第62話 真実の眼


「お久しぶりですな」

「スヴェルクさん?!」


 目の前で驚きの声を上げる少年と会うのは本当に久しぶりだ。

 だがまさかこの様な再会になるとは思ってはいなかった。それはもちろんあちらもだろう。


「スヴェルク殿、ご足労感謝します」

「まぁ内容が内容ですからな。それに彼も見知った人物の方が話しやすいでしょう」


 やんわりと今回の件の担当の兵士に会釈し、ヤマルと向き合うように椅子に座る。


「ではヤマル殿、今回の件で私めが貴方を取り調べることになりました」

「えぇ、その……自分は一体何を?」


 未だ困惑の表情を浮かべる少年。この様子から見て彼は自分が何をしたのかよく分かってないようだ。

 だが何をしたのか分かっている兵隊長が自分の横で小刻みに震えているのが分かる。


「お前、ヌケヌケと……!」

「まぁお待ちください。彼が何を話そうとも私の前では真実が曝し出される。違いますかな?」


 落ち着かせるように手で制すると彼も思うところはあるだろうが大人しく引き下がってくれた。

 さて、色々と問題が噴出する前に真実を明らかにしよう。


「まず取り調べ前に一つヤマル殿には言っておく事がございます。私めの前ではどの様な嘘偽りも全て見抜かれます故、正直に話して頂きたい」


 そう告げると普段かけている左目のモノクルを外し胸ポケットにしまい込む。


「私の左目は《真実の眼トゥルーアイ》。この眼の前ではどの様な嘘も全て見抜きますので」


 《真実の眼》。我が家系に代々伝わる異能。

 この異能により元の世界では裁判官を務めていた。周囲には嘘を見抜く目と言う事で話を通してあるが、それはこの目のほんの一部の機能でしかない。


「スヴェルクさんにはその力が……」

「えぇ、呼ばれた理由もこの目のお陰でしょうな。さて、まずはヤマル殿に聴取する前に一度テストをしましょう。何、これは尋問等ではないため気楽に構えてください」


 大丈夫だとは思うが一度彼に《真実の眼》がちゃんと効くか試さなければならない。

 この世界の住人には問題なく効いたが、他の異世界の住人である彼に効く保証などどこにもないのだ。


「今からこちらがする質問に対し全て『はい』と答えて頂くだけです。もちろん明らかな嘘でも『はい』と言って頂いて構いません」

「分かりました」


 頷き答える少年を見てやはり彼は素直な子だと思う。

 最初にこの事を聞いたときまさかあの子がと思った。市井に出て心境に変化でもあったかと思ったが、今日この場を見て確信する。彼はあの時のままだ。

 だがさりとて我が人生、この力で生き抜いてきた。この力を抜きにしても与えられた役目はこなさねばならない。

 ならば真実を明らかにすることこそ我が使命。そしてそれこそ彼の無実の証明となろう。


「君の名前はフルカド=ヤマルですな?」

「はい」


 左目を通し彼の体から青い光が漏れるのが見えた。

 この光はもちろん自分にしか見えないものだ。


「君の名前はフルカド=ヤマルでは無い?」

「はい」


 今度は赤い光が漏れる。どうやら彼相手でも《真実の眼》はちゃんと機能するようだ。


 《真実の眼》の効果。それは単に嘘を見抜くだけでなく、相手が知らない真実も暴き出す。

 例えば今回の質問で名前を問うた時、最初の質問では青い光が見えた。

 これが彼が本当の事を言い、またそれが真実であるという証である。

 逆に二回目の質問時に見えた赤い光は彼が嘘をつき、真実が異なっている反応だ。

 たまに特殊なケースだが黄色が出るときもある。

 もし最初の質問でそのケースが出た場合、彼は嘘を言っていないが真実は違うと言うことになる。

 つまり彼は自分をフルカド=ヤマルと思い信じているため嘘はついていないが、実際は別の名前を与えられた誰かと言うことになる。

 大体がこの三色で済んでいるが、他にも色はいくつかあるが滅多に出ることは無い。


 そして自分はこの力を使って王妃を唆したとされる犯人に近しい人物を特定した。

 それは城に領主一同を集めたある会議のことだ。

 国王代理に頼み参加させてもらい、言葉巧みに皆を誘導。各領主それぞれに全員の前でとある宣誓をさせた。

 『私並びに我が一族はこの度の件に関わってないことをここに誓う』と。もちろん疑われぬよう国王代理にもだ。

 結果一人の領主の体から黄色い光が浮かび上がった。

 つまりその領主は関わっていないが、その領主一族の誰かが関わっていると言う証である。


 この力が持つ真実を暴く効能は比類なきものであり、ゆえに今回の件で自分が呼ばれることになった。

 無論依頼が無くとも個人的にも受けるつもりだったのは言うまでも無い。事尋問に関しては現在この国で右に出るものはいないのだから。


「隊長殿、問題ありません。このまま聴取をしますがよろしいですかな?」

「えぇ、お願いします」


 さて、ここからが本番だ。

 一体何故目の前の少年があのような事をしたのかしかと見極めさせてもらおう。



 ◇



(真実の眼、かぁ)


 それが彼の特殊能力。それが彼が救世主たる所以の力。

 彼の前ではいかなる嘘虚実も見破られるということらしい。


(まぁ最初からつく気サラサラ無いけど)


 むしろそんな力を持ってくれたのはこちらとしてはとても有難い。

 何せ向こうが嘘と真実を見極めてくれるのだ。

 つまり自分が本当の事を言えば、それがどんなに嘘っぽくても信じられないことでも真実と認定してくれるということである。

 まぁスヴェルクが嘘の報告をしないという前提があるが彼はそんなことをする人物には見えない。


「ではまず罪状、つまりヤマル殿が捕まる原因ですが……」


 スヴェルクが資料とおぼしきものに目線を向けこちらの罪状を読み上げ始める。

 そう、一番気になっている部分がそこだ。

 こちらに来てから清く正しく……かは不明だが、少なくとも兵隊のお世話になるようなことは避けていたつもりだ。

 しかしさりとて日本の常識が度々通用しない異世界である。

 何かの拍子でやらかした可能性だって否めない。

 一体自分が何をしでかしたのか戦々恐々する中、告げられた罪状は全く予期せぬものであった。


「女王陛下の誘拐、ですな」

「……は?」


 女王? 誘拐?

 誰がって俺か。……いやいやいや!!


「女王陛下を誘拐してないと?」

「当たり前じゃないですか!!」


 いくらなんでも何で女王を誘拐なんてしなきゃいけないんだ。

 仮にやるとしてもどう考えてもリスクが高すぎる。第一俺は女王の顔すら知らない……あれ?


「あの、そもそも王族の人全部亡くなったんじゃ……」

「まぁこちらでも色々ありまして。最終的に遠縁の血族から擁立することになりましてね」


 色々……きっと自分では想像出来ないような権謀術数が城内で渦巻いてたんだろう。

 血で血を洗う……とまではいかなくとも、人間の醜い部分が出まくってたに違いない。

 ……うん、深くは聞かないでおこう。俺は一般人、そんな泥沼政争に関わりたく無い。


「しかし嘘はついておられないようですな」

「そりゃつく理由が無いですし、そもそも正直に話せって言ったのはスヴェルクさんじゃないですか」

「それもそうですな。……では改めて問いましょう。昨日、貴方はとある少女と一緒にいたと聞いております。そのときのことを最初からお話頂けますか」


 昨日一緒にいた少女とその時のことを話せと彼は言う。

 つまりそれが意味することは一つしかない。


「あー……つまりあの子が女王様だったわけですか……」


 さすがにここまでヒント出されたらいくら鈍い俺でも察することが出来た。

 そうかー、女王様だったかー。……なんであんな場所にいたんだよ本当に。

 がっくりと肩を落としそうになるのをグッと堪え、テーブルの上で手を組み視線を天井へと向ける。


「そうですね、あれは昨日の夕方になるちょっと前ぐらいですか……」


 昨日のことを思い出しながら、彼らに何があったのかゆっくりと話し始めた。



 ◇



 その日はとても良い天気だった。

 ギルドで荷物の配送の仕事を請け、コロナと手分けして配達していた。

 そして中央通りから外れた一軒屋に最後の荷物を届け終える。荷物と責任感の重さから開放され玄関先で大きく体を伸ばした。


「ポチ、帰るよー!」


 荷物を届ける前に見かけた家の隣にある空き地。そこを見つけ走りたがってそうだったので仕事の間だけポチをそこで遊ばせていた。

 その空き地に向け声を出しポチを呼ぶ。するとまだ空き地にいるのかそちらからポチの元気な鳴き声が返って来た。

 しかし普段なら呼んだらポチはこちらまで走って来るのに今日に限って一向に現れる気配がない。

 珍しいこともあるなぁ、もっと遊びたいのかな?などと思いつつ空き地に入ると、そこにはポチを抱いた十歳ぐらいの見知らぬ女の子がこちらを見ていた。


「えーと……ポチ、その子は?」

「わう!」


 どうやら知らない子のようだ。しかし……


(なんだろう、迷子?)


 腰まで伸ばした銀髪に赤眼の少女は大よそこの場には不釣合いなほどの格好をしていた。

 端的にいえばまるで貴族か大きな商店主の娘さんのような、とても身なりが整った服をしていたのだ。

 これでも一応こちらに来てそれなりの日数は経ってるし、街の子供が普段どんな格好をしているのかも大体分かる。

 しかしこの子が着ている服は装飾品こそ無かったものの、素材の布からして上質なものだと素人目でも判断出来るものを着ていた。


「……おにいちゃん、だれ?」

「あ、えーと。俺はそのポチの主人の古門 野丸。君はこんなところでどうしたの? 迷子?」


 自己紹介をしなるべく怯えさせないようやんわりとした口調でそう答える。

 そしてこちらからの質問には彼女はぶんぶんと大きく首を横に振った。迷子ではないらしいけど、それなら当然いるべき人がどこにも見当たらない。


「お父さんかお母さんは一緒じゃないの? それか知ってる大人の人とか……」

「ううん、一人。……この子、ポチちゃんって言うんだ。可愛いね」

「わぅ!」


 褒められたためか少女の腕の中でポチが嬉しそうに声をあげる。

 ポチを抱きしめる姿は微笑ましく思えるが、しかしこんな場所に一人で居るのはいくらなんでもダメだろう。

 王都は基本治安がいい方……だと思うが、かといってこんな子が一人で出歩くのは少し危険な気がする。

 しかし彼女の言葉を信じるなら自分の意思で一人でここに来たと言うことになる。

 何か用事でも……と思うが、もしそれがあるならポチと遊んだりはしてないだろう。やっぱり迷子の線が濃厚そうだ。

 なら兵士の詰め所辺りにでも送り届けるべき――。


「ヤマルおにいちゃん」

「ん?」


 気づくと少女が足元まで近づいていた。

 こちらを見上げる少女は中々庇護欲をかき立てられる顔をしているが、流石に自分にはそんな趣味は無い。


「ポチちゃんともっと遊んでもいい?」

「うーん、俺は構わないけど……でもお父さん達心配するよ?」


 すると何か思うところがあるのか一気に彼女の表情が暗くなる。

 もしかしなくても地雷を踏み抜いたかもしれない。実はケンカ中とか、下手したら生き別れたとか……。

 うーん、どうしよう。これぐらいの歳の子って結構多感だから接し方難しいし……。


「お父様たちは心配してないよ。レーヌなら大丈夫だって……」

「うーん……まぁ少しならいいか。レーヌちゃんだっけ、暗くなる前までってことなら良いけど……」

「ほんと?! おにいちゃんありがとう! ポチちゃん、いこ!」


 先ほどの暗い顔はどこへやら。

 一瞬で明るい笑顔になりポチを抱いたまま再び空き地へと戻っていく。


「まぁ後でちゃんと送り届ければいっか」


 流石にあの暗い顔と今の明るい顔なら誰だって後者を取る。

 しばらく遊ばせて堪能させてからの方が多分聞き分けが良くなるだろう。それまでは好きにさせてあげればいい。

 何せポチ自身も楽しそうにレーヌと遊んでる。自分じゃもうあの子みたいに全力で遊ぶことも中々出来ないからなぁ……子どもの体力はほんと侮れないし。

 二人が遊ぶ様子を少し離れたところで眺めていると、レーヌがこちらに向け大きく手を振っているのが見えた。


「おにいちゃんもあそぼー!」

「わう!!」


 え、遊ぶの?

 いや、遊ぶこと自体は別に嫌いじゃない。子どもも犬も苦手じゃない、むしろ癒される方だ。

 でもあれだけ動き回って息切らしてないあのペアと遊ぶとどうなるかなんて……。


「おー、今行くよ」


 どんどん暗くなる顔に勝てなかった。子どもってこんなときはズルいと思う。

 何よりこれで負の感情何も抱けないのはほんと子どもの特権だろう。

 そんな子どもの笑顔を護るために、大人としては頑張るしかないのだ。

 たとえこの後この身が倒れるのが分かっていようとも。



 ◇ 



「おにいちゃんかっこわるーい」

「面目ない……」


 予想通りの展開だった。

 走り回るレーヌとポチに翻弄されまくった結果、三十分も立たぬうちに体力が底をついた。

 むしろ俺がこれだけ頑張ったの誰かに褒めて欲しい。もちろん誇れる部分など何一つないのだが。

 そんな自分は現在空き地に大の字になって倒れ、橙色に染まり始めた空を見上げる格好をしている。

 うん、レーヌが言うように実にかっこ悪い。


「そんなんじゃ男なのに逆に女の子に護られちゃうよ?」

「あー……そうかもね」


 やや呆れ顔の少女を見上げる形で苦笑をもらす。

 現在進行形で女の子に護られてる立場なだけに何も言えなかった。

 しかしこうして子どもと遊ぶと世の中のパパさんは偉大だと思う。仕事で精神をすり減らし、休日で体に鞭を打って子どもと遊ぶ。

 うん、日本じゃ一人でひぃひぃ言いながら仕事してた自分じゃ絶対に無理そうだ。 


「んー……しょっと」


 少しだけ体力が戻り体を起こして立ち上がる。

 体についた砂を払っているとレーヌが背中部分を叩いてくれた。パタパタと体を伸ばしながら手伝ってくれる姿は中々愛らしい。


「お、ありがとね」

「ううん、どういたしまして。これぐらい当然でしょ?」


 ドヤッと擬音が聞こえてきそうなぐらい胸を張るレーヌ。

 子どもらしいところもあるが、こういうのを見ると教育がしっかり行き届いてるのがよく分かる。

 ……しかし本当にどうしたものか。

 いや、どうしたもこうしたもないな。やっぱ彼女を説得して詰め所まで連れて行った方がいいだろう。

 どう考えても浮浪者とか町の子ではない。教育が行き届いてるということはそれなりにいいとこのお嬢さんなのは確定だろう。

 だったらちゃんと親御さんのとこに戻してあげるのが大人の務めってやつだ。


「さて、レーヌちゃん。そろそろ……」

「レーヌでいいよ、ヤマルおにいちゃん」

「そう? まぁレーヌは頭良さそうだから分かってると思うけど、そろそろ――」

「いたぞ!!」


 そろそろ帰ろうか、と言おうとしたところ、その言葉を遮るように男の怒声が響き渡る。

 見ると見知らぬ男達が十人ほど空き地の入り口に集まっていた。

 明らかに自分より体躯の良い男、それが帯剣してる状態で全員がこちらを睨んでいる。

 同業者とは違う凄みを彼らから感じると同時、レーヌがその男らから隠れるように自分の後ろに回りこんでしまった。


「えーっと……?」


 よく分からないが男達は何故か怒っている様子だった。


「おい、そこのお前。痛い目見たくなければそこを動くな」


 先ほどまでの穏やかな空気はもはや無く、代わりにピンと張り詰めた空気が空き地を支配する。

 男達の目的は俺……ではなくレーヌだろう。怯えてるのかこちらの服をぎゅっと掴んで震えていた。

 そして彼らが油断なくゆっくりとこちらに歩いてくる。

 何か彼らに話すべきか、などと思考をめぐらせていると、ふいに後ろのレーヌが叫び声を上げる。


「ゆ、誘拐犯!!」


 その一言が今回の事件の始まりになるとは、この時は知る由も無かった。

 

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