第39話 チカクノ遺跡4
「お、戻ってきたか。どうだ、何か見えるか?」
グィンと一緒に戻ると丁度彼らの方も終わったところだった。
もっと本格的にやれば更に時間もかかるのだが、このメンバーでは当たり障りのない程度にしかできないらしい。
それでも勝手が分からない自分よりはどこまでやっていいのか分かる彼らの方がずっと適任だった。
そして彼らが綺麗にしてくれたお陰で新たに分かったことが一つある。
「『3』かな。文字自体が欠けてるけど大きいからぎりぎり分かるけど……」
小部屋と小部屋の間、自分等の頭上より高い位置の壁に見える欠けた『3』の数字。
とは言えこれも結局自分だけが読める以上『3』であると認められる保証はない。
だが研修生達のお陰で見つかったこれで一つ確信を持つに至る。
「ともかくありがと。俺じゃどこまで手を加えていいか分からなかったし」
「まぁ素人があまり勝手やらなかったのは正解だぞ。下手に拭いて重要な部分も消した、なんて洒落にならないからな」
「それでヤマルさん。僕達の意見とか聞きたいって言ってましたよね」
「あ、そうそう。素人目な部分あるけどちょっと研修生の皆の意見と知識欲しいんだ。聞いてもらえるかな」
そう言うとリーダー君が了承を示し、作業に携わった他の研修生達を呼び寄せる。
ここのメンバーは少しでも成果が欲しいためかこちらの話に耳を傾けてくれそうだった。
大部屋で文字が読めたことが心象を良くしているのかも知れない。普通なら専門家を差し置いての意見なんてそう簡単に聞いてもらえないだろう。
「それで何が聞きたいんだ?」
「そうだね、結論から言うとここの下の階層への行き方……かな」
あ、皆フリーズした。
まぁこれが爆弾発言なのは分かっていた。数十年も地下一階層しかないと言われてた遺跡に更にその下があるなんて思わないだろう。
若干空気が変わったのを感じ取ったのか、コロナがすぐ動けるよう自分の隣にやってくる。
「あ、なぁ……あるのか、この下?」
「多分、だけどね。見てないしどうなってるかも分からない。確かめようにも現状お手上げだから皆の知識を貸して欲しいんだ。もちろん否定意見あればガンガン言って欲しい」
そう言ってメモ帳の本の新しいページに図面を書く。
描くのは簡略式だがこの遺跡の外観図。『日』の字の建物の上に乗せる様な形で入り口の小屋を描いてはそれを彼ら見せた。
もちろんちゃんと見えるよう《生活の光》で本を照らすことを忘れない。
「ちょっと下手で悪いんだけど、これがチカクノ遺跡ね。こういう形で土の中に埋まってるわけだ」
そして丁度小屋と天井部あたりの横線を引っ張り、空白部分に『土』と記入。ここが地面の下だと言う事を示すと皆がその通りとばかりに首を縦に振る。
「そして俺の見立てだとこの遺跡は三階建て……もしくは更に追加で地下一階だった場所があるかもしれないかな。つまりこんな感じ」
描いたチカクノ遺跡の下部分に同じ形のフロアを追加。とりあえず三階建て+入り口部の絵を描く。
「ヤマルさん、そう言うからには何か根拠があるんですよね?」
「そうだね、根拠は三つ。まず皆がさっき掃除してくれたお陰で見えた壁の数字。ちょっと文字自体が欠けてるけど、これは『3』だと思う」
「つまりここが三階だって言いたいわけか。でも他の意味合いもあるかもしれないだろ?」
「もちろんその可能性もあるね。それで次の根拠が目の前のこの小部屋。ここでの正式名称はわかんないけど、俺が知ってる物で『エレベーター』と構造が似通ってるのよ」
「えれべーたー? 知らないな、誰か聞いたことあるか?」
リーダー君が他の研修生に問いかけると質問が伝播していく。
だが誰も彼もが知らない、聞いたことが無いと答えるだけだった。
「簡単に言えばこの小部屋自体が人や物を上下に運ぶ垂直昇降機なのよ。ほら、例えば井戸で水汲むでしょ? あの井戸の桶がこの部屋、井戸水が人や物と思ってくれればいいかな」
「でも仮にこの小部屋がそのえれなんとかだったとしても、下があるとは限らないんじゃないか? 実はここが最下層で上に上がるためにあったけど、その上は今はないわけでたまたま残ってたとか……」
「そうだね。もちろんその可能性もある。でも俺が下があると思った理由はこれだね」
これ、と指し示したのは小部屋の間にある逆三角形の突起物だ。
「……なるほど、この形状だと進行方向が下を指し示してるから更に下があると」
「多分今までの人はこの部屋が上下に動くものって分からなかったからその突起の意味も分かってなかったと思う。今言ってもらったようにエレベーターのことを知った皆だからこそ、下を示してるって繋がったわけだしね」
「なぁ、これ仮に下があったとしたら、例えば二階のこの場所の突起って上と下を示す二つがあるってことなのか?」
「そうだね。確かめないとなんともだけどその確率はかなり高いと思う。あ、ちなみにこの突起物はこれが本当にエレベーターなら『ボタン』って言うものだね。年数経ってガチガチだから動かないけど、本来なら押すことでこの小部屋がその階層まで来てくれるのよ」
そう言ってボタン(仮)を押し込もうとするが、言ったとおりガチガチに固まっておりビクともしない。
まぁそもそも動力が切れてるから感応式だったとしても反応しないんだが。
他の研修生も物珍しげにボタン(仮)を押すが、やはりうんともすんとも反応が無かった。
「あとこの小部屋の中にもボタンぽいのがあった。多分行きたい階層への指示用だね。これが縦に複数並んでたから、少なくとも一階層だけではないって思ったんだよ」
そう言うと研修生の何人かがボタンを確めに小部屋に入る。
見つかったのかそれらをいじってる音が聞こえたもののやはり反応が無いためかすぐに戻ってきた。
再び全員集まったところで話を再開する。
「それで最後なんだけど、入り口の階段の横にシャッターらしきものがあった」
「さっきも言ってましたけど、しゃったーとはなんです?」
「何か起こったときに通路を一時的に封鎖する可動式の壁と言えばいいかな。例えば火事が起きたときとかね。普段シャッターがあると邪魔になるから天井とかにしまってあるんだけど、今はそれが降りてた」
「それってつまり下層で何かあったと?」
「正確にはこの遺跡が使われてた当時に何かあった、だろうけどね。さて、これで皆にもこの下にも階層があるかもって思ってもらえたわけだけど……ここから皆の意見や知識、力を貸して欲しいところなの」
ゴクリ、と言う音が聞こえそうなぐらいマジメな表情の研修生たち。
なんかあれだな、プレゼンをやってる気分だ。こうも人前で集めた情報を組み立てて発表すると当時を思い出してしまう。
「最初に言ったことに戻るけど、どうやって下に行こうかってことね。そもそも下層があることをどのように確かめればいいのってことからになるけど……」
「どうやってってそりゃ……どうやるんだ?」
ここまではあくまで下層がある可能性の提示だ。高確率だと思うが下には何かある。
問題はその下へどう行くか、そもそも下があることをどう確かめるかなのだ。
「ちなみにヤマルさんとしては何か手段が?」
「何をしてもいいって言うなら一番いいのはシャッターをぶち破ることかなぁ。でもそんなことは……」
「もちろんしてはいけないですよ。大事な遺跡ですし」
「だよね。同じ理由でこの小部屋の天板も一応壊せそうなんだがそれも無理。となると後は通路の土壁……要するに土砂を掘り進めて下へ行く、もしくは上から遺跡全部を掘って全容を出すだけど……」
「それも今すぐではできませんよね」
掘るだけなら《生活の土》で柔らかくすればザクザクいける。ただし埋もれる可能性が非常に高いので現実的ではない。
遺跡を上から順序良く掘っていくのが一番確実かつ安全だが残念なことに非現実的だ。何せそれだけ大掛かりとなれば人もお金もかかる。
そんな一大プロジェクトになりかねないものを動かす理由が『下層が多分あると思う』ではまず動いてくれないだろう。もっと明確な証拠が必要になってくる。
確かめるために下に行くしかないのに、下に行けないが為に確かめれないジレンマ。
どうしたものか、と皆と一緒に悩み始めると、女性研修生の一人が手を上げた。
「すいません、ちょっと確認なんですけど……。しゃったーがあるのは何か原因があるんですよね?」
「まぁ、そうだろうね。勝手に降りるわけじゃないし」
「そのような場合ってこのえれべーたーって動くんですか?」
「俺が知ってるものはそういう場合は危ないから動かないね」
「……もし下に誰か残ってたらどうするんでしょうか。えれべーたーは動かない、しゃったーがあるから階段は登れないとなると……」
「まぁそういう時のために大体人が通れるぐらいの非常口がどこかに……あ」
そうだった。こういうときのための策としてどこかに非常口を作るもんだ。
これほどの技術力を持っていた文明ならどこかに作ってたとしてもおかしくはない。
「ってことはどこかに下の入り口があるってことか?」
「多分あるね。君、すごい良い事言ってくれたよ。ありがとう!」
「え、あ、えへへ……」
多少戸惑ってたものの嬉しそうに照れる女性研修生。
そしてリーダー君がパンパン、と両手を叩き他のメンバーの注目を自分に集めさせる。
「よし、その非常口を皆で探すぞ!」
「と言ってもそもそも今までずっと見つからなかった入り口だからね。無い可能性もあるわけだし、かなり難しいと思うよ」
「いや、闇雲に調査進めるよりは目的あるだけこっちがずっと良いわ。よし、皆行くぞ!」
おぉ!と男子を中心に散り散りに非常口を探しに行ってしまった。
残された女性陣もそれぞれ少数のグループを組み後追いで別の場所へと向かっていく。
「グィンさんも皆と合流してもいいよ。ガイドはしてもらったしこうなったらもうそれどころではないだろうしね」
「いえ、今日一日は皆さんと一緒にいますよ。何かあったときに僕らとの橋渡しは必要でしょう?」
「ん、じゃぁ一緒に行こっか。とりあえずシャッターのとこまで戻ろう」
そして元の三人+一匹で再びシャッターのある階段の場所まで戻ってくる。
先ほどの説明を受けてか、すでに何人かの研修生がこの場で非常口がないか調べていた。
壁の汚れを取ったり床を調べたりとその手法は様々だ。
「ヤマル、ここに非常口あるの?」
「あるかもぐらいだけどね。どっちにしても全部調べるつもりだからとりあえず端っこからってのもあるかな」
残念ながらほぼノーヒントでの調査になる。
なので端っこかつ一番ありそうなシャッター前から始めることにしたのだった。
「なるほど……それでヤマルはどうやって調べるの? 他の皆みたいに地道に?」
「いや、俺は他の方法を使う。普通の調査方法じゃ研修生たちほど経験も着眼点もないからね」
そう言うと通路の端っこ辺りまで行きしゃがんでは手を床に当て魔法を唱えた。
「《
「……?」
あ、なんかコロナが何してるのこの人?って顔してる……。
「ヤマル、何してるの?」
「別に声に出さなくても……まぁいいや。この魔法のことは知ってるよね?」
「うん、確か土を耕すとかそんな感じだったよね」
そう、《生活の土》は固い土を柔らかく耕す魔法だが、その効果は土限定だ。
このように床が何かの合成材で出来てる以上魔法の対象にはなり得ない。
ただし対象が土なら反応はあるし、どこに効果があってどこに効果が無かったのかは術者には分かる。つまり……。
「床や壁って土ぼこりとかで汚れてるでしょ? で、さっきのシャッターのでもそうだったけど結構隙間に埋まるのよね、長年積もりに積もったやつとか」
「そうだね、さっきの縦に伸びるのもほぼ一体化して分からなかったし」
「そこでこの魔法の出番ってわけ。これ使うと土埃なら対象になるから効果範囲が分かるのよ。もし一体化してて見えなくってもこっちで探知できるからね」
非常口があるなら必ず壁か床には継ぎ目があるはず。
それを探すための《生活の土》だ。これなら継ぎ目に埋まった土を探知できる。
もちろん《生活の風》と《生活の電》も展開して隙間や天井など高い位置の探索も忘れない。
「そんなわけで俺は見えない部分をやってくからさ。コロとポチも何か変なとこないか一緒に探そ。例えばポチの嗅覚で何が違和感感じる部分あるかもしれないしさ」
「ん、わかった」
「わん!」
そして入り口側から反時計回りで通路を少しずつ調べていく。
だが何も見つからないまま数時間。一度休憩を挟み調査範囲が半分に差し掛かった頃、男性研修生の一人が走ってこちらにやってきた。
「すんません! ちょっと一緒に見てもらいたいものあるんですが!」
全力できたのかはたまたフィールドワークはあまり得意ではないのか、息も絶え絶えと言った様子の研修生。
コロナと顔を見合わせ頷き、全員で彼が案内する場所へと向かう。
辿り付いた場所はシャッターの前だった。すでに一報を聞いたのか殆どの研修生がこの場に集まっている。
しかしこの辺りの床や壁は先ほど調べて何も出てこなかった。どこかで見逃してたのだろうか。
「お、こっちだこっち。このしゃったーって壁のここ見てくれないか」
そう言いシャッターの一部を示すリーダー君。
指し示した場所には人の拳大ぐらいの円、その中に縦に二本の線が入ったようなものがあった。
一見するとヒビや何かの模様、シミと言われてもおかしくないぐらいに周囲に同化しており注視しないと全く分からない。
「なぁ、これ何かありそうか?」
「うぅん……シャッターに直接?」
大体非常口はシャッターの横や床下からと相場が決まっている。通常時は折りたたんでたりするからシャッター本体に扉をつけることなんて無い。
だからこそ自分は壁や床を魔法で順序良く調べていってたのだ。
(非常口がシャッターに常設されるとかあるのか? ……いや、俺自身が日本の常識に引っ張られすぎかもしれないな)
ともあれまずは非常口そのものがあるのかどうかを調べるべきだろう。
壁に手を当て《生活の土》を使う。
「……あった」
「マジか、どこだ?!」
驚くべきことに本当に非常口っぽいものがあった。
魔法で調べた結果、土に反応したのは予想通りに土埃。それが長方形、所謂扉のような線が入るように反応している。
「ただ埋まってる感じがあるからまた汚れ落しとか頼みたいんだけど……」
「よしきた! 皆道具だ!」
蜘蛛の子を散らすように研修生達が道具集めに奔走する間に、リーダーの子に非常口と思しき場所を教える。
それともう一つ。魔法に反応したのは先ほど彼が教えてくれた円の部分もそうだった。ここにもびっしりと土が埋まっていたが、他のと違い土ぼこりではなく何か粘土のようなものだったのだ。
すでに乾燥しきってたため魔法に反応したが、まるで誰かにこの部分を隠すように埋められてたような感じだ。
「うーん、凹みあると危ないから昔の人が埋めたんじゃないか?」
その事をリーダー君とグィンに話すも特に問題視してなかった。
まぁ確かに隠すのであればこんな凹み部分だけじゃなくてもっと全体を上手く隠蔽しただろう。理由は分からないが、もしかしたら隠すではなく触られないようにということなのかもしれない。
そして待つことしばし。
エレベーターのとき同様に道具を持ってきた研修生達がリーダー指示の下柔らかくなった土埃を取り除きに掛かる。
そしてドアの境目と思しき細い隙間、更には円の部分からはドアノブのようなものが出てきた。
このドアノブ、掘ってみたら分かったがまるでお茶碗のように半球状に中がくり貫かれている。
そしてその中は手を握るところがあり、まるでマジックハンドの持ち手のような形状をしていた。
おそらくこれを持って捻ることでドアが開くような仕組みなんだろう。ただし……
「なぁ、開かないんだが」
我慢できなかった研修生の何人かがドアを開けようとしたのだが、非常口はびくともしなかった。
そもそもノブの部分を持っても一向に捻れそうな気配が無いのだ。長年放置されてたせいかガチガチに固まってるのだろう。
「うーん……困ったね」
「流石に目の前にこんなものが出てきて指を咥えてるだけなのは嫌ですよ?!」
「しっかしこいつ、片手しか手が入らないから力が入れれないんだよなぁ……」
リーダー君が言うようにこのノブ、片手で握るぐらいのスペースしかないのだ。
昔の使われてた頃はそれで良かったのだろうが、現状片手だけの力ではどう足掻いてもパワーが足りない。
「コロはどう、捻れそう?」
「うーん、ちょっと試してみるね」
今も頑張って開けようとしてる研修生と交代するコロナ。
何やら二、三言呟いたあと同じようにノブを捻る。するとギ……ギ……と何かが軋む音がし、皆の期待値が一気に跳ね上がった。
しかしそれも束の間、結局他のメンバーよりは頑張れたと思うがコロナも無理という結果に終わる。
「やっぱり力が入れづらいのがキツいね。両手だったらもっと頑張れたかもしれないけど……」
「両手かぁ……」
現状片手でしか握りこめないノブ。
両手を使うにはノブそのものを大きくするか、せめてあの窪みを広くする必要がある。
けどシャッターは遺跡の一部だから壊すことはご法度。現状を極力維持したまま持ちやすくする方法を考えなければならない。
(そもそもあの形状がいやらしいよな……)
日本のドアノブのように外側から握る形ならもっと力を入れることだってできるのに。
あのような形状では力の伝わり方だって効率良くない。せめて船の舵みたいに外側に持ち手があればもっと力が込められるのに……。
ドラマとかの銀行の大金庫だって棒のようなでっぱりがあって、それを両手で掴んで開けてたりしてるのだからこちらもその様にして欲しいものである。
……まぁそんなものあったらそもそもシャッターの非常口には適してないだろうけど。
(……しかしでっぱりか)
せめてあのドアノブがシャッターの外側にあれば、何か棒を差し込んで回せたのだ。
シャッターに埋まる形を取ってるため他の物を差し込む余地などない。
ドアノブと棒を紐で括るか?と思うも、仲介に紐を使っては耐久度も力の伝達力にも限度がある。
もっと何かガチガチで固めれそうなもので代用できれば……。
「……ねぇグィンさん、この遺跡って水を溢したらダメ?」
「え、えぇと……あまりひどくならなければいいかと。ふき取れる範囲でしたら」
そんな中ふと、とあるアイデアが頭の中を駆ける。
いけるかは分からないが試さなければこのままだ。そのためにまずは水を使うことを禁止されてないか確認を取った。
「了解。コロ、力貸して。手伝って欲しいんだ」
カバンからロープを取り出し、腰の短剣を鞘ごと外す。
そしてコロナに頼み、ドアの持ち手部分と短剣をロープできつく縛り付けてもらった。
「ヤマル、これじゃ多分ダメだと思うよ」
コロナの言うとおり、いくらきつく縛り付けたところで短剣は微妙に動いてしまう。
なので
「まぁもう一手間やるから見ててよ。《
取り付けた短剣の鞘の上からノブの窪みに向けていつも以上に多目に水を出す。
水が溢れて跳ね返り床がどんどん濡れていく最中、すぐさまその水を凍らせた。
そして目の前に現れたのは短剣を持ち手と見立てた氷のドアノブだ。
思いついたのはなんてことはない、てこの原理である。
まず作用点である窪みの部分を水で埋め凍らせる。そしてその氷が支点である持ち手代わりの短剣ごとを取り込んだことで持ち手部分と一体化し力の伝導率を上昇させた……はずである、多分。
後は凍ってない力点になる短剣の端を持って捻れば先ほどよりはずっと力を入れて回せるはずだ。
もちろん窪みの内壁部に触れている氷の表面を《
「あとはもう少し補修して……っと」
最後にちょっとだけ水と氷で足りなさそうな部分を継ぎ足して修正。
ただの氷ではあるがこれだけ厚みがあればそれなりに丈夫に出来てるはずだ。何より壊れても自分がいればすぐ直せるのが良い。
「お待たせ。コロ、これで短剣の端持って捻ってみて。ケガだけはしないように気をつけてね」
「……ヤマルって実は凄い人?」
「まさか。凄い人だったら今ここにいないよ」
驚くコロナに苦笑で返し彼女に場所を譲る。
そして言われたとおり短剣の端を両手で掴むと、ゆっくりと力を入れるように右方向へと回していく。
先ほど同様にギ、ギ……と金属が擦りあう様な鈍い音。その音の感覚が徐々に短くなったかと思った矢先、コロナが握っていた短剣が九十度回転した。
「ヤマル、これって……」
「多分開いた……かな? 後はドアを引っ張れば……いや、蝶番のようなもの無いから押す方かな?」
「やってみる。ヤマル達は少し離れて」
コロナの言葉にここから先は未踏破であることを思い出し、前のめりになっている研修生達をドアから少し遠ざける。
ある程度離れたのを見てコロナが足腰に力を込め体重をかけると、ギギギ……と音を立てドアがゆっくりと開いていった。
ドアから見えるその先は闇。こちらから光が漏れているが真っ暗で何があるのか全く見えない。
「開いた……すげぇ! 俺達が見つけたんだ!」
「ヤマルさん、やりましたよ! やった、やったんだ!!」
研修生達から上がったのはまさに大歓声と言わんばかりの喝采だった。
成果が挙がったどころではない。長年見つけれなかった新規ルートの開拓。そしてその偉業を見届けたどころか、自分達がそれを成した事に対しての喜び。
様々な感情が渦巻き、まるでプロスポーツで優勝が決まったときのようなお祭り騒ぎに一帯が騒然となる。
だからこそ誰も気づけなかった。
そのドアの奥。暗闇の中、下からゆっくりと上がってくる赤い小さな光に。
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