第54話 覚醒


 ギルドの裏手の広場に続くドアを開けると、そこには広場の中心に魔物が佇んでいる光景が飛び込んできた。

 周囲の冒険者がざわめき身構える中、魔物の側でダンとコロナが尻餅をついている。


「コロ!」

「ダン!」


 ラムダンに続き広場に入ると魔物がこちらの声に反応したのか顔を向ける。

 その魔物には見覚えがあった。

 上側がダークブルー、下側が白のツートンカラーが特徴の体毛。全体的にシャープな印象を与えつつもガッシリとした筋肉がついた四肢。

 四速歩行でこちらへと寄ってくる姿は忘れるはずも無い。


戦狼バトルウルフか!」


 ラムダンが剣に手をかけるがそれより早く戦狼が駆ける。

 まるで一陣の風のようにあっという間にこちらとの距離を潰し勢いそのまま跳躍。ラムダンの頭上を越え真っ直ぐこちらに……。


「え?」


 重量そのままに飛びつかれまるで押し倒されるように地面に背を打ち付ける。

 下から見上げる戦狼は以前襲われたパターンと全く同じだった。


「ヤマルッ!!」


 ラムダンが叫びこちらへ駆ける姿がまるでスローモーションのように見える。

 目の前の戦狼がこちらへと顔を近づけ舌なめずりし――


 ――ベロンッ!


「うぶっ!?」


 思いっきり顔面を舐められた。

 それでも物足りなかったのか二度三度……いや、まるで往復ビンタするようにベロベロと顔面を舐め回す。

 あまりの光景に周囲の動きが止まること数秒。飽きたのかようやく嘗め回し地獄から開放された。


「ポチ何するん……え?」

「わうっ!!」


 いつもよりずっと低い鳴き声。だが獣魔契約してるせいか自分には分かる。

 目の前にいる成体の戦狼は間違いなくポチだった。


「ヤマル! 何かいきなりポチちゃんが大きくなって……!」


 こちらに駆け寄ってきたコロナがとりあえず自分とポチの間に入り一旦引き離す。

 ポチ(大)はお座りのポーズで尻尾を振りながら待機していた。

 いや確かに普段と同じ行動なんだが大きさが違いすぎて良くも悪くも新鮮な光景だ。

 とりあえず《生活の水ライフウォーター》で一度顔も頭もすっきりさせる。


「えーと、改めて聞くけどポチなんだよね?」

「わんっ!」

「……自分の体大きくなってるのは気づいてるんだよね?」

「わふっ!」


 双方ともにYESの回答。

 と言うか本当に何があった? コロナたちにポチを預けてからそこまで時間は経ってないぞ。


「……で、どうしてこうなってるの?」

「それが私にも分かんないんだけど……」



 ◇



 それはヤマルと一旦別れて少ししてのことだった。

 

「ヤマルさんがそんな事を……」

「でも強くなる方法かぁ……う~ん……」


 模擬戦を一度終え、隅の方で控えてたスーリとユミネに今朝あったことを話す。

 ちなみに自分と戦ったフーレとダンは広場の中心の方で倒れていた。ちょっと強く打ち込みすぎたかもしれない。


「戦うのは私に任せて欲しいけど、ヤマルの気持ちも分かるし……」

「あー、確かにヤマルって妙に遠慮するときあるよね。任せるときは普通に任せてくれるのに」

「ヤマルさん、多分コロナさんの迷惑になりたくないと思ってるんじゃないでしょうか」


 心情としてはどんと構えて任せてくれて欲しいのになぁ、と思う。

 ヤマル自身は一から十まで全部自分でやろうとする人じゃない。スーリが言うように任せるときはこちらに頼ってくれてる。

 それでも本人としてはそれが重荷だったのだろうか。こちらを気遣ってくれるのは嬉しいんだけど……。


「後衛としてはやっぱり前衛の三人に頼ってるのって心苦しかったりするの?」

「う~ん、昔から前後分かれて戦うようにしてたからその辺は気にしたことなかったかも」

「私も途中参加ですが、頼っていただけるときもありますし……」

「あ、そっか。ヤマル戦闘中だと自分の身守るのに手一杯どころかフォロー必要だから……」


 結局自身のためにリソースが裂かれるのが心苦しいんだろうという結論に達する。

 仮に目の前の二人のように守ってもらうことにしても、その分別のことで戦えるなら心の負担を軽減出来るかもしれない。


「つまり戦闘中に出番作ると良いってことなのかな」

「でもヤマルさん、多分持ち上げるような形では喜ばないかと」

「そだね、コロナちゃんの援護やお手伝いとかでもちゃんと出来るようになったら解消されると思うよ」


 でもヤマルは残念ながら自分と一緒に前に出て戦えるような人ではない。

 かといって後ろから援護出来そうな手段も持っていない。スリングショットも見せてもらったが、弓や魔法ほど長射程でも無いのだ。


「後はコロナちゃんが近くで守ってるから何も出来ない部分もあるよね」

「う、それは……」

「あ、別にコロナちゃんが悪いわけじゃないよ。そうしなきゃ護れないならそうするべきなんだし」


 スーリの言いたいこともわかるのだ。

 自分は遠距離から何かする手段は持っていない。だからヤマルに何かあったときのためになるべく彼からは離れないようにしている。

 ただそれだとこちらの足の速さも相まって本当にヤマルのやることがないのだ。彼が何かするより早くこちらが片付けてしまうから。

 もちろんそれは護衛としては正しい行為だし最適なのは自分は元より彼も分かっている。


「せめてヤマルが自衛出来れば少しは楽になると思うんだけどなぁ」

「そうなの?」

「そうですね……。コロナさんの持ち味は足の速さで相手を倒すんですから、それを活かすなら近くで護るより前に出て戦うべきなんですよ。ただそれですとヤマルさんが無防備になるので……」

「無防備になったところ襲われたら目も当ててられないからね。だからコロナちゃんが周りで戦うのは当たり前なんだけど、ヤマルから見るとコロナちゃんの持ち味殺しちゃってる訳だから負担かけてるって思っちゃうのかも」

「なるほど……」


 うーん、まとめるとヤマルが私の援護を出来るようになる、もしくは私が前に出れるような環境が整えば良いってことになる。

 前者なら目の前の二人みたいに遠距離系の何かを覚えてもらうのが一番だろう。実際自分が距離を詰めるまでに援護してもらえれば非常に助かるし。

 後者は……難しいかもしれない。チカクノ遺跡で兵士隊を待っていた時に一度ヤマルと打ち合ったが、現状とてもじゃないが一人には出来ない程だ。

 護衛として仲間に迎えられてる私が護衛そっちのけで戦ってヤマルを失ったら話にならない。


「まぁせめてもう一人、誰かがヤマルについてくれるのが一番なんだけどね。そしたらヤマルも遠距離覚えやすい環境になるし」

「わかります。私も弓と自衛の両立は今でも苦労してますし……」

「もう一人、かぁ」


 自分はDランクのときに契約を結んだ。Bランクに上がった今では契約内容からすれば全然適正価格ではない。

 むしろ他の人が契約書を見たらヤマルがぼっててもおかしくないと思われてしまうだろう。

 でもそれは自分が納得しているので全く構わない。彼に言えば上げてくれそうな気はするが、彼あってのBランクだからそれはしないことにしている。

 そもそも金銭以上の報酬を前金として受け取っているようなものだし。


「でもヤマルのパーティー入りたい人いるのかなぁ。《薬草殺しハーブスレイヤー》が後輩冒険者にも割と浸透して来てるし」

「最近だと《雑用係オッドジョブ》なんて言い始めてる人もいますからね……」


 確かにヤマルは暇があれば薬草を採りに行くし仕事も外に行くよりは街中の雑務全般をよくする傾向にある。

 言われてることは間違って無いのだが、不当な扱いを受けてるようで悔しかった。

 一度彼に何か大きな仕事をしてはどうか、自分が絶対に護ると言ってはみた。でも彼はこう言うのだ。


『まぁそういうのは他の人に任せるよ、ほっといても誰かが受けるだろうし。俺は中々見向いてもらえない方をゆっくりやるさ』


 彼が選ぶ仕事は簡単で、言ってしまえば誰にでも出来そうなものだ。

 そのためギルドとしての評価もあまりもらえず、金銭面でもそこまで旨みはない。それに冒険者を雇うぐらいの雑務だから依頼主から雇用の話も飛んでこない。

 出店の手伝い、庭の草むしり、個人での子守りetc……。続けていくうちに信用は得ていったものの、そのため彼にその辺りを指名する人も徐々に増えていった。

 ランクが低いから指名したところで大した額でもなく、ギルドとしても不良在庫の依頼が余るよりは受けてもらった方がいいため双方の利が一致した結果だろう。

 彼自身があまり気にしてないようなのがせめてもの救いではあるが、やっぱり自分としてはこう……すごいんだぞ!と認めてもらいたいのだ。

 まぁその『すごい』と言われるようなことをしてないからの現状なのだが。自分の怪我が治ったことに関しても人に言えないし。


「むしろコロナさん一人で十分なんて思われてるかもしれませんね」

「逆にコロナちゃん狙いで入ってくるかもしれないよ。ほら、ここの人バカやることままあるし」


 少し前にその『バカ』をやったシーンに出くわしたため容易に想像出来てしまった。

 こうなると例え入ってくれる人がいたとしても怪しく思えてしまう。


「まぁ誰か入れるかはヤマルが決める……ん、どうしたの?」


 気づくと足元にいた彼の愛犬のポチがこちらのスカートの裾を咥えて引っ張っていた。

 なんだろうと思っているとポチが倒れてるダンたちの元まで駆け、その前足を彼の頭の上にポンと置く。

 それも二度、三度とだ。ぽふぽふと擬音が聞こえてきそうな光景を微笑ましく見ていたが、あの子は何を伝えたがっているのだろうか。


「おー、いってぇ……」


 ポチに頭を攻撃?されていたダンが腹を抑えながらようやく起き上がる。フーレもそれに続くように起き上がろうとしてたが、まだダメージが響いてるのか足元がやや覚束ない。

 ダンは立ち上がることなくそのまま地面に胡坐をかくと目の前にいたポチを抱きかかえ上げた。


「なんだ、どした?」

「わんっ! わんっ!」


 よく分からないと言った様子でダンがポチを地面に下ろすも、少しだけ離れては依然としてダンに吼えるポチ。

 何で吼えられてるのか分からないためダンは首を傾げている。


「威嚇……ではないですよね?」

「あの子賢いから意味無く吼えないしね。なんだろ?」

「あ、もしかして私達の話聞いて自分がいるぞ!って伝えたいんじゃ」


 わふっ!と言う鳴き声がその通りだ!と言っているようだった。

 言いたいことが伝わったのかポチの鳴き声が止む。つまり主人を護る自分を忘れてもらっては困るとアピールしたいのだろう。


「あー、なるほどなぁ。お前も前ヤマルと一緒に狩りしてたもんな。でもまだナリが小さいしな、もっと大きくなったらヤマルも頼ってくれると思うぞ」


 ダンとしてはなんとなしに話したのだろう。実際ポチが将来大きくなれば彼を護る番犬になるとは私も思っていた。

 ただし、誰もとは思わない。


「うぅ~……」


 小さな唸り声とともにまるで背を伸ばすように力を込め始めるポチ。

 何してるんだろうと思うも束の間、ポチの体がぐぐぐっとまるで膨張するように一気に成長したのだ。

 現れたのは冒険者なら誰もが知ってる登竜門の存在の魔物、その名も戦狼。


「「「…………」」」


 あっという間の出来事過ぎて誰も彼もが何も言えない。

 あの戦狼が町のど真ん中、しかもギルドの広場に生きたままいるという光景に現実味が沸かないのだろう。


「わふっ!」

「おわぁっ!?」


 いつもと違うポチの鳴き声に、目の前にいたダンが思い切り叫び声を上げたのだった。



 ◇



「なるほど、わからん」


 コロナの説明を聞いても結局分かったのはポチがでかくなったと言う事だけだ。

 大きくなった理由も何となく分かるが、どうやって大きくなったのかさっぱりである。

 そもそも戦狼……と言うか魔物はこうも一足飛びに大きくなるものなのだろうか。今朝まで頭の上でまったりしてた子犬が、今自分の隣でお座り姿勢にも関わらず視線は立ってる自分と同等である。


「あの、ヤマル。ポチちゃんて戦狼だったの……?」

「……まぁ、そうだね」


 この事実を知ってるのは知る限りそこまでいない。

 自分とギルドの男性職員、解体係の青年とギルド上層部。

 後は魔術師ギルドのギルド長であるマルティナぐらいか。もしかしたら関係者で知ってる人もいるかもしれないがそこまで多くはないだろう。


「もっと早めに言っておくべきだったね。まさか子犬サイズから一気にでかくなると思っても無かったし……」

「ってちょっと待て《薬草殺し》! そいつ魔物だぞ! 何平然としてんだよ、そこをどけ!」


 周りにいた他の冒険者らが殺気立ち各々の武器を構え始める。

 戦狼の強さは誰もが知るところ。こんな街中にいていい存在ではない。

 コロナも『風の爪』の面々もそれは分かってるものの、今まで散々可愛がっていたせいかどっちについていいか分からず困惑気味だ。

 向けられる殺気に物怖じしそうになりつつもなんとか踏みとどまり、ポチの首元に手を伸ばす。


「どかないしこの子傷つけると困るのはそっちだよ。これ見える?」


 ポチの首輪。獣魔師として登録された際にマルティナから受け取ったものだ。

 ポチの体が大きくなっても千切れるどころか完全にフィットしているそれはやはり魔術師ギルドの物だと実感できる。

 それと同時にカバンから魔術師ギルドのギルドカードを取り出した。見覚えがあったのか、スーリが『あ!』と声を上げている。


「その首輪がどうかしたか?」

「これね、魔術師ギルドの正式なギルドカードと首輪。獣魔師って人に与えられるやつね。ポチは俺とセットで正式に魔術師ギルドの一員なんだよ。意味無く傷つけるとギルドに敵対したと見なされかねないよ?」

「「「はあ?!」」」

 

 他の冒険者のみならずコロナや『風の爪』のメンバーも驚きの声を上げる。


「そんな話信用出来るか! 大体なんだ獣魔師って、聞いた事ねぇぞ!」

「殆どいないらしいからね。信用するしないはそっちに任せるけど、冒険者ギルドのギルド長も魔術師ギルドのギルド長も両方この事は知ってるよ。疑うなら聞いてみるといいよ」


 自信満々にそう真っ直ぐ告げると殺気立ってた冒険者らに困惑の波が広がっていく。

 良かった、少なくともこれでいきなり攻撃されることは無いだろう。心臓がバクバクと大きい音を立てている。周りに聞こえるんじゃないかってぐらいにだ。

 嘘でもハッタリでも無いが攻撃されたらどうしようかと内心冷や冷やしていた。獣魔師としてギルドに登録してくれたマルティナには感謝してもし切れない。

 心の中で菩薩の格好をしたマルティナに平伏し感謝を示しつつ一旦取り出したものをカバンへとしまう。


「ヤマル、その……今言ったのって全部」

「うん、全部本当。だからポチが大きくても小さくても犬でも戦狼でもなんら問題は無いよ」


 もちろんポチが不用意に暴れなければ、と言う大前提の下ならばだが。

 横を見るとポチは不穏な空気を感じ取っていたのか、不安そうに顔を下げていた。


「大丈夫、周りもちょっといきなりだったからびっくりしただけだよ」


 いつものように頭に手を伸ばし……ちょっと届かなかったので下顎辺りを撫でるとポチは気持ち良さそうに目を細める。

 本当にこうしてると大きさだけが変わったんだと思う、中身は今まで通りのままだ。


「でもポチちゃんこれからどうするの? ヤマルがついててもいきなり街中に出たらパニックになりかねないよ」

「うーん……マルティナさんに相談するか。魔術師ギルドあそこなら何か知ってるかもしれないし。でもどうやって行こう……」


 彼女は基本忙しい人だ。冒険者ギルドに呼び寄せるなんて実際不可能だろう。

 こちらから出向けば少しは話を聞けるかもしれないが、そのためにはポチを連れて行かなければならない。

 ここに置いておくのも手ではあるが、周囲の反応から自分がいなくなったときの不安が残る。


「ヤマル、ならこうしたらいいんじゃない?」


 スーリが名案を思いついたとばかりにその手法を耳打ちしてきた。

 それを聞き思わず顔を顰めてしまった俺は悪くないと思う。思うが……。


「マジで?」

「マジマジ。周りにポチちゃん大丈夫ってアピールしつつ移動するならこれが一番でしょ」

「えぇー……」


 全く乗り気はしなかったのだが他の案が何も思いつかなかったため、結局スーリの案が採用されることになった。


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