第55話 闊歩


 王都の通りは普段とは違う喧騒に包まれていた。

 それはとある一団が歩いていたため。

 だがその一団は有名人ではない。見る人が見れば精々冒険者の一団だと分かるぐらいだろう。

 彼らは皆一様に歩みを止め視線を向ける。一団の進行の先にいる人々は妨げないよう道を空ける。

 彼らに注視されているもの。それは犬としてみるには不釣合いなほどの大きさの魔物だった。

 その魔物を逃げ出さないようにするためか、はたまたその魔物を守るためか数名の冒険者が取り囲むように並行して歩いている。

 普通なら兵士隊が即座に駆けつけただろう。だがその兵士隊は通報を受けてやっては来たものの、一団の一人に何かを説明されては去っていく。

 群集は驚き好奇の視線を向け続けているがパニックになることは無かった。何故なら……


「ね、ばっちりでしょ?」

「ソーデスネ……」


 好奇の視線の先は何もその魔物だけではなかった。その魔物の背に跨り死んだような目をしている男性冒険者。

 その後ろには魔術師と思しき少女が横向きで魔物の背に座っており、にこやかに子どもに手を振っていた。

 件の魔物と言えば暴れる様子も威嚇する様子も無い。むしろどこか誇らしげに顔を上げ前を見据えている。


「ママー、わんわん!」


 こちらを指差す小さい女の子に魔術師の少女が手を振り返すが、母親は何ともいえない顔をしてそれを見ていた。



 ◇



 スーリの案によりポチに騎乗するような形で街を闊歩する。

 はっきり言おう。超をいくら付けても足りないぐらい恥ずかしい。

 え、何この羞恥プレイ。どこぞのエレクトリカルな祭りではないんだぞ。


(いや、分かってはいる。分かってはいるんだ……)


 普通にこの状態のポチを連れて歩いたら必要以上に威圧感を与えてしまう。

 だからポチは安全である。少なくとも自分がいる以上は問題ないと周囲に向けてアピールしようとした結果がこれだ。

 大型の魔物が人を乗せて歩く。それはその魔物が人の言う事をしっかりと聞いているという証明になるだろう、と。

 乗るのは主人である自分と今回はスーリ。

 『風の軌跡』として見るならコロナが妥当なのだが、武器を持った人が乗ると武力で抑えてると見られかねないのと、自分とスーリが魔術師ギルド所属なのでポチもそちらの管理下にあると分かりやすく見せるためにとのことだった。


『あとポチちゃんに乗ってみたい!』


 最後の最後に本音が出たスーリの頭にフーレの拳骨が落ちたのはもはや言うまでもない。

 ともあれポチに二人乗せてみたところ特に問題はなさそうだった。重くないか聞いたが体の成長に伴い筋力も上がったのか全然大丈夫とのこと。

 跨っての座り心地は意外にもしっくりときた。流石に急に走られると振り落とされると思うが、普通に乗ってる分にはあまり苦にはなりそうにない。

 ……まぁポチの背に必要以上に乗るのは可哀想な気がするのでなるべく避けるつもりだが。


「お、見えてきたねー」


 普段よりも長く感じる道程を終え、魔術師ギルドの建物が見えてきた。

 流石にこれだけ騒ぎになってるとすでに話は伝わってるらしく、一階の窓からこちらを窺っている人が何人もいるのが見える。


「ラムダンさん、色々と手伝ってもらってありがとうございました。あとはこっちでやっておきますので……」

「分かった。帰りはどうするんだ? 必要なら待っておくが」

「うーん、流石にどれだけ時間掛かるか分からないのでこのまま解散でお願いします」

「了解だ。もし必要ならまた呼んでくれ。皆、行くぞ」


 ポチからスーリが飛び降り、皆こちらに手を振りながら来た道を戻っていく。

 本当に彼らがいてくれて助かった。兵士隊にもしっかりとラムダンが説明してくれたお陰でトラブルらしいトラブルは一切無かった。

 彼らには今日のお礼にご飯をご馳走する約束をしてある。今日感謝し切れなかった分後日その場でしっかりと伝えよう。


「ヤマル、ドア開けるね」

「あ、うん。ポチもゆっくり入ってね」


 降りても良かったのだがとりあえずギルド内まではこのままでいよう。外の人の目もあるし。

 そのままゆっくりとドアから中に入ると、外とはまた違う視線がそそがれる。なんでここに来たと言わんばかりの視線が殆どだが、その中で一人だけ呆れたような表情をしている人が一人。

 もはや見知った顔であるが目は口ほどに物を言うとはよく言ったことで。ギルドマスターのマルティナが目線だけでこちらに告げていた。


(今度は何やらかしたの?)

(すいません、見ての通りで)

(ヤマル君ねぇ。また仕事増やす気?)

(マジすいません……)


 まるでテレパシーの如くのアイコンタクトの応酬。

 もちろん自分はテレパシーも無ければ読唇術も心を読むことも出来ない。

 だから相手が言ってたことも自分でそう思えてるだけだ。だけなのだが……多分間違ってないと思うのは気のせいではないだろう。

 彼女はため息一つこぼすとパンパンと手を叩き皆の注目を一手に引き受ける。


「私が対応するわ。皆は仕事の続きをしてね」


 全員気にはなっている様子だったがギルドマスターであるマルティナにそう言われてはそれぞれ仕事へと戻っていく。

 そのまま彼女に奥の方に来るように指示される。案内されたのは魔術の実技場だ。ポチが大きいため部屋ではなく広いこの場になったのだろう。


「で、この子ポチちゃんよね。どうしたのよ?」

「いやそれが……」


 ポチから降りてはマルティナに今日のことを事細かに話す。

 しばらく話を聞いていたマルティナだったが、徐々に難しい顔になり結局はお手上げとばかりに諸手を挙げた。


「そもそも魔物の生態ってそこまで判明してるわけじゃないからねぇ……。とは言えそれで済ませるわけにもいかないし、少し調べる形になるけど良い?」

「あ、はい。お願いします」

「りょーかい。とりあえずポチちゃん、少し触ったりするから動かないでね。もし痛かったらヤマル君に伝えてね」

「わん!」


 そう言うとマルティナはまずポチの周りをぐるぐると二週ほど回って観察。

 そして手、体、足を触診するように撫で最後にポチの頭を下げてさせて観察していると、あら?と何かを見つけたような声を漏らした。


「ヤマル君、ポチちゃんこんなのあったっけ?」


 彼女に言われ指を差す場所を覗き込む。

 それは丁度額部分のやや後ろ、人間で言えば前頭葉あたりだろうか。ひょっこりと白い円錐状の小さな角がポチの頭から生えていた。


「いえ、確か無かったはずですよ」


 ポチのブラッシングを割りとしているのでこの様な突起物があればすぐに分かる。それに結構頭を撫でてたりもしていたがやはりこの様な角は無かった。


「攻撃用……じゃないよね。短いし先端丸いし」


 コロナが恐る恐ると言った感じでその角をそっと撫でながらそう漏らす。

 確かにポチのサイズからしたらこの角の長さは明らかに短い。精々自分の手首から先ぐらいの長さしかない。

 それに先端も丸みを帯びており攻撃には不向きな感じだ。

 例えばホーンラビットの角は獲物を刺す用途に使われるが、この角では頭突きをしたところで大したダメージにはならなそうだった。

 正直これなら爪牙で攻撃した方がむしろ早くて確実である。


「そもそも戦狼にこんな角ありましたっけ?」

「無いわね。職業柄魔物は見ることは割とあるけどそんな話聞いたことも無いわ」

「私も何回か戦ったけどこんな角無かったよ」


 つまりポチ専用と言う線が濃厚と言う事になるが……。


「ポチ、その角何なのか分かる?」

「わぅ……」


 残念ながら本人もよく分からないらしい。

 全員が首を傾げるが結局未知のまま、答えが出ることは無かった。


「うーん、その角少し気になるわね……。ポチちゃん、もう少しだけじっとしててね」


 マルティナが角に手を伸ばし再び触診が開始される。

 ポチに痛いかどうか聞いても特に痛みはないとのこと。神経が繋がってるか微妙だが、少なくとも表面部分に関しては見たままの通り頑丈そうではある。


「どうですか?」

「う~ん……基本は骨なんでしょうけど、何かそれだけじゃない感じがするのよね。個人的には削って調査したいとこだけど……あぁ、分かってるわよ。そんな顔しないで」

「あんま怖いこと言わないでくださいよ……」

「ごめんごめん。まぁ私の直感によるとこれが一番分かりやすいかな」


 上着のポケットからマルティナが取り出したのは鎖がついた指輪だった。

 鎖の先端には丸い魔石が嵌められており一見すると小さなフレイルのように見える。


「なんですか、それ?」

「魔石探知用の魔道具。魔石から出てる魔力を追う道具ね」


 中指に指輪を嵌めるとジャラリと音を立てて鎖に繋がれた魔石が宙に揺られる。

 マルティナはそのままポチの前に立つと何かを小声で呟いた。すると先端の魔石がひとりでに浮き上がりポチの左胸辺りを指し示す。


「ここがポチちゃんの魔石がある場所ね。今回はそこから流れてる魔力を追うわよ」


 そのまま宙に浮いた魔石が右に左にゆらゆらと揺れ動く。

 多分魔力の流れを追跡してるであろうその動き。程なくして更に魔石の位置が上がり角付近に到達すると再び下まで降りてきた。


「んー……?」

「あの、どうでした……?」


 どこか腑に落ちない顔をしているマルティナにおずおずと尋ねると、彼女は晴れぬ顔のまま説明を始める。


「魔石から割と角の方に魔力が流れてたんだけど……戦狼って知っての通り基本肉弾戦なのよ。特殊能力とか無い代わりに身体能力が高いのよね」

「えぇ、そうですね」

「でもこの流れ、何か力得てるような感じなのよねぇ。それも魔法に近いやつ」

「んー、聞いてみますか。ポチ、何か魔法みたいなのって使えそう?」


 だがポチはこちらの質問に対しては首を横に振ってそれを否定。

 そもそも魔法とかは会得した段階で使えるようになっているものなのだ。それは魔物も例外ではないだろう、生まれ持った特殊能力のようなものだし。

 ただ今回はその生まれ持ったものではなく、途中から成長で得た形なのでまだまだ不明点が多い可能性も十分ある。


「まぁ何かある、ぐらいしか現状分からないわね」

「う~ん、気にはなりますけどとりあえず角は保留ぽいですね。……しかしどうしましょうね、いきなり大きくなると思ってなかったし」

「まぁこないだ見たときに少し違和感はあったのよね。最初に見たときから全然大きくなってなかったし。魔物の子ども知らないからそんなもんかなって思ってたけど、一気に成長するなんて……」

「わふ?」


 マルティナとあれこれ推察していたその横でまるで『え?』と言うように首を傾げるポチ。

 そのまま鼻先でこちらをつつくとポチは自分達の視線を一身に集めた。なんだろうと思い見ている中、ポチは体を小刻みに震わせた直後、一瞬の内に体が普段の子犬サイズまで小さくなる。


「「「…………」」」


 まるで人間が頭を振るように体を震わせるとこちらを見上げいつもの高い声でわん!と一鳴きした。

 それを契機に信じれないものを見て固まっていた三人が一斉に動き出した。


「ええええええ?!」

「え、ポチちゃん成長したんじゃ?!」

「……はぁ~、まさか成長じゃなくて変身とは。え、どうゆう仕組み?」


 思わずポチを抱き上げるがいつもの重さ、いつもの体。とても先ほど背に乗ってたあの大型の戦狼と同一には思えない。

 間違いなくいつものポチだった。


「え、ポチ自分で切り替えれるの? また大きくなったり出来る?」

「わん!」


 任せろ!と言うように吼えるポチを床に降ろすと再びその姿が戦狼へと変わる。

 そしてこちらが元に戻るように言うとまたいつもの子犬サイズになった。どうやら自分の意思で大小自在になれるようだ。


「……ポチすごいね」

「わふっ!」


 えっへん!と胸を張り誇らしげな表情をするポチ。ただ尻尾は正直なようで褒めたためか左右にこれでもかと言うくらい振っている。

 しかし本当にすごいな、用途に応じて切り替えれるのはかなり便利である。


「ヤマル君、ポチちゃんに色々聞いた方が早そうだしお願い出来る? 質問はこっちで用意するから」

「あ、はい。分かりました」


 そしてポチに質問すると色々な事が分かった。

 まず現状小さい方と大きい方、どっちがベースなのかはどっちもベースらしい。楽なのは小さい方だが用途によって好きに切り替えれるようになったそうだ。

 普段の小さい時はポチからの回答を纏めると充電モードみたいなところ。小さい体で消費を押さえて魔石に魔力を貯めてるようなものだそうだ。

 エネルギー源は食物だったり魔素だったり。ただ本来の体の成長分もこっちに回してしまってたらしく、生まれ落ちてから今まで体は大きくならなかった。

 対して大きい方は貯めた魔力を使って動いてるらしい。戦狼の能力はほぼほぼそのまま、ただし魔力が切れると小さい方に戻るそうだ。感じ的には成長の前借みたいなものと思ってもいいかもしれない。

 魔力の補充は体が大きい分、ご飯や魔石が大量にあれば小さい方よりは短時間で貯めれるとのこと。なのでお金とか考慮しなければ大きい方で食べさせてそれから小さいいつものになってもらえば良さそうである。

 なおこの能力自体覚えたのは先程、コロナ達の話を聞いて強く願ったからだそうだ。自分も役に立ちたい、主人を守りたい、と。

 そしてそれを実現出来るとコロナに教えようとしてあぁなったのが事の顛末らしい。


「良い子ねぇ」

「ほんと、自分には勿体無いぐらいですよ」


 ポチにありがとうと感謝を述べて頭を撫でると本当に気持ち良さそうに目を細める。

 そういえば小さくなると角は消えていた。どうやら大きい方専用のようだ。


「結局不明なのは角だけってことですか?」

「うーん、変身自体は魔法とか特殊能力みたいに考えても良さそうかな。ただこんなポンポン体が伸び縮みするなんて話聞いたことないから、多分ポチちゃんがヤマル君に合わせてくれた成果だと思うけど……。だから多分角もヤマル君に合わせた何かだと思うわよ」

「俺に合わせた何か、ですか」

「まぁただの予想でしかないけどね。とりあえずヤマル君がやることはポチちゃんの能力を把握することとちゃんとあの子見ておくこと。それと……」

「それと?」


 彼女の言葉を反芻するとマルティナはどこからともなく紙束を取り出しこちらに押し付ける。


「ちゃんとレポート書いてね、獣魔師さん?」


 とても良い笑顔でそう言ってきた。

 そして察する。いや、このような顔は日本で見たことがある。

 その笑顔が示す言葉はつまるところこうだ。


(あなたも一緒に仕事の苦しみ味わいましょ♪)


 完全に自分と同じ仲間を欲しがってる顔だ。そして自ら手を下す辺りもはや確信犯である。

 とは言え自分は一応魔師師ギルドの一員であり、それも下っ端中の下っ端。

 対して目の前にいる人はこのギルドのトップ、言うなれば社長だ。そんな地位の人の言葉など断ることなど出来るはずもない。


「……仰せのままに」

「えぇ、よろしくね」


 笑顔の理由を知らなければ本当に美人で綺麗なのに、内心分かるせいか腹黒に見えてしまうのは仕方の無いことだろう。

 だが彼女には今回の件でも助けてもらってるし、ギルド一員としての仕事はこなすべきなのは間違ってはいない。

 紙束を受け取り日本でのプレゼン資料のように書けばいいかな、と頭の中でレポートの算段を取っていると、コロナがこちらの背を軽く叩いてきた。


「ヤマル、ちょっとお願い……と言うより提案があるんだけど」

「ん?」


 どんな話だろう。流れとしてはポチに関することだとは思うが。

 何か角について思い当たる節でもあったのかもしれない。

 しかしコロナが告げた言葉はこちらが全く予想していなかったものであった。


「私と模擬戦しよ」


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