第61話 罪人


(……あれ、どうしてこうなった?)


 暗い暗い小さな部屋。不衛生なベッドと思しき台に腰掛け自問する。

 周囲の殆どが石壁で出来ており、その一面の上部にぽつんと格子状の窓が一つ。

 そして窓の反対側の面は壁ではない。こちらは全部頑丈そうな鉄で作られた格子だった。

 誰がどう見ても牢屋である。それも地下牢だ。


(えーと……?)


 思い出せ、何があったのかまずは思い出せ。

 そもそもここはどこだ?

 ……ここは王城の地下牢。確か大罪を犯した人間が送り込まれる場所、だったはず。

 なんで自分はどうしてここにいるんだ?

 ……サイファスに捕まったからだ。あの人から逃げられるイメージなど微塵もなかった。

 と言うかなんで捕まった?

 ……なんでだ?

 

 分からない。捕まった以上、それこそこんなところに入れられた以上思いっきり何かやらかしてしまったことになる。

 ただよく分からないなりにも分かる部分はある。

 うん、ぶっちゃけここ臭い。地下牢だから当然と言えば当然なんだが不衛生極まりない。

 鉄格子越しに見える向こうの牢も似たような作りだった。

 よく見えないが誰かいる。ぼろ切れのような服にボサボサの頭してるし、多分罪人なんだろう。

 ……なんかこっち見てニタニタした笑顔を向けているのは多分仲間が出来たと思われてるんだろう。


(誰かいないかな……)


 こういう場所なら見張りの兵士がウロウロしてるのがセオリーなんだが、残念ながら今はいないらしい。

 鉄格子越しに通路を見ても姿は見えず、足音すら聞こえない。多分いないか、いても遠くの場所にいるのだろう。


(……しかし何か落ち着いてるな、俺)


 普通ならこんな場所にいきなり連れて来られたらパニックになりそうなものだが、自分でも驚くぐらい今落ち着いている。

 単に現状を把握出来てないだけか。いや……


(慣れ、かなぁ)


 牢屋に入れられるのは初めてだが、訳が分からないうちに連れて来られたのは二度目だ。

 この世界に召喚されたときのことを思い出す。あのときから自分はある意味この世界に囚われているようなものだ。


(人の来そうな気配は無し、か)


 さてどうしたもんか、と思っていると向かいの囚人がさも嬉しそうに話しかけてきた。

 新入りが来て話し相手が出来たのが嬉しいのか、この場所について聞いてもいないのに色々教えてくれる。

 やはりここは国がらみで何かやった最重要罪人が拘置される場所らしい。

 そのため回りの鉄格子や石壁も一見普通に見えて、実は対物対魔に優れた素材なんだそうだ。

 また魔法を使われても困るため本来は首に魔法拘束用のバンドが巻かれる筈らしいが、ついてないところを見るとその可能性が無いと判断されたんだろうとのこと。

 現にその囚人はよっぽど色々してるのか、首輪に加え足かせもついている。


「お前が何したか知ったこっちゃねぇが、まぁ大人しくしておくんだな」


 それだけ言うと向かいの囚人は自分のベッドに潜り込む。もはや会話する気はないようだ。

 とりあえず牢屋の中を改めて調べるが、やはり物は置いてない。

 ベッド以外だと隅にある臭い臭いのする壺。多分ここで用を足せと言うことなんだろう。

 恐る恐る中を見ると汚物はなく、代わりに赤色のスライムが底で餌を待っていた。

 こんなとこまでいるとか本当に便利な魔法生物である。


(……掃除でもするか)


 考えても答えを教えてくれる人がいない以上全て推論になってしまう。

 それにこの場ではじっと考えるには些か環境が悪すぎる。

 時間潰しと現実逃避、そして環境改善をするために各種生活魔法を使用することにした。



 ◇



「フルカド=ヤマルか。ハズレ救世主も落ちるに落ちたもんだな」


 集められた情報を読み解きながら一人ごちる。

 今回の一件で自分は尋問のまとめ役となった。正直犯罪者相手など適当に牢にぶちこんでとっとと刑を与えれば良いとは思ってる。

 だがさりとて仕事は仕事。手を抜けばどこから弱味を握られるかわかったものではない。

 乗り気はしないが与えられた役割だと気持ちを割り切り、罪人の情報を部下に集めさせているところだ。

 そして今回の相手の情報は集めやすかった。むしろ隠すような素振りも偽の情報を流す様子も無いため拍子抜けどころか少し怖いぐらいだ。


 フルカド=ヤマル。

 噂では聞いてた救世主召喚における所謂ハズレ枠として呼ばれた運の悪い男だ。

 望まれてないのに呼ばれた立場は同情に値するが、だからと言って犯罪は犯罪である。

 奴のその後の足取りも実に追いやすかった。

 城から出た後は仕事を転々とし、今は冒険者として生活しているらしい。

 何を好んであの様な職に就いたか分からないが、今回のことを鑑みると金がなくなった末の凶行か周りに毒されたか、まぁこんなところだろう。


「失礼します。隊長、続報をお持ちしました」

「あぁ、そこに置いておいてくれ」


 部下の一人がまとめられた資料を持ってきた。

 あいつが捕まってからすでに半日。プロフィール以外の報が入るのが今回が初めてだ。

 置かれた資料を手に取りその内容を読み解く。

 中身は主にあいつ周りでの評判だ。人数に任せ多方面に走らせたため信憑性はそれなりにあると思われる。

 だが……。


「おい、この内容で合ってるのか?」

「はっ。こちらでも何度か見直しましたが間違いないかと」


 どうやら見間違いでもなければ部下の不手際や落ち度でもないらしい。

 その内容は賞賛とまでは行かなくとも、大よそこの様な重罪人に向けられる声ではなかった。

 ある冒険者は言う。


『は? あいつがそんなことするようなタマじゃねぇよ。やっても精々出店のもんくすねる辺りが関の山だぞ。知らねぇのか、あいつの事。あれはなぁ……』


 この後数ページに渡りヤツがいかに情けなく弱い存在であるかをつらつらと書き連ねられていた。

 しかし『弱い』や『情け無い』などの単語は出てくるものの、少なくとも犯罪をするような人間に関する単語は出てこなかった。

 他の同業者も差異はあれど概ね同じような内容である。

 口が悪い彼ら風にまとめると『そんなことする力も度胸も無い小心者』だそうだ。

 ただし中には明らかに陥れようとした内容も合ったが、これの信憑性には疑問ありと但し書きが記されていた。


 またある住人は言う。


『はぁ!? バカぬかすんじゃないよ! あんな子がそんなことしでかす訳ないじゃないか! いいかい、お城の兵隊さんだろうと言っていいことと悪いことがあるんだよ! 何にも知らないでよくもまぁ……』


 この後二時間ほどに渡りお説教を食らったそうだ。

 怒りをぶつけられながらも内容を覚え要約した兵士らには別途手当てをあげたいぐらいである。

 どうも冒険者としての仕事で様々な住人と交流があったらしく、真面目な仕事ぶりや丁寧な対応から評判は良かったそうだ。むしろ冒険者のイメージが変わったと言う人すらいる。

 仕事内容自体はぬきんでたものでもなく所謂お手伝いのようなものばかりだったが、腐ることも文句言うことも無く今時珍しいぐらい真面目に働いていたらしい。

 まぁお世辞にも要領が良かった訳では無かったみたいが、概ね好意的に取られているようだ。


「……なぁ、誤認逮捕ではないよな?」

「それはもちろん。現場を取り押さえましたし目撃者も多数います。間違いないかと」

「だよなぁ」


 報告書の人物とやった犯罪の乖離が激しすぎて同一人物とは思えない。

 いっそのこと一般的な冒険者であればまだ納得できそうなものだが、どうもあいつは良くも悪くも一般的ではないらしい。

 ……まぁ異世界の住人がこちらで『一般的』になるのは些か無理があるか。


「こっちは収支系の報告書か」


 捜査名目で冒険者ギルドから奴に渡った金額、宿における一泊辺りの代金、その他道具や武具諸々などから予測される残金など事細かに書かれていた。

 それによると城を出た当初は程ほどにあったが数日ほどで一気に減少。その後緩やかに減っていくがある時を境に急激に減り、その後一気に持ち直していた。

 それから少しして一山当てたのか急激に増え、平行状態を維持したまま現在に至る。


「ちなみに借金とかの話は?」

「少なくとも商業ギルド管轄内では無いですね。個人での貸し借りがあれば別でしょうが、現状はその様な話はありません。もう少し調査が必要かと」


 仮に個人の貸し借りがあったとしてもここに書かれているのは冒険者ギルドを通しての収入や商業ギルド管轄の商店など表に出ている収支だ。

 減ってるけど持ち直している以上は見えてる部分では少なくとも金に困っていると言う訳ではない。


「それからその……あまり良くない報告がいくつか」

「なんだ、言ってみろ」


 聞きたくないが聞かず放置しても碌な事にならないのはこれまでの人生で経験済みである。

 申し訳無さそうにしている部下に報告をするよう促すと、彼は一枚の紙面に書かれたことを読み上げ始めた。


「昨日もいた獣人の少女が今朝も城門前にいました」

「またか……」


 あいつの仲間である獣人の少女が昨夜押しかけるように来たのは記憶に新しい。

 無理やりにでも突破しかねない剣幕だったのを何とか宥めているところに、かの大戦士サイファスがやってきて事なきを得ていた。

 どうも顔見知りらしくその場は帰ってもらったが、もし荒事になったら小隊規模で取り押さえる必要があったらしい。

 彼女がそれ程の実力者に見えないのと、それ程の実力者をどうやってあいつが引き入れたのか二重で驚いたものだ。


「昨日に比べて大人しくはしているようですが門番の兵士が困っています。仕事の邪魔をすることも無く無理に突破する様子もないようですが気になると……」

「門番の兵には悪いがそのまま見張っておけと言っておけ。邪魔するなら現場裁量で動いても構わん」


 まぁ多分動くことは無いだろう。恐らく彼を待っていると思うが、流石に一日中居座られると世間の目や士気にもかかわる。

 頭の痛い話だが対処せねばなるまい。


「あの、他にもまだありまして……」

「今度はなんだ。陳情が沢山届いたとかその辺か?」

「は、その……聖女セレス様、舞姫ルーシュ様がこのお話を聞いておかしいと疑問を呈しております。また薬師ローズマリー様が露骨に疑いを向けておられ……」

「また厄介な面子が……」


 神殿周りから神の使いと崇められているセレスに夜会でよく呼ばれ各種貴族に顔が広いルーシュ。

 おまけに様々な薬を生み出しているローズマリーまでもが実質向こう側に回った形になる。


「それと魔術師ギルドマスターのマルティナ様からネチネチお説教を頂いたとも報告が……」

「あの才女様もか。接点があるようには見えなかったが……」

「更に先日新設された遺跡研究班からクレームがひっきりなしに来てます。どうも彼が発掘したゴーレムの主らしく、『意味なく主に危害加えるような国とは協力出来ない』と言って拒んでいると。その為研究が進まないどころかこのままでは国家事業に影響が出かねないとか凄い剣幕でして……」

「あいつどんだけ顔広いんだよ……」


 もはやこちらが頭を抱える番だった。

 これで下手に断罪しようものなら自分の首が飛びかねない。

 噂では異世界人と言う以外はただの一般人という話だったのにこの繋がりの多さは一体なんだろうか。

 この調子なら口には出してないだろうがサイファスも疑念を抱いても不思議ではない。


「関わり合いのある人が影響力しか無い人ばかりで良かったですね」

「全くだ……ここに権力を持った人が連ねてたら考えるだけでも胃が痛くなる……」


 一般人一人に対しては豪勢なメンバーではあるが、彼らが持ってるのは全て周りに対する影響力しかない。

 その大きさは無視出来ないものではあるものの、誰一人捜査に加わることもこの件に口を出すことも出来ないのだ。


「……隊長、どうしましょう」

「どうするもこうするもここで決めるわけにもいかんだろ。まだ話すら聞いてないんだからな」


 何にせよ確かに疑問が沸く案件ではありそうだ。

 最初のとっとと断罪しようとする気持ちはすでに失せ、あるのは下手すれば各所から恨まれかねないという現実。

 ならば先入観を捨て真実を見極めるしかない。


「では尋問を?」

「あぁ。ある程度資料は揃ったしあの方も立ち会ってくれるそうだ」

「なら安心ですね」


 全く持ってその通りである。

 何せ手伝ってくれる人がこの手のことに最適な能力を持っているのだから、自分としてはやりやすいことこの上ない。

 いや、むしろ自分じゃなくてもいいんじゃないかとすら思う。


「だがいつも居てくれるとは限らないからな。なるべくなら俺たちだけで済ませたいところだが……」

「事が事ですからね、仕方ないかと」


 全く、昨日から本当に厄日である。

 この一件が終わったらどこか飲みに行かないとやってられないと思えるほどだ。


「とりあえず取調室には俺たちが連れて行かないとな」


 気が重くなってるせいか幾分か重い腰を上げ地下牢へと部下と一緒に向かう。

 大人しく待っていろよと願いつつ、フルカド=ヤマルの元へと急いだ。



 ◇



「なんだこりゃ……」


 地下牢にやってきての第一声がまさかのこれである。

 ここに収容されていたフルカド=ヤマルの姿はどこにも……なんてことはなく、備え付けの簡素なベッドで横になっていた。

 いや、脱走されるとかよりは居てくれた方が当たり前だがいいことである。

 問題はその牢屋だった。

 物が変わったわけでも無い。新しい家具が加わったわけでもない。

 ただたった半日の間にどうしてこうなったとばかりに牢屋の中は綺麗に清掃されていた。

 流石に宿とは程遠いものの、兵士の独身寮の一室に比べたら下手すればこっちの方が清潔感がある。

 床は元より壁も一面磨かれたため汚れは無く、トイレ代わりの壷もくすんだ色はどこへやら。

 粗末な布で作られたベッドも布自体は変わってなく解れたままであるものの、まるで洗濯された後のような状態であった。


「なんと言うか……すごいですね」

「いやすごいじゃなくてどうして清掃してあるんだよ。誰かやったのか?」


 牢屋番の兵士に問いただすも、昨日から奴には何も与えてないしそもそもここには誰も出入りしていないらしい。

 もちろん道具なんてものもない。あいつが持っていた物は現在こちらで全て預かっている。


「おい、フルカド=ヤマル。出ろ、取調べだ」


 鉄格子を叩くと、中の人物は目を覚ましたのかのそのそとベッドから這い出て……落ちた。

 混乱した様子で辺りを見渡し、自分を見てるこちらに気づいたのだろう。たっぷり三秒ほど静止していたが、寝ぼけた頭がようやく起きたのかはっとした表情を浮べていた。


「あ、その。おはようございます」

「随分余裕だな。と言うかこの部屋に何をした?」


 にへら、と愛想笑いを浮べる目の前の人物に問いただすと昨日魔法で掃除をしたとのこと。

 一体どうやってやったのか疑問は残るが、とりあえずは仕事である。と言うか早くこいつの担当から外れたい。


「まずは取調べだ。大人しく付いて来い」


 牢屋の扉を開け念のため手を縛って彼を表に出す。

 特に暴れる様子も無くそのまま連行すること五分。地下牢から出て少し行った場所にある取調室へと入る。


「さて、今からお前に色々聞きたいことがある。正直に話すように……と言いたい所だが少し待て。もう一人、一緒に尋問する人がいるからな」


 とりあえず備え付けのテーブルに向かい合うように座らせる。

 一応手は自由にはしたが隣に部下はつけておいた。

 情報通りなら暴れられてもすぐ取り押さえれるほどに弱いみたいだが、念には念を入れておくに越したことは無い。

 自分だってそれなりに実力と経験を重ね今の立場にいる。無論人を見る目も相応に養われているが、目の前の人間は噂通りの一般人ぐらいの強さしか感じない。

 だから困惑する。そんなこいつを一体他の面々が何故気にかけるのか。


 そんなことを考えながら待つことしばし。

 取調室のドアがノックされ中に入るように促すと、モノクルを掛けた老執事風の男性が姿を現す。


「お久しぶりですな」

「スヴェルクさん?!」


 そう、ハズレではない本当の救世主の一人。

 《真実の目トゥルーアイ》の異名を持つスヴェルク=ルードヴィッヒその人だった。


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