第65話 未知の災害と既知の災害


 それは誰にも見つかることの無かった奥の奥——


『動力炉A——出力低下を確認』

 

『【龍脈レイライン】からの供給……NG』


『他の【龍脈】からエネルギー供給開始』


『同期……失敗。再接続……同期完了』


『動力炉A出力再開……エラー。再出力開始……成功』


『出力に対し重量過多を確認。マニュアルに従い外殻の一部をパージ』


『振動を確認。安定まで三十秒』


『全チェック……クリア』



 ◇



「ん……?」


 その日の朝はいつもと違う目覚めだった。

 時間は分からないがスマホの目覚ましが鳴った記憶は無いのでそれよりも早いのだろう。

 微睡む意識を一気に覚醒させるには十分なほどの揺れ。


(地震か……)


 懐かしいものでもないが日本で何度も経験したことのあるそれ。

 体感的に震度三~四辺りだろうか。

 グラグラと揺れる室内。軋む柱に不安を覚えながら掛け布団を頭に被りベッドから這い出るように降りる。

 とりあえず備え付けの倒れそうな家具から離れテーブルの下に身を潜ませた。ポチも慌てて起きたようで一目散にこちらの懐に飛び込んでくる。


「大丈夫、すぐ収まるよ」


 半分は自分に言い聞かせるようにポチに言うと、揺れも徐々に小さくなり収まってきた。

 まだ少し体がふわふわするがこれも地震の影響だろう。

 テーブルの下から出て部屋を見ると家具が若干位置ズレをしたぐらいで特に被害はなさそうだった。

 こういうときは自身の荷物しかない冒険者は便利だと思ってしまう。持ち家なら家具類が散乱しそうだし……。

 今更ながらこの宿は対震設計は……と思ったが多分無いだろうと判断し考えを打ち切る。

 とりあえずもう眠気が飛んでしまい寝れそうにないのでこのまま起きることにした。

 また揺れても困るので今の内に手早く寝間着から服に着替える。そして丁度着替えが終わったところで部屋のドアが激しく叩かれだした。

 いきなりのことに驚くもなおも激しくドアが叩かれる。あまつさえノブをガチャガチャと回し無理矢理にでも入って来そうな勢いだった。

 壊される前に慌ててドアの鍵を開けるとそこには予想通りコロナの姿。

 大方自分の心配をして慌てて駆けつけてくれたんだろう。彼女も寝間着姿のままこちらの顔を見ると、安心したのかホッとした表情……ではなく両目にいっぱい涙を溜めていた。


「ヤマル~~~~!!」

「げふっ?!」


 よく言えばこちらに抱き付いてきたと取れなくもない。

 しかし身体能力の高いコロナが勢いよく抱きつくと、それはもはやタックルとなんら変わらない威力である。

 肺の空気が一気に吐き出されそのまま床に押し倒されると、コロナは尚も腕の力を緩めることなくこちらを抱き締めた。


「怖かったよぅ……!」

「けほっ! コロ、くるし……ギブギブ……!!」


 肋骨がミチミチと嫌な音をあげコロナの肩を叩き引き剥がそうとするがびくともしない。

 普通なら女の子の匂いとか薄着から感じる柔らかさとかもう少しムードあるイベントだろうに、なんだこの色気の無さは。

 いや、色気どころかマジで生命の危機に……。


 結局以前の模擬戦のようにコロナの腕の中でぐったりするのにそう時間は掛からなかった。



 ◇



「「死ぬかと思った……」」


 落ち着いたコロナを椅子に座らせた互いの第一声がこれである。

 もちろん互いの内容が違っているのは言うまでもない。


「落ち着いた? はい、お水」

「あ、ありがとう。その、ごめんね……?」


 悄気るコロナに水を渡し向かい合うように椅子に座る。

 ポチはまだ怖いのか、いまだにテーブルの下で丸くなって震えていた。


「まぁわざとじゃ無いしね。でもコロがあんなに取り乱したの初めて見たよ」


 果敢に前に出て戦う勇気ある女の子のイメージが強かっただけに、自分に泣きついてきたコロナは中々新鮮だったと思う。

 流石にあの時はそんなこと考える余裕は無かったが、今思い出すと中々ドキドキするものだった。

 ……まぁ未だズキズキ痛む胸に目を瞑ればだけど。


「だってあんなの初めてだったんだもん……」

「まぁ結構揺れたもんね」


 コロナがこんな状態のためか何か逆に落ち着けてる気がする。

 日本で体験してたのももちろん理由の一つだろう。


「ヤマルはいつも通りって感じ。何かすごいね」

「慣れてる訳じゃないけど地震は何度か体験してるからね」


 存外に『知っている』と言うことはバカに出来ない。

 知っているから可能な対処はすぐに取れる。今朝の行動もそうだ。

 布団で頭を守りテーブルの下に避難出来たのはそうするように子どもの頃から学んだからだ。避難訓練の賜物である。

 中々無いコロナからの称賛にちょっとだけ得意気になっていると、コロナはキョトンとした様子で質問をしてきた。


「ヤマル、じしんって何?」



 ◇



 その質問に今度はこちらがキョトンとする番だった。

 そしてコロナに詳しく聞くとどうやら地震を体験したのは初めてらしい。

 単に経験したことが無い可能性もあるが、少なくとも獣亜連合国に居た頃は地震は無かったとのこと。

 もしここの人達も同様に地震を知らなかったら結構な被害が出てるかもしれない。


「コロ、着替えておいで。その間に少し様子見てくるよ」


 初めてのことだとしたらパニックになってても不思議ではない。

 何せどう対応していいか分からないからだ。分からないから混乱する。

 少なくとも街の様子だけは少し見ておきたかった。どうなってるか分からないし、治安が悪くなってたら回り道も視野に入れた方がいいだろう。

 そしてそのまま立ち上がり外へ向かおうとすると、不意に服が引っ張られ動きが止まる。

 振り返るとコロナが不安そうな顔でこちらの服の裾を持っていた。


「行っちゃヤダ……」

「……分かった、一緒に行こっか。とりあえず着替えておいで、ここで待ってるからさ」


 流石にこの状態のコロナを置いてくのは無理と判断する。

 とりあえず彼女を促しその間に出る準備でもしようと思ったが、コロナは何故かずっとこっちの服を掴んだままだった。


「コロ?」

「あの……一緒にいてほしいな、なんて……」

「……いや、流石に部屋まではダメでしょ。着替え終えるまでちゃんとここにいるから」

「でもまた揺れたら怖いし不安なの。お願い……」


 不安そうにぎゅっと服を握られると先日のレーヌを思い出してしまう。

 彼女も自分の服を握ってたときは色々と不安だったのかな、と思うと見捨てることなんて出来なかった。

 そもそも頼ってもらえることすら稀だし……。


「……後ろ向いてるからなるべく早くね」

「うん!」


 テーブルの下にいるポチを抱き寄せそのままコロナの部屋に二人で向かう。

 そして中に入り彼女に《生活の音ライフサウンド》をかけ消音状態にした。これなら着替える時の服の衣擦れ音は聞こえない。ビバ生活魔法。

 部屋の椅子を借りコロナに背を向け待つこと数分。肩を叩かれ振り向くといつもの格好をしたコロナがいた。

 何か話しかけてたが《生活の音》の効果で何も聞こえなかったのでまずは魔法を解除する。


「お待たせ。……ヤマル、こっち向かなかったね」

「いや、流石にそりゃ向かないでしょ……」


 俺だって男だし女の子の肢体に興味がないわけじゃない。本音だけ言えば見たいか見たくないなら間違いなく見たい方に傾く。

 だが見たいと見るは違う。見たいけど理性や良心、その他諸々が混ぜこぜになって見ないという行動に行き着く。それが人間ってもんだ。


「うー……安心感あるけど何か複雑……」


 言いたいことは分かるけどそれは俺に襲ってくれと言ってるようなものだと気づいて欲しい。

 いや、例え襲ってもコロナならすぐに迎撃出来るからかもしれないけど。


「ほら、顔洗ったら下いくよ」


 微妙な表情をしてるコロナを連れ立って準備し一階の酒場へと降りる。

 普段なら同じ宿泊客が朝食を取り始めてるところだがそんな状態ではなかった。


「うわ……おはようございます。女将さん、大丈夫ですか?」


 地震が起きたのが朝食の時間では無かったためホール自体はそこまでひどくはなかった。

 部屋と同様精々テーブルと椅子がいつもより違う位置にずれてるぐらいである。

 問題はキッチンなど女将さんや大将が仕事をする部屋だ。

 朝食準備中だったのか、大量の食器や調理器具が床に散乱し二人がそれを片付けているところだった。

 揺れ自体はそこまで無茶苦茶大きくなかったため食材が落ちてないのはせめてもの救いだろう。


「あぁ、ヤマルちゃんたちかい。まぁ見ての通りだけどあたしもうちの人も大丈夫だよ。そっちは?」

「こっちも見ての通り……ですね」

「あらまぁ。やっぱり男の子なんだねぇって思っちゃうわね」


 見ての通り、とは現在の自分は左腕にコロナがしがみ付き、頭にポチが張り付いてる状態である。

 色気も恥じらいも何もない。なんだろう、このコレジャナイ感は……。

 正直物凄く動きづらい。


「ともかく手伝いますよ。ほらコロ、手分けしてやるよ」

「あ、うん」

「ポチは念のためスライム入ってこないか入り口で見てて。食器食われたらたまったもんじゃないし」

「わふ」


 ようやく離れたコロナ達と手分けして片づけを手伝い始める。

 流石に四人も居ればものの数分のうちに片づけが終わった。この世界の一般家庭だとガラス製品が殆どなく木製品が主流のため、基本拾い上げるだけなのが功を奏していた。


「ありがとね。ご飯優先的に出してあげるから待っといで」

「あ、はい。ありがとうございます。あ、もしまた揺れたら火すぐ消してくださいね」


 あいよ、と女将さんは軽く手を振りキッチンの方へ向かっていく。

 そして自分達はいつもの席に腰掛けるも、やはりコロナとポチはここでも不安そうであった。

 

「ヤマル、その……この地面が揺れるのがじしんってやつなの?」

「うん、そうだよ。自分のいたとこだと自然現象だったからね」


 とりあえず地震のことだけを軽く説明する。

 流石に原理みたいなのを話しても仕方ないので、コロナには揺れたときにすぐ出来る対処法や注意点など日本人としては当たり前の範疇のことを教えておいた。


「とにかく室内だと落下物や倒れてくる家具には注意だね。タンスの前は絶対に厳禁」

「なら外に出ればいいんじゃないの?」

「外は外で危ないからなぁ。例えばお店の看板とか落下物はあるし。一番いいのは周りに何もない広いところかな」


 まぁこの辺だとそんなところなんて街の外の平野だろう。

 ものの見事に四方に何もない為避難場所としては最適である。ただし魔物の危険性が付き纏うが。


「あー……でもコロだけなら一番安全なのはあれがあったな」

「ほんと!?」

「ほら、《天駆てんく》。揺れが収まるまで街より高い位置にいれば危険は無いし」


 日本じゃ絶対にありえない空への避難。

 もちろん可能な人など限られているがこと地震に限っていえば完全に無効化できる。


「でも《天駆》だとヤマルたちと一緒に行けないよ……」

「まぁそれは仕方ないからね。最悪コロだけでも逃げてくれれば俺らに何かあっても応援呼んでもらえるし。流石に家とか崩れたらコロでも俺守りきれないでしょ?」

「そうだけど……」


 流石のコロナでも対人、対魔物用の護衛である。いくらなんでも建物や自然災害相手ではどうにもならない。

 それなら彼女だけでも逃げてくれれば、外から応援を呼んだりとなんとかなるかもしれない。

 その後も地震についてコロナがいくつか質問をし、それに対し知ってることを教えているとキッチンの方から女将さんの声が聞こえてきた。


「ヤマルちゃん、何かお水出ないから手伝っておくれ!」

「あ、分かりました!」


 こちらも聞こえるよう大きめの声で返すと再び立ち上がり……予想通りコロナたちも後をついて来る。

 中に入ると大将が水道と思しき魔道具に悪戦苦闘しているところだった。


「すまないね、何か急に出なくなっちゃってさ」

「う~ん、壊れた……わけではないと思いますけど。とりあえず水は出しますね。こっち終わったら念のために庭の水瓶に入れておきます」

「ありがとうねぇ、助かるよ」

「いえいえ、普段助けてもらってますから」


 とりあえず《生活の水ライフウォーター》でまずは調理に必要な水を確保する。

 続いて中庭に行くと地震のせいかいつもの水瓶が横に倒れていた。それをコロナと一緒に起こし上げてはこちらにも魔法で水を溜め始める。


「お水どうしちゃったんだろ。魔道具の故障じゃないの?」

「うーん、故障かもしれないけど……」


 魔道具の中身など完全に門外漢なので断定など出来ない。

 故障かもしれないし別の問題があるかもしれないが、何にせよ先ほどの地震が原因と見て間違いないだろう。


「あれ。ヤマル、すまほが鳴ってない?」

「え?」


 コロナの耳が左右に小刻みに動き音をキャッチしたようだ。

 どうやら水音で気づかなかったらしい。スマホを取り出すと確かに音が鳴っており、当たり前だが画面にはメムのアイコンが表示されていた。


「もしもし? メム、そっち大丈夫だった?」

『おはようございます。ヤマル殿ですよね? スヴェルクです』


 なんと通話相手はスヴェルクだった。

 国王代理伝いにでもこの機能のことを聞いたのだろうか。


「あ、スヴェルクさん。おはようございます、どうし……って多分今朝のことですよね」

『えぇ、ヤマル殿はは大丈夫でしたか?』

「えぇまぁなんとか。慣れっこってほどじゃないですけど経験済みですので。そちらは大丈夫なんですか?」

『こちらはかなり混乱してますね。……ヤマル殿、率直に申し上げます。迎えの兵を送りますので城に来て頂けませんか』


 口調はやんわりとしたままであったが、通話越しでも雰囲気が張り詰めているのが何となく分かった。

 あの人ですら切羽詰ってる状況なんてかなりマズいんじゃないだろうか。


『今は少しでも多数の知識が欲しいのです。勝手とは重々承知していますが、どうかよろしくお願いします』



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