第56話 模擬戦・コロナvsポチ+α
「模擬戦てコロとポチでいいんだっけ?」
「ううん、ポチちゃん・ヤマルチームと私」
魔術ギルドでは模擬戦をやるには適してなかったので、あの後場所を変え冒険者ギルドへと戻ってきた。
街の外が一番広いのだが、戦狼状態のポチと模擬戦をすると他の人に勘違いされそうと言うことでここの裏手の広場が選ばれた。
「なんでまた?」
「まぁ色々理由はあるんだけどね」
模擬戦ということでギルドから借りてきた木剣を軽く素振りしながらコロナは理由を話していく。
ポチがこうやって自分の周りで護れるような戦力になった以上、コロナ自身は前に出てもいいんじゃないかと考えたそうだ。
元々別の人が入ったらそうしようと思っていたらしい。流石にそれがポチになるとは予想もしていなかったようだが。
そしてそうなると重要になってくるのが戦狼状態のポチの戦闘力である。
ポチ自身の力はもちろんのこと、自分を如何にして護るよう動けるかまずは見てみたいとのことだった。
「後はヤマルにも色々感じて欲しいからかな?」
「色々?」
「うん、護られててもきっと何か出来ることはあると思うの。もちろん最初から見つけるのは難しいと思うけど、出来そうなことを探して欲しいなって」
つまり今回の模擬戦はその為の訓練も兼ねているわけか。
想定としてはコロナがいないときに自分達だけでどこまで出来るのかと言ったところだろう。
「私はこの木の剣使うけどそっちは何使ってもいいからね。もちろん危なくなったらお互い止めるように。そこは約束だよ」
「まぁいざとなったら俺らが止めるから気兼ねなくやってくれ」
横からかけられる声は本日も世話になりっぱなしのラムダンだ。
『風の爪』はあれから冒険者ギルドに戻り何やら用事を済ませていたらしい。そこに自分たちが戻ってきて模擬戦の流れになったため審判役を買って出てくれたのだ。
「それじゃ互いに構え」
ラムダンが手を上げるとコロナは剣を正面に構えるのが見えた。
こちらはポチの体に隠れるように後ろに下がり腰からスリングショットを取り出す。
「はじめ!!」
「ワオオォォォーーーー!!」
合図と同時にポチが吼える。戦狼の鳴き声は人間からは《
特殊な
「ふっ!」
しかしコロナにはそんなものは効かなかった。
纏わりつく圧を振り払うように剣を一振りだけ行い、一気に間合いを詰めようとこちらに真っ直ぐ向かってくる。
「ッ!!」
だけどそうなると思っていた。ポチが吼えると同時に《
氷の礫は魔法で作れるため連続で射出は出来るが放てたのは三発までだった。精度の問題ももちろんあるが、完全に見切られているらしくコロナに当たりそうになったのは一発だけ。それすらも彼女は顔を振るだけで回避する。
そしてコロナとポチの距離が目算数メートルまで縮まり剣の射程圏内。それは同時にポチの爪の射程圏内でもあった。
「ガアッ!!」
「やぁっ!!」
剣が走り爪が薙ぐ。
爪と木剣が交差し、何故かキィン!とまるで金属音のような甲高い音が響き渡った。
コロナの剣の威力が上だったのか、目の前でポチの右腕が後ろに跳ねる。
だが力と体重差はポチが上回ったらしく、コロナは腕ごと体を持っていかれ体勢を崩した。
すかさず跳ねた右手をポチは強引に振り下ろすが、コロナは崩れた体勢のままそれを捌き一度後ろに飛び距離を置く。
『おぉ……!』
一瞬の攻防。周りで見学していた他の冒険者がその光景に感嘆の息を漏らす。
だがもちろんこれで終わりなはずがない。コロナは今のやりとりでポチの速さや攻撃の威力をその身で浴び感じた。
なら彼女が次に取る行動はそれを踏まえた上での攻撃になるだろう。
「わふ」
「え?」
油断無いようコロナを見据えていたら不意にポチに首根っこを咥えられそのまま空中に軽く投げられた。
何が、と思う間もなく尻に軽い衝撃。気づくと魔術師ギルドに出向いたときのようにポチの背に跨っていた。
「……乗ってろってこと?」
「わふ。わん!」
「え、首輪掴めって? 大丈夫?」
ポチの首輪は相変わらず体に合わせてフィットするように勝手に大きくなっている。
その首輪に手をかけしっかり握るとまるで馬の手綱のようだった。
「苦しくない?」
「わふ」
「そっか、無理はしないようにね」
「わん!」
ポチが軽く身を屈める。それはまるで今から動くぞと言う合図のようなものだった。
振り落とされぬよう首輪を握り締め、足でポチの胴体をしっかりと挟み込む。
「行くよ!」
ご丁寧にそう合図を告げるとコロナが再びこちらに駆けてきた。
そのまま剣を横に振りかぶり速度そのままに鋭い横薙ぎを放つ。だがポチはそれを後ろに飛び回避。
ぐわんと体を襲う浮遊感と着地の衝撃、そして自分では出せないストップ&ゴーの勢いに三半規管が悲鳴を上げる。
正直長時間これやられると吐くかもしれない。その前に多分握力無くなって振り落とされそうだが。
「やっ!」
「わう!!」
なおも追いかけるコロナだが、しかし流石は本職の戦狼と言った所か。その速度は知っての通り速かった。
コロナも十二分に速度が速いのだが、ポチはほぼ彼女と同じ速度で引き離す。一定の距離を保たれると剣での攻撃しかないコロナからは攻撃が飛んでくることは無かった。
だがそれは逆にこちらの攻撃も届かないことを意味する。
(……なるほど、ポチはこれを教えようと?)
ポチの強みの一つにコロナ同様の足の速さがある。
つまり相手を離せることに長けているので、遠距離攻撃があれば一方的に相手にダメージを与えることが出来そうだ。
しかも現状のように自分が騎乗していればポチと同じ速度で動けるのは大きい。一番の足手まといがじっとされるよりはずっと安全である。
(問題はどうするかだよな……)
ある程度の速度、それこそ近接戦闘や回避みたいな急激な動きでなければなんとかスリングショットは撃てそうだった。
だがあれはコロナには通じない。もっと速度が遅い相手ならポチに回り込んでもらって死角から撃てたかもしれないが今回は難しいだろう。
となれば後は魔法しかないが……。
(うーん、でも届きそうな魔法がそもそも無い……)
首輪を握る両手に魔力を込め何かを使おうとするものの、《生活魔法》では遠距離向けの魔法が無い。
よしんばあったとしても殺傷能力皆無ではけん制にもならないだろう。
ポチは相変わらず距離を保ち時間を与えてくれて入るがこのままではジリ貧……。
「わう!!」
「え、何?」
そのとき、ポチが一鳴きし何かを伝えてきた。
普段よりも近くにいるせいか、いつも以上にはっきり伝わるイメージ。だがそれはなんというか……荒唐無稽すぎて首を縦に振ることが出来ない内容だった。
それより何故今になってこれを教えてきたのか。もっと早く教えてくれても……いや、ポチは自分に対して隠すような子ではない。
ならこの模擬戦の中で何かがトリガーになって今使えるようになったと見るべきかもしれない。
「わん!」
「……ほんとにいけるの?」
「わふっ!!」
まぁこれは模擬戦だ。ぶっつけ本番ではないためポチを信じて試すのはありだろう。
首輪を掴む両手にさらに魔力を込め《生活魔法》をいつでも撃てるようにする。
「んじゃポチ、任せたよ!」
「わん!!」
追いすがろうとするコロナを見据え再び距離を取ることにした。
◇
(速いなぁ)
速度だけではない。反応速度、俊敏性。流石は戦狼と言った所か。
足らない経験を身体速度で凌駕してくる。これが魔物と人種との違いと言わんばかりのスペックの差だ。
(でも何かしないと倒しちゃうよ?)
しかしまだまだこちらも本気は出していない。
手は抜いてないが使ってない引き出しはまだあるのだ。多分本気を出せば二人まとめて打ち倒すことは造作も無いのはこれまでのやりとりで感じていた。
だから後はヤマル達がどこまで動けるかだ。課題を浮き彫りにさせれば自ずと対処法も見えてくるだろうと思ってのことだった。
そして護衛における一つの答えをポチはしっかりと示した。背に乗せヤマルを運びつつ距離を取る。
今は模擬戦だから相対してるが、必要ならそのまま速度にものを言わせて逃げることだって出来る。
これは自分では出来ない手段の一つだ。人間一人乗せてあの速度と動きを維持するのは流石と言わざるを得ないだろう。
(でもまだまだかな)
こちらが距離を詰めるとその分あちらが距離を取る。
着かず離れず、中々嫌らしい戦法ではあるが反撃は来ない。だから全く怖くない。
実戦だとこれに気づかれたら好き放題に攻撃されてしまいそうだ。
せめて届かないにしてもヤマルにはスリングショットを使ってほしかった。遠距離攻撃こそ今の状態で一番輝く――。
「え?」
思考はそこまでだった。
遠距離攻撃は無い、そう思い込みもあったのだろう。
気付けば目の前まで火の玉が迫ってきていたのだから。
「くっ?!」
大きく後ろに跳躍しそれを回避。直後先程までいた場所に着弾した火の玉が地面に焦げ目をつけて消えていく。
あれは《ファイアボール》? でもあの魔法はヤマルは使えないはず。
混乱する頭をなんとか平静にしようと更にもう一飛びしようとしたそのとき、あり得ない事が起こった。
着地した地面に足がずっぽりとめり込んでいた。先程まで固かった地面は何故か周囲が泥の沼のようになっている。
「わ、と……!」
足首まで完全にはまった状態ではたたらを踏むことも出来ず、腹筋と持ち前のバランス感覚でなんとか倒れることだけは阻止をする。
一体何が、と視線を向けるとポチの足元付近からこの泥沼が伸びるように広がっていた。
しかしそれだけでは終わらない。
パキ、パキ……とまるで小枝を踏みしめるような音が聞こえる。
耳を済ませその音の発生源を探るとまたもポチの足元だった。泥化した土に霜が降り、一気に泥沼が発生源から凍りついていく。
(ちょ、何よそれー!)
魔法と分かるが出が速すぎる。
このままでは捕らえかねられないと判断。剣を逆手に持ち突き立てては、それを支点に腕力と跳躍力を以て泥沼から脱出する。
直後足元が凍りつき剣の穂先が氷に捉えられたがなんとか回避には成功した。
そのまま地面に着地しては足についた泥を凍らされるかもしれないと思い、空中で反転して木剣の柄の上に片足で立つ。
「このままじり貧なのはこっちかな……」
遠距離の手が無い以上一方的に攻撃され続けてしまう。
ならばさらに接近するしかない。自分にはこれしかないのだから。
当初とは違う展開に彼らの強さを一ランク上に修正、そのつもりで取りかかることにする。
「すぅ……」
一度大きく息を吸い剣から跳躍。
沼に足を取られては速度が鈍る。だから飛ぶ。
きっとそれを見越し、彼らは自分の着地地点に向けて泥化の魔法をしてくるだろうから。
そこをこっちが逆に利用するだけだ。何せ彼らにはまだ見せてない物がある。
ずるいと思われるかもしれないが、まぁこちらも事戦いにおいて負けることは許されない。そこは諦めて貰おう。
ぐんぐん迫る地面。ポチがこちらを見据え予想通り後ろに下が……らなかった。
何故、と思う思考も一瞬の事。
ポチの角がいつの間にか淡い緑色に光っていた。
それが何を表すのか考えるまでもなく、自分の正面にあり得ないほどの風が発生する。
それは暴風とも言えるほどの風。それらが束ねられこちらに向けられたところまでが把握出来た部分だった。
風の砲撃とも言える魔法の直撃を貰い、人より小柄な体がまるで木っ端のごとく真上に打ち上げられる。
「うわ、高……」
風の威力はあったが反面攻撃力はないようだ。体はどこも怪我をしていない、多分そう言う魔法なんだろう。
眼下に広がる王都の街並みを視界に捉えつつ体を捻り反転。流石に王城よりは全然低いがそれでも五階以上の高さまで打ち上げられたのは間違い無さそうだった。
自分だから良いものの、あの二人も色々と無茶をしてくれる。
「《身体向上》」
数少ない自分が持つ強化魔法でまずは身体能力の向上を図る。
流石にこの高さでは普通に落ちたら自分とて痛いでは済まない。
「まぁここまで高く飛んだのは久しぶりだけどね」
最高点に到達したらしく、スカートが浮き上がり体が徐々に落ちていく。
流石に下着全開で降りるのは遠慮したいので再び体を捻り頭を下へ向ける。
「さって、反撃行くよ。《
膝を曲げ足の裏に魔力を溜める。
それを踏み台にするように蹴るとパァン!と乾いた破裂音と共に魔力の塊が弾け、その反動と重力を以て体が一気に落下する。
「うぇ?!」
下の方でヤマルが驚き声を上げてるのがここからでも分かった。ポチも慌てて後ろに下がり距離を取るがまだまだ甘い。
多分自分から突っ込んでくるとは思っていなかったんだろう。この速度では地面への激突は免れないが、そんなことさしたる問題ではない。
そもそも激突するつもりもないし。
「やっ!!」
両手に《天駆》の魔力の塊を発生させ即座に弾けさせる。衝撃で落下の軌道が修正されヤマルたちの方へと一直線に飛んでいく。
目を見開き驚くヤマルだったが相方のポチはまだ冷静だった。
こちらが当たりに行く直前、今日一番のバックステップ。確かにここまで距離を詰めては角度修正したところで彼らに届くまでには至らないだろう。
だけどまだまだこちらは終わらない。終わるつもりもない。
「よっと!」
更に反転、足を下に向け《天駆》の連続仕様。
パパパパン!!と乾いた音が足元で幾重にも響くと同時に落下速度が一気に落ちる。
そしてそのまま地面に着地するが勢いは殺しきれなかったようで、沼化してない硬い地面にヒビが入り体が若干沈みこむ。
「まだまだぁ!!」
だがここで終わらせない。
《天駆》を使い体を無理やり前に飛ばし更にヤマルたちの方へ飛び掛る。
しかしあちらも止まるとは思ってなかったらしい。
「《
ポチの角が今度は青く光り、続いて眼前に現れたのは自分と同じぐらいの大きさの氷の盾だった。
今までのはヤマルの《生活魔法》だったのだろう。どうやってここまで威力を上げてるか分からないが、多分ポチが何かしてるだろうと推測。
二人合わさると予想以上に厄介な相手だったなぁ、と心の中で苦笑し、勢いそのままに更に《天駆》を踵の後ろで使用。
空中でいきなり変えたその型は皆お馴染みの回し蹴りの体勢だ。
「やぁっっ!!」
脚の金属グリーブに《天駆》の速度が合わさった回し蹴りは氷の盾をぶち破るには十分だった。
中央から氷の盾が粉々に砕かれ、その隙間に体をねじ込む。狙いは一点、ヤマルただ一人。
「よいしょ!」
「ぐぇっ!?」
胴体に抱きつくようにヤマルに体当たりしポチから無理やり剥がす。
まるでカエルを踏み潰したような声がしたがとりあえず気のせいと言うことにしてヤマルを抱えたまま着地。
だが勢いは消しきれなかったようでそのままごろごろと二人揃って五回転くらい地面を転がりようやく体が静止した。
「ふー、私の勝ち!」
上体を起こし腕の中でぐったりしてるヤマルを抱きしめたまま、審判役のラムダンに向かって高らかに宣言をしたのだった。
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