第60話 閑話・雨の日の一日


(……こりゃ一日中雨かな)


 朝目を覚まし部屋の窓を開けると、しとしとと降り続ける雨。

 空は一面曇天模様。嵐になるほどとは思えないが、さりとて晴れになるとも思えない天気だった。


「わふ……」


 ベッドで寝そべるポチもどこか気だるそうに体を伸ばしている。

 部屋の湿度もそれなりにあるのか、気温に反して少し蒸すような感じだ。


(……う~ん)


 こちらにきて雨はこれで二度目だ。

 一度目は『風の爪』との依頼中に山の中で降られた時。

 あの時はすでに外に居たのでそのまま依頼は敢行したが、今回はまだ宿の中。

 仕事をするかどうか好きに決められる。


「うん、今日はやめとこ」



 ◇



「と言うわけで今日は街の外に行くのは止めようかと思ってます」


 朝食時に対面に座ったコロナに本日の予定を告げる。

 冒険者が外に行かないのは休業と言っているようなものだ。


「雨で中止しちゃっていいの? そこまで強くないから行こうと思えば大丈夫だと思うけど……」

「まぁ街中でやれる依頼あればするつもりだけどね。ただ外はやめておこうかなと」


 雨だから出たくない、と言う気持ち的な部分はもちろんあるが、実はそれ以上に外に出たくない理由がある。

 雨が降ると《生活の風ライフ・ウィンド》と《生活の電ライフ・ボルト》の索敵が出来なくなってしまうのだ。

 風は雨でかき消され、電波も雨で阻害される。

 コロナがいるとはいえ身を守る術の中心であるこの二つが使えない以上、可能な限り魔物がいる外に出るのは遠慮したかった。


「とりあえずギルドには行って仕事なければ今日はお休みにしようかなぁと。コロもたまには俺の事忘れて羽伸ばしてもいいよ」

「んー、ヤマルは休みになったらどうするの?」

「俺? 折角だしゆっくり商店回って道具の補充や新製品何か無いかチェックしたり、後はちょっと試したいこととかあるからそれしようかなーと」


 普段はお金稼ぎに奔走するが、時間あるときにやりたいことはいくつかあった。

 ゴロゴロしたい気持ちはあるが、折角ならそちらに時間を裂こうと思っている。


「なら私も一緒に行っても良い?」

「そりゃ構わないけどコロはそれで良いの? 折角休みになるかもしれないのに」

「うん。予定特に思いつかないし、それならヤマルと一緒に居たいなって思ったしね」


 他意は無いんだろうがそうゆうことをストレートに言われるとどうも気恥ずかしい。

 ともあれいつもよりは少しゆっくりした後、ギルドに向かうことにした。



 ◇



「ヤマル、それなーに?」


 宿の入り口でさぁ外に出ようとしたところコロナから質問が飛んでくる。

 視線の先には日本からたまたま持ち込めた折り畳み傘だ。

 ちょっと値が張ったものの相応に高品質の傘。開いた時に普通の傘と同じサイズになるためややコンパクトさには欠けるが、それでも持ち運ぶ分にはなんら問題ない。


「ん、自分の傘だよ。コロは持ってないの?」

「うん。と言うか傘って人間の貴族の人が使う物じゃなかったっけ?」

「あれ、そうだっけ?」


 女将さんの宿は少し通りから離れてるためこちらから街の人の様子は伺えない。

 ただコロナが言うには基本雨具は傘ではないようだ。冒険者ならマントがそれに当たり、普通の人もマントほど丈夫じゃないにしろ似たような物を使っているらしい。

 傘のようなものは貴族が使用人に使ってもらうのが一般的なんだとか。


「じゃぁこれは仕舞っておいた方がいいかな」


 別に貴族でもないしマントが一般的ならそれに従った方がいいだろう。

 カバンの中に傘を仕舞おうとすると横からコロナの手が伸びてきて自分の腕をつかまれる。


「えー、折角だから使おうよ。傘を間近で見れることないし」

「いいけどそんな大層なものじゃないよ?」


 そんな期待に満ちた目をされては流石に断り辛い。

 こちらの一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりにじーっと手元を見つめるコロナ。

 やややりづらさを感じながらもとりあえず傘の袋を取り外しカバンへとしまいこむ。


「あれ、何か小さくない?」

「まぁ持ち運びしやすいようになってるからね」


 マジックテープの止め具を外し柄の部分のボタンをポチリ。ワンタッチで開くタイプのためバサッ!と音を立てて目の前で傘が広がった。

 しばらく使ってなかったが問題無さそうで胸を撫で下ろす。


「え、何今の?! ばさって一瞬で大きくなった!」

「えぇ、えーと……」


 目をキラキラさせて興味津々のコロナに傘を見せながら簡単に説明。

 原理は理解してなかったもののボタンを押せば開くと言うのは分かったようで、傘を彼女に貸し同じように教えた閉じ方と一緒に開いては閉じるを繰り返している。


「すごいすごい!」


 何か琴線に触れるものがあったらしい。妙に折り畳み傘にハマってしまったようだ。

 バッサバッサと開け閉めするその姿は微笑ましい感じもするが、流石に壊されると困るので程ほどのところで止めに入る。


「ほら、そろそろ行くよ。傘貸してあげるから」

「え、一緒に入ればいいじゃない」


 真顔で何を言ってるんだろうかこの子は。

 ……いや、そもそも傘は貴族が使うものって言ってた。多分一緒に入ることがどういう意味なのか分かってないんだろう。

 つまり相合傘なんて知ってるの自分だけ。だから彼女が恥ずかしく思うことも無いのも当然と言えば当然か。


「ほらほら、ヤマルの方が背が高いんだし持って」

「あ、うん」


 開いたままの傘を受け取り上に向けるとコロナが隣まで寄ってくる。

 多分何も考えてないし気にしてないんだろうなぁ。もちろん頭が悪いと言う意味ではなく、純粋に傘を使って雨の中歩くのを楽しみにしているだけなのが良く分かる。


「どうしたの、行こ?」


 傘を持った手を引っ張り歩くよう促すコロナ。

 純粋なその顔を見ていると色々考えてる自分がバカらしく思え、彼女に引かれるまま雨が降る街へと歩みだした。



 ◇



「いやー、びっくりしましたよ。玄関先から傘が見えたからどこのお貴族様が来たのかと」


 朗らかに笑い出迎えてくれた道具屋の店主。

 あの後一度冒険者ギルドに寄り少し職員に話した後にこちらへとやってきた。

 仕事が無かったのもあるが、物珍しい傘でコロナと密着して歩いて来たのがまずかった。いくらコロナが小柄とは言え一人用の傘に二人で入ってたため、濡れないようにと彼女がぐいぐいと寄ってきたためだ。

 互いにマントの肩口を濡らしながらなんとかギルドに到着。しかし入った直後から寒気がする視線に晒された為、用事を済ませ逃げるように道具屋へと来た次第である。


「お騒がせしてすみません」

「いえいえ、以前ファスナー見せて貰ってますし。創作意欲掻き立てられて助かってますから。……それでなんですが」

「あ、はいはい」


 店主の言いたいことを察し、カバンと傘を一旦預ける。

 ファスナーもだが多分折り畳み傘も見たいと思っての事だが予想通りだった。

 開閉の方法を教えるとコロナ並に興味を示すがそこはプロ。はしゃぐことなくその構造を調べるように傘の内側を見ていく。

 まぁコロナ以上に目を輝かせてたのは黙っておこう。


「うちの人がすいませんね。何かお探しでしたら私が承りますね」

「あ、はい。ありがとうございます。とりあえず色々見せてもらいますね」


 どうぞ、と店主の奥さんが笑顔で対応する中、濡れたマントを脱ぎ横に避けて店内にある品物を順に覗いていく。

 とりあえず良さげな物が無いか、後は長旅用の物をコロナと一緒に物色していく。


「んー……あまり嵩張るのはなるべく控えた方が良いよね」

「でも最低限必要なものは持っていかないとね。うーん、小さくてもいいからお鍋は欲しいかなぁ」


 今までは野営するほどの場所に行かなかっただけにこのようなものは持っていなかった。

 だけど今回は長旅だ。準備するならやっておくべきだろう。王都なら物も色々揃ってるし。


「でもヤマルのお陰で荷物かなり減るけどね」

「まぁこういうときは便利だからね」


 事前に話し合って必要なものをピックアップしていたのだが、本来必要なもののいくつかは不要になった。

 例えば絶対に必要な水とその入れ物は《生活の水ライフウォーター》があれば不要だし、火を付けるのも《生活の火ライフファイア》がある。

 その他必要な物、あると便利な物もかなり省略出来た。

 逆に必要な物と言えば食料や、《生活魔法ライフマジック》ではどうにもならない鍋などの入れ物がそれにあたる。

 また日本ならキャンプ用品と言えばテントや寝袋等が挙げられるが、そんなもの使って野営でもしようものなら襲われたときにどうにもならないのでそもそも売ってすらいない。


「あ、そうだ。後はポーション瓶欲しいかな、空のやつ」

「空の? 補充用なら薬草持ってポーション使って空になったの使えばいいんじゃない?」

「旅用じゃなくてこの後使いたいんだ」


 そのために先ほどギルドで嫌な視線に晒されながらも職員へ用件を伝えたのだ。

 とりあえず数本空のポーション瓶を手に取り、後は小鍋など必要な物を一通り取り揃える。


「足らなかったらどうしよ?」

「んー、まぁそのときはまた買いに来よう。旅の途中で補充してもいいし」


 食料も今はまだ買えないし買い物の機会は今後もある。不足分はそのときにまた買いに来ればいいだろう。

 とりあえず今回の分の会計を済ませることにする。

 行くときは荷物自体は一応コロナと分け合って持っていく予定ではあるが、メインで戦うのは彼女なのでなるべくは自分が多めに持って行きたいとは思っている。

 ……多分体力の都合できっと無理なんだろうけど。


「店長さん、そろそろ帰るのでカバンと傘を……」

「あぁ、ごめんごめん。見せてくれてありがとうね。この傘もいいなぁ、骨組みもだけどこの布なんだろう。水弾いてるし油塗ってる……? いやそれは無いか、なら……」

「はいはい、早く返してあげなさいな」


 再び思案し始めた店主の頭に奥さんがチョップし、そのままカバンと傘をこちらに返してくれた。

 二人に頭を下げ買った物をカバンに仕舞い道具屋を後にする。


「ヤマル、この後どうするの?」

「あぁ、もう一箇所寄るとこあってその後またギルドに戻ろうかなと思ってるよ」



 ◇



「ヤマル、ここでいいの? 結構端っこだよ」

「まぁ邪魔にならない様にだからね。場所貸してくれただけでもありがたいよ」


 冒険者ギルドに戻り職員に許可を貰いホールの一角を借りる。一角と言ってもテーブルと椅子を借りれただけだ。

 そこにメモ書き用の本を見開きで広げ皆に見えるように縦に置く。

 内容は『雨の日限定。《薬草殺し》手製ポーション販売します』である。


「来てくれるかな?」

「どうだろうね。まぁ売れなかったら自分達で使えば良いだけだし」


 今日やりたかったことはこれだ。ポーションの販売、つまるところ雨の日でも稼ぐための手段の確立である。

 道具屋からの帰り道、商業ギルドに寄り販売申請をしてきた。

 一応以前別の依頼で商業ギルドの一員になっていたので申請すれば販売自体は可能だった。今までは使う機会が無かったけど……。

 売る物は自家製のポーションのみ、販売場所は冒険者ギルド。

 すでに冒険者ギルドには今朝話をし許可は貰ってたので後は商業ギルドからの許可だけだった。

 ポーションのサンプルを商業ギルドに提出したものの自家製なのは信じてもらえなかったので急遽三本ほど目の前で製作。

 効能自体も他のポーションよりも劣るものではないと太鼓判をもらうことが出来たのは思わぬ幸運だった。今まで普通のポーションよりは劣ってると思ってただけに今後は安心して使うことが出来る。

 

「そういえば何で雨の日だけなの?」

「んー、まぁ素人考えだけどまず外出なくても稼げる方法が欲しいなぁと思ったのが一つ。あと常時売ると値段的にも普通の商店から睨まれかねないからね」


 提示している値段は普通の商店よりもずっと安い。量産に向いてる自分の手法でこれをやると非難されかねないからだ。

 その為の雨の日限定、その為の特売。


「後はここの人はポーションは必需品だからね。冒険者ギルドも雨の日は人が少なくなる傾向にあるって言ってたし、もし自分のポーション狙いで足運んでくれるのはギルド側としてもメリットがあるしね。まぁ何も無くても俺から場所代は取れるわけだし」


 一応場所を借りるに当たりギルドには少しだけお金を払っている。

 つまりギルドからしたらメリットしかないので話を通しやすかった。自分が冒険者ギルド所属のメンバーであり、どんな人物なのかギルドが把握してるのも理由だろう。


「……でも来てくれないね。見てはくれてるみたいだけど」


 天気や時間的な部分もあるだろうが、いつもよりは人が少ないギルドのホール。

 それでもいるメンバーは早く仕事が終わったり逆に仕事が見つからなかった面々だ。

 そしてそういった人らは大抵低めのランクの傾向にある。

 だからだろう。安くポーションは手に入れたいのだが、変な物を売りつけられたくないと疑心暗鬼になってしまう。

 お金がそこまで潤沢ではない上に、売っているのが同業者でしかも《薬草殺し》の自分の手製なのだから仕方ないといえば仕方ない。


「まぁ最初はそんなもんだよ。なのでもう一押しちょっと手を加えるよ」


 そう言って取り出したのは先ほど道具屋で買った空のポーション瓶と前以て採取しておいた薬草だ。


「ここで作るの?」

「そ、実演販売。ちゃんと目の前で作ってみせれば買う側も安心出来るからね」


 少なくともこうして作っていれば偽物を掴まされるといった疑念は薄れるとは思う。

 そもそもこの場所で物を売るということは、正規な手続きを取ってるなら商業ギルドと冒険者ギルドの二つのギルドが許可を出してることになる。

 だから変な物は売ってないとは理屈では分かっているはずだが、二の足踏むのはやっぱり自分自身の信用度の問題なんだろう。


「とりあえず俺は製作に入るよ」


 流石にここでぼーっとしてても仕方ないのでいつもの手順でポーション作製に入る。

 その横で座るコロナがどこか楽しそうにこちらの様子を窺っていた。


「……何回か見せてるけど見てて楽しい?」

「うん、ヤマルがポーション作ってるところ何か好きだよ」


 そんな楽しいものでも無いはずだけど、まぁ本人が楽しいのならそれはそれで良いことなんだろう。

 普段通り薬草を刻み布で巻き《生活の水》でカップに水を注ぎ《生活の風ライフウィンド》でかき混ぜる。

 何度もやっていると慣れと言うかコツは掴めるらしい。劇的な変化ではないが、以前よりは緊張せずリラックスしながら作ることが出来るようになった。

 隣にいるコロナと話しながら作成出来てるのがその証拠とも言える。

 ちなみにポチは床の方で丸くなって寝ていた。やっぱり薬草の臭いが苦手なようだ。

 一応魔法でなるべく臭いは外に出すようにしてるのだが、嗅覚が鋭いとそれだけではまだ不十分らしい。


「ポーション光ってると何か神秘的な色してるよね」

「水と反射してるからね。って光ってるのポーションじゃないんだけど……」


 光ってるのはポーションではなく製作容器の内側だ。流石に光るポーションは俺も使いたくない。

 チャポンチャポンと雨音に同調するような音を立てながらかき混ぜること十数分。

 前より製作の速度上がったなーと思いながらポーションが完成した。本職の人が見たら多分泣く速度である。


「ヤマル、はい空瓶」

「ん、ありがと」


 コロナから空瓶を受け取りカップからポーションを瓶へと流し込む。

 試験管のような瓶に八割ほど液体が満たされると良く見るポーションと同じ物が出来上がった。

 いやまぁ同じポーションなんだから同じ物が出来て当然なんだけど。

 それをカップの中身が空になるまで空瓶に注ぐと三本ほどポーションが出来上がる。


「コロ、スライムのゴミ箱持ってきてもらっていい?」

「うん、分かった」


 ポーション瓶に蓋をしてる間にコロナに頼みゴミ箱を持ってきてもらう。

 テーブルの上に出来上がったポーション瓶を並べていると程なくして彼女が戻ってきた。もはや出し殻の茶葉のようになった薬草をスライムに食わせ、包んでた布も水洗いをする。


「ヤマル、他にも何か手伝う?」

「え? う~ん……じゃぁ一つお願いしようかな」


 やや手持ち無沙汰になっていたコロナがそう申し出てくれたので一つ頼みごとをすることにした。

 お願いしたのは客引きだ。

 ただしこちらにずっと興味を持ってそうで、かつどうしようか迷っていて、まだメンバーが若いパーティーを強引じゃない程度に、である。

 個人相手よりも複数人いれば警戒はし辛いし、迷うということは少なくとも買ってもいいかもと思っていること。

 若いメンバー狙いなのは単純に金銭的な事情を汲んでだ。そもそもそっちの客層狙いでこの値段にしたんだし。

 後は男の自分よりも可愛いコロナの方が来てくれる確率はずっと高いはずだ、それも男女問わず。

 程なくしてコロナがこちらを窺っていた一組のパーティーをつれてきた。自分よりも年下な、まだまだこれからと思わせる男子四人のパーティーである。


「いらっしゃい」

「あぁ、その、なんだ。本当にこの値段で売ってくれるのか?」


 不安げな表情で尋ねたのは彼らの中でも一番年長者に見える男の子。

 いや、ダンよりも年上っぽいから男の子と言うのは失礼か。ともあれ代表として一番の疑問をこちらに投げかけてくる。


「もちろん。とは言え不安なのは否めないよね。明らかに安いしお店じゃなくてここで売ってるし、そもそも作ってるのが同業者でしかも《薬草殺し》の俺だし」

「いや、疑ってるわけじゃ……」

「あぁ、別に責めてるわけじゃないよ。逆の立場なら俺だって同じ反応きっとするだろうし」


 出す場所や売ってる人物というのは本当に大事だ。

 全く同じ物を売ってたとしても俺が出店で売るのと店舗持ちの主人が売るのでは信用度が全く違う。


「とりあえず効能自体は保証するよ。変な物売ったら俺どころかこのギルドも商業ギルドにも迷惑と責任掛かるし」

「だけどちょっとこの値段低すぎないか? 正直店で買うのバカらしくなるぞ」

「あぁ、だからどうしても怪しく思えるんだよな」


 こちらの会話を聞いていた他のメンバーから尤もな意見が飛んでくる。

 それに対し値段の低さは自分の方で人件費が掛からないのと売り切りタイプの販売方法を用いてる事、また雨の日限定の特典みたいなものだと説明した。

 その上で先ほど作ったポーション三本を彼らの方に差し出す。


「……これは?」

「試供品。とりあえずお試しってことでこれはタダで譲るよ」


 え?と困惑と驚いた表情をする目の前の男の子らとコロナ。

 彼女としても商品をタダであげてもいいの?と言いたそうな顔をしている。


「いいのか?」

「もちろん。まずは俺が作ったポーションが問題ないって知ってもらいたいからね。その上で欲しいと思ってくれたらそんときに買ってくれたらいいよ」


 今後を考えるならまずは品物が問題ないということを広めることから始めなければならない。

 目先の売り上げなら他の手もあるが、リピーターを作るならこれが一番いいだろう。

 ……まぁ近いうちに国外行く人間がやる手法ではない気もするが。


「……そういう事なら遠慮なく使わせて貰うわ。しかしタダだと逆にこっちが気になるな……」

「ん~、じゃぁ一つお願いしようかな」


 そう言うと一気に四人の顔が険しくなる。それが目的かと言わんばかりだが、苦笑し手を横に振って違う違うとジェスチャーをした。


「いや、お願いしたいのは今あげたポーション使ったときの感想欲しいのよ。普通のと同じだったとかでもいいし、何か気になる点や不満点あればそれを教えて欲しい」

「そんなことでいいのか?」

「むしろ使用感は一番欲しいところだよ。欠点部分あれば改善するべきだし、大丈夫ならそれはそれで安心出来るし」


 駄目な部分あれば直せばもっと信用が得られる。

 多少売り上げを落としたとしてもこの情報は絶対に必要なものだ。


「分かった。使ったときの感想は必ず言いに来る。皆もそれでいいよな?」

「あぁ、それぐらいで三本なら安いもんだ」


 全員が納得し彼らはこちらに礼を言っては去っていく。

 使用感の結果が出るのはまだ先だけど、まぁ先行投資と思えばこんなものだろう。


「ヤマル、良かったの?」

「あぁ、大丈夫。後でその辺もちゃんと説明するよ。最悪今日は売り上げはなくてもいいからさ。さ、もっと売っていくよー」




 結局この後売り上げはあまり振るわなかったものの、雨の日特売のポーションのことは冒険者を中心に広がりを見せていくことになる。

 そしてそれを聞いた他の店舗が似たようなことを始めるのだが、それが広まりを見せるのは野丸達が獣亜連合国へ旅立った後のことであった。



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