第49話 閑話・コロナのお悩み相談
(……どうしよう)
女将さんの宿の一室。自室として割り当てられたここで私、コロナ=マードッグはピンチを迎えていた。
視線の先にある布切れを見ると絶望しか沸いてこない。
もちろんこれは自分のものだ。いや、物だったが正しいか。
早急に手を打たねばならない。行動方法も分かっているが……うぅ……。
(……仕方ないよね、うん)
とても恥ずかしいが彼に相談するしかないだろう。
このままでは自分の生活が詰んでしまいかねない。それはつまり彼と共に行動できなくなることを意味する。
盛大にため息を吐き肩を落としては、隣室にいるヤマルの元に向かうことにした。
◇
「ヤマル、ちょっと良い……?」
二度ドアをノックされ視線を向けるとドアの向こうからコロナの声がした。
時刻はすでに夜更け。そろそろ寝ようか何て思ってた時間だ。
一体なんだろうと思いドアを開けると、何故か顔を真っ赤にした状態の寝巻き姿のコロナがいた。
(……いや、まさかね)
不意に頭を過ぎる煩悩を頭から追い出しとりあえず彼女を中に入れる。
備え付けの椅子にコロナを座らせどうしたのかと尋ねると、彼女は顔を俯かせながらぽつりぽつりと話し始めた。
「ヤマル、その……パーティー用の資産ってあるよね」
「あぁ、あるね。俺が管理してるけど」
パーティー用の資産。これは『風の軌跡』の運営費みたいなものだ。
自分やコロナ、ポチの食事代や宿代、その他生活基盤に関わるものはここからその費用が捻出されている。
他にも武具の修理やメンテナンス、旅に必要な道具や交通費などもここからだ。
「それって例えば消耗品とかにも出してもらえたりするの……?」
「消耗品? 物にも寄るとしか言えないけど……例えば?」
どんなのだろうと問い返すと彼女は口を噤んでしまった。
うーん、この様子からだと結構デリケートな物が欲しいのだろうか。
自分個人としては何も聞かずお金渡しても良いとは思うが、今後他の仲間が出来たときにこの様な前例があると困るかもしれない。
一応パーティーを預かる人としては聞かないわけにはいかないだろう。
「その、えーと……笑わない?」
「コロのその顔見たら笑えないって。言ってごらん」
今にも湯気が出そうなぐらいに赤くしてるコロナ。
もしかしたら月一のものか? そっちの知識は殆ど無いが女性は大変だと聞いている。この世界にその辺りの道具があるかは不明だけど、本人的にはどうしようもないだろうしそれならお金出しても……。
「えっと、ね。下着を、その……パンツが破れちゃって……あ、太ったとかじゃないからね代えもあまりなくって使いまわしてたらさっきいきなりこう破れちゃって多分布が傷んでたからだと思うんだけどやっぱりこういう職についてるとどうしても消費が激しいって言うかそれでなんていうかあの」
「分かった分かった! 一旦落ち着こう、な?」
まくし立てるように早口で説明するコロナを一度宥め落ち着かせる。
まぁ下着も消耗品だからそれぐらいは構わないだろう。いくらぐらいかかるかは知らないが、少なくとも彼女は無駄にお金をかけるような子ではない。
「まぁ確かに履くもの無かったら困るもんね。いいよ、出してあげる。この際だからある程度揃えちゃってもいいよ」
「あ、その……それが……」
再び顔を俯かせるコロナ。先程同様赤いままではあるが今度はそれに加え申し訳無さそうな表情だ。
「私の、
「そうなの?」
頷くコロナが恥ずかしそうにその事情を教えてくれた。
彼女の衣服は地元である獣亜連合国で買ったのをそのまま持ち込んだ物だ。あちらは当然の如く獣人や亜人がメインで暮らしているため、服飾も自然とそうなっている。
当然ここ王都は人間の国のため店で売っている衣服も人間用ばかりだ。獣人用に服を作っても買う人数が圧倒的に少ないためそれは仕方の無いことだろう。
問題は獣人と人間では体の造りが違う部分である。コロナで言えば耳と尻尾がそれにあたるだろう。
そのため服のサイズは丁度良くてもそれを着ようとするのであれば尻尾の部分を手直ししなくてはならない。
もちろんこの事情は下着にも適用される。
「んー、でもそれなら人間用の買って手直しでいいんじゃない? コロは確か裁縫出来たよね」
「うん、それも考えたんだけど……」
裁縫は出来るしある程度は服飾の補修もコロナは自分でやる。
ただ下着はダメだったようだ。
そもそも尻尾が干渉しているのが下着の上の部分。日本で言うならゴム紐が通してある位置に相当するらしい。
そこに手を加えようものなら激しい戦闘中に裂けかねないそうだ。獣人の店ではその辺りを考慮した専用の作りの物が売られているのだが、尻尾の無い人間の国のお店ではその様な下着は無かった。
そもそもコロナが出来るのはあくまで補修程度。お店程のレベルで縫うことは出来ない。
「なるほどねぇ……異文化交流ってやつか。この辺は俺じゃ思いもつかなかったなぁ」
自分の目線からじゃ耳や尻尾が可愛いなんてぐらいの感想しか抱けなかったが、当人らは当人らで色々大変なんだと言うのを実感する。
「まぁそれしか手が無いんならそうするしかないでしょ。いいよ、お金渡すから明日にでも行ってくると――」
「あ、その……多分ヤマルも一緒についてきた方がいいかな、って思うんだけど……」
「……え?」
この子は何を言ってるんだ。
……いや、そこでようやく合点が行く。必要以上にコロナの顔が赤いのも、男の俺を同伴して下着を買いに行かなければならないとなれば普通の反応だろう。
「地元のお店なら金額分かるんだけど、ここでオーダーメイドになるとどれぐらいになるか分からないの。予想以上かもしれないしそうでもないかもだし……提示された金額を判断するのはヤマルがいないと……。勝手に大金使うわけにもいかないし……」
モゴモゴと行く事への正当性を述べつつこちらの様子を窺うコロナ。
こうして明日、一緒に買いに行くことになった。
◇
そして翌日。
「ありがとうございましたー!」
コロナと二人で店を出る。自分もだがコロナもかなり憔悴した様子だ。
店に入ってから本当に大変だった。
店舗自体は普通の服飾系のお店。オーダーメイドもやっており店員に注文依頼するまではまだ良かった。
問題はここからだ。
注文内容が下着であり、しかも男女での来店と言うことで要らぬ誤解を招くことになった。
更にコロナが希望する下着のデザインがその誤解に拍車をかける。
折角気を効かせてコロナと店員のやりとりを聞かなくてもいいように少し離れていたのに、あろうことか店員が下着の予想ラフスケッチを起こしてこちらにも見せてきたのだ。
それは俗に言う紐パンというものであり、しかも布面積が普通のよりずっと少ない。
通常のショーツの上半分から三分の一ぐらいをざっくりと切り取ったような物だった。
一応コロナの名誉のために彼女が痴女でもなくそっちの趣味があるわけではないことは付け加えておく。
と言うか慌ててやってきたコロナに涙目で胸倉捕まれて必死に違うと力説された。正直揺さぶられすぎて首が痛い。
彼女が言うには尻尾に干渉しないような作りとなると二つしか手段がないらしい。今回のデザインのように上を切り取るか、獣人の町での専用の手法にするか。
ちなみに過去にお腹周りまであるショーツに穴を開けて試したこともあったそうだが、腹部を締め付けられる感触やそもそもトイレのときに毎回尻尾を抜き取らねばならない為ダメだったそうだ。
なおオーダーメイドと言う事でブラジャーの方もデザインに合わせて購入することになったのだが、正直そのときは色々と一杯一杯であまり記憶に無い。
最終的に目的自体は完遂したものの、双方精神的被害が甚大になったのだ。
「ヤマル、ごめんね……」
「いや、仕方ないよ……」
お互い口から魂を出しそうな声で幽鬼のようにふらふらと歩き出す。
もはや何もする気も起きず、今日は大人しく宿で休むことにする。
そのまま互いに無言のまま歩いているとふと……気づいてしまった。気づかなければまだダメージはここで止まっていたのに。
己の采配ミスに頭を抱えたくなるがその気力も無く肩を落とすことでそれを表現する。
するとそれに気づいたコロナが声をかけてきた。
その気遣いが更なる追い討ちになるとも知らずに……。
「ヤマル、何かあったの?」
「ん、いや、なんでもないよ」
流石にこの事実は伏せておいた方がいいだろう。知らない方がまだ幸せなのだから。
しかしコロナは今日は食いついてくる日らしい。もしくは何か気になる部分があったのかもしれない。
「でも気になるよ。今日はこれ以上何があっても大丈夫だと思うし……」
優しさ半分、諦め半分と言った具合のコロナ。
これ以上のダメージは無いと思っているのだろうが、残念ながらそんなことはない。
これから起こることに心の中で謝罪をし、彼女にゆっくりと話し出す。
「……今日さ、注文しに行ったじゃん」
「……うん」
脳内で店内のことがフラッシュバックしてるのか、再び遠い目をするコロナ。
あのやりとりを思い出すと自分も似たような顔になりそうである。
「コロ一人でお店行って金額だけ聞いてもらってきても良かったんじゃないかなぁ、と」
つまり見積もりだけ。これなら少なくとも下着を買うぐらいの恥で済んだであろう。
実際はコロナの下着のデザイン大公開、それもかなり際どいやつ。もはや処刑クラスである。
恥ずか死なんてものがあったらあの店で倒れててもおかしくは無さそうだった。
と言うか何で俺は見積もりに気づけなかった。日本人サラリーマンなら購入前に金額確認は普通だろうに。
……多分色々と俺も動転してたんだろうな。物が物だったし。
「……ねぇ、ヤマル」
「ん~……?」
こちらも遠い目をしているところに名前を呼ばれ振り向くと、そこには怪しいオーラを迸らせてそうなコロナの姿。
あ、これはあかんパターンだと生き物としての本能が最大限の警鐘を鳴らす。
「……今日あったこと、忘れること出来そう? 無理なら頭にコツンとやるの手伝うけど」
「記憶の彼方に即刻封印するから剣に手をかけるの止めてください死んでしまいます」
あんな片手半剣で殴られたらコツンじゃなくて間違いなくゴシャっと潰れる音しかしないだろう。
怪しく目を光らせるコロナに即それを約束し身の安全を確保する。護衛にやられたとか笑い話にすらならない。
「……なんてね。冗談だよ、本気にした?」
クスリ、と小さく笑みを溢しこちらを追い越して前を歩きだすコロナ。
半分本気だったような気はするが口には出すまい。間違いなく地雷が生まれた瞬間に立ち会ったと言うことだけはわかる。
尻尾を左右に揺らしながら歩く後姿を追いながら、今後この話題は出すまいと心に深く誓うことにした。
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