第40話 チカクノ遺跡5

 

 それが目覚めたのは偶然だった。


 暗闇の中、それは打ち捨てられていた。


 最後に記録されているのは凄まじい衝撃と共に転がる映像、そして暗転であった。


 一体どれほどの時が巡ったのか。


 『光』を捉えた、それもか細い小さな『光』だ。


 だが闇に覆われてた世界でそれは途方も無い変化であった。


 変化があると言うことは何かあったということである。


 守らねばならない、それが己に与えられた使命なのだから。



 ◇



「……?」

「うぅ~……」


 その変化に最初に気づいたのは本当に偶然だった。

 研修生達がお祭り騒ぎなのを少し離れてたところで微笑ましく見てたからかもしれないし、自分がポチと契約してるせいでもあるだろう。

 ポチとコロナ。この中で一番鋭敏な二人が揃って開いたドアの方へ視線を向けたのだ。

 

 そして『ソレ』がいたのはシャッターの向こう側、多分下り階段だと思う。

 そこから小さな赤い光が見えた。その小さな光が横にゆっくりと動いたのだ。

 何かがいる、と感じる間も無く咄嗟に叫ぶ。


「コロ、閉めて!!」


 何故と言う疑問は飛んでこない。こちらが言うより早くコロナが扉を閉めドアノブを反対に回していた。

 そのままノブ代わりにしてた短剣を引き抜きすばやくこちらの隣へとやってくる。


「はいこれ」

「ん、ありがと」


 鞘はドアノブにロープと氷で固定されてるため抜き身のままの短剣を手渡される。

 周りではしゃいでいた研修生も突然の行動に皆固まりこちらを見ていた。


「……皆を下げるべき?」

「ヤマルもね」

「そうしたいのは山々なんだけどね……。流石に大人としては真っ先に逃げるのもね」


 皆を焚き付けドアを見つけた挙句、開ける為にあれこれやらかした張本人が真っ先に逃げるわけにはいかないだろう。

 そもそも皆年下だ、あまりかっこ悪い大人にはなりたくない。

 ……うん、かっこつけたが本音言うと即逃げたい。

 小さな見栄となけなしの勇気で辛うじて留まってるだけだ。


「あの、ヤマルさん……?」

「悪い、変な物出てきたかも。今すぐ全員上に退避させて」

「わ、わかりました! 皆、撤収です!」

「おい、何が……」


 ――ガチャ、ガチャガチャ、ガン!!


 何者かが内側からドアノブを弄る音。上手く行かないのか壁を叩く音すら聞こえる。

 流石に全員異常事態なのが飲み込めたのだろう。得体の知れないものに恐怖の色を浮べている。


「全員逃げて!」

「ッ撤収だ!!」


 その叫び声に触発され、全員が一気に上り階段へと雪崩れ込む。

 登り階段はシャッターの近く。逃げる彼らと非常口の間にコロナと一緒に立ちふさがった。


「コロも悪い、変な物を叩き起こしたかも知れない」

「ううん、その為の私だもん。後は任せて」


 コロナも腰に携えていた片手半剣バスタードソードを抜刀し、いつでも動けるよう身構える。

 その間にも研修生達は階段を登っていき、残ったのはリーダー君とグィンだった。何とか間に合ったらしい。


「こっちは撤収完了だ!」

「よし、俺たちも入り口まで……」

「ヤマルさん待ってください! まだ観光客の人が奥にいるかもしれないです!」


 グィンの言葉に背中に氷柱を入れられたような感覚になる。

 観光客、つまり一般人。そんな人らがここにいるかと言われれば……残念ながら、いる。

 現に最初大部屋に行ったときにそれっぽい人は見かけた。

 ただし何時間も前だ。その後全員作業や探索をしてたせいで、観光客が帰ったかどうかすら分からない。

 もしかしたら別の観光客が新たに入ってきた可能性だってある。


「いるかどうかもわかんないんだよね?」

「残念ながら……」

「分かった、こっちで何とかするから二人は先に上がって!」

「わ、分かりました!」


 二人を見送る間も無く床下に視線を送る。

 その先にいるのはうちの愛犬……ではなく愛狼。


「ポチ、悪いけど俺より足が速いお前にお使いを頼みたい。奥に誰かいないか見てきてくれないか?」

「わん!」

「誰かいたら一回、いなかったら連続で吠えてくれ。それと今から一時的に声を大きくする魔法をかける、吠えるときは必ずこっち向いてやってくれ。《生活の音ライフ・サウンド》」


 そう言ってポチに魔法をかける。

 《生活の音》は端的に言えば指定した対象に外部スピーカーをつけるようなものだ。魔法をかけられた人や物が発する音の増減を操作する。

 今回ポチにかけたのは音量を大きくする方だ。


「よし、頼む!」

「わん!!!!」


 魔法のせいでものすごい大きい一鳴きだった。地下で反響した鳴き声で耳がキィンとなり思わず顔を引いてしまう。

 そしてポチは一目散に奥の方へと駆けて行った。


「ポチちゃんだけ行かせて良かったの?」

「実際足と鼻使っての探索じゃ俺より上なのは本当だしね。それにここで待つよりは安全だろ。っと……」


 ギギギ……とドアがゆっくりと開かれ中から現れたのは鈍色に光る物体だった。


「ロボット?!」「ゴーレム?!」


 ……。


「「……え?」」


 お互いの認識が違うのも無理は無い。

 自分から見るとあれはゴーレムなどではなくロボットと言えるべき風貌だった。

 外観を簡単にまとめるのであれば、親指に手足が生えたものと言えばいいだろうか。全長は思ったよりも小さくコロナと大して変わらない。

 頭と胴体の横幅が同じであり、首が回ると言わんばかりに隙間がなければ一体化してたと思うだろう。

 何より異様なのはその手足。腕と足の部分はまるで骨組みのように細く、何故あれで全身を支えれているのか疑問に思うほどだ。

 足の先端は一見すると鉄板が取り付けられたような物。ただし左足の先端は何故かなくなっており、足首だけで不安定に立っている。

 腕の先端は右手は三つ又のアーム、まるでゲームセンターにあるクレーンゲームのようなアームだ。

 そしてあまり知りたくなかったが、左手は某宇宙でコブラの人のように明らかに銃のようなものと一体化している。

 そして最後に頭。

 本来ならば綺麗な湾曲をしていたであろう左頭頂部が大きく凹んでおり、その影響か左目が脱落している。

 辛うじて残った右目が薄く明滅しながら光っていた。先ほど見えた赤い光があの右目だろう。


「フロア3、到達……」

「ゴーレムが喋った!?」


 まるでスピーカーから流れるノイズ交じりのような声。

 その隣ではあれをゴーレムと思っているコロナが驚きの声を上げている。


「生体…応」


 ギギギ、とあの非常口のような音を立てつつロボットがこちらを、いや、自分を見る。

 ロボットの目が何を捉えてるのか分からないが、まるで何かを観察してるような感じだ。


「アクセス……反応無シ。メモリニ該当記録……無シ。当該区域ハ職員以外…立チ入リ禁止、直チ…ニ退去セヨ」

「退去……? 分かった、だが他の人がまだいるかもしれない。少し待ってくれないか」


 喋ると言うことは会話が出来るかもしれない。

 あんな銃を装備しているロボットと交戦などしたくはないため、一縷の望みを賭け話しかけてみる。


「了。タダシ速ヤカニ退去…セヨ。サモナクバ規定ニ従イ強制排除…スル」

「ヤマル、私の後ろに」


 強制排除の言葉に敵意を感じ取ったのか、隣にいたコロナが自分とロボットの間に入る。


「攻撃しちゃダメだよ、まだ警告で済んでるし……」

「分かって――」


 その時だった。

 ロボットが急に小刻みに震え出し、何かの駆動音とおぼしき音が徐々に大きくなってくる。

 何が?と警戒を強める中、ロボットが左手の銃口をこちらに向けた。


「形状……照合。第二種生命体動物人間アニマロイドト断定、排除……開始」

「ッ!?」


 動けたのは全くの偶然だった。

 コロナの肩を掴み引き倒すようにこちらへ引っ張る。

 勢いそのまま、二人が尻餅をつくと同時に響く乾いた発砲音。頭上に何かが通りすぎる音と背後の壁から何かが着弾したような音が同時にした。


「ヤマルッ!」


 次の瞬間にはいつの間にか起き上がったコロナに手首を捕まれていた。

 そのまま彼女は信じられない力で引っ張り二人して階段の物陰へと飛び込む。

 直後に再び発砲音、と小さな爆発音。

 引っ張られた反動で投げ出されたような形になったため視界が強制的に回される。

 頭がやや混乱する中なんとか起き上がると、コロナが物陰からロボットの様子を覗いていた。


「左手が吹き飛んだの……? なんで……?」


 左手、銃の部分……ジャムったか?


「コロ、左手吹っ飛んでるの?!」

「うん、肘から先なくなってるよ! あとこけてる!」

「経年劣化による故障……あぁ、ともかくもう銃は使えないはずだから!」

「じゅうって何ー?!」


 おぅふ、そっからか。

 だがすぐそばにあのロボットがいる以上悠長に説明してる暇はない。


「ものすごい速い飛び礫って思えばいいよ!」

「分かった! ともかくあのゴーレムどうにかしないとね……!」

「どうにかって……」


 言い終わる前にコロナが物陰から飛び出した。いきなりのことで止める間も無い。

 こちらも出ようとするも、コロナが出てくるなと言わんばかりに片手で制してくる。


「左腕部ニ重大ナ損傷……。近接modeニ移行……」


 聞こえるロボットの掠れ気味の声。物陰から様子を見るが、左手の暴発でいよいよガタが来たのか動きが色々と怪しい。


「大丈夫、私に任せて」


 ブン、ブンと片手で自らの武器を振りロボットに対し正対する。

 小柄なコロナが振るうと片手半剣も両手剣に思えてくるぐらいのサイズなのだが、それを苦も無く振り回していた。


「そこで見てて。あなたが助けた子はちゃんとあなたの力になれるって所を!」


 タンッ、と足音を残しコロナがロボットへと肉薄する。

 肉眼で見えたのはコロナが勢いそのままに横薙ぎに剣を振るうところだった。


「迎撃、開始」


 だがロボットは壊れた左手でそれをガード。ガキンと金属同士が当たったことによる鈍い音が地下に響く。


「硬いなぁ、もう!」


 割と幅広で鋭角な剣で斬られたにもかかわらず、丸みを帯びてるはずのロボットの腕はまったく切断されていなかった。

 お返しとばかりにロボットが右手で突きを繰り出す。が、コロナはそれを見切ってかしゃがんで回避。

 彼女もお返しとばかりに下から真上に向けて鋭い蹴りが放たれる。


「ッ痛!」


 コロナの蹴りはロボットの胴体に刺さるも全く効果は無かった。硬い胴体の上に小柄なコロナと金属製のロボットではそもそも重量が違うのだろう。

 再びこちらの番とばかりにロボットからの蹴りが放たれるが、コロナはその蹴りを利用するように足を乗せ大きく後ろに飛びのいた。


「コロ、大丈夫?」

「ん、大丈夫!」


 トントンと先ほどロボットを蹴った足の調子を確かめるようにつま先で床を小突くコロナ。

 再び剣を両手でしっかりと持ち、ゆっくりと息を吐く。


「《身体向上》」


 ふわりとコロナの服の端が少し浮いたかと思えば先ほどよりも速く肉薄していく。目の前にいたせいか初速の時点で見失いそうになりかけるほどの動きだった。

 明らかに先ほどより速くなったためかロボットは反応できてない。速度そのままに突撃したコロナが再び横薙ぎを放ち、その斬撃はロボットの胴体を確実に捉えた。


「やあぁぁっ!!」


 ガン!とまるで打撃音のような音と共にコロナが剣を振りぬくと真後ろへとロボットが吹き飛んでいく。

 だがそれで止まる彼女ではなかった。

 そのまま床を激しく転がるロボットに追いすがると、まるでゴルフのスイングのように下から上へと切り上げる。

 更に加えられた衝撃で金属の塊がボールのように跳ね、向こう側の通路の壁に叩きつけられようやくその動きが止まった。

 壁に入る大きなヒビ、そしてそのヒビが見えなくなるぐらいもうもうと舞い上がる土ぼこりが衝撃の強さを物語っている。


(つえぇ……)


 え、あの子あんなに強いの?

 明らかに常人の動きではない。物理的に人の限界を超えるとあのような動きになるのか。

 遺跡マップで言う『日』の字の右下あたりから戦闘を開始したのに、左下の場所までロボットが吹き飛ばされたことになる。

 ……うん、コロは怒らせないでおこう。あそこで倒れてるロボットが自分になりかねない。


「わん、わん、わん!!」

「お?」


 奥のほうからポチが連続で吼えながら帰ってきた。

 つまりそれは奥には誰もいなかったと言うことだ。ポチにかけた魔法を解除しそのまま近づいてきたところを抱き上げる。


「ポチもご苦労様」

「わん!」


 そのままポチを肩に乗せコロナの方へと再び覗くと、彼女がロボットの方を向きながらこちらを手招いていた。

 近くまで寄るとロボットが横たわっていたのだが……なんというか、うん、エグい。

 多分胸部がべっこり凹んでるのが最初の横薙ぎのときで、頭が半分取れかかってるのがその後の追撃で吹き飛ばされたときのだろう。

 そして元々ガタが来てたところに左手の暴発、ダメ押しの壁への叩きつけ。ガクンガクンと壊れたおもちゃのように動き煙を吹いてる姿は見てて痛々しい。


「ヤマル、どうしよ? 確実にトドメさすために核の魔石壊したいんだけど、この剣じゃ表面貫けなくて……」

「魔石あるかな、これ……。と言うかその剣って切れ味よりも丈夫さ優先だったのね。あ……」


 話してる間にぼふんっ!とマヌケな音を一つ立ててロボットが完全に沈黙する。

 しかし……うーん、一体なんだったんだろう。

 警備用のロボが一番しっくりくるのだが、いきなり攻撃してきた理由が分からない。

 最初は警戒はされていたが少なくとも会話は成立していた。にも関わらずいきなり銃を撃ってきた。何でだろう。


「ねぇ、倒しておいてあれだけどこのゴーレムってアイアンゴーレムの亜種?」

「いや、これゴーレムじゃなくてロボットじゃないかな」

「ろぼっと?」

「うん、何と言えばいいかな……自動で動く人形と言うか……」

「それゴーレムじゃないの?」


 あー、ゴーレムも自動で動く人形みたいなもんか。

 コロナにどうやって説明しよう、中身見せたら分かってもらえるだろうか。


「おぉーい! 大丈夫かーー!!」

「ん?」


 説明の仕方に悩んでいると後ろからこちらを呼ぶような声。

 振り向き見ると入り口で見張りをしてた王国兵の人らだった。

 更にその後ろ、階段の壁の影からこちらを覗くように見ている影が複数。多分逃げた研修生らがこの人たちを呼んでくれたのだろう。


「ヤマル、どうしよ?」

「まぁ、ちゃんと説明するしかないね。とにかく今はあの非常口閉めて一旦上に戻ろう」


 近寄ってきた兵士二人に事の顛末を掻い摘んで説明。

 その上で何があったのかしっかり話すということでその場は納得してもらい、非常口を閉めた上で全員で一度遺跡から出ることにした。

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