第42話 チカクノ遺跡7
ガタゴトガタゴト――。
馬車が規則的な音を立てながら街道を進む。
今俺は王都からチカクノ遺跡へと向かっている。目的は依頼があったから、それも国からの極秘依頼だ。
それをギルドで聞いたときは喜んだものだ。
何せ国からの直々の依頼だ。危険度はさておき背後関係を気にしなくていいのはこの業界では非常に助かる。
しかも今回は戦力としては兵士隊が同行するのだ。戦い自体は彼らに任せてもなんら問題ないということである。
こんな旨みしかない仕事など中々ない。ないのだが……。
「なぁ
「言うな」
横に座る義弟のダンが何か言いたそうに声をかけてくるが首を横に振る。
言いたいことは分かっている。
先も言ったが現在馬車の中。俺たち『風の爪』のメンバーは依頼を受けてチカクノ遺跡へと向かっている。
まぁこれは当たり前だ。依頼されたのはかの地なのだから。それは良い。
そしてこの馬車、実は乗合馬車ではなく国が保有する兵士隊を運ぶための馬車だ。今回同行する彼らと共にこちらへ乗せてもらっている。
まぁこれも問題ない。乗合馬車と似たような乗り心地だがそれも気にするほどのことでもないし、どうせ行き先も同じなのだから顔見せも合わせて同乗するのも割とある話だ。
ただ問題……というか気になる点が一つ。
「……兵士隊ってあんな雰囲気だったっけ」
だから言うなダン。聞こえないよう小声でもこの場では謹んで欲しい。
だが言いたいことはすごく分かる。
俺たちが知っている兵士隊はこんな精強な集団ではなかった。
いや、少し語弊があるか。兵士隊は見回りもするし荒事も対処する。そのため少なくとも冒険者を抑えるぐらいの力は元々持っている。
ただそれはあくまで普通の兵士隊としては、だ。今同乗している兵士隊はまるで戦場の精鋭部隊と思えるほどの雰囲気を纏っている。強者のオーラとでも言えばいいだろうか。
実力に裏づけされたであろう確かな自信。その証拠に体つきも一切無駄が無い。
またここのところ戦争などあった話も聞かないし不穏な噂話もない。
そんな平時と言える最中ここまで鍛え上げられているのは驚きの一言に尽きる。
まぁ……こうなった原因は大体分かるのだが。
(どう考えてもあいつだな)
馬車の奥、腕を組み目を伏せている大男が一人。
この精強な兵士隊が束になっても敵わないというのを直感させるほどの存在感。
これほどの男が王都にいれば噂の一つや二つでもありそうなものだが、今の今まで存在すら知らなかった。
王国の虎の子とも言えるべき人材だろうか。このような男を一体どこから連れてきたのか興味は尽きない。
さて、そんな精強な兵士達だが別段中身が変わったかと言われたらそうでもないようだ。
流石に悪ふざけは無いものの普通に会話はするし談笑もする。
これが躾けられた犬のように不動で座ってたら不気味すぎて馬車をこちらで用意したかもしれない。変わったのは見た目だけのようで少しは安心できる。
そんな最中、近くに座っていた兵士の一人から声が掛かった。
「そう言えば今回の冒険者ってあんたらだけなんだよな?」
「あぁ、あまり冒険者が欲しくないのかもしれないな」
依頼内容は現地にて、と言われてるが、遺跡に冒険者が派遣されるなど調査しかないだろう。
チカクノ遺跡は数年前に訪れたことはあるが、調査され尽くした遺跡で当時から観光名所になっていたはずだ。
それが兵士隊を伴っての、それも国からの極秘依頼。
深く考えなくても遺跡で何か新しい発見があったのは容易に想像できた。戦力を集めてることから恐らく深部への道辺りだろう。
まったく、一体どんなやつがこんなとんでもないことをしでかしたのか。現地に行ったらそいつの顔を拝んでみたいところだ。
「なんであんたらなんだ? 実は遺跡への造詣が深いとか?」
「……わからん、俺たちは依頼があったから受けただけだ。遺跡探索は全く無いわけではないが、さりとて特化されたチームでもない」
そう訊ねる兵士の疑問は当然だろう。
王都所属の冒険者パーティーからすると、俺たち『風の爪』はCランクとは言えギリギリ上位に入る部類だ。
これでも一番堅実なパーティーではあると言う自負もある。
だがトップクラスのパーティーかと言われたらそれには首を振らざるを得ないだろう。まだまだ若手を抱える『風の爪』では圧倒的に経験が足らない。
もっと古参で腕の良いパーティーはいる。にも関わらず何故自分達に声が掛かったのか。
そもそも国に関わりあるような人物は知り合いにはいないはずだ。だから伝手で仕事を振られたとは考えにくい。
冒険者と言う業界では『風の爪』は多少は名が売れてはいるものの、それはあくまで冒険者界隈での話だ。全体的に見ればまだまだ無名もいいところである。
「ふぅん、まぁ上に何か考えがあったってことなのかもしれないな」
「そうだな。それが分かれば俺たちも納得は出来るんだが……」
まぁ現地に着けば何か分かるだろう。
チカクノ遺跡までは馬車で数時間、もう暫くはゆっくりとさせてもらうことにした。
◇
「ヤマルー、ひまぁ……」
「そうだねぇ……」
チカクノ遺跡地下一階、非常口の前で壁に背もたれをしながら現在絶賛だれまくり中の二人+一匹。
非常口が見つかって早四日。見つけた翌日から昼間は『風の軌跡』への依頼と言う事でロボットが新たに出てこないかの見張りの仕事を貰った。
ギルドへは事後承諾のような形になるがちゃんと正式依頼として受理されるらしい。
仕事自体はいいんだが、如何せんずーーーーーーっと何の変化も無い。
いや、その変化が無いのが一番なのは分かっている。分かっているがどうしても暇なものは仕方ないのだ。
「兵士の人たちまだかなぁ」
「まぁ近いうちにくるから、もう少し辛抱しよ」
しかし彼女をこう宥めるのも何度目だろう。
日本ならメールなり電話なりで先方とやり取りできたのだが、ここでは早馬が精々と言ったところ。
今度マルティナに遠距離通話系統の魔道具か何か無いか聞いてみようか。もしかしたらあるかもしれないし。
……あっても普及してないから高いな、きっと。
「でもそればかりじゃない~。ひまひまひまぁー!」
気持ちは分かるんだがあまり子ども化しないで欲しい……一応仕事中だし。
まぁ心情的には自分だってコロナと一緒だ。四六時中ドアを見張るだけなのは苦痛でしかない。
ちなみにこれまでの時間の潰し方は色々やった。
初日は一日中世間話などで時間を潰した。
二日目は話のネタが尽きたので途中からポチに芸を教えようとして失敗した。
いや、芸自体は大成功と言えるべき成果だ。ただ自分とポチが獣魔契約しているために互いにやって欲しいことが何となくだが分かるのがダメだった。
結果は言うまでもない。お手、おかわり、伏せなど一通り教えるのに十分も掛からなかった。
三日目はコロナから護身術を教えてもらおうと思った。もちろんドアから目を離すわけにはいかないのでとりあえず知識としての部分からだ。
だが彼女の剣技などは全部我流であり、動きも自身の感性に任せてるため残念ながら覚えれそうなものではなかった。
ちなみに物は試しと言われて軽く打ち合ったのだが、ヤマルは接近戦は止めた方が良いと真顔で言われた。
そして現在。
いよいよ限界に達しかけてるコロナを何とか宥めはしてるが、決壊までもはや時間の問題だろう。
「ふぅ……仕方ないなぁ。ちょっと待ってて」
カバンを漁りスマホを取り出す。それと同時にイヤフォン……はコロナの耳じゃ使えないか。
でも音を駄々漏れにするのもなぁ……。まぁ自分で押さえて貰えばいいか。
「すまほだっけ? しゃしんでもするの?」
遺跡の初日探索でも使ったスマホ。
ちなみにここに来る前、パーティー結成記念として自撮りではあるが王都でコロナとポチと一緒に一度使った。
そのときにスマホのことは軽く教えたので覚えてくれてたようだ。
「まぁそれでもいいんだけどね。はい、これをちょっと耳付近に当ててね」
「?」
手渡したイヤフォンを掲げるように頭上の耳に当てなんだろうと言いたそうにしているコロナ。
うん、人と耳の位置が違うから両手を上げたようなポーズは中々可愛らしい。
内心微笑ましく思いながらイヤフォンをスマホに接続。ポチポチと画面を操作して内蔵アプリからインストール済みだった音楽を適当に選び流してみる。
「うわわっ!?」
いきなり耳元で音楽が流れたことに驚いたのか、手に持ったイヤフォンを落としてしまった。
ペタンと折れた耳が可愛い……ではなく、プランとスマホからぶら下がったイヤフォンをコロナがまじまじと見つめている。
「や、ヤマル。今のって……?」
「自分とこの地元の音楽みたいなもんだよ。魔法の詠唱でも呪詛でもないから大丈夫だよ」
はい、と再びイヤフォンを手渡すとコロナはおずおずとそれを耳に当てなおす。
「すごいね、何言ってるかわかんないけど」
「あー、まぁ雰囲気だけでも楽しめればいいと思うよ」
そう言えば自分と違ってこっちの人はあちらの言語は分からないんだっけか。
スマホの歌を聞かせても通じるのは召喚された異世界人だけかと思うとちょっと寂しい気もする。
「♪~」
少しすると体と尻尾を左右に振り、リズム良く体を揺らし始めるコロナ。
どうやらお気に召したらしい。これでしばらくは時間を潰せそうだ。
「さてと、俺はどうするかなぁ」
ちなみにポチは現在遺跡内部を絶賛ダッシュ中である。
中々自分から離れないためか、限定的とは言え勢いよく走れるこの場がかなり気に入ったようだ。封鎖中で自分らしかいないため誰かに当たる心配も無い。
もちろん部屋には入らず通路だけ、壁面も傷つけないようにと念押しはしてある。
今も目の前を高速でポチが通り過ぎて行った。
そんな元気良く駆け回るポチを見ているともしかしなくても過保護にしすぎたかもしれないと思ってしまう。今後はもっと運動させたりのびのびと体を動かせるよう何かしら考えた方がいいかもしれない。
たまに忘れかけるがポチは犬ではなく戦狼だ。普通の戦狼がどのような子育てをしているかは不明だが、少なくとも頭の上に乗り続けたり自分と同じ速度で歩き続けるようなものではないだろう。
野を駆け山を駆け獲物を狩る、なんてイメージがある。人を襲うような野性に還す訳にはいかないが、ある程度は狩りを覚えさせて自分が何かあったときの為に備えさせた方が良さそうだ。
今度コロナ付き添いで少し試してみようか、等と考えていると、地上の方から誰かが降りてきた。
「フルカドさん。王都からの調査隊が到着しました。これから顔合わせや今後のことに関して色々話し合いをしますのでお願いします」
「あ、分かりました。すぐ行きますね」
降りてきたのは見張りの兵士の人だった。しかも待ち望んでいた朗報を持ってきてくれた。
彼に例を述べ持ち場を交代し指定された場所へと向かうことにする。
「ほら、コロ。それは一旦おしまい」
「えー……もう少し」
「ダーメ。夜にまた貸してあげるからまずは仕事するよ、仕事」
不承不承と言った様子でイヤフォンを彼女から受け取り、走っていたポチを回収して全員で遺跡を後にした。
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