第53話 求めるものは


「強くなるためなぁ……」


 冒険者ギルドの一角。自分とテーブルを挟み向かい合うように座っているのはラムダンだ。

 『風の爪』、事リーダーとして他のメンバーの面倒も見てきたであろう彼にまず相談をすることにした。

 他のメンバーは相談の間はギルドの裏手にある広場でコロナと模擬戦をするそうだ。コロナには自分から頭を下げてお願いし引き受けてもらった。


「まぁ大体話は分かった。そしてお前の考えも間違っちゃいない」


 どうも以前ラムダンらはメンバーと自分のことについて話し合ったことがあるらしい。

 そのときに出た話と自分が言った自己分析は大体同じであったそうだ。


「自己研鑽と武装面以外となると思いつくのは一応あるにはある」

「ほんとですか!」


 流石ラムダンだった。まさかこんな無理難題に対してまで何かしらアイデアがあるとは。


「そんな期待に満ちた目してるところ悪いがお前には少し厳しいぞ?」

「それでも是非聞かせて欲しいですよ」


 もはや藁にも縋る思いである。

 一度大きく息を吐くとラムダンがその方法を話し始めた。


「まず一つ目。お前がコロナを雇ったようにパーティーメンバーを増やす。現状彼女だけじゃ攻撃にお前のお守りとやることが手一杯になることを危惧してるんだろ? ならもう一人、お前を直に守る防衛型のメンバーを集めるんだ」

「新しいメンバーですか」


 確かにコロナの仕事を半分に出来るなら確実に安全面は上がる。

 その新メンバーに常時自分を護衛してもらえればコロナが自由に動き回れるようになり、殲滅力上昇にも繋がるわけだ。

 ただし言うまでも無く問題点が一つ。これはコロナが加わる前にも出てきた当然の疑問。


「……入ってくれる人、いるんですかね?」

「さぁなぁ、そこはお前次第だ。んで次に二つ目だが魔道装具を買う」

「魔道装具?」


 聞いた事のない単語が出てきた。

 魔道具なら店舗なり魔術師ギルドで見かけたことはあるが、魔道装具は見たこともない。

 感じ的には魔道具と同じような類だろうか。


「魔道装具は魔道具の武具版みたいなもんだな。簡単に言えばそれ単体で魔法が発動する物だ。魔道装具自体に魔力が宿ってるから使用者の魔力は不要、安定して発動できる、詠唱が無いから咄嗟の事態に向いてるとメリットは多い」

「おぉ、良いじゃないですか。そんなのあるなら……」


 まぁ待て、とラムダンが片手でこちらの言葉を制す。


「代わりに欠点も多い。作り手が少ないから数が出回らず基本入手が困難。そのため希少性が高く値段がとんでもなく跳ね上がる。おまけにそれだけ大枚はたいても消耗品だから使い切ったらおしまいだ」

「それはまたなんと言うか……」

「お守り代わりや切り札に持つ、ぐらいならありかもしれん。だが魔道装具を中心に戦いを組み立てることは正直難しいな」


 うーん……確かに大枚はたいて買う価値自体はありそうだが、今回の目的である強くなるとはちょっと違う。

 だけどラムダンが言うようにお守り代わりならありかもしれない。例えば三回までなら攻撃肩代わりしてくれる、なんてものがあれば喉から手が出るほど欲しいし。


「三つ目だが……これは強くなるとはちょっと違うんだが、それでもいいか?」

「はい、お願いします」

「要はお前が強くなりたいのは危険を避けたいとかその辺から来てるんだろ? ならいっそのことオーナーになるって手だ」

「……それってつまり」

「例えばお前が金を出して俺らを雇って動かす、みたいなもんだな。無理に危険は冒さなくて済むし何より自分より強い人間が動いてくれるんだ、効率も段違いだろう」


 まぁ、確かにそりゃそうだ。こんな足手まといが一緒よりはコロナ単体の方がずっと安定して戦える。

 と言うか何でこんな分かりきってたことを今の今までなんで……いや、違うか。


(目を瞑って耳を塞いでただけだな)

 

 心の中で気づきたくなかったから気づかないようにしていただけかもしれない。


「やっぱ異世界ここでも俺は……」

「ん、どうした?」

「あ、いえ。なんでもないです。でも今言われたのって全部お金かかるやつですよね」


 魔道装具はもとより、新しいメンバーを引き入れるのも誰かを雇い入れるのも全部お金がいる話だ。

 ……あぁ、なるほど。最初にラムダンが言った自分には厳しいってのはこのことか。


「まぁ結局は足りない部分はどこを切るかになるな。お前だって金銭が足りないから安全って部分切ってこの職やってるんだろう?」

「まぁそうですが……」

「なら何を取捨選択するか、だな。それはお前が決めることだ。何てたってお前は『風の軌跡』のパーティーリーダーなんだからな」


 そうだった、コロナと二人でペアのようにやってたので忘れかけてたが一応これでもパーティーリーダーだった。

 ちゃんと決めるところは決めないとコロナにも迷惑がかかってしまう。


「わかりました、ありがとうございます」

「いや、あんまり力になれなくて悪かったな。この後どうするんだ? 当てが無いなら俺の方でも少し当たってみるが」

「あ、ちょっと別の視点から意見貰おうかと思ってまして」


 そう言って自分のカバンを漁りスマホを取り出しテーブルの上に置く。

 今日ラムダンがギルドに居てくれたのはラッキーだった。そうでなければ後すぐに話しを聞けそうなのはコロナともう一人しかいない。


「それは確か時間を教えてくれる道具だったか?」

「それ以外にも色々出来ますよ。まぁ今回使うのはこれですが……」


 スマホの画面を弄りアプリを起動。

 正直この世界に来てアプリが増えるとは思わなかった。

 見覚えのある顔アイコンをタッチしスピーカーモードにして待つこと数秒。目的の相手の声が聞こえてくる。


『マスターデスカ。おはようございマス』


 スマホからチカクノ遺跡で発見された介護ロボットのメムの声が発せられる。

 その様子をラムダンがしげしげと興味深そうに見つめていた。

 

「メム、おはよう。そっちは順調? 元気でやってる?」

『えぇ、皆さんに良くして頂いてイマス。ただ最近は研究に夢中になって睡眠時間が不足しているのが気になりマスネ。適度な睡眠で脳を休ませることは大事とは言っているのデスガ、中々理解していただけマセン』


 あー、今の医療科学どうなってるか不明だが、もしかしたら脳とかも知らないなんてことは……いや、流石にそれは無いか。


「多分研究に没頭しちゃうタイプなんだよ。休まないとこれだけ効率落ちるとか、倒れた場合の進捗低下とか寝ないことでどれだけ損するか言えば動かしやすいかも」

『分かりマシタ、試してミマス。それで今日はどの様なご用件デスカ?』


 そして本題へ。

 自分が強くなるために考えたこと、コロナとラムダンに相談しそれぞれ言われたことをメムにも話す。

 その上で何か良さそうな手はないかと持ちかけてみた。


『そうデスネ。まず武器はハンドガン希望と言うことですが、相手を倒すには不十分カト』


 そして返って来たのは意外な回答。銃が可能な範囲の最適解と思っていたがメムは真っ向から否定してきた。


「ちなみに根拠は?」

『こちらに運ばれた個体でコロナさんと戦った汎用ロボットのメモリ解析をしマシタ。結果ハンドガンで有効打は難しいと結論付けマス。マスター、仮にハンドガンがあったとしてコロナさんにちゃんと当てれマスカ?』

「それは……」


 コロナに銃を向けるなど考えれない。

 だがそれでは話が進まないためコロナでなくともコロナと同戦力相手を想像してみる。

 そしてそんな相手に当てれるかと言われたら……難しいと言わざるを得ないだろう。

 多分最初に攻撃するのはこちらだ。ただ彼女ぐらいの人を止めるとなれば頭撃ち抜いて一撃で行動不能にしなければならない。

 外した瞬間即終了だ。間合いを詰められ一刀の元に切り伏せられてしまうだろう。


『あの身体能力ではハンドガン程度の射程もあって無いようなものデス。加えて銃弾はともかくマスターの身体能力では狙いまで時間が掛かることが予測されマス。更にこちらの銃弾は以前金属製防具に防がれてマス。それより威力が低くなるハンドガンを考慮すると万全とは言えないカト』

「うーん、なら牽制用としては? 銃向ければ足止めぐらいにはなるんじゃない?」

『銃を知らない現代の方々に銃を向けたところで牽制になるかは良くて五分五分カト。その武器の威力や恐ろしさを知ってるからこそ牽制として使えマス。武器と見なされずに突っ込まれる可能性は否めマセン』


 あー、無知による弊害か。

 確かにもし日本で魔術師が杖構えてもそのまま突っ込む人はいるだろう。

 何せ見える範囲の驚異は打撃用として使えそうな杖だけだ。誰も魔法が飛んでくるなんて思わない。

 同じように銃を構えても人によってはおもちゃにしか見えないかもしれない。


『あまりご期待に沿えず申し訳ありマセン』

「いや、拳銃否定案は俺じゃ思い付かなかったからね。それを指摘してくれただけでもありがたいよ」

『そう言って頂けると助かりマス。……マスター、別件ですが教授がお話したいそうデス。繋いでも宜しいデスカ?』


 教授、と言うと思いつくのは数人。チカクノ遺跡でいたリーダー格の大人の誰かだろう。


「あ、うん。そう長くならないならいいよ」

『かしこまりマシタ』


 プツン、と一度回線が途切れる音がし、代わりにスマホから男性の声が聞こえ始める。

 多分通話など初めての事だろう。しゃべり方がどこかたどたどしかった。 


『あーあー、このまま話せばいいのか? ヤマル君、聞こえているか?』

「はい、聞こえていますよ。どうかしましたか?」

『すごいな、これは……。君は今は……いや、それはいいか。少し預かっている物について相談したいことがある』


 教授の相談事とは現在預かってる遺跡の発掘物の数点を買い取りたいと言う話だった。

 材質など調べるためには削ったりなどしなければならず、持ち主が違う以上そのように傷つけるような調査は出来ない。

 なのでこの際まずは必要そうな数点を買い取りその後好きに調べたいとのことだった。


「物にもよりますけどメムとか明らかに壊してはダメなのは却下ですよ?」

『大丈夫だ、メム君には前以て話は通してある。そちらの許可も降りたから後は君の許可だな。正式な書類は追って届けるがこちらの希望の物と値段は――』


 そして提示された値段に息を飲む。

 え、そんなに高いのかあれ……。メムみたいに動いてなかったりするやつもあるんだが。


『どうだろうか? 大体相場としては妥当だと踏んでるんだが……』

「あ、お互い損しないのであれば大丈夫ですよ」

『やはり君は変わってるな。普通ならもっと吹っ掛けても良いぐらいだぞ? ともあれ了承してくれて助かる。書類は取り急ぎ作成して届けるようにしよう』

「分かりました、お願いしますね」


 期せずして纏まったお金が手に入ってしまった。

 これだけあればドワーフのところに行けるか……? いや、もう少し貯めてコロナの武器とか揃えても……。

 頭の中で買い物の計画を立てていたら更にもう一報が耳に入る。


『あぁ、すまない。もう一点話すことがあった。チカクノ遺跡の下層発見の功績で国から褒賞金が出るはずだ。こちらは担当外だから値段は分からないが併せて受けとるように』


 そう言えば遺跡行く前にコロナが最初にそんなこと言っていたな。確か発見したら何か国から出るとか……。

 一体いくらになるのだろう。金額次第だが魔道装具を少し購入するか本気で検討してもいいかもしれない。


『それでは君の今後の健闘を期待しよう。では私はこの辺で……おい、これでいいのか? 後はどうすれ――』

『通信終了しまシタ。それでは私も失礼シマス』


 最後のぐだぐだは聞かなかったことにしておき、通話の切れたスマホをカバンへとしまい込む。


「良かったな。金はあって困るものじゃないからな」

「ラムダンさんらも協力してくれたお陰ですよ。何かお礼でも……」

「いや、こっちはこっちで依頼料はギルドから貰ってるからな。それはお前がお前のために使うんだ」


 自分のため、か。

 ならば召喚石を手に入れる為の資金に当てるべきだろう。


「……ヤマル、老婆心ながら少しだけいいか」

「あ、はい」


 普段以上の真顔でこちらを見据えるラムダンに対し背筋を伸ばししっかりと聞く体勢を取る。

 多分、かなり真面目な話だろう。


「お前が強さを求めたくなるのはまぁ分かる。俺もだが大体この業界にいるやつは大なり小なりそう思うからな。ただ持ってる強さってのは何もお前自身が戦う力だけじゃない」

「…………」

「例えばコロナが仲間にいるのはお前の力だ。あの歳で、しかもBランクの傭兵がほぼ専属で一緒にいてくれるなんてことはまず無い。どういう過程を辿ったかは知らないが彼女が隣にいることがお前の力の証明でもあるんだぞ」


 ラムダンが持ち出したコロナの話。

 確かに彼女が自分のためにいてくれるのは怪我を治したきっかけを与えたからだが、厳密に治したのはセレスであり自分の力ではない。

 もちろんそのことに対して全くの無関係ではないし、ラムダンが言いたいことも何となくは分かるんだけど……。


「まぁこんなこと言われても中々納得出来るもんじゃないだろうしな。そこはゆっくりと時間掛けて吟味してお前なりに答えを出せばいいさ。ただお前がしようとしてる力を伸ばそうとするのも大事だが、お前が持ってる力を上手く使うのも同じぐらい大事なんだぞ」

「戦闘力以外の力、ですか?」

「それも含めてだな。案外持ってるもん使えば色々出来たりするもんだぞ? お前の魔法だって戦闘向きじゃないけどラッシュボア捕まえただろ。あんな感じに何でも使い方次第で色々変わるってことさ」


 自分の力、かぁ。右手を握って放してを繰り返し手の平を見るもイマイチピンとこない。

 持てる力は少ないけど、それを上手く工夫すればもっと手広く出来るって言いたいんだろう。……多分。


「まぁ力、力言われても見えないから難しいわな。戦闘力なんか目に見える上に結果も分かりやすいが、お前のは特に自分じゃ見えづらい部分だしな。……そんな顔するな、まぁ色々口出ししたがお前にはあんま無茶して欲しくないからだ」


 う、そんなに心配されそうな顔してたのだろうか。

 ペシペシと両手で自分の頬を叩き表情を引き締める。あまり変な顔をしてるとコロナなんか特に気にするし……。


「すいません、色々助言貰ってるのに……」

「気にするな、俺も好きでやってるようなもんだ。特にお前さんは最初から見てるから何か放っておけないしな。それにまぁ今回は――」

 

『おわぁっ!?』


 急に聞こえた男の悲鳴にラムダンと二人して立ち上がる。

 室内にいるメンバーもその声が聞こえたんだろう。発生源と思しき裏手の広場に続く裏口のドアに視線を集めていた。


「今コロ達がいるはずじゃ……」

「行くぞ!」


 駆け出すラムダンの後ろを慌てて追いかける。

 そしてドアを開けた先で飛び込んできたのは、広場の中心に魔物が佇んでいる光景だった。


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