするものだ。
相手が何もしてこないならそれでよし、反抗してもそれでよし。どちらに転んでも美味しく出来ている。
だから最後、こちらがずっとにこやかに丁寧に対応してるのを面白く思ってなかった顔をしていたのだろう。相手が何も堪えてないのが一番して欲しくない対応だからだ。
「……ごめん。でも悔しいよ、あんな勝手なこと言われて……。ヤマルは何とも思わなかったの!?」
「……そんなことあるわけないでしょ」
声のトーンが変わったためか驚き少し身を引くコロナ。
あいつについて何も思うところが無い訳が無い。自分への評価ならまぁまだいいだろう。実際特筆すべき能力も何も無い一般人なのだから。
ただしそんな自分についてきてくれてあまつさえ助けてくれてる二人を侮蔑するなら話は別だ。
「まぁ自分のことだけなら放置しておくつもりだったけど、流石に何も知らないコロとポチのことをあぁも言われちゃね。だから……」
もちろん自分に出来ることなどそう多くはない。
だけど何も出来ないわけでもない。
「良い悪巧み、しよっか?」
その言葉にその場に誰か居たら通報されそうなぐらいの悪い顔をする二人+一匹。嫌いな相手への嫌がらせを考えるときは得てして大抵楽しいものである。
そのまま街へ帰りながらあのハゲ貴族が嫌がりそうなことを教えつつ、あれこれと作戦を錬っていくのだった。
◇
「来ませんな……」
「えぇ、どうしたんでしょうね」
城内の本会議室。
ヤマルを呼んでそれなりにいい時間が経過していた。とっくに着いてもおかしくないのだが一向に現れる気配は無い。
彼一人の為に遅らせるわけもいかないためすでに会議は始まっているが、やはり初めてのことだけに議論の焦点が二転三転している。
「何かに巻き込まれたとか?」
「この混乱、ありえなくは無いですがそれならば何かしら連絡はあるでしょうが……」
そのために兵士を一人送ったのだが、その兵士すら姿を見せない。
今は少しでも地震について知ってる人物が欲しいと言うときなのに……。
「その、ヤマル殿はじしんについては詳しいので?」
「なんとも……ですな。私と同程度かもしれませんし、知ってる可能性もあります」
今回の地震について知ってる人物は本当に居なかった。
この世界の人は少なくとも城内では皆無。体験どころか大地が揺れるなど話を聞いた人すらいない。
そして異世界組で体験したことがあるのは自分とサイファスだけ。そのサイファスは兵士達と街の治安に全力で勤めている。
セレスは向こうでも神殿勤めのためその様な話は聞いたことが無く、ルーシェも地面が揺れる地域があるぐらいは聞いたことがあるらしいが当の本人は経験していない。
セーヴァ、ラット、セレブリアは現在王都から離れてるため不明。ローズマリーからはまだ話は聞けて無い。
リディもそんなのがあったら本に埋もれて圧死してますね、なんて言ってたから彼も知らないだろう。
「私の知識もその場しのぎ程度ですから、些かまずいことになってますな」
前の世界でも地震はあった。頻発することは無かったがそれでも揺れたときは被害が出たものである。
問題は数十年に一回ぐらいのスパンだったため、対策らしい対策がおざなりになっていたのだ。
数十年に一度、ちょっと大き目の被害があるぐらいなら、その分毎年の対策に予算を注ぐのは間違っては居ないだろう。
何事にも優先順位は存在する。
その後も対策らしい対策、対応など遅々として進まず、被害に対する醜い責任の擦り付け合いの場に発展するまでそう時間は掛からなかった。
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