第59話 疑念


「獣亜連合国行くの?」


 その日の夜。

 宿に戻り後は寝るだけぐらいの時間にコロナを部屋に呼んだ。もちろん前以て用件もすでに伝えてある。

 今後の方針として彼女に獣亜連合国に行きたいと言う旨を伝えた。


「うん、前にドワーフのとこ行く用事あるって言ったよね。お金も溜まったし今のうちに行ってもいいかなって思って」


 ちなみにギルドで貰ったお金はすでに自分用、コロナ用、パーティー用として分割済みだ。

 結構な金額だっただけに分けた後でも高額と言って差し支えない量であった。

 そのためコロナに渡すときに彼女が遠慮してちょっと揉めたが、契約は契約と言うことでちゃんと履行する形で押し通した。

 分けた後でも二人+一匹をしばらく賄えるぐらいには残ったため、今回その話を切り出すことにした。


「それでコロに色々相談しようと思って。とりあえずはコロも一緒に行ってもらうことになるけどいい?」

「うん、それはもちろん。それでいつ行くの? 遠出の準備してないから明日は流石に無理だと思うけど……」

「流石に明日明後日で出発はしないよ。準備もあるけどちょっと他にも用意するものがあるからね」


 何せ目的は国宝のパーツの一部である召喚石の台座部分。

 いきなり自分が行って、『異世界人です。帰りたいので作ってください』なんて言ったところで追い出されるのは目に見えている。むしろ頭のおかしい人と取られかねない。

 そのために国王代理に紹介状を書いてもらうつもりだ。過去にいくつも作ってるのだから、国のお墨付きなら話が通しやすいと思う。

 少なくともノープランで行くよりかずっと良いだろう。


「とりあえずまず遠出するのに必要な道具とかだね。あと道中歩くのか馬車使うのかその辺も――」

「ねぇヤマル」


 ん?と改めてコロナの顔を見ると何か神妙な面持ちだった。

 なんか大事な話があるような雰囲気を出している。……パーティー抜けたいとかだったら嫌だなぁと思うが、先ほど着いて来てくれると言っていたのでそれは無いか。


「ヤマルって確か魔道具欲しがってるんだよね。今回の件ってそれ?」

「そうだね。ドワーフのところだけで全部終わるわけじゃないけど」

「その魔道具ってどんなの? 私が知ってるものなら地元の伝手とか当たれると思うけど」

「え、んー……何て言えばいいかな」


 レプリカのだけど一応現物はスマホの写真に収めてはある。

 これを見せればいいのだろうけど、コロナは流石に知らないだろうなぁ。曲がりなりにも国宝ではあるし。

 神殿に魔力注入中の一個は置いてるはずだから見る可能性は無くは無いけど……。

 どう説明したものかと悩んでいると、コロナは別の意味で受け取ったのかこんな質問をぶつけてきた。


「ねぇ、あなたは一体誰なの?」


 シン……と部屋が静まり返ったのが分かる。騒がしくしていたわけではないが、それでも張り詰めたような空気。

 誰、と言われても自分は自分なのだが、多分コロナが聞きたいのはそんなことじゃないんだろう。


「過去を詮索するのはご法度なのは知ってる。でもずっと近くで見てると嫌でも目に付いちゃうの。


 普通じゃない。その言葉は自分の心に深く突き刺さる。

 散々日本あっちで似たようなことを言われ続けてきた。もちろん悪い意味でだ。

 それを目の前の子に……いや、違うか。ここで普通じゃないのは誰よりも自分が知ってることだろう。

 普通であろうと振舞おうとしてただ失敗した。それが今日突きつけられただけだ。


「身体能力や魔力が無い事もそう。常識的な知識が無い反面私たちが知らないことを知ってる。誰も読めなかった古代文字も読んでたよね。……こんなこと言うの変なの分かってるけど、まるでこの世の人じゃないみたい」

「…………」


 彼女の言ってることは間違ってない。自分はこの世界の普通とは対極に居過ぎる存在。

 ハズレ枠として召喚されたのが何よりの証拠だろう。この世界に適してない、と取れるのだから。


「ねぇ、話してもらえないかな。ヤマルが悪い人とかは……ううん、むしろ良い人だって私は思ってる。でも……不安になるの」


 真っ直ぐに翡翠色の目がこちらを見つめてくる。その目には引く気は無い、と確固たる意思がこめられてる様なそんな目だった。

 そんな目で見られてはもはや逃げられないだろう。ゆっくりと息を吐きこちらも意志を固める。


「……そうだね、コロやポチにはもっと早く話しておくべきだったかもね」


 言わなかったのは自分の中で踏ん切りがつかなかったから。

 今の環境が心地好くて壊したくないと思ってたから。

 でもこれ以上は引き伸ばせそうに無い。煙に巻いたら今後コロナから信用を得ることは出来ないだろう。

 ふと見るとポチがテーブルの上では不安そうにこちらを見上げていた。


「大丈夫だよ、別に幽霊でもゾンビでも無いから」


 わしゃわしゃとポチの頭を撫でて再びコロナへと向き直る。


「どこから……いや、最初からが良いか。他言無用では無いけど、あまり大っぴらに出来ない話だけどね」


 椅子の背もたれに体重をかけあの日を思い出すように上を見る。

 あの日、こちらに呼ばれた時の事。

 何故自分がここに呼ばれたその理由も。

 流石に王族虐殺の話はこちらの世界に関わりあることなので言えないとした上で、大体の事は包み隠さずに話した。

 普通に考えれば荒唐無稽の話だろう。何せ見た目は他の人間と変わらない。

 だけどコロナはじっとこちらの言葉に耳を傾けていた。


「……まぁそう言う訳で帰るために召喚石が必要なんだ。ドワーフのところに行くのはその一パーツを作って貰うためだね」


 これで言えることは全部だ、と言うように一旦言葉を区切る。

 コロナはどう思うだろう。こんな怪しい人間といたくないとか言われても仕方ないとは思うけど……。


「……つまりヤマルに体力とか魔力が他の人より無いのは異世界人だから?」

「だね。あまり体動かすことのない仕事してたし。それに魔法なんてあっちの世界じゃ空想の産物だったからね」

「知識が片寄ってるのも?」

「世界が違うからその辺りはどうしてもね。遺跡のは向こうで似たようなのあったから流用出来ただけだよ」

「最初私見て驚いてたのも?」

「人間以外に言葉通じるのいなかったからね。獣人や亜人も魔族もいないよ」


 そっか、とコロナは俯き何やら考え込んでしまった。

 きっと頭の中で色々整理してるんだろう。こういうときは急かすことなく答えが出るまで待つのが大人ってもんだろう……多分。

 戦闘力は群を抜いてても、コロナは自分よりも十歳も年下なんだし。


「ヤマルは……やっぱり帰りたいの?」

「そうだね、向こうに色々残したままだし。こっちで骨埋めることになるかもだけど、せめて両親には一言ぐらいは言いたいなぁ」


 こんな息子だがきっと心配はしてるだろう。

 あっちで現在どうなっているか分からない。行方不明扱いなのか、世界から消えたなら存在ごと無かったことにされてるのか。


「この世界のこと嫌い?」

「嫌い……ではないかな。良い所もちゃんと見てきたし。ただ自分には少し生きづらいと感じるときはやっぱりあるかな」


 良い悪いではなく合う合わない。

 育った環境が違いすぎてどうにもならないことがこの世界にはままある。

 剣を持ち魔法を覚え獣を従え仲間を集めても必ず出るズレ。それがどこまでも自分がこの世界に適してないと無理やりにでも分からせてくるようなそんな感覚。

 ……まぁ世界としては生きづらいが、自分の周りだけで見ればそうでもなかったりする。

 コロナを始め、ラムダンや他にも色んな人に助けてもらっているし。


「じゃぁヤマルって、その……お城から出たとき大変だったんじゃないの?」

「そうだなぁ、多分あの時が一番辛かったかな。正直手探りどころの話じゃなかったからね」


 当時を思い出すとよくここまでこぎ着けた物だと思う。


「召喚石を手に入れる、って最終地点だけは明確だったけどそこに至るまでどうしていいか本当に分からなかったからね。最初も仕事斡旋してもらっても全然ダメダメですぐ追い返されたし」


 力仕事も出来ずこの世界の常識が無いため店番すらまともに出来なかったあの頃。

 今でこそ雑務とは言え色々こなせるようにはなってきたし良く頼まれるようになった。当時を思えば本当に慣れと言うものはすごいと実感する。


「冒険者になったのも結局消去法だったからね。他に無かったからならざるを得なかっただし。知識も何もない、頼れる人もゼロ、文字通り手探りだったからなぁ……。ラムダンさんに最初色々教えてもらえたのが幸運だったね」


 本当にどうしていいか分からないから先人に頼ろうと思ったのは今思えば一番のファインプレーだろう。

 もし少しでもやれることが分かってたらお金を節約して自分一人でなんとかしようとしてたかもしれないし。

 懐かしむほど昔ではないはずだが、こちらに来てから毎日が濃厚すぎて随分前の事のように思える。

 今ならあの苦労ですらただの思い出話だ。本当に人間の脳みそは良く出来てるものだと感心してしまう。

 

 そんなやり取りをコロナとしていたが、彼女も自分の中で結論が出たようで、うん。と一度声を出し首を縦に振った。


「……やっぱり私はヤマルに協力するよ」

「そっか。ありがとう」


 いいの、と聞き返そうとしたがすんでのところでそれを止める。

 彼女はしっかりと考えた上で答えを出してくれた。ならそれを聞き返すのは野暮ってものだろう。

 だから自分がやることは礼を言い頭を下げることだけだ。


「ううん。ヤマルには恩義あるし、それにセレスさんにも頼まれてるの。『ヤマルさんを助けてあげて』って」

「あれ、そうだったんだ」


 こないだ会った時だろうか。まぁセレスはコロナに取っては恩人中の恩人だし、その言葉は無碍に出来ないだろう。

 でもやっぱりちょっと寂しい気もする。


「でもセレスさんに頼まれなくてもヤマルには付いて行ってたよ。……ごめんね、こんなこと言ってもさっきあんなこと言った私じゃ信じてもらえないよね」

「いや、信じるよ。そもそも俺がもっと早く言ってればコロだって不安覚えなかっただろうし、そこはお互い様だしさ。……信じるって難しいよね」

「あはは……そうだね。でも今はもう大丈夫だよ、ヤマルちゃんと話してくれたし」


 ようやく室内の張り詰めた空気が和らぎ、いつもの雰囲気へと戻る。

 うん、やっぱりこの感じが一番落ち着く。元通りに無事戻れたようで心底ほっとしているのが自分でも分かる。


「じゃあ改めて獣亜連合国に行く方法とか準備に必要な物とか色々教えてくれる?」

「うん。まずは行き方だけどいくつかあって……」


 その日はコロナとテーブルを挟み夜遅くまで色んな事を話し合った。



 ◇



 明けて翌朝。


「ふぁ……ヤマル、おはよー。起きてる?」


 昨日の夜は少し遅くまで話してたせいか少し眠い。

 まだ抜けきらぬ眠気に目を瞬かせつつ隣の彼の部屋のドアをノックする。

 程なくして中から物音がしたので今日はちゃんと起きてるようだった。カギを開錠する音がし扉が開かれると目の前にはヤマルの姿。

 だが彼の顔には何故かポチがしがみ付いていた。これでは前も見えないだろう。


「……どうしたの、それ?」

「いや、なんか昨日から離してくれなくて……」


 多分昨日ヤマルがその内帰ると聞いて離れたくなかったんだろうなぁと察する。

 だけど気持ちは分かるが今日明日の話じゃないし、ずっとこれでは色々と支障が出てしまう。


「ほら、ポチちゃん。ずっとそうしてたらヤマル困っちゃうよ」

「う~……」


 あ、珍しく意固地になってる。

 ポチは大抵ヤマルに関することなら譲るのだが、ここまで我を通すのは珍しい。よっぽど嫌だったのだろうけど、これでは独り立ちも出来なくなってしまいそうだ。


「……とりあえず今日はポチちゃんの説得からだね」

「だなぁ、これじゃ飯も食えないし」


 結局皆でお腹を鳴らしながらポチを説得出来たのはお昼過ぎとなり、更に三人揃って女将さんに朝食を無駄にしたことでこってりと絞られることになるのだった。


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